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やがて訪れるデータ・エコノミー社会の将来像〜ビッグデータだけでは見えない情報社会の真実〜[第4回]田端信太郎氏「データがもたらしたメディアビジネスの変革」(3)

2013.03.19

Updated by on March 19, 2013, 12:30 pm UTC

データ・エコノミー社会における人の情報接触と消費活動の変化について、メディア・広告ビジネスの視点から読み解きを試みるべく、NHN Japan(株)においてコミュニケーションサービス「LINE」の広告ビジネス開拓などを取り仕切る田端信太郎氏(執行役員 広告事業グループ長)にお話をうかがいました。

コミュニケーションと時間が複合的に同時消費される世界でのビジネスチャンス

──共感できるコミュニティの単位が小さくなってきて、マスが崩壊しているように見えますが、過度に個別最適が進んだ、タコツボでの満足で自分は十分、という価値観がいまの日本にはあふれています。しかし同時に「それでいいのか?」「負け惜しみじゃないの?」という議論も並行しています。貨幣価値とデータ経済の関係はその問いと似た構造を持っているように思えます。

201303151700-3.jpg田端氏:経済学的な「効用」を情報経済や評価経済の世界で、どうとらえるのか。この質問の背景には、「コミュニケーション」の位置付けの変化が大きく関係していると思っています。

30年前はコミュニケーションと消費は別々のものでしたが、いまはコミュニケーションそのものが消費になっています。やはり、LINEのスタンプはその典型例だと思います。職場で落ち込んでいる若手の女性を励まそうと、缶コーヒーをおごってもあまり感謝されないし、元気も出ない。

けれど、ほぼ同じ値段のLINEスタンプをプレゼントしつつ、LINEのメッセージとスタンプでもプレゼントすると、コーヒーを奢るよりは、何度も使って減らないし、そこに「コミュニケーション」が介在する分、喜んで貰えそうな状況が、今ですよね。

結局は、お金の価値でさえ、人間にとって最終的な価値ではなく、擬似的な換算にすぎないということでしょう。

──コーヒーとLINEのスタンプでは、相手へのコミット感が異なるというのはよく理解出来ます。

田端氏:先の「評価経済」という言葉にも同じエッセンスを感じるのですが、娯楽消費の世界でコミュニケーションとコンテンツがごっちゃになってきています。一方で、広告とコンテンツはアンバンドルされている。

コンテンツをちゃんと作っている企業から見れば、Facebookの横に貼ってあるアドネットワークと、丹精込めて書いた記事の横の広告枠が同じ価値というのは、大変なことでしょうね。

大変なことだと分かりながら、広告を買う側からみた時にはターゲティングがしっかりできている訳で、広告の横にある文章の質と、広告をリーチさせることの値段は全く関係ない、というのも一面の現実だと思います。

──80年代くらいからある、消費と自己表現の議論とも、今の話は重なってくるのではないでしょうか。

田端氏:著名な雑誌編集者である菅付雅信さんがMODE PRESSで「高級ブランドに頼って自分のプレゼンテーションをする行為自体が、SNSが発達した現在の社会関係の中では弱者のアプローチなのではないか?」というような発言をされていました。

例えば、ザッカーバーグもジョブズも、ありふれたパーカーや黒タートルですが、そういう格好のほうが菅付さんに言わせるとセレブなんです。

ファッションに興味のない僕が言うと自己正当化に受け取られてしまいますが、菅付さんがおっしゃると非常に価値ある発言ですよね。そう考えると、これから先の消費活動の活性化は、非常に難しいな、と。

──例えばtwitterのプロフィールに大学や、在籍企業、ポジション、資格などを羅列するのは新たなファッションといえるでしょうか。

田端氏:自分もやっているので、強くは言えないですが、あれはちょっと、いやらしいですよね(笑)。まさに他者へのマウンティングというか、自己愛の見せびらかしになっている。つまり、物欲から自己愛へと、欲望のベクトルが移っているのかもしれません。

──総じて物欲が希薄化してきています。

田端氏:モノを買うことで幸福になろう、というのがこの1世紀ほどの大衆消費社会の基本理念なわけですが、その効果の持続時間が短くなってきていますね。新しいガジェットを買っても、すぐに飽きてしまう。

