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千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 教授 安藤昌也氏

千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 教授 安藤昌也氏(前編)「デザイン」は、今と未来のギャップを埋める方法論

ヒトとモノを巡る冒険 #003

2016.10.04

Updated by 特集:ヒトとモノを巡る冒険 on October 4, 2016, 11:41 am JST Sponsored by ユニアデックス株式会社

「モノ」「ヒト」「サービス」の3つの分野で先進的な取り組みをされている企業様へのインタビューを通し、IoTがもたらす未来とそこまでの道筋を描きだすことに挑戦する本特集『ヒトとモノを巡る冒険』。第3回目はUX、人間中心設計などの研究を軸に、経験価値創出の取り組みを推進する千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 教授安藤昌也教授に、ユニアデックス株式会社 山平哲也が、お話をうかがいました。(構成:WirelessWire News編集部)

千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 教授 安藤昌也氏

安藤 昌也(あんどう・まさや)
千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 教授。総合研究大学院大学文化科学研究科メディア社会文化専攻修了。博士(学術)。ユーザエクスペリエンス、人間中心設計、エスノグラフィックデザインアプローチなどの研究、教育に従事。人間中心設計およびアクセシビリティの国際規格に関するISO/TC159(人間工学) 国内対策員会委員。人間中心設計に関するJIS規格の原案作成委員長を務める。また、NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-net)理事等を歴任。同機構認定 人間中心設計専門家。

「間違わずに使えるUI」が「求められるUX」をもたらすわけではない

山平:安藤先生は、現在人間中心設計、エスノグラフィックデザインアプローチなどの研究、教育に従事されているとのことですが、どのようなきっかけで今の道に進むことになったのでしょうか。

安藤:大学は早稲田の政治経済学部だったのですが、当時、一般社団法人 科学技術と経済の会というところで原稿を書くアルバイトをしていました。ここは「情報化社会」という言葉を初めて日本に作ったところです。インターネット学生ベンチャーブームの時代で、そういったところを取材して原稿書いて、メールマガジンに投稿すると原稿料を頂けるという本当に良いアルバイトでした(笑)。

その時に、インターネットをどうやって活用すればいいかっていうアイディアをいろいろ考えて、載せていたんですね。それを見ていたコンサルティング会社の役員が「是非うちに来てください」って言ってくださって、データ放送を使っておもちゃを動かすというアイディアプランを考えていたこともあり、その会社でBSデータ放送のインターフェイス開発に携わるようになったんです。1998年から2001年にかけてのことです。

山平:90年代の中盤から後半というのは、インターネットが台頭してきて「インターネットで世界が変わります」「技術の進歩で未来が変わります」と、技術が変化をもたらすように言われていた時代ですよね。そういう雰囲気の時代の中で、今研究されているデザインとかサービスというところにテーマが絞られてくるきっかけはあったのでしょうか。

安藤:実は最初から、デザインや技術、サービスそのものというよりも、「人」を知りたかったんです。人が技術とどう関わるか、どうやって人が技術を使っていくか、ということに常に関心がありました。

人がどうやって使うか、とか、人がその技術をどういうふうに理解して「この範囲だったら使える」と理解するかということにものすごく興味がありました。人がやっている事と、誰かがやりたいことのギャップを埋める方法を考える時に、デザインへ向かっていく、というのが僕自身の理解です。

BS放送のインターフェイス開発に携わっていた当時、「放送」はあらゆる年齢の方にも使えなきゃいけないということで、あるプロトタイプの段階で年配の方にテストで使って頂いたんですね。そうすると、全く使えないんです。なのに、終了後のインタビューで「これはいいです、是非使いたい」って言うんですね(笑)。

当時のユーザビリティのイメージはどうしても、マニュアルレスで間違い無くゴールに到達できるようにするのが良いことだと思われていたのですが、全然違うことを言う。しかも、全く使えていなかったのに、にも関わらず「発売されたら欲しい」って言うんです。しかし、こうしたユーザーの矛盾した反応を説明する理論がなかった。

