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部下が増えたのに仕事が増える一方、という上司はOODAループを読むべし

2019.05.16

Updated by Ryo Shimizu on May 16, 2019, 00:43 am UTC

僕は哲学書や自己啓発書の類はできるだけ読まないようにしている。
あまりに影響を受け過ぎてしまうからだ。

たとえば親友の東浩紀氏から毎回新刊が送られて来ても、絶対に影響を受けちゃうから一年くらい寝かせて置くこともしばしばである。

そんな僕だったのだが、最近どかどかと部下が増えて、これまでとは違うやり方で企業を統治しなければならなくなった。
良く考えると、僕はこれまで、自分の身体拡張的にしか会社を動かしてこなかった。そのやり方では、せいぜい20人くらいの規模のチームしか機能しないのである。

会社が100人以上に膨れ上がった時も、実は僕が直接見ているのは20人くらいにすぎなかった。

ある日、名札を忘れて会社の受付に行くと、「えーと、何さんでしたっけ?」と聞かれてびっくりした。ここは自分の会社のはずなのに。
会社には僕が名前を知らないどころか、社長の僕の名前を知らない社員さえ大勢いた。

それはそれで会社が機能していればいいのだけど、どうもうまくいかなかった。
今の会社は、そういう意味では作り直しをしている最中である。

今度は、大企業の管理職のある人たちがどんどこやってきて、権限移譲をしなければならない、という話になった。確かに組織を管理するのは適切な権限を与えないと難しい。とはいえ、権限移譲というのは、権限を渡すだけでなく、自分が権限を失うということでもある。

たとえば4月1日にWebサイトがリニューアルされると言われるのだが、どのようにリニューアルされるかということは事前にほとんど知らされておらず、事前に簡単な「プレゼン」という名の報告会があっただけだった。

いざ、Webサイトがリニューアルされると、「え、こういうページなの?」と驚いた。驚いたけど、権限を委譲してしまってるのでせいぜい愚痴くらいしか言えない。

これは、これまで15年間、中小企業という名のマイクロ組織をやってきた人間としてはかなりのショッキングな出来事で、これに限らず、財務、企画、人事など、あらゆる部門に僕の権限はどんどん委譲されていき、ついには自分の権限で決めることというのがほとんどゼロになった。

ここまでの話を聞いて、賢明なる読者諸氏はどのように感じただろうか。

「え、清水が社長やってる意味なくない?』と思わなかっただろうか。実際、この話を友人にすると、「清水、騙されたんじゃない?」と言われることも少なくなかった。

そんな中で自分の存在理由に悩みながら過ごしたのが、今年の前半、1月から4月にかけて起きていたことである。
そして実際に大企業からやってきた部長級の人たちというのはどの人もすごく優秀で、僕が細かいことをアレコレ心配すること自体がけっこう馬鹿馬鹿しいほどうまくやってのけてくれているのだった。

あるとき、本当に悩みに悩んで、旧知の知人であり、大企業出身者であり、経営者としてのメンターでもある人に相談したら、こう言われた。

「清水、おまえ、Webページのデザインがどうとかフォントがどうとかみみっちいことやってんじゃねえよってコトだろそりゃ。それはおまえ、自分の本来やるべきことから逃げてんだヨ」

ガーン、と思った。

「そりゃ細かいこと言ってりゃ仕事してる気になれるからいいよナ。でもおまえの仕事はそれじゃねえだろ。もっと高い視点からでっかい絵図を書くことだろ。そんな細かいことにアレコレ口だしてる暇があるんだったらもっと外に出て、いろんな人に会っていろんな話を聞いてこいよ」

なるほどそうなのかもしれない。
しかしそもそも「でっかい絵図」とはなんなのか。どのように描けばいいのか。お手本と呼べるようなものも見当たらないなか、途方に暮れていた。確かに権限委譲して任せてしまったことによって、自分の心のゆとりはできた。ではそのできたゆとりで何をするべきか。

