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北海道をグローバルベンチャーが育つ地域に 〜IT人材育成を札幌ビズカフェ代表が語る

2014.10.02

Updated by Asako Itagaki on October 2, 2014, 15:30 pm JST

北海道は、道内のデジタルコンテンツ産業振興のための人材育成を目的とした「未来のデジタルクリエーター育成事業」を実施する。この事業では、受講者のスキルを可視化するための指標として、今年3月から開始されたスマートフォンアプリ開発技術者検定試験「スマ検」を導入する。IT人材育成事業にスマ検を導入する目的と、最近の札幌の起業家やIT人材をめぐる状況について、事業を受託した札幌ビズカフェ代表理事の石井宏和氏と、「スマ検」を主催する株式会社D2Cコンシューマ事業本部の河上純二氏に聞いた。

(インタビュー・構成 WirelessWire News 編集部 板垣朝子/ 写真:須賀喬巳)

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石井 宏和(いしい・ひろかず)氏(右)
NPO法人札幌ビズカフェ 理事長。東京農業大学産業経営学部非常勤講師。広島県広島市出身。2003年に北海道大学法学部卒業後、「テキヤ」をしながら祭りを体感する放浪生活を送る。その後3年間の企業勤務を経て、2007年合資会社Neethを設立(2012年株式会社化)。北海道の企業の事業・会社の立上げや、事業再生、起業家型人材育成事業、持続可能な地域再生事業に取り組み始める。2008年NPO法人札幌ビズカフェ理事に就任。2014年、同理事長に就任。株式会社Neethの事業として機能性野菜を生産・流通するマネジメントシステムの販売とコンサルティングを手掛けつつ、農商工連携、六次化推進起業家型人材育成・ベンチャー支援、国際交流に関する執筆・講演など精力的に活動する。

河上 純二(かわかみ・じゅんじ)氏(左)
株式会社D2C コンシューマ事業本部 部長。中央大学法学部卒業後、1994 年株式会社丸井入社。1998 年からデザインユニットでのクリエイティブ活動を経て、Gateway Japan Inc、PCCW Japan Co.,Ltdなど外資系企業にて新規WEB ビジネスの立ち上げにプロデューサーとして参画。その後2002 年より株式会社USEN にて事業部長、株式会社mediba にて新規事業立ち上げに関与後、2011 年8 月より株式会社D2C にてコンシューマ事業、教育事業責任者として勤務。

 

1970年代から「ITベンチャー」が育ってきた街、札幌

──札幌といえば昔からIT企業が元気な街というイメージがあるのですが、最近の札幌のITベンチャーの状況を教えてください。初音ミクで大ブレイクしたクリプトンも、札幌の企業ですよね。

石井:そうですね。1970年代のハドソン、BUGにはじまって、これまでにさまざまなIT企業が誕生しています。2000年前後の東京ではインターネット企業の起業ブーム「ビットバレー」がありましたが、「サッポロバレー」はその前から活動してきたといえます。

サッポロバレーを背景に2000年に誕生したのが札幌ビズカフェです。シリコンバレーのビズカフェをモデルに、IT起業家のビジネス交流の場として設立されました。設立当初はメンバーから上場企業も出たのですが、インターネットバブルがはじけた2004年から2011年頃まではちょっと元気がない時期が続きました。クリプトンも起業されて10年後に、初音ミクが大ブレイクして北海道を代表する企業になられました。

北海道のIT業界は約4000億円の市場を持っているのですが、その多くは東京の大企業の下請け、孫請けという構図です。ということは、元請けが撤退してしまえば売上がそのままなくなってしまうわけです。これはまずい、独自サービスで脱下請けを目指さなくては、という意識を持っている企業が3割程あって、札幌ビズカフェは、この3割の企業をつなぐハブとしての役割を担っています。

最近増えているのは、WEB系、コンテンツ系の起業です。たとえばゲームや、音楽といった分野ですね。アンデッド系ご当地アイドル「フランチェスカ」をプロデュースしているハートビットなど、急成長されている企業もあります。また、ITそのものよりも、「By IT」すなわちITを使って何かを実現する起業も増えていると感じています。例えば、ITを使って、エコ・コスト削減につながる融雪管理システムや、農業クラウド、酪農クラウドといったものですね。

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人材採用にはスキル評価基準の明確化が大事

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──今回、スマ検を導入される北海道庁の事業「未来のデジタルクリエーター育成アカデミー」は、ビズカフェではどのような位置づけとなるのでしょうか。

石井:札幌ビズカフェの創立当初から一貫して取り組んでいるのが、「ITを活用した起業家を育てる」ことです。先ほども申し上げましたが札幌という土地は昔からIT産業が発達していたという素地がありましたから、ビズカフェもITを活用して新しいビジネスを生み出せる技術者、起業家を育てたいと考えています。

