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17)「インド家庭料理」を身に付けるために必要なことは何か?

2019.06.28

Updated by Toshimasa TANABE on June 28, 2019, 12:24 pm JST

この連載で紹介しているインドカレーは「インド家庭料理」である。断じて宮廷料理などではないし、ホテルの料理でもないのだ。その辺りについて、師匠のメヘラ・ハリオム氏が自身のブログで明解に語っているので、引用しておこう。


一口にインド料理と言っても本当に様々です。おおまかに言うと、南インドと北インドではちょっと食文化が違います。 日本で言ったら、九州豚骨ラーメンと関東醤油ラーメンのような感じでしょうか。

インドでは、カレーの種類もたくさんあり、毎日3食カレーを食べています。また、同じ北インドの「チキンカレー」でもシェフによって作り方が違います。同じデリーでも、お隣の「チキンカレー」と我が家の「チキンカレー」とでは作り方が違います。日本でも「味噌汁」の作り方は、おそらくお隣と我が家とでは同じではないはずです。

このサイトでは、できるだけ手間がかからず、短時間で、失敗が少なく、しかも美味しくできる「家庭の味」レシピをご紹介していきたいと思います。インドカレーは、手間のかかるものばかりではありません。インドの家庭では、日本の家庭同様、だいたい30分から1時間くらいで、晩御飯の準備をするのが普通です。毎日ものすごく手間のかかる料理を家庭で作っているわけではないのです。

インド家庭料理ラニでは、インド料理教室の講師を承っておりますが、料理教室ではシェフのデモも、生徒様の実習も、全く同じ材料で、全く同じ分量で作っています。でも、できあがったカレーは、どのテーブルも色や味が違ったできあがりになります。そして、やっぱりシェフがデモで作ったカレーが、一番美味しかったりします(自画自賛ですが、もしそうでなかったら私の25年間は何?ってことになるわけでして)。

何が違うんでしょうか? おそらく、些細な野菜の切り方の違いとか、些細なタイミングの問題なんだと思います。

このページを見に来てくださった方が、このページを見てカレーを作ってくれたとしたら、もし100人の方が作ったとしたら100通りのカレーができると思います。ともかく、どうやったらおいしくできるのか? 一番の秘訣は、心をこめて作ることです!


この連載では、これまでレシピの詳細な記述はあまりしてこなかったが、このハリオム氏の基本的なスタンスを踏まえて、これからはいくつかの「インド家庭料理」(あえてカレーとは言わない)のレシピをより詳細に紹介していこうと考えている。あくまでも家庭料理であり、「日常的に手軽で美味しく、作って楽しい」を標榜するものだ。

しかし、連載の初めの方(インドカレーについての大いなる誤解)でも触れたように「インドカレー」というものに対する見方やこれまでの思い込みが覆される内容もあり、さらにそこには、インドカレーの基本やセオリーがたくさん潜んでいる。これらを身に付けることで、幅広い応用が利くようになる。ぜひ、折を見て作ってみていただきたい。「インドカレーは、でき立てが一番美味しい」ということが実感できるはずだ。

そう、自分で作ることが重要なのだ。そして何度か作っていると、レシピを見なくなっていることに気付くだろう。いわば「体が覚えた」という状態である。こうなると、自然に食材のアレンジやスパイスの量の調整ができるようになってくる。自分の好みの味に仕上げることができるようになる。

ただしこれは、経験を重ねることによる「身体知」というようなものなので、何回もトライすることが何より重要だ。何度か作っているうちに、同じ材料であっても不思議なことに仕上がりが良くなっていることにも気付くだろう。「体験」を通じて得られる身体知こそが財産なのである(料理に限った話ではないと思うが)。同じレシピであっても、5回作れば5回目が一番美味しく(あるいは自分らしい味に)仕上がっているはずだ。

体が覚えると、レシピを見なくなるだけではない。スパイスの量なども、素材の量から判断して「目分量で適当に」というだけで済むようになっていくものだ。むしろ、レシピ通りの正確な分量ではあるけれど、レシピ作成者の意図したものになっているかどうかはよく分からない、という状態のものを作っているのであれば、それをいくら覚えても意味がないだろう。

料理やレシピというものは、いろいろなこと(例えば素材の相性や火の通し加減など)がいくつかの切り口で相互につながっている。そして、そこに本質が隠れている。単一の料理を単独で覚えるだけでは、その本質的なところにはまず辿り着けないだろう。