山平:多くのメーカーの考え方は、ユーザーが使えない場合は必ずといって良いほど「使い勝手」をハード的にカイゼンすることで「使ってもらえる」ような仕組みにもっていきますよね。

安藤:そこが「違う」と思ったんですね。だってこの人、使いたいって言ってるんだから(笑)。このおじいさんがなぜ「使いたい」と言ったのか。実は、この時テストしてもらったのは株価の検索で、そのおじいさんは、株をやってたんです。

山平:なるほど、それは是非使えるようになりたいでしょうね(笑)。

安藤:たったそれだけのことなんですけれども。人生の中でやりたいことに対してその道具が役に立つと認識されたら、人は努力するんです。当然なんですが、意欲をもって使ってくれる人がいるってことを知ることは、エンジニアにとって救いでもあります。

でもこの人が、株の情報をテレビで見れるようなることで、本当に嬉しい思いをしてハッピーになるためには、やはりまだ技術的な距離もあった。そこをうまく埋めていくにはどうしたらいいんだろう、ということが疑問に沸きました。

また同じ製品テストでもう一つ印象的だったエピソードは、若者に使ってもらった時「慣れれば使える、ということと、間違えずに使えることは違うことだ」って言ったんですね。そして彼は「慣れれば(間違えずに)使えるなら、わたしはその方がいい」と言った。当時は「みんなが間違えずに使える」ことを目指していたのですが、求められているものは違うんじゃないかということに気づいて、それを研究するために博士課程に行きました。

博士課程では、黒須正明先生という、ユーザビリティやユーザエクスペリエンスUX(以下UX)、人間中心設計の世界的な研究者の元で、UXというものの本質を研究することで学位を取りました。ちょうどUXという言葉が出始めた頃で、UXで博士号を取ったのはたぶん僕が日本で一番最初だと思います。

BtoBとBtoC、それぞれの『ユーザー』の捉え方

山平:いま『ユーザー』というキーワードが出ていましたが、マーケティングの枠組みの中では、ついつい個人、消費者としての個人を思い浮かべてしまうと感じてます。一方で、我々のようなITサービス企業が、提供するサービスのどこをどう良くしていくか、どう価値を伝えていくかと考えた時に、伝える相手は確かに個人なんですけれども、ビジネスの形態としてはBtoCではなくBtoBです。このためBtoBという視点で僕たちは物事を捉えるのですが、その視点で見た時の、ユーザー中心のデザインとか、プロセスの在り方で、今までなされてきた議論や、具体的な事例があればお聞かせ頂けますか。

安藤:私は2013年に、東芝デザインセンターのUXデザイン戦略の立案をコンサルティングさせてもらいました。東芝は、基本的にBtoBの会社ですね。そういうなかでユーザー体験設計(UXD)というものをどういうふうに捉えるかという議論を、ずっと重ねてきました。

安藤 昌也/山平哲也

東芝デザインセンターが重要視することとして「うれしさの循環」というのをここでは言っていて、社員として、お客さま、更にその先にいる社会やエンドユーザー、インフラですと社会そのものになると思うんですけれども、そういうところに「役に立っている」という実感を持てるような物作りのコンセプトですね。

山平:いま挙げられたような東芝さんのようなコンセプトは、たとえば東芝さんの実際のビジネスの現場でも何かしら意識が出来るような取り組み、あるいは仕組みなのでしょうか。

安藤:仕組みですね。そういうデザインの仕組みを作ったんです。デザインのプロセスとか手法とか、そういったものも一緒に整備していきました。今はグループ会社もこの仕組みをベースに使ってデザインに取り組むことになっています。

東芝デザインセンターがこのUXデザインコンセプトに基づいた事例として紹介しているのは、電車のダイヤを設計する専門のソフトウェアです。過密すぎるダイヤにならないように、かつ効率よくダイヤ作りをしなきゃいけないんですけれども。そういう時に、ダイヤを設計するこのソフトのユーザーが楽しいように出来てるんです。切符のような形のインターフェイスとか、鉄道模型を連結していくようなメタファーとかで出来ているんですね。しかもそれが運行の安全を確保できている実感が持てるようなコンセプトで設計しています。