そんなふうに悩んでいたところで出会ったのが、本書「OODAループ」である。

手にとったのはふとしたきっかけだったのだが、あまりの面白さにすぐさまKindle版も買い、半分くらい読んだところで大量に購入し、全部長に配布したほどである。

OODA(ウーダ)ループとは、アメリカ軍の機動戦ドクトリンである。空軍パイロットであったジョン・ボイドが編み出した必勝の戦略論である。

ボイドは、どんな不利な状況からでも40秒以内に相手の優位に立つ戦術を確立したところから、「40秒ボイド」の異名をとった。そしてその機動戦ドクトリンが、湾岸戦争以降のアメリカ軍全体に波及し、必勝の戦略の中枢を成している。

本書が発売されたのが今年の3月だから、実に長い時間をかけて時の試練をくぐり抜けたものだと言える。
極言すれば、OODAループを理解すれば、アメリカ軍の戦略がよくわかるようになる。

そして同時に、OODAループとは孫子の兵法や宮本武蔵の五輪書にも通じる哲学であると説明されており、ここまでテンコ盛りだと却って怪しい感じもしてくるのだが、ふと自分がかつて働いていた外資系企業の構造などを思い出すと、確かにOODAループに沿った組織運営になっているのである(その会社は経営幹部に軍役出身者を抱えている)。

極端な話、90年代以降、日本の企業がものすごい勢いで凋落していったのは、このOODAループを理解している会社が存在しなかったからではないかとさえ思えてくる。実際、外資系企業の行動をOODAループに当てはめて考えると、納得の行くことが多いのだ。少なくとも、これを理解しているのといないのとでは、戦況の把握すら難しい、という印象を得た。また、自分がこれまでの経験からなんとなく「こうだろうな」と思っていたことが、本書によって理論的に裏付けられた、というのも経験として大きい。

何より重要なことは、本書を読み込んだ結果、僕は仕事に関して悩まなくなったのである。

というわけで、ぜひ本書を読んでほしいのだが、これだけでは中身について何も説明していないので、少しだけ説明を加えることにしよう。

OODAループは、機動戦のためのドクトリンである。機動戦というのは、少数の部隊が細かく移動しながら戦う戦法であり、最も重要視されるのはそして判断の速さ、敏捷性(アジリティ)である。

OODAループの基本的な考え方はシンプルだ。相手が1手打つ前に2手打てる方が勝つ。

どんな将棋の名人と戦うとしても、相手が1手打つたびにこちらが2手打てるとしたら、負けるほうが難しくなるだろう。すなわち戦闘において最も重要なのは敏捷性なのである、ということだ。

では現実の戦闘において、どのようにすれば相手の1手の時間でこちらが2手、3手と打てるか。
それがO(Observe;観察)→O(Orient;方向性)→D(Decide;意思決定)→A(Action;行動)のサイクルをできるだけ短くすることによって達成できる、というのがOODAループの骨子だ。

朝鮮戦争で活躍したジョン・ボイドは、アメリカ空軍のF-86セイバー戦闘機をあらゆる性能面で上回るソビエトのMig-15との戦闘において、実際には性能で劣るF-86セイバーが圧勝し続けた事実を分析し、OODAループの考案に至った。

最高速度でも旋回性能でも圧勝していたMig-15は、速度を出すために風防がF-86よりも狭くなっており、また、急旋回するためには重い操縦桿を全力で引っ張る必要があった。ところがF-86には油圧方式が採用されており、よく少ない力で操縦することができた。

F-86はスペックでは劣っていたものの、敵を発見しやすく、方向性を変えやすい操縦性を実現したことで、Mig-15に10:1で圧勝できていたのである。

このことから、ボイドは視認性(Observability)と操縦性(Usability)が俊敏性に直結すると考えるようになる。

世界で最初にグラフィカルユーザーインターフェースを実用化し、実戦配備したのはアメリカ空軍のSAGE(Semi-Automatic Ground Environment)というシステムだ。


More details
The AN/FSQ-7 had 100 system consoles, including the OA-1008 Situation Display (SD) with a light gun (at end of cable under plastic museum cover), cigarette lighter, and ash tray (left of the light gun).

