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人工知能の研究開発で文科省・経産省・総務省が合同シンポジウムを開催 -政府、産業界、人工知能研究者は同床異夢か?

2016.04.26

Updated by Katsue Nagakura on April 26, 2016, 07:18 am JST

政府は人工知能(AI)の研究開発を加速するために、文部科学省、経済産業省、総務省の3省で今年度、計約100億円の予算を投じる。3省での研究開発の足並みを揃えて産業化を推進していくとして、その中核に「人工知能技術戦略会議」(議長:安西祐一郎・日本学術振興会理事長)が今月発足した。そこで4月25日、3省連携の本格稼働として、「第1回 次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム」が日本科学未来館(東京・お台場)で開催された。

▼政府、産業界、AI研究者らが一堂に会して丸一日かけてシンポジウムが行われた。パネルディスカッションでは6人の研究者がこれからのAI研究開発について議論を交わした。
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シンポジウムでは冒頭から3省の大臣がそれぞれ意気込みを発言するなど、AIの研究開発と産業化への政府の強い意思が感じられた。だが一方で、研究者側からは短期間での産業への成果を求められることへの違和感や、研究費獲得をめぐって思うような研究ができない現状についての発言などもあり、AIの研究者らと政府、産業界からの強い期待との間での微妙な温度差も感じられた。

AIの研究開発に対する、産業への貢献と経済成長への期待

シンポジウム冒頭では3省の大臣がそれぞれ挨拶し、AIの研究開発にむけて政府主導で3省連携して進めていくことを強調した。高市早苗・総務相は「今月末のG7情報通信会合ではAIの進展に向け日本からAIの開発原則を提案したい」としたほか、林幹雄・経産相は「(策定中の)新産業ビジョンではAIを含むITを活用した先駆的事業を生み出していく。関係研究機関で一体となっていく」と意気込みを示した。

▼登壇後に握手を交わす馳浩・文科相、高市・総務相、林・経産相。
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また、政府の科学技術政策の司令塔機能を担う内閣府総合科学技術・イノベーション会議の久間和夫・常勤議員は、「研究成果をスピーディに産業につなげる必要がある。具体的には、産業項目の設定、海外との連携、成果の産業界への橋渡し、実用化のための制度、経済成長のための戦略を練り上げることが大切だ」と述べ、経済成長を牽引するために人工知能の成果を挙げていくことを強調した。

さらに、政府のAIの研究開発を率いる「人工知能技術戦略会議」の議長を務める安西氏は、「研究開発を進める次世代人工知能技術の『次世代』とは2つの意味がある。ひとつは、高度な人工知能の技術開発それ自体。もうひとつは、情報科学技術を基盤とした個を活かすこれからの社会が課題になっているが、そのように社会を変える原動力として期待されている」と発言。その上で、経済成長や働き方の改革、社会がどう変わっていくかという課題、教育などの課題を挙げ、それらを克服するために、同戦略会議が主導して国のAI技術の開発を進めていくとした。

「研究開発の課題は大学や研究機関での技術開発に閉じこもらないで、社会の中に目標を見出す事が極めて重要だ。3省庁合わせて100億円の予算があるが、それを効果的に使い、海外に対抗するには相当な知恵を絞ってやっていく必要がある。社会の中に種をみつけていけば、十分に道があると思っている」(安西氏)

大変革時代に向けて、AI技術の研究開発目標と産業化ロードマップ策定へ

同戦略会議は安倍晋三首相の指示で発足し、「GDP600兆円の実現」「一億層活躍社会の実現」などといった政府が掲げる課題に対応するべく、次世代AI技術の研究開発を進めるという。3省連携を始めとした産学官連携でのAIの研究開発を推進するほか、AI技術の研究開発目標と産業化のロードマップを今年度中に策定する。安西氏が議長を務めるほか、久間氏が顧問に、日本経団連で未来産業・技術委員会共同委員長を務める小野寺正・KDDI取締役会長、各省庁管轄の研究機関の理事長ら、各省庁の局長級らがメンバーに名を連ねる。