BtoBといっても、使う人と、その人が意識する外の文化や社会は最初からつながっていると理解してユーザーを捉えるのが、東芝デザインセンター、あるいはそのコンセプトの特徴です。

ユーザーの捉え方は各社いろいろだと思いますが、自社におけるBtoBのユーザーをどう捉えるかというのは、多分方法があると思うんです。そこを真剣に考えるのが大事かなと思います。

作るものが何であっても最終的に使う人がいる

千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 教授 安藤昌也氏

山平:BtoBのユーザーを真剣に捉えよう、考えようとする時に、社内への説明として、例えば東芝さんなら「うれしさの循環」が「いいことだ」という実感が無いと、実感を伴った理解が得られずなかなか進まないかと思うのですが。

安藤:その通りです。そこで、実は東芝はどういう歴史を辿ったのかという棚卸しをしていって、東芝のDNAを探索していく作業を社員の方と一緒に取り組みました。幕末から明治に生きた創業者が、世の中をよくする物作りをしてきたり、戦後は電気釜や掃除機を作ったことで女性社会進出のサポートにつながったとか、そういうさまざまな棚卸しを繰り返したんです。

この時は、現場を見るというよりは、この会社がどうありたいか、どういう方向を目指すのかというのを本気でみんなが考えたんですね。その作業と、ユーザーをどう捉えていけばいいかっていう作業。両方があいまって、完成していく作業ですね。

山平:そのような視線を合わせる、あるいは文脈を合わせるような作業はBtoBとBtoCでは何か違ったりするんでしょうか。

安藤:すごくいいご質問で、両方とも見ているのは「ユーザーって誰?」ということなんです。ユーザーを見る時に、「会社ならでは」ということを重要視するケースと、そうではないケースがあるということだと思います。

ユーザーの捉え方が複雑なのは、BtoBだと思うんです。そこをどうやって捉えればよいか、真剣に考えていくことが重要です。たとえば事務機器の場合はJBMIAといって、一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会というところが自分たちの製品のユーザー、特にプリント複合機のユーザーをどう捉えればいいかという研究をずっとやっているんですね。

山平:そういう業界団体的な組織で、「ユーザーは誰だ?」という研究を進めると、参加されている企業同士の差別化が難しくなってきたりはしませんか。

安藤:そんなことはないですよ(笑)。研究することで全く新しいものは出てくるし、着眼点を変えればまだまだイノベーションの余地はあると思っています。

例えば先日、沖電気工業の研究開発センターと共同で、コピー機の新しいインターフェイスの特許を出願しました。今、大学生ってコピー機を使えないんです。我々の世代だと試験の時にみんなノートをコピーしてましたよね(笑)でも今、写メですから、コピーしないんですね。そうすると会社に入って初めて、先輩からコピー機の使い方を教えて貰うことになって戸惑うんです。だったら、今の大学生がスムーズにコピーできるようなインターフェイスってどういうものだろう、というスタディをしました。

他にも、例えばそれが中間財だとすると、中間財を使っているユーザーというのは、最終製品の設計者だったり、あるいはそこの工場で働いている人だったり、そこから更に奥にいるエンドユーザーだったりするわけですが、そういうところをきちんと見たら、そこにニーズはあるように思います。

僕は自動車部品メーカーのデンソーで、どんな製品をユーザーが求めているのか考えて、製品作りにつながるようなコンセプトを作る共同研究をしていたことがあります。エスノグラフィックデザインアプローチを用いた研究で、実際にユーザーの車に乗せてもらったりして調べていました。