つまり世界で最初に「ユーザーインターフェースが勝敗を決する」ことを理解した軍隊はアメリカ空軍だったということである。

そこでふと思い当たる節があった。
以前、アラン・ケイの研究所、Viewpoint Research Instituteを訪問するときに、「軍事施設だから訪問には事前に身元の登録とパスポートの提示が必要」と言われて面食らったのだ。

アラン・ケイはコンピュータ・サイエンスの世界では神に近い人物で、オブジェクト指向やネットワークコンピューティング、そしてなによりパーソナルコンピューティングの父である。

一体全体、どうして米軍がアラン・ケイの研究所を支援しているのか全く理解できなかったのだが、アラン・ケイ自身が最初に僕に見せてくれたのはSAGEシステムのコンソールだった。SAGEシステムは、ケイの師匠であるアイヴァン・サザーランドが深く関わっているシステムで、彼の発明である「インタラクティブディスプレイ(Sketchpad)」の最初の実用例でもある。

つまりこういうことではないだろうか。

米軍はかなり早い段階で、ユーザーインターフェースの出来不出来が戦闘の勝敗を決することに気がついていた。それがジョン・ボイドにより理論化され、組織的にOODAループを導入していくことになった。それが米軍全体に波及していった。

OODAループというのは単なる理論ではなく、組織文化でもある。
OODAループを高速に回すためには、意思決定のためのサイクルができるだけ短い期間で行われる必要がある。

まさしく、戦闘機のパイロットのように、一度飛び立ったら任せるしかない。
戦闘機のパイロットが接敵中にいちいち上官に「上に行っていいですか?あ、やっぱり右」なんて確認している場合ではない。

つまり、任命した相手を信じるのと同時に、任命した自分のことも部下から信じてもらわなければならない。つまり相互の信頼関係がなければ戦闘での勝利は望めない。

OODAループではマイクロマネジメントを極力避けろとも教えている。

Webサイトの文字がどうのとかをチマチマ小姑のように指摘するのは、まさしくマイクロマネジメントであり本来は絶対に避けなければならないことだった。

任せた以上は、任せた相手を信頼しなければならない、任せた自分も、相手から信頼してもらわなければならない。

つまり権限移譲には前提として、相互信頼が不可欠なのだ。相互信頼のない権限移譲は不幸しか生まない。

本書では前半1/3くらいが「OODAループがいかにすごいか」という説明に費やされている。というのも、原著の作者も軍人であるため、どうしても軍事論や軍事的事実とOODAループの整合性を指摘したくなってしまうのだ。軍事論が苦手な人はそこは読み飛ばしても構わないと思うが、日本語版は訳者の丁寧な解説がついているので、各章辛くなったら解説だけ読むという読み方で読み進めることをお勧めする。

ふつう、この手の本は後半から中だるみして退屈になっていくのだが、本書の場合は後半に行くに従ってどんどん実践的な内容になっていき、ビジネスへの応用も語られ始めて行くので後半のほうが一般的なビジネスマンには興味を持って読んでいただけるはずである。

特に主攻と助攻の組み合わせで戦闘に勝つという戦術論には大いに感心させられる。そしてビジネスにおいて主攻と助攻の組み合わせに転用するのがいかに難しいか、そして同時に欧米の大会社、たとえばGoogleにしろAppleにしろMicrosoftにしろAmazonにしろ、この主攻と助攻の組み合わせがいかに巧みに展開されているか、当てはめながら読んで行くと非常に面白い。たとえばオープンソースにしろ、ほとんど無料に覚えるβサービスにしろ、半導体開発にしろ、そのほかの投資にしろ、きちんと戦略が点と線をつないで面として構成されている。

そして翻って考えると、日本の昔ながらの大企業の持つ戦略の幅の狭さに愕然とする。オープンソースを戦略的に活用できている日本企業はほとんどいない。

簡単にいえば、日本の企業は主攻だけで助攻がないか、ほとんど全体戦略から無視されているのである。

OODAループ的に言えば、「戦略を用いない者は、用いる者に必敗する」ので、実際にそれが起きている、というのがバブル崩壊後の30年であると痛感する。

ではなぜ戦後に奇跡的な成長ができたかといえば、戦後の混乱期に立ち上がった企業群は、なし崩し的にゲリラ戦を仕掛けるしかなくなり、自動的に全ての戦略。戦闘が欧米から見たら「完全なる虚を突かれた奇策」になっていたに過ぎないことに気づく。

