長岡まつり花火大会の光景

地方で人工知能開発拠点を創業する条件

2017.08.07

Updated by Ryo Shimizu on 8月 7, 2017, 10:54 am JST

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 去る8月4日、筆者は新潟県長岡市に於いて、人工知能人材の育成を通した地方創生について講演しました。

 というのも、筆者の経営する株式会社UEIは来月から新たに新規法人を新潟県長岡市に設立することを決定したからです。新会社の名称は株式会社AIUEO(エーアイユーイーオー)。代表取締役社長は筆者が兼任します。

 この会社の目的は、人工知能「を」育成するための学習データを作ることと、人工知能「の」扱いに長けた技術人材を育成することです。

 実は数年前から様々な地方都市から誘致の話をいただいており、かなり長い時間をかけて検討していました。

 なぜ、都内でなく地方に拠点が必要なのかと言えば、複数の理由があります。

 ひとつは、東京都内の生活コストが高すぎること。一軒家に住もうと思ったら長い通勤時間を覚悟しなければならない東京は優秀な人がのびのび働くには窮屈です。もちろんそれでも東京に居たいという人は、筆者が経営する株式会社UEI本社のようなところで働いていただけばいいわけです。

 しかし地方に会社をつくれば歩いていける距離に会社があったり、バスで一本だったりと交通の便のいいところに事務所を作っても都内ほどコスト高になりません。

 もうひとつは、都内では人材の引き抜き合戦が激化していることです。特に深層学習に対応した人材は引く手あまたで、せっかく時間とお金をかけて育てたとしても、外資系企業に引き抜かれていってしまいます。それは、都内には沢山の会社があり、職業選択の幅が広いからです。

 地方にいけば、そもそも人工知能開発を主軸としている会社は珍しく、職業選択の幅は必然的に狭まります。とすれば、地方に拠点を持つことは極めて合理的なのです。

 たとえばGoogleもMicrosoftもボストンに拠点があります。なぜあるかといえば、ハーバードやMITといった優秀な学生や研究者と連携をとるためです。

 また、人工知能向けの学習データセットを作る仕事というのは、真面目で几帳面な人であれば、特別な学歴や資格が必要なわけではありません。地方には、東京の一流大学を卒業した後、結婚して主婦になったという人が思いのほかいます。そういう人にスーパーやコンビニのアルバイトよりも高収入の仕事を用意してあげることで地方の活性化にも繋がります。

 都会では取れないデータがとれるというのも地方の魅力です。
 漁業や農業の現場といったところにすぐにデータをとりにいける体制が構築できることが望ましいわけです。

 具体的に地方拠点をつくるべく検討したのは、沖縄、北海道、島根、福島です。

 沖縄は誘致もありましたが、そもそも既に弊社製品のコールセンターが沖縄にあることから、ある程度、地方に仕事を分業していくイメージがつかみやすかったこともあります。

 北海道を検討した理由は、言うまでもなく気温が低いからです。気温が低いということはそれだけ冷却効率が高いということですから、膨大な熱を発するGPUファームの置き場所として理想的な条件のひとつになります。たとえば、さくらインターネットは石狩に大規模なデータセンターを持っています。

 福島も同様の理由です。
 特に復興支援として、南相馬市周辺を検討していました。

 ところが次の問題はロジスティクスです。

 沖縄、北海道、ともに飛行機での移動が前提となりますが、飛行機での移動はそもそも不安定なので、よく欠航やダイバートが起きます。

 また、飛行機が前提ということは、ディープラーニングに必要な高性能マシンを運ぶのにも限界があります。機内持ち込みできるサイズであることは稀で、預け荷物にするにも精密機械なので不安が残ります。一台何百万という製品を飛行機で何個も運ぶのは非効率的です。

 また、沖縄や北海道の場合、行楽シーズンになると旅費が跳ね上がるという問題もあります。

 北海道のデータセンターで問題が起きた時、ある程度の荷物をもって北海道に行くとすると命がけです。実際、一回行こうとしたことがあったのですが、フェリーを使って24時間、さらに雪道をトラックで運転しなければならなず、当然、雪道を運転できるのは雪国出身の僕だけですから、予定を全部キャンセルしないとならないという絶望的な状況がありました。

 島根県の場合、交通の問題は地続きなので電車でいけるというメリットはあるし、雪で行動不能にならないという点もあるのですが、いかんせん現地に若い人がいません。会社だけ作っても、働く人や理系に興味のある人がいないと拠点としてはあまり意味を成さないことになってしまいます。

 また、人工知能の学習データセットの中には、作成者に絵画的センスや美的センスが求められることが少なくありません。

 要するにイラストレーター的な人が居る場所があればより理想的なのです。
 決して単純な作業ではないのです。

 福島の場合、仙台まで新幹線で行ってから常磐線を逆にいかないといけないので、それはそれで不便です。

 さらには、誘致を積極的にしてくれる自治体なら対応しやすいのですが、「別に呼んでないよ」という自治体の場合、ゼロから現地での人脈を作らなければなりません。これはこれで非常に大変です。

