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スーパー書評 夏目漱石『虞美人草』

スーパー書評「漱石で、できている」1
夏目漱石『虞美人草』 大人の世界を知る一歩

2019.02.25

Updated by Yoichiro Murakami on February 25, 2019, 18:22 pm JST

村上陽一郎最初の試みとして、何を取り上げようか、かなり迷ったのですが、結局漱石の、しかも表題作に落ち着きました。繰り返し、色々な機会に触れてきましたように、私という人間の相当部分は、漱石によって出来上がっていると言えます。小学校四年生の頃から、父親の本棚にあった、あの漱石全集を、片端から、判っても判らないでも、とにかく、繰り返し、何度も、読み返してきました。全集も、私の世代に出た新しいものも揃えたことになります。漱石によって自分が造られた、とはどういう意味か。簡単に説明するとこうなります。

要するに、漱石の小説に登場する一人ひとりの人物、それが、私が人間を分析するときの「イデアル・ティプス」になる、ということです(念のために書きますが、ここでの「イデアル」は「理想の」という意味は全くありません。文字通りの「理念型」です)。そして、「人間を分析するときの」と書いた際の、「人間」には「私自身」も含まれます。「私自身も」どころではない。むしろ何よりも先ず、自分のなかに「二郎」も、「津田」も、「小野さん」も、「宗助」も、「代助」も、「先生」も、、、、それぞれに見つけられてしまう、そのように、『行人』を、『明暗』を、『虞美人草』も、『門』も、『それから』も、『こころ』も、、、、読んでしまうのです。彼らは、それぞれに人間としての弱さ、醜さ、不格好さを露呈している、その姿を、自分の中にも見出してしまう。そんな読み方をしたのが、私の漱石経験なのです。女性を見るときは、「藤尾」を、「お延」を、「美彌子」を、「糸子」を、当てはめてしまう、そんな風に『虞美人草』を、『明暗』を、『三四郎』を、『虞美人草』を、読んでいたのです。これは、小学生のときから、恐らくは八十二歳の今まで、あまり変わらずにきたのではなかったか、と思います。

ところで、漱石の作品の中で、選りに選って、『虞美人草』を選ぶとは、漱石読みとして失格ではないか、という声が聞こえて来そうです。最初に読んだ頃ならともかく、今、この作品が、漱石自身によっても、あまり評価されていないこと、また、文芸評論全般の空気も、この作品に好意的でないこと、こうした点を知らない訳ではありません。また、そういう評価になる理由も、理解出来ない訳ではありません。それでもなお、私にとっては、この作品は、どうしても忘れられない強い印象を、私の胸の中に残していることを、書かずにはいられません。

漱石の作品として最初に出会ったのは、全集第一巻がそうであったがゆえで、『猫』でした。小学生にとって、『猫』は難しすぎました。名のない猫の目から眺められた、言わば漱石の内幕のごとき内容が、そもそもよく理解出来ませんでした。寒月君の話も、なかんずく「首縊り」の話も、何かあらずもがな、に読めて、いや「読めずに」終わってしまいました。何とか終わりに辿り着いた挙げ句に、我が輩が「水死」する件に出会わなければならないのも、愉快ではありませんでした。

次に『坊っちゃん』。これは確かに「愉快」です。赤シャツに卵を投げつけるのも、痛快に思えましたし、バッタとイナゴの論争も、笑えるものでした。「、、、ぞなもし」という方言も、そんなものか、というだけで、あまり拘りませんでした。マドンナの話は、理解できたとは言えませんが、でも「うらなり」君との約束を捨てて、赤シャツになびいた女、という事情は、どういうわけかはっきり理解出来たと思えました。「清」との心のやり取りも、心和むエピソードと受け取ったように思います。ただ、次に『虞美人草』を読んだときに、こちらは「大人の世界」、『坊っちゃん』は、大人の世界を描いてはいるが、人間の行動様式は、子供の世界からあまり離れていないのが、少し不満に思われたのを記憶しています。無論今では、そのような単純な判断は、棚上げされていますが。

そこで『虞美人草』です。京都での、二人の主人公、宗近君と甲野さんの対話から始まります。お互いの人間関係が、直ぐにそうと知れる、そんな巧妙な導入に興味をそそられる仕組みです。新聞連載ですから、文章は一定の区切りが必ずあります。この作品では、区切りに数字が振ってあります。<二>は一転して東京です。これは、池辺三山の熱心な勧誘もあり、大学生活の窮屈さもあって、漱石が、学究を諦め、新聞社専属の文士として、東京朝日新聞社に入社して、最初の仕事であり、大阪朝日新聞と、後発の東京朝日新聞の双方に掲載するという、当時としては異例の扱いに、漱石の方で配慮した結果だと考えられています。しばらくの間、西・東・西・東、、、と描写が進むのです。この<二>は有名な美文で筆が起こされます。