小野寺氏は経団連の立場から3省連携への産業界への期待を述べた。経団連では、AIなどの技術革新が産業や社会構造を劇的に変化させる大変革時代に向けた、国を挙げた経済社会全体の革新をめざすべきとした、「新たな経済社会の実現に向けて」とした提言を19日に発表した。ここでは、「省庁の壁」「法制度の壁」「技術の壁」「人材の壁」「社会需要の壁」の5つの壁を突破する必要があるとしている。

3省の研究機関で独自に進むAI研究開発

政府のAI研究開発は3省連携を軸とした「人工知能技術戦略会議」が主導するが、実際に研究を行うのは、3省それぞれの所管の研究機関と、研究費支援機関(ファンディングエージェンシー)を介して研究費が配分される大学や研究機関だ。3省の研究機関は、それぞれ、今月14日に発足した文科省所管の理化学研究所革新知能統合研究(AIP)センター、昨年5月に発足した経産省所管の産業技術総合研究所人工知能研究センター、総務省所管の情報通信研究機構脳情報通信融合研究センターだ。

理研のAIPセンターは発足ギリギリまでセンター長が決まらず迷走していると見られていたが、今月に入って、機械学習が専門の杉山将・東京大学大学院教授がセンター長に内定した。機械学習の著名国際学会Neural Information Processing Systems(NIPS)でアジア人初のプログラム委員長になるなど、国際的に実力が評価されている41歳の研究者だ。

杉山氏は、「体感的にはNIPSでの日本人の存在感は皆無」とした上で、「日本は欧米の周回遅れと言われるが私はNOと思っている。彼らは彼らのやり方があるし、我々は我々のやり方がある。AIPセンターでは、今後10年のプロジェクトとして、数理科学に立脚して人工知能の原理・原則の解明を進め、新しい知能の原理をつくっていきたい」と表明した。

また、AIの研究開発の方向性として、「今の主流はビッグデータとディープラーニング(深層学習)で、究極のAIだと思われているが、私はそうは思っていない。データがたくさんあれば、ディープラーニングではなく古典的なアルゴリズムでもうまくいく。一方、ビッグデータについても、センサーの数が増えればデータの次元数が増えるのでいくらデータを集めてもまばらになる。そうすると、まばらなデータの間を補完し予測する、データの汎化能力が必要になる。私は究極のAIは汎化能力だと確信している」と言う。

▼杉山氏は、機械学習の理論と応用の研究を行ってきた。成果は顔画像からの年齢推定や会話からの話者識別、加速度データからの行動認識、ロボットアーム制御、医療画像処理システムなどへ応用されている。
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一方、経産省所管の産総研人工知能研究センターは、発足からまもなく1年となる。フルタイムの研究者75人のほか招聘研究員や客員研究員などを含むスタッフは257人と発足時のほぼ3倍の規模になった。日本のAIの研究者を集結するという考えから、他機関の研究者を招聘研究員、客員研究員などとして受け入れている。

辻井潤一センター長は、「出口にいる企業の研究者や技術者をいかに取り組んで、社会の中でいかにボリューム感がある体制を作れるかが課題。今は、AIは研究をやっていればいいという時代ではなくなっている。産業界との連携を積極的にやっている。またスタートアップとの連携を始めたり、コンソーシアムをつくって、データを持っているがどう使ったらいいかわからないという人たちとどうしたらいいか議論したりしている」として、研究開発の産業活用を強調した。

▼辻井氏は、自然言語処理が専門で、マンチェスター大学教授、東大教授、マイクロソフト研究所(北京)主席研究員などを経て、昨年5月にセンター長に就任。
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産業やAIのトレンドを意識した理研と産総研と比べて、異色を放つ研究を推進しているのが総務省所管の情報通信研究機構脳情報通信融合研究センターだ。言語処理や音声翻訳のほか、センター名のとおりもともと脳科学の研究を行っていることもあり、基礎的な神経科学に基づいたAI研究を行う。「多様な脳認知活動研究から新たなAIを構築しようとしている。マルチモーダルな脳機能計測から、脳情報のデータベースをつくり、解析をする。それがより汎用的なAIの基盤につながるというのが私たちの戦略だ。もうひとつは、省エネの問題に対応するために、『ゆらぎ』を利用する脳の原理にもとづいた情報ネットワークの制御などを行っている」(柳田敏雄・センター長)

