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知的情報処理の最前線:新規計算技術「量子アニーリング」

2015.11.17

Updated by Masayuki Ohzeki on November 17, 2015, 09:00 am JST

多くのデータから、その本質を抽出するための技術として「機械学習」が世の中を賑わすキーワードとなってきている.

過去の情報として、データを参考にした上で、未来への予測に使うといった利用の仕方や、目の前にしたものや聞いたものの内容を識別・判別するためにデータから本質部分を抽出したりなど、その利用や応用範囲も多様である.

何故こんなにも世界中で大ヒットしているのだろうか?

ひとつは、豊富なデータ量により、今までははっきりしなかった特徴が鮮やかに取り出せるようになったことがある.例えばある症例の患者さんがふたりしかいないのと、100人いるのとでは、数が多い方がその症例の特徴をより正確に捉えて、納得のいく結果を得られる.今や各種Webサービスにおいて、そのサービス利用登録の際には日常的にデータ取得をさせてくれないか?という質問が必ずといっていいほど飛んでくる.そうデータが命だからだ.

またその特徴を鮮やかに描き出すための技術も同時多発的に進展してきた.

そして、コンピュータの性能の向上.全ての要素がちょうど現代に合わさった幸運.その裏では、研究者たちが試行錯誤を繰り返しながら、知見を積み重ねノウハウを充実させてきたことが大きい.その背景は非常に地道なものである.

例えば、昨今の機械学習の興味の高まりの象徴である、深層学習(Deep Learning)は提唱者のHinton氏のまさに意地の勝利とも言える.その根幹部分にあるボルツマン機械学習は、発表当時には期待される性能を発揮するためにはデータ量が乏しく、それほど盛り上がらなかった.深層とあるように、非常に複雑に基本部分を重ねることで構成されたシステムを用意するのであるが、これも発想自体は非常に古い.しかしその発表当時、その計算を行うには乏しいコンピュータの性能しかなかった.

それを克服するために、長い年月がかけられ、他方面からの発展と合わせて、ようやく厚い壁を乗り越えたというのが現実だ.決して目新しい革新的な事象があったわけではない.

それでは、コンピュータによる予測や識別の高精度化、更なる知能を獲得するためにどのような発展が考えられるだろうか?

ソフトウェアとハードウェアの側面の両者の発展が考えられる.

今回は、ハードウェアの発展について筆者が研究者の立場として考える方向性について紹介しよう.

機械学習の背後にある基礎的問題は、「最適化問題」と呼ばれる数学の問題である.最適化というのは、いくつかの条件の中で自分の利得を最大化したいとか、労力を最小限度に押しとどめようという要求を自動的にかなえてくれる技術である.機械学習においては、データと予測や識別結果の整合性が最大となるように、という最適化問題を解く.

思えば便利な時代になったものである.手元のスマートフォンですら、僕らの生活に関する情報の一切を提供してくれる.それも最適化問題のおかげである.

例えば今日のおでかけ.どこに行こう?

目的地の検討に距離やかかる時間、交通手段等の情報が必要だ.

検索にかけると瞬時に経路情報と共に必要な情報が提示される.どれが最適な交通手段であるか.しかも趣味に応じて、必ずしも最適ではない回答すら提示することが可能である.

この経路探索に使われているのが、「最適化問題」の解法技術である.

考えてみると凄い技術である.

数ある道から、どの経路を.数ある交通手段から、どの手段をどこで乗り換えるのか.全て考慮して計算した結果である.

この最適化問題を解くのに重大な問題となるのは、考慮する要素の数が増大すると、それに応じて計算時間がかかるということである.それは日常生活の中でもうなづける事実だ.いざ旅行に行こうと計画を練ると、候補地、経由地、お土産として買いたいもの、時間の制限、考える要素が増えれば増えるだけ悩み、そして最後には旅行するパートナーと大げんかになることさえある.