一方で、技術者は高い評価を受けると、北海道から出て東京に行ってしまうケースが多い。北海道でIT人材は圧倒的に不足しています。人材不足を埋めるためのASEANや中国などへのオフショアも進んでいますが、上流工程から設計もできる人材はそういった国にはまだ多くないですから、北海道で育成したい、という問題意識がありました。

また、先ほど申し上げましたように、最近はアプリやコンテンツ系の制作会社が札幌には増えてきています。そうした企業にあこがれて、大学生だけでなく、専門学校生、高校生などもっと若い人たちがIT技術に触れる機会を作ることで、道内の人材育成を図りたいと考えていたところ、今回の北海道のプロジェクトを実施する機会を頂きました。

道内のデジタルコンテンツ産業を振興するための人材育成を図りたいというのが、今回の「未来のデジタルクリエーター育成事業」となります。枠組みとしては、国の緊急雇用創出推進事業を活用して、デジタルコンテンツ産業の離職者や未就職卒業者に対して研修や就職支援を行うものです。この中で、技術力を客観的に評価するためのツールとして、スマ検を導入することになりました。

──スマ検は今年の3月にはじまったばかりですから、ずいぶん早い導入だと思います。きっかけは何だったのでしょうか。

石井:最初のきっかけは、共通の知人から河上さんを紹介していただいたことでしたっけ?

河上:おっしゃる通りスマ検は3月に立ち上がったところですから、多くの方に受けていただきたいというミッションがまずありました。対象は技術者ですが、最近は技術者でも起業される方も大勢いらっしゃいますから、受験者は学生から社会人まで幅広く狙っていきたいという思いがありました。

そうした中で、北海道は事業インキュベーションに積極的で、NPOでも長年そうした活動に取り組んでおられる方がいると聞き、共通の知人に紹介を頼んで札幌までお話をさせていただきにいきました。

石井:その時は道庁の事業の提案を作成していた時で、事業の中で再雇用のスキームを考えるのに、採用側から「技術力の判断基準がないので、技術者のレベルを可視化できず、採用しにくい」「英語のTOEICにあたるようなものがITにもないのか」という声が上がっていました。そこにスマ検の話を聞いたものですから、「これはいい」と。早速、導入提案をさせていただきました。

──やはり「評価の基準が明確になる」ことは大切ですか。

石井:すごく大事ですね。北海道人はまじめでコツコツ努力するタイプの人が多いのですが、キャリアやスキルの棚卸をするという習慣があまりない。そういう人たちにも、自分がここまでできると自信をつけて欲しい。大学などにも広がっていくと、(IT技術者の)裾野が広がるのでとてもいいのではないでしょうか。

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「ITを仕事にする」ためのツールとしての検定

石井:裾野を広げるということでいえば、最近の若い人を見ていて思うのが、環境は人を育てるのだなということです。北海道ではいい事例があって、10年程前に「北海道ブロードバンド構想」というのがありまして、実証実験を道東のある町で行ったんですね。人より牛の数の方が多い町で、パソコンとブロードバンドルーターを各家庭に配布しました。

10年後、配られたルーターでインターネットを使っていた農家や漁師の若者達が、地域の風景や産品の写真をインターネットで投稿したりなど、情報発信をはじめました。最近、農業や漁業にインターネットを活用する事例が増えていますが、それは子供のころからインターネットやパソコンに親しんでいたというのが大きいのではないかと思います。

IT業界の仕事も、最近はコンテンツの開発や制作が増えていますから、インターネット環境があれば東京にいなくても対応できる。北海道の若い人にとってはチャンスが増えていると思います。私たちはもうインターネットなしでは暮らせないので、それを「仕事にするお手軽なツール」として、スマ検を活用できるのではないかと思っています。

未経験者がいきなりソフトウェア開発の仕事をしたいと思ってもハードルは高い、けど検定なら挑戦してみようと思う人もいるでしょう。検定を目指して勉強することでITスキルを身につけることができれば、たとえば今は趣味でジュエリーや小物を作っている人が、自分でインターネットを使ってECサイトを運営できるようになるかもしれない。さらにはテレワークでデザインや開発を受託することもできるようになるかもしれない。あるいは、画像加工のスキルを身に着けるだけでも、就業機会が増えるかもしれない。技術者を採用したい企業にとっても、スマ検でスキルが目に見えるようになることで、採用しやすくなります。

201410021530-3.jpg河上:今回の取り組みは雇用促進という枠組みでのカリキュラム設定とスマ検の導入ですが、札幌ビズカフェは活動として起業家や事業プロデューサーの育成にも取り組んでおられます。そういう高いレベルでの利用もぜひ今後進めていただければと思っています。

また、今回導入させていただくゼネラルな内容のもののほかに、たとえば先日アップルのカンファレンスで発表されたSwiftのような、最新技術に特化した検定も対応できますから、北海道の企業での社内セミナーへの導入などもぜひお願いしたいですね。

