WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

SIGGRAPH2016 最新VR/AR技術大集合 全長5メートルの巨人体験からホロレンズによる「可視化される未来」まで

Emerging Technologies in SIGGRAPH2016

2016.07.29

Updated by Ryo Shimizu on July 29, 2016, 07:00 am JST

 今日までカリフォルニア州アナハイムで世界最大のコンピュータグラフィックス学会ACM SIGGRAPHが開催されています。

 SIGGRAPHは、アメリカ計算機学会(ACM;Association for Computing Machinery)の中のグラフィックス分科会(SIG-GRAPH、SIGはSpecial Interest Group)を意味するが、今や規模の点から言っても名実ともに世界最大の学会の一つとなっています。

 コンピュータグラフィックスというと、一般の人には映画やアニメで使われる技術と思われがちですが、実は映画はアニメはもちろん、毎日当たり前の用に使っているスマートフォンや、コンピュータゲーム、PCで使われるマウスやウィンドウといった分野など、私達が普段接するコンピュータは全てコンピュータグラフィックス研究の恩恵を受けていると言っても良いほどで、従ってこのSIGGRAPHで発表される技術の数々は単に専門家が扱うにとどまらず、広くあまねくコンピュータの未来を占う上でも非常に重要な位置づけにあります。

 特に、近年再び注目を集めてきたVR(Virtual Reality)、AR(Augmented Reality)といった技術はもちろんのこと、3DプリンターやLEGOまで、その応用範囲は多岐にわたります。

 従って、このSIGGRAPHに来なければ本当の世界の最先端でどのようなことが研究されているか知ることは難しいということです。だから世界中のコンピュータグラフィックスやユーザーインターフェースの研究者はもちろん、映画、ゲームの専門家など、様々な業界のプロフェッショナルが集まることでも知られています。

 中でも、毎年注目を集めるのは通称E-Techこと、Emerging Technologiesコーナーは、世界各国から集まった最先端の研究成果のデモが見られる場所として知られています。

 今年は歴史上初めて、このE-Techのチェアマン(責任者)を日本人の稲見昌彦東京大学教授が担当することとなり、スポンサーもNTTグループ、EPSON、SmartNews、そしてドワンゴといった具合に日本の名だたる企業が名前を連ねました。これもSIGGRAPH史上初めてのことです。

 これは年々、慶應大学の舘研究室(旧東京大学舘研究室)を始めとして、E-Techへの参加者が日本勢が増えてきたこととも無関係ではないでしょう。実は日本の大学はVR/ARの分野において国際的にも非常に高く評価されているのです。今年は、東京大学、電気通信大学、筑波大学、慶応義塾大学の研究室がNVIDIAやOculusといった名だたる海外の一流企業と軒を並べて存在感を強めていました。

 今年のE-Techも非常に沢山の最先端技術の見本市となっているので、とても全部は紹介しきれませんが、インパクトの強かったものをいくつか紹介したいと思います。

 まず、筑波大学の岩田研究室が展示する巨大ロボ体験が可能な「Big Robot Mk1」
 これは名前の通り、巨大ロボットに乗り込んだ感覚を実際に体験できるメディアアートで、自分の身体の動きが巨大ロボットの動きに拡張されます。

 これ、実際に乗り込んでみるとかなり怖いです。

スクリーンショット 2016-07-28 23.03.54

 今回は幸い(?)いくつかの関節が故障していたのでそこまで怖くなかったのですが、本当は歩くと上半身が前後左右に揺れるそうで、歩くだけで絶叫マシン並の体験になるとのこと。ただ歩くだけでも相当怖いので、巨大ロボットにはできれば乗りたくないなあ、と思うこと請け合いです。