▼柳田氏は生物物理学が専門で、大阪大学大学院生命機能研究科特任教授、理研の生命システム研究センターセンター長を兼務する。
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シードマネーだけでは勝てない 産業化による基礎研究への持続可能な投資が肝要

パネルディスカッションでは、3センターのセンター長に加え、AIの若手研究者である松尾豊・産総研人工知能研究センター企画チーム長兼東京大学特任准教授、宮尾祐介・国立情報学研究所准教授、鳥澤健太郎・情報通信研究機構ユニバーサルコミュニケーション研究所データ駆動知能システム研究センターセンター長が登壇し、これからのAI研究開発の方向について議論を交わした。

松尾氏は、GoogleやFacebookといった海外の巨大IT企業に日本は敗北してきたことに言及した上で、「国がAI研究に投資をする動きは素晴らしいが、ここ10-20年の情報技術は、技術をベースに産業化し、そこで得た資金を投資して研究に回すところが勝つと思っている。シードマネーだけで勝つのは無理。今回の国の投資も稼ぐ方向に行かないと海外には勝てない。ディープラーニングをベースにして、認識、運動の習熟、言語の意味理解がコンピュータにできるようになっていく。それを日本が得意とするものづくり分野の技術と組み合わせ、農業や介護といった分野で活用していく戦略をとるべきだ」と訴えた。

一方、杉山氏は「研究は数式を書いてプログラムを書いてというものすごく地味なことをやっている。世の中のニーズは変わるし、5-10年後を考えるには基礎を見据える必要がある。GoogleやFacebookにも友達がたくさんいるが、私から見ても『数学で何が役にたつの?』という研究をやっている研究者がそれらの会社にいく。そういう基礎を日本でもやっていかないと10年後は危ないと思っている」として数理の基礎研究の重要性を強調した。

連携を阻む「制度の壁」、懸念される「成果を急がせる圧力」

パネルディスカッションでは、3省連携の研究開発を進める3センターのセンター長から連携に際しての要望の声もあった。発足から1年近くが経つ人工知能研究センターを率いる辻井氏は、「3省連携をやりますという掛け声だけじゃなく、細かい制度から変えないとうまくいかないだろう。例えばあるプロジェクトである装置を買っても(今の制度では)他のプロジェクトで使いまわせない。何割かを文科省の予算で残りを我々の予算で合わせて人を雇うということもできない。実際に組織をまたいで研究ができるような制度設計をしてほしい」と訴えた。また柳田氏は、「予算要求に関わってきたが、最後は財務省に訴えかけるのにキャッチーな文言を使ったほうが、予算が取れるとなる。(各省間でライバル関係になるので)各省間で情報を出さないようになる。実務では研究費はどんどん下がるので、非常に深刻な問題」と言う。

▼柳田氏、杉山氏、辻井氏の3センター長は、連携をとるために毎週会って打ち合わせをしているという。
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また、若手研究者として宮尾氏は「私たちの世代は学生の指導、雑務など仕事が多くてその忙しさは尋常じゃない。世界を変える人材がいても、研究に時間を割けないのが現状だ。研究に時間を使えるようにして欲しい」といった、根本的な研究環境の課題も挙げられた。

杉山氏は、「いま世の中はAIブームだが、いっときのブームにしてはいけないと思う。AI技術はこれからの日本を支える重要な技術になる。研究も人材育成も重要だが、5-10年はかかるもの。すぐに成果が出ない、とバッシングにあうのを懸念しているが、来年すぐに成果がでるものではない」と言う。

AIの研究開発は政府、産業界、研究者らそれぞれの目的や考え方が交錯している。過去のAIブームでは、産業や社会からの期待の大きさとくらべて、実際の研究成果が挙げられなかったとしてブームが終焉し、研究費や人材が減り「研究の冬の時代」となった。地に足の着いた研究開発と、それを理解して支援する政府や産業界のあり方が必要となりそうだ。

【関連情報】
「第1回 次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム」の開催

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長倉 克枝(ながくら・かつえ)

記者、フリーランスライター。1981年名古屋生まれ、北海道大学獣医学部卒。新聞記者(科学技術部、証券部)などを経てフリー。「日経サイエンス」「wired」「週刊朝日」などに執筆。関心領域はIT全般、テクノロジーと社会をめぐる問題、医療・介護福祉など。