その視点で日本の産業史を見直すと、たとえば廃材の自転車にモーターをつけて走らせる「原付(原動機付き自転車)」などは、物質的に豊かな戦勝国からはどう頑張っても出てこない発想であり、ここからホンダというバイクメーカーが立ち上がるというのは完全に予測できないことだっただろう。われわれが東南アジアのベンチャーの勃興を予測できなかったのと同じだ。

アタリが支配的な地位から一気に敗者へと転げ落ちた1983年、まさか極東のカードゲームメーカーが完全に消滅した「ゲームコンソール」というビジネスをアメリカに逆輸入して成功するなどやはり誰も予測できなかった。

これは、カメラも自動車もエレクトロニクスにも言えて、いい意味で20世紀中盤の日本は「世界から舐められていた」という、日本企業の存在そのものが世界的には虚であり、ある意味で本人たちは勘違いに近い正攻法(いいものを安く作れば売れる、という信仰)だけを通し続ければ自動的に勝利する、という勝ちパターンに陥っていた。つまりこの時点で日本の企業には戦略らしい戦略が必要なかったのである。

ところが21世紀に入り、インターネットがこれだけ発展し、情報が瞬時にグローバル化した現在では、戦略を用いずに戦う会社は必敗するという残酷な掟がある。今日本企業が内需だけで生活しようとしている状況は守りきれるだけの小さい領土を全力で守る、というゲリラ戦術であり、その意味では70年間のあいだで日本企業の戦略にはほとんど進歩がないことがわかる。

日本企業が国内で戦略をほとんど用いない裸の殴り合いをしている間に、欧米ではコカコーラとペプシコーラのような、戦略を用いてしか勝ち得ない企業戦略の研究が進んでいた。

この性質は軍事をタブー視する日本社会が持つひとつの大きな弱点であると僕は思う。アメリカでは1973年まで徴兵制があり、僕の元上司もほとんどが軍務経験がある。戦闘に勝利することを社会レベルで叩き込まれている人たちと、戦争にはとりあえず反対しとけばいいや、という事なかれ主義の我が国の意識の差はいかんともしがたい。

OODAループという一つの見方を得る事で、僕自身はこれまで自分がしてきたこと、企業で体験してきたことを整理することができ、なおかつ「相互信頼に基づく権限移譲をする最高責任者」としての自分の立ち位置と振る舞い方もわかってきた。

「この会社の社長は僕じゃなくても良くないか?」という不安はなくなり、「最高責任者が僕でなければできないこと」が明確になった。これは個人的にはとても大きい認識の変化で、自分がするべきことが明確になった。

つまり今の僕は「ほとんどの権限を移譲してしまったので目先の仕事はなくなった」のだが、幹部の人事権という最も重要な権利を握っている。つまり、「誰に何を任せるか」を決めるのは僕なのだ。

OODAループでは、「指示はWhereかWhatだけにとどめ、Howは指示するな」という掟もある。Howを指示してしまうと、部下は自分の頭で考える事をやめ、単なる作業者になってしまう。

つまり、会社の方向性を決定することが一番重要な任務であり、そのためにObserve、すなわち観測することが最も重要である。そうした観測は、単に市場を見て回ったり、学会に行ったりするだけにはとどまらず、内省的に自分の内なる声に耳を傾けたり、ある種の哲学やメンタルモデルを考えたりすることによって「状況を知る」ことが最も重要になる。

目をつぶって鉄砲を撃っても当たるわけがない。サバイバルゲームをするとわかるが、あのゲームの大半は敵を探すことに費やされる。OODAループも出だしは観察なので、ここが一番広くて深い視野を持っているほうが必然的に勝利するはずである。

そういうわけで、個人的にも色々な人にオススメしているOODAループ
部下との接し方に悩む全ての管理職にお勧めしたい

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

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