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周回遅れのAppleはどう復権するか

2017.06.08

Updated by Ryo Shimizu on June 8, 2017, 08:55 am UTC

 AppleのWWDC2017のキーノートスピーチが終了して、いよいよAppleには伸びしろが少ない、と感じた人は業界の中にも少なくないのではないでしょうか。

 筆者はもう10年以上Macを使っていますし、スマートフォンも全てiPhoneです。もちろん途中でAndroidを併用したりもしていたのですが、やはりiPhoneに戻ってきてしまうという程度には「信者」です。

 しかし今回のWWDCはここ数年停滞していると言われていたAppleのいよいよ終わりの始まりを感じさせるものでした。

 この状況は2005年頃のAppleに似ています。iPodが好調で、iMacもそこそこ売れていた頃のAppleです。
 この頃はどこかでスティーブ・ジョブズが基調講演をやる度に新機種のことが噂され、タブレット型Macが出るんだとか散々言われて結局はiPod HiFiのようなスピーカーが発表されてズッコケる、ということの繰り返しで、「なにをやってんだ」とジリジリしていた頃です。

 ちなみにMacBookAirは2008年発表ですから、iPhoneよりもあとです。
 そして満を持してiPhoneが発表されたときは興奮しました。2007年の1月です。

 信じられないようなものを見た、と思いました。こんなものが実現できるはずがない、と。
 しかし実現してしまった。それがiPhoneでした。

 今のAppleにはそういうサプライズはほとんど期待できなくなっています。
 Alexaの三番煎じであるHomePod。この名前もどうなんでしょうか。

 もはやコードネームの意味をなしていないmacOS High Sierra。なんだろう。ニコニコ動画銀座がニコニコ動画東銀座になりました、的な感じでしょうか。こんなさりげない名前の変更なのにファイルシステムの変更というどう考えてもコケそうな恐ろしい改造が加わっています。個人的には怖いのでしばらく様子を見たいと思います。

 ファイルシステムの変更はOSとしては極めて大胆な決断で、Microsoftも過去に何度か失敗しています。
 ファイルシステムはOSの根幹を成す部分であり、特にUNIX系OSではファイルは全てのデバイスをつなぐ重要な要素なので十分枯れてないと更新するのは怖いです。

 ただ、それ以外に目立った特徴もないので、粛々と、本当に粛々と入れ替わっていくのでしょう。

 ちなみに筆者が使っているMacBookAirは2011年モデルで、今のところ買い換える予定がありません。
 MacBookシリーズはこの十年ほとんどデザインが変化しておらず、かろうじてMacBookとかMacBookProとかが進化しただけです。

 先日ウィスキーを零してしまって、zのキーが押しづらくなっているのでこの一点だけ考えたら買い替えたほうがいいかなと思いつつ、最新のMacBookAirにしたいというモチベーションもなく、キーボードがペコペコなMacBookProに移行するのもどうなんだろう、という感じです。

 iOSの刷新に関してもあまり特徴がありません。強いて言えばロック状態でもApple Pencilが使えるようになった、というのは面白いですがGalaxy Noteでは何世代も前からあった機能ですね。ARKit搭載とかQRコード対応とか。まるで10年前のニュースを見ているようです。

 WWDCがパッとしないのはもう何年も前からなので、今更驚くことでもありませんが、いよいよAppleも苦しくなってきたのかな、と思います。

 明らかに一時期に比べてイノベーションを起こすインターバルが長くなってきています。
 そのための情熱まで失ったように見えます。

 ここからどう脱出するのかが見ものです。
 お金もあって人もいるので、まあそう簡単には落ち目にはならないと思いますが、ここ数年だとMicrosoftの方が遥かに未来を行ってる感じがします。

 とはいえ、かつてはイノベーティブで、お金も人もあったのにだめになってしまう会社というのはいくつもあります。
 たとえば一時期のMicrosoftがそうでした。ノキアもそうでした。IBMもです。ノキアにしろMicrosoftにしろ、彼らがユーザーインターフェースに対して行った投資はAppleの比ではありませんでした。

 けれどもAppleに完膚なきまでにやられたのはなぜでしょう。

 一言で言えば、「センス」としか言いようがありません。

 この「センス」はどのようにすれば身につくのかというと、これはもう、生まれてから現在までの人生経験によってしか身につけることができません。

 昨夜、かつての部下と酒を酌み交わす機会がありました。

 彼女は「ワインの味がわからない」と言います。
 どうすれば分かるようになるのか。

 「不味いワインを飲んでみれば」と筆者は言いました。

 とはいえ最近はコンビニにおいてあるワインでもそこそこ美味しいので本当にマズいワインを探すのはそれなりに面倒なのですが、マズいものを知らないと美味しいワインのありがたみが分かりづらいというのはあると思います。

 ブレ幅がわかると位置づけがわかるようになるからです。

 筆者は子供の頃、米どころで育ったのでコシヒカリ以外を食べたことがありませんでした。そして東京に出てきて、学食のお米を食べてもぜんぜん疑問に思いませんでした。

 ところがたまに実家から送られてくるコメを友達に振る舞うと皆一様に「美味しい」と驚きます。
 

 「そんな違いがあるものか」と思っていたのですが、あるとき、調布の中華料理屋で、とんでもなくマズいチャーハンを食べました。あまりに不味くて全部食べることができず、1/4も食べたところでギブアップしたのです。

 そのチャーハンの何がマズいってコメです。
 古いコメを使っているんだ、ということがわかりました。

 でももっと衝撃的だったのは、同じチャーハンをそのお店の女将が美味しそうにパクパク食べていることでした。
 ああ、この人は、お米の味がわからないんだ。だからこれを食べても幸せそうなんだ、と感じました。