スクリーンショット 2016-07-28 23.03.37

 こちらの慶応義塾大学と大阪大学の展示は、左右の女性がボールをお互いに投げるだけ、という一見謎の展示なのですが・・・

スクリーンショット 2016-07-28 23.03.29

 こんな感じでMicrosoftのHoloLensを身につけてこの場面を見ると・・・

スクリーンショット 2016-07-28 23.03.17

 ボールの予測軌道がリアルタイムに合成されます。
 まさに本物のAR(Augmented Reality)です。

 開発者によると「未来予測を可視化して見せたかった」そうで、たしかにこれなら、ビリヤードや野球のボールがどのような軌道で来るか表示したりすると、超人スポーツ(AR技術で人間の能力を拡張して行う未来のスポーツ)などでは活用の幅が広そうです。

 実はこれが筆者のHoloLens初体験でもあったのですが、驚くほど違和感なく空間に軌道表示が溶け込んでいて「うおおおっ!未来!!」という気分になりました。噂通り、HoloLensの視野角は異様に狭いので、視線がちょっとでも外れると映像が消えてしまうのですが、見えている範囲では完璧に位置トラックができていたのはかなり驚きでした。

スクリーンショット 2016-07-28 23.01.57

 ここ最近、NVIDIAは毎年VR(Virtual Reality)の最新技術デモをE-Techで披露しています。昨年はライトフィードに対応し、どの距離に対してもピントを合わせることができるVRゴーグルの技術をデモしていましたが、今年はより現実的な技術として、VRヘッドセット(ヘッドマウントディスプレイ)内部に視線センサを搭載し、視線があっているところだけレンダリングの解像度を上げて、周辺視野についてはレンダリング解像度を落とすことによって全体の改造感を上げるというデモでした。

 これが、細かく説明されなければわからないほど自然で、「え、いつから視線追跡してるの!?」と混乱するのですが、ちゃんとデモの中で「視線追跡を意図的にずらしますねー」というタイミングがあって、そのとき実はちゃんと(?)視野の外は手抜きがされていたことに気がついてちょっとしたAHA体験があります。これは近いうちにFOVEのようにHMDの中に視線追跡センサが搭載されるようになれば一般的な技術としてすぐにでもコンシューマに降りてくることが期待されます。

スクリーンショット 2016-07-28 23.02.14

 この展示は、円を中央で2つに切った通路をHMDを装着して壁伝いに歩かせるデモで、画面の中では直進になっているのですが、壁に手を付いていると円形の動きをしているのに直線の動きと錯覚して、事実上無限大に近い動きができるようになっています。

 デモでは、ビルの屋上に引っかかった風船を拾うというミッションをクリアするのですが、本当に高所体験ができて、これまたけっこう怖いです。

 スペースをとらないので、お台場のVR ZONEなどでもすぐに使えそうなテクニックだと感じました。

スクリーンショット 2016-07-28 23.01.35

 こちらも電気通信大学の展示で、振動素子を搭載した鍵盤を叩くと、ギターの弦や木琴、鉄琴の手触りを再現するハプティックデバイスです。

 振動だけで質感をリアルに再現できるというのは、今はiPhoneの3D Touchで一般消費者にもお馴染みですが、もとはE-Techなどで十年以上も前から研究発表されてきた技術です。3D Touchのようなさりげないものも最先端のVR技術の成果だというのは、一般の方にとっては意外かもしれませんね。

 「そこにはないのにあるように感じさせる」というのは、本質的(Virtual)な現実感(Reality)なので、全てVR技術となります。その意味ではタッチスクリーンももとはVR技術の一種です。

 VRは、なにもへんてこなディスプレイを頭に被ることだけを意味しないのです。

スクリーンショット 2016-07-28 23.00.13

 こちらはOculus Researchの展示で、やはりVR触覚デバイスです。

 円盤状の機械の上に掌を置くと、あらゆる位置からの振動を絶妙に再現することができます。

 VRヘッドセットを付けて体験すると、まるで本当に机の上でボールが跳ねているかのような振動を体験することができます。

 Oculusのように実用的なVR技術を追求する会社が、こうした本質的なVR技術の研究も地道に行っているというのは小時間的には非常に感心しました。

スクリーンショット 2016-07-28 16.02.10

 日本ではサンジャポなどに出演していることで知名度の高い落合陽一氏は、今年も大活躍していました。

 まず、SIGGRAPHというトップカンファレンスで最も難易度の高いTechnical Paper(技術論文)発表を行い、E-Techでも今年もデモンストレーションを行っていました。

