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中高生のうちから経営を学ぶのが地方創生に繋がるかもしれない

2014.11.01

Updated by Ryo Shimizu on November 1, 2014, 16:54 pm UTC

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 20世紀で最も偉大な月面着陸という仕事を成し遂げたNASA。
 そのNASAの本部はテキサス州ヒューストンにあります。
 ヒューストンは人口200万人の地方都市。

 いったいぜんたい、人類最先端の科学者の叡智を結集する集団の本部が、なぜあえてそこにあるのでしょうか。 
 

 

 私は子どもの頃からNASAに憧れていて、ヒューストンのNASAを何度か見学したことがあります。

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 事前にレベル9ツアーを予約すれば、実際にアポロ宇宙船に指令を出していたミッション・コントロールにも入ることが出来ます。

 NASAの中枢はなぜヒューストンにあるのか、その疑問をぶつけると、意外な答えが返って来ました。

 「ライス大学とテキサス大学があるからさ。それと、大統領の地元だった」

 ライス大学は人類を月に送り込む決意を固めたジョン・F・ケネディ大統領が、有名なムーンスピーチを行った場所です。

我々は月へ行くことを選びました。それが簡単だからという理由ではなく、むしろ困難だからです。この目標が、我々のもつ行動力や技術の粋を結集し、それがどれほどのものかを知るのに役立つこととなるからです。その挑戦こそ、我々が受けて立つことを望み、先延ばしすることを望まないものだからです。そして、これこそが、我々が勝ち取ろうと志すものであり、他の人々にとってもそうだからです。
We choose to go to the moon. We choose to go to the moon in this decade and do the other things, not because they are easy, but because they are hard, because that goal will serve to organize and measure the best of our energies and skills, because that challenge is one that we are willing to accept, one we are unwilling to postpone, and one which we intend to win, and the others, too.

 ここは、南のハーバード大学と呼ばれるほどの名門校で、ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ大統領の出身校でもあります。

 職員学生あわせて1万人を超える学校で、このライス大学がNASAに広大な敷地の一部を提供してジョンソン宇宙センター(ケネディ暗殺後、ジョンソンが大統領になりました)が作られました。

 NASAは他にも複数の拠点を持っています。たとえば深宇宙探査計画を担当するジェット推進研究所はカリフォルニア州パサデナにあり、ここはノーベル賞物理学者のリチャード・ファインマン博士が教鞭をとっていた名門カリフォルニア工科大学(カルテック)の一部です。

 そう、つまりNASAは名門校の側に作られているのです。

 これはNASAだけに限りません。
 シリコンバレーには、スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校、カリフォルニア工芸大学などの名門校があります。

 マイクロソフト、ボーイング、スターバックス、タリーズ、任天堂オブアメリカの本拠地があるシアトルには、公立大学の最高峰の一つ、ワシントン大学があります。
 

 重要なのは、優秀な人材を継続して供給するための兵站(ロジスティクス)が確保されていることです。
 映画の都ハリウッドのあるロサンゼルスには、映画学科で有名なカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)があります。

 こうした土地の特殊性を上手く行かして全米各地にさまざまな特色を持った拠点を作るのがアメリカ的な強みです。

 また、大学はノーベル賞の受賞者数や論文の発表数などの実績のみで評価され、下位と評価されていた大学が分野によっては素晴らしい教授が産まれ地位が逆転することが日常的に起きます。

 ところが日本の大学は、基本的に偏差値でランク付けされているため、研究の内容や教授陣の努力はほとんど無意味で、学生の入学時の単純な学力だけで評価されます。

 しかも、日本の公立大学は一度でも教授職につくと定年まで終身雇用が原則だったため、全く研究に意欲を持っていなくてもなんとなく研究室が存在し続けるという、特権的な地位を保証されていました。

 結局、優秀な学生は東大に一極集中し、多様性がうまれにくい国になっています。

 一方、東京の強みもあります。
 東京の強みは、世界最大の知性密度(Density of Intelligence )です。

 東京は国内の名門大学の大半が極めて近い距離に存在するという世界的に見ても珍しい都市です。
 つまり東京は世界で最も学生が多い都市であるということです。

 アスキーを立ち上げた西和彦や後にマイクロソフト社長となる古川享も東京の大学生でした。
 私の会社UEIで推進しているオープンソースソフトウェアのenchant.jsの原型を開発したのも、東京の大学生たちです。

 大学生には素晴らしい可能性があります。
 まず時間が半無限大にあるということ、若いということ、恐れを知らないということです。

 人間はちょっとしたことですぐ守りに入ります。守りに入らず、恐れを知らないということはそれだけで充分に価値のあることなのです。

 また、若いときは集中力が違います。30代の人間に比べれば20代前半の人間は疲労を半分程度しか感じません。

 私自身も、いまふりかえると、自分が一番活躍したのは、18-22歳の大学生の時だと思っています。
 少なくともそのときの自分が仕事をしていなければ、今のような自分には決してなってなかっただろうと思います。

 マイクロソフトもGoogleも学生インターンをとても大事にします。
 そして時には大胆にとてつもなく困難な課題をインターンに与えます。
 それをクリアできるインターンは、本当に優秀な人と看做され、ずっと大切にされます。

