ADSL発祥の地をIoTテストベッドへ 伊那市でLoRaWANハッカソン開催
2017.06.28
Updated by Asako Itagaki on June 28, 2017, 07:11 am JST
2017.06.28
Updated by Asako Itagaki on June 28, 2017, 07:11 am JST
6月24日・25日の2日間、長野県伊那市で、いなあいネットが主催したLoRaWANハッカソンが開催された。ウフルが事務局となり、ソラコムやARMが協賛として通信モジュールやアプリケーションボードを提供。県内外から集まった39名が8チームに分かれて、地域の課題である「農業」と「ヘルスケア」をテーマにしたハッカソンに取り組んだ。
主催のいなあいネットは、このハッカソンを、伊那市を日本最大の「IoTテストベッドシティ」となるべく始動するためのキックオフとして位置付ける。その思いについて、いなあいネット事務局長の小牧宏氏、本企画のキーパーソンであるIT&IoTコーディネーターの鄭喆敏(てい・あきとし)氏、そして事務局として取り組みを支えるウフルの八子知礼氏に話を聞いた。
▼左から 八子氏、小牧氏、鄭氏
伊那市は、日本のADSL発祥の地である。1997年9月、日本で初めてDSL技術の実証公開実験が行われたのだ。同年からいなあいネットは、有線放送電話の設備を利用して、組合員に定額制のダイヤルアップインターネット接続サービスを提供していた。2000年からはADSLの商用サービスを開始し、その後も地域のネットワークインフラを支え続けている。
▼いなあいネット本局前に設置された「ADSL発祥の地」のモニュメント
「20周年を機に、あの時のようにまたネットワークでワクワクすることができないかと考えていました」という小牧氏のところに、地元でIT&IoTコーディネーターとして活動する鄭喆敏(てい・あきとし)氏がLoRaWAN実証実験とハッカソンの企画を持ち込んだ。
「5年前から伊那市の小中学校にiPadを導入する計画に携わっていました。ADSLの実証実験に携わっていた職員の方からADSL20周年の話も聞いていたので、何かお手伝いをしたいと思っていました」(鄭氏)おりしもLoRaWANが急速に注目されはじめ、これを使って何かできないかと考えた鄭氏は、前職で面識のあったウフルの八子氏に相談。話をしているうちに、「これはいけるかもしれない」と企画の実現に向けて動き始めた。
「LoRaWANと言われても、アイデアソン、ハッカソンと言われても、当初は何のことだろう、という感じでした。でも鄭さんと八子さんにいろいろ教えていただいて、LoRaWANというこれからの技術を伊那でやるのはいいな、と思い始めたんです」(小牧氏)
伊那市は地方版IoT推進ラボの選定地域として、スマート農業、ドローン活用、ICT教育の3つを実証課題としてとりあげている。いなあいネットもかつてから協力体制について伊那市役所の企画政策課と話はしていたが、LoRaWANは中でも「スマート農業」のテーマに適用できるかもしれないと考え、今回のハッカソンにはJAや伊那市役所の協賛も取り付けた。まさに地域ぐるみでのLoRaWANへの取り組みがスタートしたのだ。
ハッカソンの開催に先立ち、2017年5月にはLoRaWANゲートウェイの電波受信試験を実施。事務所室内に設置したゲートウェイからは7.8km、屋外に持ち出した時には最大到達距離9kmを記録した。
「あくまでも机上でのシミュレーションですが、地図上にマッピングしてみたところでは伊那市全域の面積が3つか4つのゲートウェイでカバーできます。実際には地形の影響もあるのでやってみなくてはわからないですが、できるんじゃないかと思っています」(小牧氏)
▼いなあいネット本局2階の窓際に設置されたLoRaゲートウェイ。
▼会場近くを流れる天竜川。伊那市は天竜川の河岸段丘に位置しており、山に向けてよく見通せることから、長距離無線によるエリアカバレッジ構築には適していると考えられる。
わずか4つで?と驚いたが、「エイビットは5つのLoRaゲートウェイで八王子市のほぼ全域をカバーしています」(八子氏)とのこと。ソラコムの共有サービスモデルは1台あたり初期費用約25000円、月額利用料約1万円なので、4台でカバーできてしまえば初期費用10万円、月額4万円だ。セルラー基地局建設はもちろん、Wi-Fiアクセスポイントを自前で整備運用するのに比べれば、コストの違いは歴然としている。
いなあいネットが目指す「IoTテストベッドシティ」の姿についても聞いた。いなあいネットが持つ既存のネットワークインフラの上にLoRaゲートウェイを設置し、ネットワークを提供する。現在ウフルが提案しているのが、クラウド環境やセンサー、デバイスなどを共通のアーキテクチャでパッケージ化し、「アプリを生み出す環境」をシェアリングモデルで提供するものだ。さらにこのプラットフォーム自体を他のエリアに展開していく。