──スキルが可視化されていない問題といえば、オフショア先の技術者のスキルの可視化というのも大きな課題ではないかと思います。

石井:その通りで、海外でオフショアを検討するとき一番困るのが、「これできますか」と聞いたら、向こうの人はなんでもとりあえず「できる」って言うんですよね。日本では逆で、できるのに「難しい」とか「できない」とか言っちゃうんですけど。「オフショア先のスキルの見極めは本当に難しい」という声をよく聞きます。

河上:弊社もオフショアを使っているので東南アジアに拠点がありまして、あちらの開発ベンダーと直接話をすることもあります。スマ検海外版を展開して、オフショア先の地域レベルを発信していくことで、現地の人材育成と市場拡大をはかっていくことはできるのではないかと考えています。

石井:ベトナムやインドネシアに進出した企業が、現地でのサプライチェーンを管理するためにもITは必須なのですが、現状では任せられないので、日本からITを管理するための現地マネージャーを派遣することになってしまうんですね。そこで現地の人にスキルを上げて入っていただければ、僕らもうれしいし、彼らも今まで以上に幸せな生活をしてもらえる。もっといい関係になれると思うんです。

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新千歳空港に世界中から人が集まる未来へ

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──IT系の人材需要はこれからどうなっていくのでしょうか。

石井:ロボットにできることはロボットに代用されていくでしょう。でも、ITをどう使うかを考えるのはやっぱり人だし、これからますますどんな仕事にもITは必ずかかわってきます。英語がある程度わかるのと同じように、ITの仕組みを知らないと、技術者に限らず、どんな職種でも仕事し辛い時代になり得ると思います。

河上:最近は学校教育にも当たり前にITの授業が組み込まれています。また、弊社の話になりますが、子供の時からITに触れる機会を増やすための取り組みとして、文部科学省の講演をいただいて「アプリ甲子園」を主催しています。高校生以下を対象にしたコンテストなのですが、小学生でも決勝まで残ってきたりします。「最近の子供は夢がない」って言いますけど、コンテストに出てくる子供達はみんな生き生きしています。学校以外のところにもいろいろな夢があるし、こうした動きが世界に広がることで、IT人材育成につながればいいと考えています。

──では最後になりますが、これからの札幌ビズカフェの活動は何を目指すのか、教えてください。

石井:シンプルに、「北海道をグローバルベンチャーが育つ地域にしていきたい」ということです。世界の中で日本といえばまだまだ「TOKYO」なんだけど、「HOKKAIDO」と言わせたい。道内のさまざまな企業に会うために、世界中から新千歳空港に人がやってくる状況を作りたい。

北海道内にはいろいろな事業の種があって、行政やいろいろな団体がさまざまな支援をしていますが、「もったいない!」んですよ。支援の方向が間違っていると、せっかくの種をつぶしてしまうことにもなりかねない。へたな起業支援ではなく、事業を黒字にするためにマーケットを見る。IPOを目指せる人は目指す、そのための環境を作るということも一つの方法だと思います。最初は補助金を活用するとしても、融資の他にクラウドファンディングの活用とか、投資組合を作るとか、とにかくベンチャーが資金調達できる仕組みをたくさん作って、いい起業家に光をあてていきたいと思っています。

そういう意味では、札幌ビズカフェの役割は変わっていないのですが、設立当初はできていたことが、一時期できない状態が続いていた。それは、資金需要がうまくつかめていなかったんですね。初心に戻って、上場を目指す若い起業家が集まるプラットフォームとして、投資家と起業家の出会いの場作りをもっと気軽にやっていこうと、2012年に場所を大通りのコワーキングスペースに移し、理事メンバーも今年40歳以下に若返りました。

今、北海道は景気が悪いって言われていますが、私自身はあまり感じていないんです。というのも、私の周囲の企業はみんな成長しているから。景気のせいにしてはいけない。景気が悪かったとしても、その中でどうマーケットを作るかが大事です。

最近は「By IT」で、ITを使って何かをサービスする、という企業が増えています。私自身の会社は機能性野菜を生産・流通するマネジメントシステムの販売とコンサルティングですし、ビズカフェ副代表の会社はロードヒーティングの管理システムの開発・販売をしています。メンバーには、親から受け継いだサービス業に自分で現地に赴き海外のインバウンド客を連れてくる人や、カラオケ屋からエンターテインメント空間開発に事業展開している人など、おもしろい若手起業家が増えています。

かっこよく言えばクリエイティビティ、日本語で言えば「知恵をどう使うか」を楽しむ習慣を持つ人が、札幌ビズカフェには集まっているのだと思います。そうした方々と一緒にこれからも北海道を盛り上げる活動をしていきたいですね。

──ありがとうございました。

【関連情報】
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スマ検

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板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。