 日本の企業におけるインターンは、そこまで活用されている印象はありません。
 「とても無理だ」というような困難な課題を与えられるインターンは数えるほどしかいないでしょう。

 それはインターンが「お客様」として扱われているケースが多いからです。
 

 たとえば、私が学生時代に米Microsoftから出された課題は「家庭用ゲーム機向けのSDKを学び、サンプルとなる派手なデモンストレーションプログラムを誰の助けも借りず独力で完成させろ。二週間以内で。報酬は200万円」というものでした。

 こんな課題は、基本的に不可能です。
 たとえば今、このような課題を申し付けられたら、即答で断ります。

 とてもできるとは思えないし、体力がついていけないし、安過ぎるからです。

 しかし、この当時の私は、この課題を聞いて「そんなことができるのはたぶん僕しかいない。ようし、やってやろうじゃないか」とむしろ奮い立ったのです。簡単だからではなく、困難だからこそ、「じゃあやってやろう。自分の力を見せつけてやろう」と考え、実際にやってみることができたのです。それに学生にとって200万円(実際には中間でいろいろ引かれて100万円程度になりましたが)は大金でした。全力でやってみる価値のある挑戦と思えたのです。

 結果として、一本ではなく二本作ることができ、しかも3Dゲームを作るための簡単なフレームワークまで作ることが出来ました。一本ではなく二本作ることで汎用的にすべき場所と実装が絞り込めたのです。

 この仕事を完成させた時、Microsoftの担当者は誰一人として拍手も賛美もしませんでした。

 ただ、プロのゲーム開発者を何百人も集めて、僕が二週間で書いたプログラムを披露し、「Direct3Dを使いこなせば、大学生でも二週間あればこんなものが作れる」と説明したのみでした。

 このテを私だけでなく、いろいろな学生にMicrosoftは繰り返し使います。特に本社が好きな手法です。

 誰も褒めてくれないので私は自分が成し遂げたことが、実は全くたいしたものではなかったのではないかと落胆しました。

 しかし、それから一ヶ月後、Microsoftは私を上級サポートエンジニアとして、学生の身分のまま特例的に雇う契約をしたいと申し出て来ました。私の仕事はきちんと評価されていたのです。ただ、賛美する言葉ではなく、彼らは私の能力に相応しい仕事を与えてくれたのです。報酬は月額数百万円に達しました。

 この頃が私が人生の中で最も熱心に働いた時期です。22歳でした。若かったし、若くなければできない仕事だったと今でも思います。

 そしてそれは私の人生にとってとても高い価値がある仕事だったと思うのです。

 先日、私の故郷である新潟県長岡市で無料のプログラミング教室を開講した後、市の政策課の職員の方々とディスカッションをする機会がありました。

 テーマは「地方創生」です。

 長岡市には国立大学の長岡技術科学大学と長岡高等専門学校、私立の長岡大学と長岡造形大学がありますが、大学のレベルはおしなべてそれほど高くありません。技科大の偏差値は49で、造形大学が55、長岡大学は35です。

 これでは長岡が日本のシアトルやヒューストンを目指すのは夢のまた夢です。

 まず学生のレベルを上げなければ、優れた企業が産まれても、結局、長岡以外のところに行ってしまいます。

 たとえば偏差値そのものが低くても構わないのです。
 偏差値そのものが低いままであったとしても、実用的な訓練をした即戦力となるような学生がどんどん産まれてくればいいのですが、現実的には長岡市で育った優秀な高校生のほとんどは新潟大学に進学するか、県外に出て行ってしまいます。

 これが実に田舎らしいところです。

 基本的に長岡の人間から見て東京の大学というのは一部の超優秀な学生と変人だけが目指す特殊な世界であり、中堅くらいの成績の人はみんなが新潟大学を目指すのです。

 最終目標が新潟大学の人が大半ですから、勉強を熱心にするわけがありません。
 偏差値は53〜57で、そこが大半の人にとっての「とりあえずの目標」なのです。つまり目標が最初から低過ぎるのです。

 誰もMARCHすら目指さない。それどころか、私は東京に出て来てしばらくするまでMARCHや日東駒専という言葉すら知らなかったほどです。それほど、大学受験に興味がない土地柄なのです。

 ということは、新潟の大学進学率や平均偏差値が低いのは、そもそも当然なのだということです。
 だって誰も偏差値をあげるためにさほどの努力をしないのです。それが当然という世界で育っているわけです。それなら誰も勉強しませんよ。しかも大学を卒業しても、しなくても、この町では生活レベルがほとんど変わらないのです。だったらいったいぜんたいなぜ大学受験のために青春を犠牲にしなければならないのでしょうか。

 しかし、専門学校への進学率は27%以上と、これは非常に高い比率です。
 ということは新潟県の武器は若さなのです。

 専門学校のメリットは、四大卒よりも早く社会に出ることが出来るということです。
 実際の仕事に役立つ知識を、大学生より四年早く学び、社会経験を大卒よりも二年早く積むことが出来るのです。