レシピ本やレシピサイトを見て1回だけ作るのでは、多少覚えたとしてもそれは身体知とはいえないし、レシピがなぜそうなっているのかを知らないと、そのレシピが指定する範囲を外れることもできない。すべてのレシピを詳細に暗記しなければならなくなってしまう。

中には、工夫ともいえない方便的な方法、あるいは奇抜とさえいえるようなやり方が、いかにも工夫したかのように書かれていたりすることもある。一見、便利そうだったり、有効な感じがしたりすることもある。しかし、そんなことをいくら覚えても、基本ではないので応用が利かないし、本質とは程遠いと思うのである。

ノウハウやティップス、なんとかハックなどと表現されるような内容をそのまま踏襲すれば、手軽に一発でそこそこの水準に到達できるのではないか? もしそうなら、それで良いではないか? という考え方もあるだろう。

しかしそこには、そこはかとない「貧乏くささ」(「貧乏」と「貧乏くさい」には、天と地ほどの開きがある:注1)が漂う。本来踏むべき手順をショートカットすることによる底の浅さと、その底の浅さを何かで隠蔽している感じ、あるいはショートカットすることをラッキーと思ってしまうと同時に、なんとなく「これは本来あるべき姿ではないのではないか?」と薄々気付いてしまっているが故の後ろめたい心根などが、とても貧乏くさいのだ。その貧乏くささが、その先への広がりや応用を阻害するように思う。まったくこれは、インド家庭料理に限らない話なのではあるが。

この連載では、私が師匠のメヘラ・ハリオム氏から提示されたものを、自分なりに考えてなるべく分かりやすく表現しようとしている。

ハリオム氏は、メニューにはないさまざまカレー(「まかない」だったりもする)を出してくれたり、インド料理教室でコツを伝授してくれたりした。サイトで公開しているレシピやブログの内容、お店での普段の会話などが、とても勉強になった。またあるときは、飯を食いに行ったら厨房に招き入れてくれて、カレーベースの作り方を直伝してもらったりもした。

特に、自分でカレーを作るようになってからの料理教室では、詳しく説明されなくても、なぜそうなっているのか、なぜそうしているのか、などが分かるようになっていて、まさに「一を聞いて十を知る」という状態に至ったのは発見だった。自分で作っていないと、同じレッスンを受けても見えてこないことがたくさんある、ということが良く分かった。

すべては体験の上に成り立っていることであり、その体験を通じて見えてきたことがたくさんあったからなのだ。そして、その体験に照らし合わせるからこそ、新しいことを自分のものとして吸収することができる。もちろん、同じ体験をしても、人によって何を感じるかは違うだろう。しかし、そこで自分が感じたことを大事にして、ハリオム氏が提示する「インド家庭料理」を自分なりに作ってみることこそが、お金を払っていろいろと食べ歩くこと(それが好きな人もいるだろうが)よりも、もっと「楽しいこと」ではないかと思っているのである。

そういうわけで今回は、これから掲載していくであろうレシピなどについて、ちょっと引いた観点から狙いや方向性などを示してみた。

注1)
貧乏と貧乏くささについては、「42/54」というサイトから下記の2本を参考までにリンクしておく。
128)星野リゾートはなぜ貧乏くさいか
129)けっして貧乏ではないのに「貧乏くさい」という話


※本連載は、横浜市都筑区のインド家庭料理「ラニ」のオーナーシェフであるメヘラ・ハリオム氏と、同氏を師と仰ぐ田邊(富士山麓のcafe TRAILでカレーを提供中)の共著という形で、インドカレーのセオリーについて考え、それを分かりやすく提示する試みです。もちろん、いくつか代表的なカレーのレシピも掲載していきますが、いわゆるレシピそのものを紹介すること自体は目的ではありません。このレシピはなぜこうなっているのかを理解することで、レシピを見なくても、自分にとって美味しいインドカレーが作れるようになることを目指しています。また、各種スパイスについての解説は、食材やスパイス同士の組み合わせや相性を中心とし、スパイスの歴史や特性などについては、他に優れた本がたくさんあるので、それらにお任せするというスタンスです。


※この連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。

書名
インドカレーは自分でつくれ: インド人シェフ直伝のシンプルスパイス使い
出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。