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医療データ連携

2014.05.07

Updated by Koiti Hasida on May 7, 2014, 14:50 pm UTC

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Image by Ted Eytan(CC-BY-SA)

正しい情報技術屋は中央集権型のシステムよりも自律分散協調型のシステムを好む。そもそも自然界が自律分散協調システムであり、インターネットも核戦争に耐える頑健性を備えるための分散システムとして構築された。しかしながら世の中には、不自然で脆弱な人工的中央集権システムやばらばらに孤立したシステムがまだまだ多く残っている。これらを自律分散協調的なシステムにすることによって世界をもっとしなやかで豊かなものにしたい。こんな観点から近未来の技術と社会について書いてみようと思う。今回は医療データの話。

医療とデータ共有

病院や診療所などの医療機関が医療データを共有することが医療の価値を高めるためには望ましい。各患者に対してどのような治療が安全で効果的であるかは当該患者に対するこれまでの診断や治療の内容に依存するから、複数の医療者が1人の患者の治療に当たるには、その患者に関するデータをを共有すべきである。

たとえばガンの場合、各患者に対する抗ガン剤の投与や放射線の照射は許容される積算総量に上限があるから、その上限を越えないように管理する必要がある。しかし、担当医への不満とか自らの転居などの事情によってある病院の患者が別の病院を受診することになった場合など、それまでの抗ガン剤の投与や放射線被曝の総量がわからなければ、安全で効果的な治療が難しくなる。

そういうわけで、医療データの共有が望ましいことはほとんどの医療関係者が認識しているはずである。しかしこれまでのところ、データ共有はあまり進んでいない。富士通やNECが医療データを医療機関の間で共有するための情報システム(EHR)を売っているが、全国で約10万の医療機関のうちまだ4千ほどにしか導入されていない。これは、データを共有しても病院や診療所の収益に直結しないからだ。医療機関の経営が成り立たなければ医療の価値向上もあり得ないわけである。

医療制度改革

平成15年から急性期入院医療に対してDPC (diagnosis procedurecombination; 診断群分類)(※1)という診療報酬の評価法が導入されているが、これは、従来の出来高払い(検査や治療の出来高に応じた点数が付く)とは異なり、非常に大雑把に言うと、各傷病について定額の点数が付き、必要経費を病院が負担する方式である。つまり、患者の入院が長引いたり再入院したりすると病院が損をするわけだ。

急性期病院としては、回復期・療養期の病院や診療所や介護・看護事業者による退院後のケアの質を高め、患者の再入院を防ぐ必要がある。それには入院の記録のデータを開示し、そのデータを他の医療機関や介護・看護事業者が参照できるようにすることが望ましい。

そのような効果は実際にはまだあまり顕在化していないが、現在進行中の医療制度改革(※2)によって徐々に顕在化するものと思われる。

厚生労働省は2025年までに新たな医療提供体制を確立することを目指して着々と制度の改革を進めている。それに伴って医療データの共有が医療機関の経営の観点からも必須になりつつある。

この医療制度改革において特に重要なのは下記の2点だろう。これらは要するに、日本の医療を自律分散協調システムにしようということである。
・病院の間の役割分担(※3)
・在宅医療の推進(※4)

病院は、急性期、回復期、療養期などに分類され、各々の段階の入院患者のケアに特化しつつあり、2018年にはこの分類が完了する予定である。たとえば急性期病院への保険点数の付与は急性期の入院医療と紹介による外来診療に重点化される。このようにして、各種の医療機関は特有の機能に専門化することによって医療サービスの質が高まり、異種の医療機関の間での連携が強化されるものと期待される。

異種の医療機関や介護・看護事業者の間の連携を強化して体系的・継続的なヘルスケアを提供するには、それら関係者の間でのデータの共有が必要だろう。じきに患者もそのことに気付くだろうから、たとえば医療データを開示しない医療機関にも介護データを開示しない介護事業者にも客が付きにくくなると考えられる。

さらには在宅医療に関しても、複数の診療所(訪問医)の間で患者のデータを共有する必要が生ずる。新たな診療報酬制度の下では、多くの患者について24時間365日の対応が訪問医に求められるからである。診療所のほとんどは医師が1人で看護師が2~3人の体制だが、それではとてもそんな対応は無理なので、複数の診療所がグループを組まねばならず、グループで診療する患者のデータをグループ内で共有し、医師や看護師が外出中にも参照できるようにせねばなるまい。もちろんそのデータ共有は病院や介護・看護事業者にも及ぶ必要がある。

集中管理から分散管理へ

では、多様な関係者の間でいかにして医療等のデータを共有するのか?

前述の富士通やNECによる従来の集中管理型のデータ共有システムは導入コストも運用コストもかなり高い。病院の場合は数百万円から数億円の導入費用を要し、その後も年間百万円以上の運用費がかかる。

ところが実は、医療や介護のデータを患者や被介護者本人(または代理人)ごとに分散管理すれば、集中管理方式の1/10以下の費用でデータの共有が実現できる。つまり、個人が本人のデータをGoogle DriveやDropbox等の基本無料のクラウドストレージに格納して家族やヘルスケア事業者と共有すれば良い。ここで非公開のデータは暗号化してからクラウドに格納することにより、Google社やDropbox社にデータの内容がわからないようにデータを運用できる。現在は集中管理方式のせいで多数の人々の個人データが一挙に漏洩する事件が頻繁に起こっているが、データを個人ごとに分散管理すれば、そのようなことは起こり得ないので、はるかにセキュリティが高い。また、集中管理方式だと医療機関の間でしかデータが共有できないのに対して、個人による分散管理方式は、患者が自分の端末で任意の医療者等にデータを開示できるという意味で利便性も高い。

ヘルスケア事業者が集中管理型のデータ共有システムを用いるメリットとして、たとえば病院が診療所や老人ホームや患者を囲い込めると考える向きもあるかも知れない。しかし実際にはそんな囲い込みは不可能である。囲い込みが可能なのは他の選択肢を選ぶのに伴うコストが大きい場合だが、上記のように分散管理は非常に安価だからである。

もちろん、暗号化等の操作は各個人が手作業で行なう必要はなく、スマートフォン等のアプリ(PLR)によって自動化可能である。このPLR (personal life repository; 個人生活録)に関しては次回以降に詳しく述べることにしよう。

※1)DPC制度の概要と基本的な考え方
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000uytu-att/2r9852000000uyyr.pdf

※2)平成26年度の診療報酬改定の概要
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000039891.pdf

※3)病床機能報告制度及び地域医療ビジョンについて
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000023379.pdf

※4)在宅医療・介護の推進について
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/zaitaku/dl/zaitakuiryou_all.pdf

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橋田 浩一(はしだ・こういち)

東京大学 大学院情報理工学系研究科 ソーシャルICT研究センター 教授。1981年東京大学理学部情報科学科卒、1986年同大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。1986年電子技術総合研究所入所。1988年から1992年まで(財)新世代コンピュータ技術開発機構に出向。2001年から産業技術総合研究所、サイバーアシスト研究センター長・情報技術研究部門長などを歴任、2013年より現職。専門は自然言語処理、人工知能、認知科学。サービス科学・工学の一般化としてのソーシャルeサイエンスや知の社会的共創に興味を持つ。