デンソーは基本的には、顧客であるカーメーカーの要望を元に製品作りをするわけなんですけれども、カーメーカーから車を買うお客さまがどんな人か、どんな本質的なニーズを持っているかを先回りして技術開発していくということが大事だと考えて取り組みました。なかなか本当に製品にすること難しいんですけれども、作るものが何であっても、最終的に利用するユーザーはいるわけなので、真のユーザーを観て理解しているということは、BtoBの製品作りであっても不可欠であり、またそのことが営業力にもつながっていくのだと感じました。

過去のデータから「だけ」では、新しいモノは産み出せない

千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 教授 安藤昌也氏

山平:我々が今IoTビジネスをしている中でよく問い合わせを受けるひとつに、店舗の中で誰がどう動いて、モノを取って、何故戻すのか、買うのか、というようなことを、ある程度可視化をして分析して欲しいというご要望があります。

安藤:それ、昔からやってらっしゃる人多いと思うんですけど、わかるんですか?

山平:「人工知能とかディープラーニングっていうのに、なんかセンサーで取ってきたデータを食わせると、ピピッとわかるんでしょう?」と言われるんです。

安藤:わかるわけないですよね(笑)。

山平:やっぱりそう思いますか(笑)。

安藤:データは過去のものであって、取ったデータの範囲をどれだけいじっても、無い袖は振れません。パターニングが、よりリッチにディープに多層的に学習してくれるかもしれないけど、新しい物は産まないですよ。ちゃんとユーザーのことを別の形で理解してあげて、またそのデータをもう一回見直す、そういう循環的なプロセスを踏まないと、見えてこないと思います。

山平:過去のものであるデータから得られる結果と、これから先に起こるだろう推論・推測の両立みたいなことは考えられますか。ビッグデータの解析や、それを元にした推論、意志決定支援のAIみたいなものと、人間の経験則的なものとか、直感的なものを組み合わせるというか。

安藤:直感ではなく、研究ですよ(笑)。質的研究と量的研究を両方コンバインした、混合研究法っていうのが大事だと言われていますが、単純に質と量を組み合わせればいいのではなく、対象に対してどういうアプローチでいくと本質的に迫れるか、一番重要な事がわかるかを理解して、それから質と量を組み合わせることが重要です。

どうしても人のエクスペリエンス(体験)は主観的なものなので、それがわからないと行動の理由や動機がわからない。じゃあ主観がわかったから分かるのかというと、これまたヴァリエーションが増えすぎているように見えるんですね。僕がUXで学位をとった時のポイントは、そのヴァリエーションを産んでいる変数っていうのを見つけたところです。

製品やサービスの利用に対する意欲とかモチベーションが、ユーザーのヴァリエーションを産む媒介変数になっているんです。そうした変数を使ってユーザーのセグメントを整理して、その上でデータを見ていくと、あらゆる行動の説明度が高いことが分かっていています。裏返すと、その場での行動データだけでは充分見えてこないだろうなと思いますね。

(後編に続きます)

IoTの実現に向けたユニアデックスの取り組みはこちらをご覧下さい。

安藤 昌也/山平哲也

【聞き手】山平 哲也
ユニアデックス株式会社 エクセレントサービス創生本部 プロダクト&サービス部 IoTビジネス開発室長
企業向けシステムエンジニアとしてキャリアをスタートし、インターネット普及に伴いIPネットワーキング技術などを担当。2001年に米国シリコンバレーにおける拠点立ち上げ。2007年からICTソリューションのマーケティング企画部門を経て、現在、IoTを中心としたエコシステム構築とビジネス創造を推進している。
山平哲也氏によるインタビュー“あとがき”は、ユニアデックスのオウンドメディア「NexTalk」をご覧ください。

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ユニアデックスは、IoTで新たな価値を創造すべくさまざまな取り組みを進めています。本特集では、エクセレントサービス創⽣生本部 プロダクト&サービス部 IoT ビジネス開発室⻑である山平哲也が、「モノ」「ヒト」「サービス」の 3 つの分野で先進的な取り組みをされている企業様へのインタビューを通し、IoTがもたらす未来と、そこへ至る道筋を描きだすことに挑戦します。(提供:ユニアデックス株式会社