スクリーンショット 2016-07-28 15.58.14

 落合氏の研究発表は、空中に触れる立体映像を出現させたり、人間の知覚をHMDで騙して錯覚を起こさせるものなど、非常に興味深いものが多かったのですが、人気がありすぎて筆者も体験できませんでした。

スクリーンショット 2016-07-28 22.59.26

 SIGGRAPHのE-Techには、メディアアートの展示コーナーも併設されていて、様々なメディアアートが展示されているのですが、筆者が個人的に気に入ったアートはこれです。

 これ、よく見るとわからないのですが、むかしのコンピュータの筺体の中に「物理的な」ワイヤーフレームでティーポット(CGの世界ではよく例題として使われます)が表示され、キーを押すと回転するようになっています。

 仕組みとしては非常にバカバカしいのですが「アート」と言われると笑いながら許してしまう、そんなシャレの効いたところもSIGGRAPHの懐の広さであり、面白いところでもあります。

 先の岩田先生のBig Robotもそうですが、単なるテクノロジーではなく「メディアアート」という文脈を加える事で、技術一辺倒ではなく、技術を普通の人でもわかりやすく体験できる、体験しなくても「凄そう」と思ってもらえる、そして優秀な人材が集まる、という効果があって、岩田先生の技術は実際にオリンピックの強化選手に使われている秘密兵器にもなっているのだとか。

 落合氏はよく「トーマス・エジソンが21世紀に生きていたら、メディアアーティストと呼ばれていたはずだ」という話をします。この発想は筆者も感服していて、確かに、その瞬間役に立つかわからないようなものをトーマス・エジソンは研究していました。たとえばレコードもそうですし、晩年には霊界通信機や、音声をエネルギー源として進む自動車を作ろうとしていたと言います。グラハム・ベルも、電話機を発明した直後はオモチャ扱いされ(なにしろ最初の電話の実験器は伝声管よりも性能が低かった)、20世紀最大の発明と言われる半導体、特にトランジスタに関しても、ベル研究所の大々的な記者会見とは裏腹に当時のニュースでは三行くらいの扱いにしかなりませんでした。

 偉大な発明というのは、最初は何の役に立つのかわからないほど些細なものなのです。
 重要なのは、その発明をもとにどれだけ多くの人にインスピレーションを与えるか。それが発明の使命だとすると、アートという文脈はひとつの技術的アイデアを誰にでも分かる形に翻案するという意味で非常に効率的な方法だと言えます。

スクリーンショット 2016-07-28 23.00.52

 他にもSIGGRAPH会場ではUnreal Engine4のワークショップや3Dプリンターのワークショップなど、様々な展示が例年通り来場者を楽しませていました。

 SIGGRAPHは、学会という性質上、日本ではまだあまり知られていませんが、研究者ならずとも楽しめる見どころがいっぱいありますので、ぜひ日本の企業の方も起こしいただくことをおすすめします。
 

 尚、今回のE-Techの模様はE-Tech常連出展者でもある東京大学の暦本純一教授が自ら開発した360度VRカメラ、Jack-Inによるパノラマ動画が公開されています。

※修正履歴
公開時、"Laplacian Vision: Augmenting Motion Prediction via Optical See-Through Head-Mounted Displays and Projectors"(HoloLensでボールの予測軌道が見える展示)を「電気通信大学」の展示としておりましたが、正しくは「慶應義塾大学と大阪大学」の展示でした。お詫びして訂正いたします。(本文は修正済みです) (8/3 16:10)

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。