▼IoTテストベッドシティの全体像(図版提供:ウフル)
「つながる環境の上にさまざまなサービスが追加できる形を用意することで、『アイデアを持っている人が実装できる環境』の提供を目指します。さらにそこで定期的なハッカソンの場を持つことで、インフラだけでもなく、アプリケーションプラットフォームだけでもなく、人が集まる仕掛けを提供します」(八子氏)。この日を第1回として、第2回を8月26日・27日、また第3回を伊那市で開催予定のドローンフェスティバルの時期と合わせた10月に予定しており、ハッカソンを繰り返すことで実用化できるアイデアを見極め、事業化をはかる。
一泊二日で実施するハッカソン参加者は、宿泊や飲食を含めて地域にお金を落としていく。ハッカソンを繰り返すことで人が集まり、それ自体が町おこしにつながることを市にも理解して欲しいという。「来年度は伊那市にも予算をつけてもらえればと思っています。そのためにも、初年度の今年実施するハッカソンを見ていただきたい」(八子氏)
筆者がハッカソン会場に到着したのは2日めの昼。参加者は昼食もそこそこに開発に没頭していた。初日は提供する機材やサービスのアーキテクチャについてのレクチャーとアイデアソンでほぼ終わり、開発にかけられる時間は実質6時間。ちなみに前日の懇親会は3次会まで盛り上がったのだそうだ。
参加者の3分の1は地元から、3分の2は県外からの参加で、チーム分けは地元の参加者と県外からの参加者、技術者とそれ以外でバランスが取れるよう編成された。各チームにはARMが提供するmbedアプリケーションボードに、接続できる各種センサー、ソラコムが提供するLoRaWANモジュールが提供され、さらにクラウド環境としてウフルのenebular、インフォテリアのPlatioが提供されている。
▼会場風景。ウフルの竹之下氏、ソラコムの松下氏、ARMの春田氏らもメンターとして参加。右下は最優秀賞に選定されたチーム7のメンバー(中央はプレゼンターの白鳥薫氏(いなあいネット代表理事組合長))。
▼「田んぼの水位マネジメントシステム」のプレゼンテーションでは、発泡スチロール容器に水を張った水位検知デモが登場。
プレゼンテーションタイムには、ほとんどのチームが限られた時間である程度までは動くデモンストレーションを用意していた。最優秀賞を受賞したチームは、「なるべくLoRaWANモジュールの機能だけを使って、それぞれが作りたいものを低コストで実現する」というコンセプトで、「くくり罠の見張り(かかったら猟友会に通知)」「農作業をする高齢者の異常検知(動かないことを通知)」「LoRaWAN内蔵シューズによる徘徊高齢者の位置情報取得」の3つを、ほぼ動作する状態で発表していた。
「伊那に来ればLoRaWANがあるから、週末にチームでふらっとやってきて、開発ができる、という場所を目指したい」という小牧氏。いなあいネットとウフルが目指す、「標準化されたアーキテクチャで構成された、アプリを生み出す環境」の可能性を感じさせられたハッカソンだった。
当日は八子氏の提案により、筆者も飛び入りの審査員として各チームのプレゼンを審査する機会を得た。そこで強く感じたのが、「地域課題とそれを解決するアイデアは、どこかで見たようなものがほとんどだ」ということだ。他の審査員からも同様の発言があった。
これは裏返せば、「日本中どこの地域でも、みんな同じことで困っている」ということだ。そして現場で実際に困っている人にとっては、使っている技術の新しさやアイデアの新規性よりも、とにかく自分の目の前にある課題が早く解決されることが重要だ。
2016年度に認定された地方版IoT推進ラボが、各地で立ち上がり始めている。そして第2期、第3期と、取り組む地域は増えていく。地域の課題を「自分ごと」として考える機会は必要だが、実装に向けてそれぞれの地域がバラバラに「車輪の再発明」を繰り返すのは時間もコストももったいない。各地の取り組みの横のつながりとノウハウの共有の仕組みを早急に整備する必要があるのではないだろうか。そんなことを考えた。
【関連情報】
・伊那市LoRaWANハッカソン公式ブログ
・国内初、「どこでもオープンにつながる街」実現に向けた大規模LoRaWANハッカソンの実施を支援(株式会社ウフル)
※修正履歴(6/28 12:00)
第2回ハッカソン実施日程について、公開時は8月25日・26日と記載しておりましたが、正しくは8月26日・27日です。(本文は修正済み)
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登録はこちらWirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。