3連休に遊んだら終わりで、家族から「これ、もう使わないの?」と突っ込まれるような状況です。

──飽きる速さが、嗜好性の高い商品のモデルチェンジをスピードアップさせていて、生産する側は生産ロットを小さくせざるを得ないし、在庫リスクも高くなっています。車でさえも、新車投入の販売効果が半年維持できるか、というところまで追い込まれているそうです。

田端氏:そういう側面で見た時に、単にモノを買え、というマーケティングは難しくなっていきそうですが、例えば都心のマンションを買うこと、そこに住むことには時間を買う、サービスが付随するという側面もあるので、例えばモノではなくて、不動産にはまだ可能性があると思っています。

単に車だと、タクシーに乗ったほうが早いというところに対抗できない。タクシーなら、動いている間にスマホをいじれるし、寝ることもできます。

──時間を買うという意味では、ヘルスケアも有望ですね。

田端氏:健康とヘルスケアには無限大の余地を感じます。健康で長生きするということは、ハッピーな「時間を買う」という消費でしょう。amazonのリコメンデーションなんかも選択の時間を効率化しているという点で、同じところに含めていいと思います。

amazonの購買データによるレコメンデーションは、「買う」という行為に紐付いていることがすごく強みになっています。それに比べると、ニュースサイトなどの記事閲覧の履歴からつくるレコメンデーションは弱くて、アクセスランキングと大差ないものができてしまいました。

その意味では、「イイネ」を押しているといっても、押さない人よりは関心があるという程度である、とも言えます。

──そうなると、メディアの価値も再考する必要がありそうです。

田端氏:以前、自分で計算したことがあるのですが、広告費を視聴時間で割ると、民放のテレビ番組を1時間見ることでの広告費は平均で10円なんです。(日本の年間テレビ広告費約1兆7000億円を1日平均4時間のテレビ視聴×365日×1億2000万人の述べ時間で割ると、時間あたりの視聴単価は約10円)

要するにテレビを1時間見て貨幣的に動く経済は10円しかないわけですよ。例えばDVDをレンタルする場合、300円と考えると30倍。映画館を1800円とすれば180倍の経済効果ですよね。テレビってチープすぎる娯楽なんですよ。

こんなに豊かな社会で1時間10円の暇つぶしに国民の大半が興じているって、どうかと思うこともあります。だから、数千万人が毎日4時間も5時間も見ているという事実を大きく変えるようなサービスが開発されれば、メディア産業がデフレを離れてアップサイドを狙える可能性があるかもしれません。

──そう考えると日本のスマートテレビは、サプライサイドに動機が持てる可能性を感じます。CATVが発達しているアメリカでは月額料金を払ってテレビを見ているため、需要家側がCATVよりミニマムコストが安いスマートテレビが良いという動機になりえます。しかし、日本はむしろメディアの付加価値向上として、取り組まれていく可能性があります。

田端氏:僕は時間をたくさん使ってしまうのがイヤで、テレビをほとんど見ないのですが、付加価値という意味では2ちゃんねるのまとめサイトのような、テレビの番組コンテンツをダイジェストで消費出来るように翻案してプレゼンテーションするような、うまい見せ方ができるメディアが欲しいと思いますね。

──人間の行動がデジタルによって不安定でランダムなものになっていくという話は、本企画の第3回森さんの記事でも言及されたことですが、このランダムなものを解析することよりも、確定している効率化出来るものを解析したほうがいいのでは、という話もされていました。

田端氏:僕はとにかく、テレビは、時間軸を自分でコントロール出来ないところに不満があるんですよ。すでにデジタルの経験にどっぷりつかった僕たちは、関心が多様に分散分断しているはずなんです。ソーシャル・ハイライト的なことはできないんでしょうかね。これを求めているのは、僕だけではない気がします。

時間こそが最も貴重な財だと思います。時間を節約し、有効活用するためには、プライバシーを多少、犠牲にして、ビッグデータの海に、自分の情報をどんどん晒していってもいい、それが私の感覚です。

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