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経済の時間と、人間の時間の軋轢

人と技術と情報の境界面を探る #004

2017.05.15

Updated by Shinya Matsuura on 5月 15, 2017, 07:00 am JST

グローバリズム、あるいはグローバリゼーションという言葉は、「世界を一つの共同体と見なすこと」「一つの共同体化すること」という意味を持つ。一つの共同体とは、ひとつの政治権力、ひとつの通貨、一つの経済圏といったことであろう。このすべてが揃っていなくとも、一部だけでも実現していれば、それはグローバリズムだ。また、全世界が一つなっていなくとも、複数の国をまたがって共同体が形成される場合にはグローバリズムという言葉を使う。欧州共同体(EU)は欧州地域限定だが、典型的なグローバリズムと位置付けられている。

グローバリズムが政治にもたらすのは平和だ。複数の政治権力が物理的力を行使するのが戦争である。政治権力が集約されれば、戦争は原理的には起きなくなる。

グローバリズムが経済にもたらすのは、高効率のビジネス環境である。国境という障壁がなくなれば、「域内のもっとも製造コストの安い場所で生産し、もっとも高く売れる場所で売る」ということが可能になる。情報と物流における技術革新が、この流れを後押しする。平和と経済的繁栄はグローバリズムがもたらす果実の正の側面だ。

では負の側面はどこにあるのか——それは「誰のための平和か」「誰のための経済的繁栄か」というところにある。

グローバリズムの平和は、グローバリズムが及ぶ範囲内の平和である。域外については、むしろグローバリズムは、経済的繁栄に基づいて強圧的に振る舞うことすらある。「では、全世界が一つの政治権力で統一してしまえばいい」……確かにその通りだが、そう簡単ではないのは、世界の現状が示している。

そしてグローバリズムの経済繁栄とは「経済的強者のための経済繁栄」である。ビジネスを始めるコストはゼロではない。いかに情報と物流のコストが低下しても、ゼロになるわけではない。それだけの投資を行える者だけが、グローバリズムの恩恵に浴することができる。グローバリズムの経済効果は大きい。結果、富める者はますます富むことになる。経済的収奪の速度が、経済成長の速度を上回れば、貧富の格差は拡大し、世界は少数の富める者と大多数の貧しき者とに分割されることになる。
 
 
 ここで起きるのは貧しき者の移動だ。グローバリズムで自由になるのは、カネとモノだけではない。ヒトの移動も自由になる。貧富の格差が拡大すると、生まれた場所に定住するリスクが、経済的に裕福な土地に移り住むリスクを上回るようになる。するとヒトが移動を始める。食えない、家族を養えないという切実な動機の前に、地縁血縁も風土への愛着も断ち切って、ヒトは移動する。

ヒトが移動することによって、2つの時間の差異が明確になる。一つはカネとモノの時間、経済の時間と言ってもいいだろう。経済の時間は、最短の時間的コストで最大の利益を挙げることのみが目的だ。そのために情報もモノも最短時間で移動し、どんどん社会的な状況を変えていく。

もうひとつがヒトの生きる時間だ。これは経済の時間ほど高速に流れることはできない。使用する言語の習得、生活習慣の変化など、変化はヒトの世代交代によって規定されておりひとつの変化が完了するまでに数世代かかることもある。

グローバリズムの結果、貧しき者が移動するのは、経済の時間に突き動かされた結果だ。ヒトが移動するということは、同時にそのヒト固有の時間もヒトと共に移動するということである。そのヒトが育った文化的脈絡も同時に移動するのだ。使う言語、料理や習俗、共同体のありようなどの生活習慣も、異なる土地へと移動する。
 
 
ヒトの移動により、衝突が発生する。

もともと、ヒトは生活習慣に対して比較的保守的だ。自分のホームグラウンドに異なる生活習慣が流入してきた場合は、特に警戒心が強くなり、排斥する傾向がある。異なる外見、異なる言語、異なる生活習慣——グローバリズムによって発生する広域のヒトの移動は、グローバリズムを実現した域内で、従来の居住者と新たに移住してきた者と間の深刻な対立を引き起こす。これに域内の貧富の格差拡大が重なるとどうなるか。域内でも貧富格差は広がり、貧しき者が増える。貧しき者が増えている地域に、他の地域から貧しき者が流入する。それは「得体の知れない余所者がやってきて、自分達の仕事を奪っている」と理解されることになる。

そこにポピュリズム的政治勢力のつけ込み、排他的政治勢力が伸長することになる。結果、グローバリズムは危殆に瀕する。
 
 
これが、今世界で起きていることの簡単な図解だ。経済は貪欲に利益を求め、高速の時間で変化する。一方人間は、そんな高速に変わることはできない。より緩やかに推移する。しかし人間は経済を担いつつ、同時に経済の作る環境下で生きねばならない。それが経済的に合理的なら人間は国境を超えて広域で移動する。移動することにより様々な軋轢が発生する。

そこにポピュリズムが忍び込む。「今お前の生活が悪化しているのは、お前達には責任がない。あいつらが悪い、外からやって来たあいつらが悪い。あいつらを引き入れたグローバリズムが悪い。あいつらを排斥し、グローバリズムと縁を切れば、お前の生活は改善する。——イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ大統領の登場、フランスにおけるマリーヌ・ルペン率いる極右政党・国民戦線の躍進とルペンの大統領選における躍進など、すべてこの文脈で理解できる。もちろんそれぞれの国にはそれぞれの歴史的経緯と事情が存在するので、すべてを説明できるわけではないが、背景にある大きな要因として、グローバリズムに伴って経済の時間と、人間の時間との齟齬が顕在したという事情が存在する。

カネほど人間は高速に動けない。経済ほど人間は高速には変われない。しかし経済活動は利益を求めて加速する。もっと短時間にもっと多くの収益を、と経済は加速し、加速する経済から弱者は脱落して貧しくなり、移動し、貧しい者同士が反発して、ポピュリズムが台頭する。

では、ポピュリズムの言う通り、排他的政策で問題は解決するか? 間違いなく、解決はしない。なぜならば、それは経済的合理性に反する行為だからだ。ポピュリストが政治的権力を得て、愚直に公約を政策として実行すれば、経済が衰退するだろう。

だから、次に来るのは権力を握ったポピュリストの変節だ。彼らは公約をうやむやにする——これからの数年で世界各地において証明されることになるだろう。
 
 
こんな21世紀を我々は望んでいただろうか?
否、そんな未来は夢見たことすらなかった。では、どうしたらいいのだろうか。

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松浦晋也(まつうら・しんや)

「自動運転の論点」編集委員。ノンフィクション・ライター。宇宙作家クラブ会員。 1962年東京都出身。日経BP社記者を経て2000年に独立。航空宇宙分野、メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などで執筆活動を行っている。自動車1台、バイク2台、自転車7台の乗り物持ち。

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