機械学習においても同様である.多くのデータからその特徴を掴む際に、最適化問題を解いている.そのデータの量は去ることながら、特徴として取り出したい要素が細かく具体的になればなるほど、考慮する要素が増える.ましてや人工知能と称して壮大な知的情報処理装置を組み立てたとしよう.知的判断を下すために、内部で情報処理を行う際には、どうしても最適化問題を解く必要がある.旅行の計画をさせようというときに、隣でごちゃごちゃ言えば、それはどうしようもないよ…と人工知能もそのうち悲鳴を上げる.

いくらコンピュータの性能があがろうともこればっかりは超えることのできない壁なのだ.

そうか、自分の生きている間に、また驚くようなイノベーションは生まれないのか…と落胆するのはまだ早い.実は解決策の候補がいくつか見つかっている.そのひとつを今回、紹介しよう.「量子アニーリング」と呼ばれる技術である.

量子アニーリングは20世紀の終わり頃に東京工業大学の当時博士課程学生であった 門脇正史 氏(現在:エーザイ株式会社)、とその指導教員であった 西森秀稔 氏(東京工業大学)により提案された最適化問題の解法である.

最適化問題を解くというのはどういった難しさがあるのか.霧の立ちこめる中たくさんの山々を前にした冒険者たちが、頂上に宝があるといわれたときに、探検を始める状況を考えてほしい.最適化問題とはこの宝を地図もなしに探し当てるというものだ.

とにかく目の前の山に登る.とにかく頂上までいってダメだったら戻る、ということを繰り返すガッツのある人もいれば、あの山がいいのか、この山がいいのか、と右往左往して、こっちの方が宝がありそうだと気づいたらそっちへ移動する冒険者もいるだろう.

量子アニーリング形式では、山と山の間に橋を渡して、ワープをしながら、山の頂上にある宝を楽して探すという方針を採用する.何ともうまく行きそうだ.

実際、これはうまく行く.多くの最適化問題で量子アニーリング形式の有効性が確認されている.しかしながら、うまい話には苦労がつきものである.実際にその計算を行うためのマシンを用意しないといけない.研究者は初期検討段階では、思考実験をおこなったり、数学を利用して確実に保証できるストーリーを提示する.そしてシミュレーションを行い、その効果を確認した上で、実行に移す.2000年代初頭に入り、シミュレーションの段階の研究は充実してきて、あとは実行することのできるマシンがあれば、というところまできた.

2010年代に入り、ついにそれを実行するマシンが登場した.

カナダのD-wave systems社の量子アニーリングマシンである.商用販売まで開始しており、googleを始め、NASA、ロッキード・マーティン社等続々と導入をして、そしてつい先日ロスアラモス研究所が最新版のD-wave2Xの導入を決定している.こぞってその性能の確認.そして自身の持つ問題設定への適用を狙い研究を続けている.

つまり最適化問題を解く専用マシンが登場したのだ.

日本も後を追い、独自の形式で最適化問題を解く専用マシンやチップ、アーキテクチャを構築しており、それぞれに一長一短の特徴があり、負けている部分もあれば負けていない部分もある.

研究者としては、量子アニーリングマシンの性能について慎重に考える部分もあるが、しかしいい時代に生きていると感じる.特に量子アニーリングや機械学習は現在進行形で発展が目覚ましい分野であり、関心のある読者も潜在的にいることを期待している.

このちょっと先の未来を研究者の目線で読み取り、紹介していく記事を今後も提供して行こうと考えている.どうぞお楽しみに.

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大関 真之(おおぜき・まさゆき)

1982年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て2016年10月から東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻准教授。非常に複雑な多数の要素間の関係や集団としての性質を明らかにする統計力学と呼ばれる学問体系を切り口として、機械学習を始めとする現代のキーテクノロジーを独自の表現で理解して、広く社会に普及させることを目指している。大量の情報から本質的な部分を抽出する、または少数の情報から満足のいく精度で背後にある構造を明らかにすることができる「スパースモデリング」や、次世代コンピュータとして期待される量子コンピュータ、とりわけ「量子アニーリング」形式に関する研究活動を展開している。平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。近著に「機械学習入門-ボルツマン機械学習から深層学習まで-」、「量子コンピュータが人工知能を加速する」(共著)がある。

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