 若いときの2年というのは非常に重要で、これがあとで決定的な差になります。
 

 地方創生の課題としては、人がどんどん外に行ってしまう、という悩みにあります。しかし逆に考えれば、そういう土地は若さこそを武器にして若い人たちが起業できるような起業環境を作ってあげればいいのではないかと思うのです。

 私は個人的に大学生が起業することに反対の立場をとっていました。
 起業にはリスクがあり、大学では大学でしか学べないことを学ぶべきだという考え方があるからです。

 しかしそれは、東京や大阪など、大都市の大学生に対して私が思っていることでした。
 東京で暮らしていくのは大変です。大卒でも就職に苦労します。生活コストも高く、求職者の大半は大卒です。そうした中で中退経験があるのは大きなマイナスです。

 ところが田舎に目を転じると、田舎ではまず大卒の求職者が仕事に困るということはほとんどありません。
 むしろ不満を感じるのは、大卒であるメリットがほとんど感じられないということです。苦労して大学を出たというのに、田舎での就職にはほとんど役に立たないどころか、実務で高卒採用、専門卒採用に比べて2〜4年のビハインドがあるわけです。むしろ田舎では大卒は就職に不利に働くことさえあるのです。

 であれば、むしろ大学など目指さずに中学生や高校生の頃から将来起業することを意識し、起業のための教育を受ける機会を地方の子どもたちには与えるべきではないかと私は考えます。

 そして本当に経営の才能のある一握りの若者を選抜し、行政が支援して地方起業することを検討しても良いのではないかと思うのです。

 経営はセンスです。
 センスは磨くことができますが、通常の教育では経営のセンスを磨くことはできません。

 そして子どもの頃から経営のセンスを磨いておくことは、仮に大学に進学してその後、東京など県外の企業に就職した後でも役立ちます。

 つまり経営教育を行うということです。

 お金の仕組み、借金の仕組み、企画の仕組み、雇用の仕組み、人の雇い方、動かし方、お金の回し方・・・などなど、こうした生きたノウハウを教わる機会は、実はほとんどないのです。

 大学の経済学部や経営学科に行っても、経営を経験したことがある教授は稀です。自分がやったこともないことを教えているわけですから、そこで学んだ人が経営を身につけることができるわけがありません。

 経営学科を卒業して実際に経営者になった人をベンチャー界隈で見たことはほとんどありません。
 むしろベンチャー企業の経営者は、自身が技術者だったり料理人だったりして、腕に覚えのある人が殆どです。しかし彼らは失敗します。なぜなら経営について何も知らないからです。

 昨日、経済産業省の官僚とディスカッションしたのですが、地方創生やイノベーション政策の中で重要なことは、個々人の能力がいくら高くても、また、国がいくら経済的に支援をしたとしても、結局は経営のセンスが身に付いていなければどのような事業も失敗してしまう、ということです。

 経営のセンスを学ぶには、実際に経営するしかありません。
 つまり経営を学ぶには経営を経験するしかないという非常に難しいジレンマがあります。

 そこで例えば経営を経験できるような仕組みを用意します。
 デパートや駅ビルなどの一等地を行政が買い上げるか、既に所有している施設の一部を無償または格安で期間限定で貸し出し、そこで実際に商売をしてみます。

 飲食店をやってもいいし、何か他のサービス業を立ち上げてもいい。
 とにかく相対で取引する商売をやらせます。

 その商売を、一ヶ月もやれば、経営の基礎の基礎は学べます。
 もちろん経営経験のある人間がまず理論を教え、基礎的な演習を行い、事業計画を入念にチェックした上で実際にフィジビリティスタディをしてみるのです。

 相対取引の商売で学べることは非常に多く、私は幸いにも子どもの頃からそういうことを学ぶ機会に恵まれていました。

 そういうことをなるべく若いうちに経験しておくことで、本質的に「働く」とはどういうことか、「生きていく」とはどういうことかということをまず学ばせます。

 
 そこで実際に有効なビジネスモデルが産まれれば、それで起業したって構わないと思うのです。ただし、経営にはリスクがつきものです。だからできるだけ小規模なビジネスを繰り返し体験できるようにして、小規模なリスクは行政がとるのです。あくまでも目的は「経営センスの教育」にあり、そこで新しい商売が産まれるのは副産物に過ぎません。

 
 そこでうまれたアイデアやビジネスモデルを企業が実際に取り入れてもいいでしょうし、それで出資者が現れれば、それはそれで良しとする。

 高校卒業後、商売を始めるか、それとも大学に行ってもっと大きな商売を学ぶか、どちらにせよ子どもたちの意識に変化が産まれると思います。

 たとえ高校生が起業に失敗しても、田舎ならいくらでも働き口があります。もともとそういう社会だったわけですから。

 子どもにお金のことを学ばせるなんて下品だ、という批判も以前ならあったかもしれませんが、今はむしろ歓迎されるムードのような気もします。

 たとえば品川女子学院では、子どもたちが起業を体験できるよう起業体験が授業に取り入れられているそうです。

 長岡市でNASAは産まれなくても、スターバックスみたいな会社が産まれたら、それはそれで素敵ではないかと思うのです。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。