「紅を弥生に包む昼酣なるに、春を抽んずる紫の濃き一点を、天地の眠れるなかに、鮮やかに滴らしたるが如き女である。夢の世を夢よりも艶に眺めしむる黒髪を、乱るるなと畳める鬢の上には、玉虫貝を冴々と菫に刻んで、細き金脚にはっしと打ち込んでゐる。静かなる昼の、遠き世に心を奪ひ去らんとするを、黒き瞳のさと動けば、見る人は、あなやと我に返る」。
(一部の漢字は現代風になおしてあります)

絢爛たる美文であります。如何にも、こうした美文による描写がぴったりの、この小説のヒロイン藤尾が、こうして紹介されるのです。彼女のキャラクターは<紫>の一字によって、疑問の挟めないほどにはっきりしています。そして、「見る人」とは、その女性にかしずく(クレオパトラに擬された藤尾にとっては、この「かしずく」という表現は、誤用にはならないでしょう)男性、実は彼女の家庭教師役なのですが、銀時計組の才子小野さんもまた、ここで登場を果たすのです。藤尾は、甲野さんの継母の娘(形式上は妹)なのです。なお、家庭教師としての小野さんが藤尾の相手をしているのは、シェークスピアの『アントニーとクレオパトラ』の英文読解のようです。

もっとも、これですべての役柄が揃ったわけではありません。京都の宿で、甲野、宗近の二人が偶然関心を持った老人とその娘、実は小野さんの旧師井上孤堂氏であり、言葉による約定はない婚約者の小夜子、二人は東京に小野さんを頼りに下京(もう明治だから「上京」でしょうか)するので、甲野、宗近が帰京する列車に、直接の交わりのないまま、乗り合わせます。宗近君には、甲野さんに密かに思いを寄せる妹糸子がいます。後景として、宗近君の父親と、甲野さんがおなかを痛めたわけではない母親とが、大切な役割を果たします。

甲野さんは、親の遺産で喰うには困らず、哲学的な思弁の世界に沈潜、糸子の想いに半ば気付きながら、積極的に踏み出せない、典型的なインテリの消極性を見せます。宗近君は外交官試験に挑みながら、まだ決まらない身の上、甲野さんと正反対に、あけっぴろげで、豪放、しかし一般的教養人から見れば幾分「野卑」に見える(実際、藤尾や小野さんの目には、そう映っているようです)性格。ただ、不思議におよそ性格の違う甲野さんと宗近君とは、お互いに真に心を許し合った友なのです。甲野さん・藤尾の亡父と、宗近君の父親同士の間で、暗黙に娘・息子の将来を約束したという過去があって、父親譲りの藤尾の持つ「時計」を宗近君に譲る、という象徴的な行動が期待されていることになっています。糸子も小夜子も、可憐ではあっても、当面は、大人しく、慎ましい、典型的な「女性」として描かれ、対照的に藤尾は、自己主張の強い、男性を男性とも思わないような、強烈な個性の持ち主です。博士論文に取りかかっている小野さんの、御しやすい性格と、秀才に期待される世間的な将来性に、藤尾の打算は傾きかけています。特に藤尾の実の母親は、甲野さんの煮え切れ無さと、実子ではないことに、将来の不安を覚え、小野さんが藤尾の婿になってくれれば、死んだ亭主(どうやら外交官で、海外で客死したらしい)の遺産を、甲野さんにやらなくて済むのでは、という打算の勝った思惑を抱えています。秀才の小野さんは、こうして母子二人から、「軽く」見られていることになります。その小野さんは、かつて学問上も、経済の上でも深く世話になり、彼を頼りに上京してきた井上氏とその娘小夜子への徳義上の義務に苦しみながら、紫のクレオパトラの魅力に引きずられていく自分を抑えることが出来ません。

小説の枠組みは、こうして当初、西と東に截然と分かれた状況の上に、設定されていましたが、やがて、必然的に東京に焦点が凝縮してくるのです。古都京都にひっそりと暮らしていた井上父子にとって、依然新首都として建設途上(森鴎外は、いみじくも『普請中』という小説を書いて、その有様を象徴的な表現ながら見事に描写しました)にある東京の有様がどのように映るか。博覧会のイルミネーションが主題となる一節も含めて、現代の読者である私たちは、その時代にタイム・スリップすることができる、という副産物がこの小説にはあります。

しかし、こう書いてみると、この作品の長所と欠点がすでに露わになっている、と言えるかも知れません。人物像が如何にもステレオタイプの上に、彼らが置かれたシチュエーションもまた、当時の中流階級の生きる世界が、型に嵌まった方法で設定されています。一方では、それは、話の判り易さを導きますが、他方では、小説めいた絵空事の印象をも引き出すからです。

