マクラーレン

アップルの「マクラーレン物色」が示唆するもの

2016.10.06

Updated by Hayashi Sakawa on 10月 6, 2016, 11:42 am JST

半月ほど前に流れていた「アップル(Apple)がマクラーレン(McLaren)の買収もしくは同社への戦略的投資を狙っている」というニュースについて改めて取り上げてみる。主な狙いは、アップルの自動車関連プロジェクトが進行具合などを推理すること。推理のための手がかりの一つは、現在自動車開発プロジェクトの面倒をみているとされるボブ・マンスフィールドという人物、そしてもう一つは「マクラーンレンというテクノロジー企業」の存在だ。

ボブ・マンスフィールドは「火消し役」の中継ぎ起用

ボブ・マンスフィールドは、以前にしばらくアップルでハードウェア関連の責任者を勤めた後、事実上現役を引退していた元幹部(昔アップルの製品発表ビデオに出ていた「いかつい感じのイガグリ頭の男性」と言えばぴんと来る読者の方もおいでかもしれない)。

この「マンスフィールドの再登板」というニュースが流れていたのは7月下旬のことだが、それを聞いた時には「いくらハードウェア(エンジニアリング)畑の出身といっても、自動車分野は無理ではないか」との違和感を感じた。同氏の年齢(60歳台半ば)や「過去のパターン」なども考え合せえると、「今から勝手のわからない新しい分野に首を突っ込んで、自らが主体となってどうこうしよう」との可能性は少ないのではないかと推測したのだ。

「過去のパターン」とは、次のことを指す。

マンスフィールドはこれまでに2度、火消し役のような形で何かの責任者や補佐役に起用されたことがあった。1度目(2010年8月)は例の「アンテナゲート」をめぐる騒動の後でのハードウェア部門責任者抜擢(「アンテナゲート」は、iPhone 4のアンテナ部分に指を置くと電波が入りにくくなるなどと大騒ぎになり、ジョブズが自ら謝罪もしていた一件。あれでIBM出身の前任者がジョブズにクビを切られていた)。2度目(2012年10月末)は、マンスフィールドと「直接口もきかない仲」とされていたスコット・フォーストル(元iOS開発責任者)の失脚を受けての現役復帰。後者については、マンスフィールドの後任のダン・リッチオ(現ハードウェア担当責任者)の「助っ人」という形だったようで、当時のAllThingsD記事の中には「マンスフィールドは、ティム・クックCEOに手を貸そうとちょっと戻っただけ。ハードウェアエンジニアリング・チームのリッチオ新体制への移行は予想したほどうまくは進んでいなかった」という情報筋の話が出ている。

マンスフィールドは結局9ヶ月にこの助っ人役を降りたが、ティム・クックが「まだ引退させるには早い、遊ばせておくのはもったいない」と考えたのか、マンスフィールドに「自分付きのアドバイザー」という肩書きを与えて自分の近くにキープしておくことにした。また、2013年あたりには「マンスフィールドが秘密の新製品開発プロジェクトに携わっている」との話も報じられていたようだ(この新製品はAppleWatchのこと)

こうした過去のパターンも踏まえると、マンスフィールドは適当な責任者が見つかり次第、自動車開発プロジェクトでも「黒子役」に回ることになるのではないか。

「PAセミ買収」という前例

難局で事態収拾に引っ張り出された責任者が最初にやることと言えば、まずは現場の状況把握だろう。そう仮定すると、マンスフィールドが現状の洗い出しをやり、それを通じてアップルが自動車分野で戦っていくのに不可欠な差別化要素が社内に揃っていないことに気づいた。そんな可能性に思い当たる。

アップルが外部企業の買収を通じて、製品・サービスの中核技術の種を手当てしてきた例はたくさんある。その代表例がPAセミ(PASemi)の買収だと思う。PAセミは、Aシリーズチップ(iPhone、iPadに搭載されるSoC)の元となる技術を開発した企業だが、当時この買収のニュースを目にして、「なぜチップまで自社開発するのだろう」という疑問や「Macでは(インテル製に切り替えるまで)プロセッサで散々泣かされていたから、その轍を踏まないようにするんだろうか」といったことが頭に浮かんだことを思い出す。

いまではA10までバージョンアップしているAシリーズSoCが、iPhoneの強力な差別化要因であるというのは、例えば「互いに最適化されたチップとソフトウェア、その組み合わせだからこそのユーザー体験」といったこと。また最新のA10 Fusionには、省エネ用のコアと高パフォーマンス用のコアがそれぞれ2つづつ搭載されているが、iPhone7発表時にそれが明らかになった直後には「こういうことができていれば、サムスンもGalaxy Note 7に無理して大容量のバッテリーなど押し込まずに済んだかもしれない」といった意見も見かけた。

初代iPhoneを投入した翌年にもうPAセミを買収していたスティーブ・ジョブズの「慧眼ぶり」を指摘する声は過去に何度も上がっていた。またアップルでは現在ハードウェア側の幹部が二人に増えているが、その一人、ジョニー・シュロウジのプロフィールには「A4開発を率いた(その功績で抜擢)」とあり、ここにも中核技術の確保を重視するアップルの姿勢が看てとれると思う。

マクラーレンに関する報道が流れる少し前には、同プロジェクトで戦略の見直しが進んでいるとの報道もあった。この「仕切り直し」を受けて一部で人員整理があったことなども報じられていた。プロジェクトの方向転換で不要となった部分の人員を手放し、同時に不足する部分を確保するためにマクラーレンに接触した可能性がうかがえる。

「自動車メーカーに見せかけたテクノロジー企業」マクラーレン

自動車分野ではPAセミに相当するような存在がマクラーレンである、という見方がBloomberg記事の中にある。

マクラーレンがF1で他に先駆けてカーボンファイバー素材の車体を導入したことなど自動車本体に関係することと共に、同社が生産技術の面でもノウハウを蓄積していること(公道を走行可能な高級スポーツカーを2017年には4000台生産する目標、とある)などがこの記事中には記されている。またマクラーレンのウェブサイトを見ると、レーシングカーや高級スポーツカー関連の事業の他に、健康医療関連(のいわゆるビッグデータに関連するもの)からエネルギー関連まで様々な分野の研究開発を手がけていることもわかる。ただ、アップルにとって不可欠な要素が具体的に何なのかというのはよくわからない。「モーター」「バッテリー」といったざっくりした括りではなく、それよりさらに粒子の細かいレベルの事柄に関する言及はない…。

そんな疑問に対する答えの手がかりを求めて呻吟していたところへ、「マクラーレン・アプライド・テクノロジーズという部門のCTOが東京に来て話をする」という情報が入って来たのでさっそくこの集まりに申し込んだ。なにか手がかりが見つかるといいのだが。

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坂和 敏

オンラインニュース編集者。慶應義塾大学文学部卒。大手流通企業で社会人生活をスタート、その後複数のネット系ベンチャーの創業などに関わった後、現在はオンラインニュース編集者。関心の対象は、日本の社会と産業、テクノロジーと経済・社会の変化、メディア(コンテンツ)ビジネス全般。

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