 味覚はセンスのひとつです。

 知人がオーナーをやっている六本木のとあるフレンチレストランに行くと、毎回、メニューが気になります。なぜ気になるかというと、メニューのデザインが素人くさいからです。

 そのお店のシェフもギャルソンもよく知っているので、「このメニューどうしたの?」と聞くと、「私が頑張ってプリンターで印刷したんですよ」と言います。

 なぜ変なんだろう、と思ってよくみると、全ての文字が斜体になっていました。

 当たり前ですが日本語の書体にイタリックはありません。なぜ欧文にイタリックがあるのかというと、欧文の場合、引用文とか「ここは他とちょっと違う意味ですよ」という強調のためにイタリックを使うことがあります。日本語で言えば、傍点のようなものです。

 太字だと強調の意図が強すぎるので、弱める意味でイタリックを使います。日本語なら、カタカナとひらがなと漢字でニュアンスや文字密度を変えることが出来るのでそもそもイタリックが必要ありません。

 日本語のイタリックがあるとすれば、それは80年代のワードプロセッサにオマケでついていた倍角文字や太字(少しずらして描画するだけ)、そしてただ斜めに傾けただけの斜体という、タイポグラフィの常識からすれば冒涜とも言えるような機能の名残でしかありません。

 だからこのお店は、コースで1万円を超えるようなそれなりの高級店にも関わらず、町内会のパソコンが得意なお父さんが張り切りすぎてワードアートだらけになったダッサダサのチラシのようなメニューになっているわけです。

 本人たちはパリの一流店で修行していたので当然、色々なお店を食べ歩いているはずです。しかし彼らはカトラリーや調理法には目が行ったものの、メニューのフォントがどうとかデザインがどうとかということについてはほとんど注意を払っていなかったそうです。

 でも、ちゃんとしたお店は細部に拘ります。
 きれいな調度品や壁にかけられた絵、ワイングラス、デキャンタ、カトラリーはもちろん、メッセージカードやメニューのデザインまで、完璧に行き届いています。

 料理が美味いのならたかがメニューくらい、と思われるかもしれませんが、それも含めてお店の雰囲気であり、価格です。そしてデザインは一度作ってしまえばずっと使うことが出来る、かなり効率のいい投資です。そこをケチるとやはりそれなりのセンスに見えてしまいます。

 同じことは、スーツにも小物にも自動車の選び方にも言えます。

 もちろん新しいガジェットをどうデザインするか、会社の方向性をどう設計するか、ということもセンスです。

 今更スティーブ・ジョブズを持ち上げるというのはバカっぽいからできれば避けたいんですが、やはり晩年のジョブズは抜群のセンスの持ち主だったと思います。ジョブズの決断の全てが正しかったわけではありませんが、決断の大部分は正しかったわけです。

 筆者がAppleファンとして期待するのは、Apple版HoloLensです。そもそも今のAppleは新しいものをゼロから作り出すことはほとんど期待できませんが、誰が試したモノを再構成してまともなものを作るということにかけては期待できます。まあMacOSXがそもそもそういうものでした。中身はUNIXという歴史あるOSを基盤にして、NeXTを焼き直したものです。それに魅力的なルック&フィールをかぶせたものがOSXで、ネットウォークマンを焼き直したのがiPodであり、PalmやMicrosoftが失敗したPDAを再定義したのがiPhoneです。であれば、既に意欲的な失敗作に近いHoloLensをもっとマシにしたAppleGlassみたいなのを準備している可能性は十分あり、それがあと二年以内に出てくるかどうかがひとつの注目ポイントです。でたらとりあえず買うと思います。ARKitの提供はその布石ではないかと個人的には思っています。だって今更すぎるでしょ。それとも、このまま高級志向を続けてズルズルと売上を下げていくのか。

 いろんなワインを飲まなければワインの味がわからないように、いろんなガジェットを使わなければガジェットの良さはわかりません。いろんなテクノジーを試してみなければ、テクノロジーの方向性を見極めるセンスは身につかないのは当然です。日本の携帯電話メーカーが軒並みおかしくなったのも、携帯電話メーカーのトップがガジェットに疎いからです。本人はガジェットに強いつもりでも、それは世界の広さを知らないだけです。

 先日、Microsoftの執行役員の田丸さんと人工知能学会で立ち話をしていたとき、物凄く驚きました。田丸さん自身がものすごいマニアだったからです。自宅に百万円くらいかけた自作PCを置いて、ディープラーニングをガリガリ動かしているのです。僕はPCメーカーの人間とブースに立っていたのですが、秋葉原のパーツショップの店員顔負けの知識にびっくりしました。ひさびさにすごい人が執行役員になったな、と思いました。めちゃくちゃ伸びていた頃のMicrosoftの社長は古川享さんで、彼もとんでもないマニアです。そういう人が経営層にいる会社は十分戦えます。ビル・ゲイツもマニアでした。MicrosoftでHoloLensを仕掛けるアレックス・キップマンもマニアですね。

 その意味ではティム・クックはよくできたビジネスマンかもしれませんが、マニアではありません。ジョナサン・アイブもあまりマニアっぽく見えません。Appleのどこかにマニアがいるんだと僕らは信じるしかありません。でも、最近のMicrosoftはいい陣容になってきたなと思います。CEOのサティラ・ナデラもマニアですね。

 21世紀に再びApple vs Microsoftの闘いを見ることが出来るのか。その一点だけを期待しています。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

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