別の見方をすれば、上に書いた状況設定だけで、結末の悲劇は、読者に予想できてしまうことにもなります。漱石の述懐によれば、書いている途中で、「藤尾が嫌いに」なって、どうしても「殺さ」なければならない、と思ったそうです。それはともかく、話の結末は、小野さんと井上老・小夜子との間が決裂し、藤尾と小野さんが「大森へ行く」(実は幼い読者だった私は、何度読んでも、この「大森へ行く」ことの具体的な意味が判然としませんでしたが、要するに二人の仲が公然かつ決定的になる、ということだけは理解したような記憶があります)ことになり、宗近君とその父君とが、大活躍で事態の収拾に乗り出す。小野さんは宗近君の説得によって翻然と目覚め、井上父子との徳義上の約束を果たす決心をする。ここで有名な「真面目になる」ということの意味が、宗近君によって熱く説かれます。甲野さんは糸子の想いを受け入れ、甲野家を「出る」ことに。ここでも宗近君の言葉が働く。

この作品のなかで、冒頭に引いた美文にもまして、私の最も好きな文章を下に紹介しておきましょう。宗近君が甲野さんに向かって心情を吐露する場面です。

「糸公は君の知己だよ。叔母さん[甲野さんの継母=引用者]や藤尾さんが君を誤解しても、僕が君を見損なっても、日本中が悉く君に迫害を加へても、糸公は慥かだよ。糸公は学問も才気もないが、よく君の価値を理解している。君の胸の中を知り抜いている。糸公は僕の妹だが、えらい女だ。尊い女だ。糸公は金が一文もなくなっても堕落する気遣のない女だ──甲野さん、糸公を貰ってやってくれ。(中略)糸公は尊い女だ、誠のある女だ、正直だよ、君の為なら何でもするよ。殺すのは勿体ない」。

これを読んだ小学校四年の私は、ほろほろと涙が溢れてくるのを抑えられなかった想い出があります。今でも胸が熱くなります。これだけのことを宗近君に言わせることのできるような女性に、一体自分は出会うことができるだろうか、そんな想いもちらと心をかすめたように思います。一方で言うと、これほど妹糸子の人格を理解し、尊重している宗近君が、最後には突き放すとは言うものの、およそ糸子と対極にある藤尾と、ぎりぎりまで結婚するつもりになっていたことが、不思議とも奇妙とも思われます。唯一の合理化らしいのは「外交官の女房にや、ああ云ふんでないと不可ないです」という、極めて世俗的な知恵らしき言葉を、宗近君が父親相手に打ち明けているのですが。あるいは、自分なら藤尾の根性を矯め直すことができる、という自負と自信が宗近君にはあったのでしょうか。

話を戻すと、そして、追い詰められた藤尾は、宗近君に親譲りの時計を渡そうとする。宗近君は、「藤尾さん、僕は時計が欲しい為に、こんな酔狂な邪魔をしたんぢやない。小野さん、僕は人の思をかけた女が欲しいから、こんな悪戯をしたんぢやない」と啖呵を切る。狂言回しの重大な役割を演じてきた金時計は、ここで、無残にも破壊される。藤尾はその場で、「椅子を蹴返して、床の上に倒れた」。

次の節の冒頭再び美文のパラグラフに次いで、「藤尾は北を枕に寝る」という文章が見えます。私はその意味を、母に教えて貰うまで判らなかったのです。結局は、甲野さんは糸子との世帯を、藤尾のいなくなった甲野家で営むことになり、宗近君は、外交官試験に合格して海外へ出る。小野さんたちの消息は描かれませんが、大団円は、まあ「めでたしめでたし」に近いもので、その点でも陳腐の誹りなしとはしないのかも知れません。

しかし、こうしてみると、『虞美人草』は、人間像がステレオタイプであるがゆえに、大人の世界に向かって一歩を踏み出しかけている私にとって、その世界にどのようにして順応すべきか、ということを、些事で言えば、死者は北枕で寝かされる世事から、人間生涯に何回か訪れる「真面目になる」機会を逸してはならないことまで、一から十まで教えてくれた、またとない教材であった、と今にして思います。その意味で私にとっては、漱石の作品のなかでもかけがえのない一品なのです。

村上陽一郎

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村上 陽一郎(むらかみ・よういちろう)

上智大学理工学部、東京大学教養学部、同学先端科学技術研究センター、国際基督教大学(ICU)、東京理科大学、ウィーン工科大学などを経て、東洋英和女学院大学学長で現役を退く。東大、ICU名誉教授。専攻は科学史・科学哲学・科学社会学。幼少より能楽の訓練を受ける一方、チェロのアマチュア演奏家として活動を続ける。