 以上のことから、人工知能開発拠点を作るのに理想的な条件は

・一年中交通の便が良く、安定していること
・できれば気温が低いこと
・若い理系人材が多いこと
・イラストレーターのような美的センスのある人材が多いこと
・できれば行政や地元とのパイプがあること

 ということになります。

 どこかいいところがないか、と悩んでいたところに、今年の三月、長岡市長が弊社を訪れたのです。

 市長によれば、長岡市はAIの先進地区として、非常に大きな力を掛けていく準備があるということでした。これは驚くべきことです。

 実際、長岡市第一の銀行である北越銀行は、長岡市出身のスパコン開発者、斎藤元章氏のPEZYを導入済みで、数年前から、弊社が寄贈したenchantMOONという端末で定期的に地元のボランティアが市の子どもたちにプログラミングを教えているのだそうです。

 そして数年以内に、雪室を活用したデータセンターの建設やAI研究開発拠点の建物などを進める予定で、しかも建設予定地は市役所のある駅前の一等地。そこにある三個分の中層ビルを潰して新規に建設するとのことでした。

 筆者にとって長岡市は生まれ育った地元に過ぎないので、地方移転を考える時、必要以上に意識しないようにしていたのですが、思えば長岡市は上記の条件をほとんど全て満たしています。

 まず、ロジスティクス面については新幹線で片道90分程度で行くことが出来、根性さえあれば東京から毎日通うことも可能です。実際、父が倒れた時に筆者は毎日長岡と東京を往復していました。

 また、雪が降るのが前提の都市設計なので、天候によって新幹線のダイヤはほとんど左右されません。

 しかし今回の市長との会談では長岡出身の筆者が知らない意外なメリットがあることがわかりました。

 それは、長岡市の優秀な若者は、高校卒業と同時に東京に出て行くが、逆に長岡にある大学には、県外から若者が入ってくるという構造の存在です。長岡市には国立高専と国立長岡技術科学大学があり、長岡技科大はあまり有名な大学ではありませんが、全国の高専生の受け入れ先として、全国から優秀な若者が集まっているのだそうです。そもそも高専卒は優秀な人が多いので、それが集まっているとすれば非常に希望の持てる学校です。また、長岡造形大学もあり、さまざまなアーティストを育成する仕組みがあります。さらに、イラストレーターのような人材、という意味では、長岡市は新潟県第二位の地方コミックマーケット、長岡コミニケまでもがあります。東京までわずか90分の距離でありながら、わざわざ地域限定のコミケをやるという熱量は、世界中を見渡しても珍しいのです。

 従って、長岡市には地方にありがちな「若者不足」という問題があまりないのです。

 

 そして地元とのパイプ、という点では長岡市では今年日本ではじめて、満40歳を記念して同窓生が集う「大成人式」を開催する、というイベントがありました。

 この「大成人式」にあわせて、中学の同窓会も開かれることになり、まさに筆者が一度断ち切っていた地元との繋がりを回復するのにうってつけの状況が揃いました。

 大成人式、同窓会で地元で暮らす同窓生と話をすると、やはり一度東京の一流大学に進学して地元に戻った同級生や、東京で働いてみたものの、家族やその他の事情で長岡に戻った者、実家を継いで地元の名士になった人間などがいて、さすがに40にもなると、みんなそれぞれ仕事上も立派な地位についていますから、地元でなにか始めるにはまさしくこれ以上ないくらい理想的な環境が揃っているわけでした。

 これではさすがにやらないわけにもいかない、ということで9月から新潟県長岡市で新会社を創業することにしたのです。

 最初は「支店」「出張所」のつもりで作ろうと思っていたのですが、自分自身が長岡の人間であることから、長岡の人間の気質を考えると、「東京の会社の長岡支店」と、「長岡の会社」では全く意識が違ってくるので、敢えて長岡市に新会社としてゼロから創業することにします。

 もちろん資本関係は当初はUEIの100%子会社ですが、ゆくゆくは地元企業の出資なども受けながら地域に根ざした会社としてやっていければと考えています。

 まずは事務所の立ち上げと人材確保、そして当面の黒字化を目標としますが、できれば初年度の利益で来年の長岡花火にスターマインくらいは上げたいものです。

 こういうことを言うと突飛に感じるかもしれませんが、筆者が21歳の頃、ワクワクしながら訪れたレドモンドのMicrosoft HQは、長岡とそっくりでした。寒くて、雪が降って、山と川しかない。その時から、いつか地方でも世界と互するような会社を作ってみたいと心のどこかで思っていたのです。

 筆者の誕生日は長岡まつりの日なのですが、21歳の誕生日の翌日、「アメリカの会社で働いてみたい」とブログで書いたら、Microsoftから声をかけていただいた、ということがありました。思えばあれが原点です。

あれからちょうど20年経った41歳、これからは子供の頃からの夢を順番に実現していくフェーズに入りました。あのころは40代の人生など想像もできませんでしたが、実は人生、いよいよこれからが面白いところだと日々感じています。

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清水 亮(しみず・りょう)

ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長CEO。1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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