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”脳力”を増強するエンハンスメントはどこまでゆるされるのか? -シンギュラリティ・サロン第15回公開講演会リポート-

2016.04.28

Updated by Yuko Nonoshita on 4月 28, 2016, 06:30 am JST

毎回、人工知能の研究開発に携わるさまざまな有識者が登壇する「シンギュラリティ・サロン」の第15回公開講演会が開催された。今回は立命館大学大学院の美馬達哉教授を迎え、「脳科学とエンハンスメント その可能性と倫理」というテーマで、脳に対する医学的な治療とエンハンスメント(能力増強)技術の現状、そこで生じる倫理問題に関する話題が取り上げられた。

「脳を研究する」エンハンスメントとニューロエシックス

アルツハイマーやパーキンソン、うつ病などの治療のために脳神経の研究が行われているが、最近では脳の働きだけでなく、働きを変化させる技術の研究にまで関心が広がっている。脳の治療薬や活性化させるテクノロジーを健康体に使って増強するエンハンスメントについては、どこまで行っていいかを倫理面から検討する必要があり、美馬氏は「ニューロエシックス」と呼ばれる脳神経倫理の研究を行う専門家として、関連書籍も多数執筆している。

▼立命館大学大学院の美馬達哉教授はニューロエシックス関連の書籍を多数執筆していることで知られている。
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普段は神経内科医として治療の現場に関わっており、テクノロジーを使って脳をリハビリする方法を確立するため、脳の働きを調べている。経頭蓋的磁気刺激法(TMS)と呼ばれる磁気を使った電気刺激と運動と組み合わせ、脳卒中による片まひを改善する方法などを開発しているが、外部からの刺激が運動トレーニングと同じ効果をもたらすことがわかってきたという。

▼磁気で電気刺激を行う経頭蓋的磁気刺激法(TMS)脳をリハビリする方法の一である。
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さらに効果を出すには脳に直接電気を流して刺激する経頭蓋的直流刺激法(tDCS)があり、頭皮に置いた電極から微弱な直流電流を流すヘッドギアも開発されている。ヘッドギアを着用している間に脳の働きがどのように変化しているかはリアルタイムで記録できるようになっており、当日、美馬氏はヘッドギアを自ら着用してどのようなデータが取れるのかを見せてくれた。

▼脳に直接電気を流して刺激する経頭蓋的直流刺激法(tDCS)は専用のヘッドギアも開発されており、さまざまなデータを収集できる。

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このようなギアを用いて健康な人の脳に電気刺激を与えて感情や性格をコントロールするエンハンスメントについては、15年ほど前から研究がはじま り、すでに知的能力を人為的に増強、強化する「認知的エンハンスメント」の可能性は見えてきているらしい。ある実験では右前頭前野へのtDCSによって人 は寛容になるとの結果も出ている。だが、はっきりと効果を出すにはヘッドギアで使われる以上に強力な電流を直接流せるチップを脳に埋め込むテクノロジーが必要で、またできたとしても脳に差し込むと脳細胞は死んでしまうため、どんな副作用がおきるか予測不可能である。

脳に手を加える方法としては過去にはロボトミーと呼ばれる精神外科手術があったが、患者の人格そのものを変えたり、正常な脳を傷つけたり、副作用に対して効果が無いことがわかっている。60年代には、動物の脳に電極を刺して電気刺激で行動をコントロールする実験が数多く行われた。が、今からみると動物虐待になりそうだ。

▼脳の外科手術「ロボトミー」はノーベル賞を受賞しているが現代医学では効果が無いと言われている。
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とはいえ、電気刺激治療そのものは残っており、そうした流れも受けながら脳科学の研究と臨床応用に関する倫理的諸問題を検討する学問分野として2002年ごろに「ニューロエシックス」が登場する。

脳エンハンスメント技術がシンギュラリティをもたらす?

そのニューロエシックスで最近課題とされているのが、薬で知的能力を増強する「脳ドーピング」に対する考え方である。向精神薬がベースで、カフェインやリタリンなどのスマートドラッグから覚せい剤まで含めるといろいろあり、副作用があるものも少なくないが、今後、安全で有効なサプリメント感覚で使える薬が開発される可能性がある。そうした新薬を使ったエンハンスメントに対しては、治療(トリートメント)と達成(アチーブメント)、商業化の観点から問題がないかを考える必要がある。

▼薬を使った「脳ドーピング」が問題視される3つの理由
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同じ問題は、今後登場する生物治療や遺伝子治療の際にも生じるが、いずれにしても「脳のエンハンスメントに対する考え方は、文化や社会背景によって変わるかもしれず、将来は当たり前になっているかもしれない」と美馬氏は説明する。

今回のサロンで司会進行役を務めた神戸大学の塚本昌彦教授は、「一般的にシンギュラリティの定義は人工知能が人類の知能をはるかに追い越す日と言われているが、科学技術の発展曲線が特異点に達することであり、そこで登場する『超知能』は人工知能ではなく超越した人類もる含まれる」としている。

つまり、脳をエンハンスメントする技術がシンギュラリティをもたらす可能性もあり、ニューロエシックスに関する議論も注目を集めることになりそうだ。

▼テクノロジーの進化によって治療とエンハンスメントの境界は今後変わるかもしれない。
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追記:なお、本研究は文科省科研費新学術領域研究「オシロロジー」の支援を受けて行われている。

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野々下 裕子(ののした・ゆうこ)

フリーランスライター。大阪のマーケティング会社勤務を経て独立。主にデジタル業界を中心に国内外イベント取材やインタビュー記事の執筆を行うほか、本の企画編集や執筆、マーケティング業務なども手掛ける。掲載媒体に「月刊journalism」「DIME」「CNET Japan」「WIRED Japan」ほか。著書に『ロンドンオリンピックでソーシャルメディアはどう使われたのか』などがある。