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地域と共生した企業誘致を目指す過疎の町・真鶴で描く「リーンスタートアップ・タウン」

2019.07.31

Updated by SAGOJO on July 31, 2019, 23:58 pm UTC Sponsored by 真鶴町

△「美の条例」により高い建物がなく、豊かな自然が守られている真鶴町。港に向かってすり鉢状に家が連なっており、多くの家から海を眺めることができる素晴らしい環境。

神奈川県真鶴町は2017年に県内で初めて過疎地域に指定された。東京駅から電車で約1時間半という都心通勤圏内でありながら、小田原・箱根・湯河原・熱海の観光地に隣接した中で、相模湾に面した自然豊かな港町である。1993年に制定された通称「美の条例」により、東京とは異なる「生活風景」が今も息づいている。真鶴町は面積約7.05㎢、人口7,295人(2018年3月1日現在)と、県内で2番目に小さな町。真鶴町もまた、多くの地方自治体の課題である「人口減少」「少子高齢化」「産業再生」「空き家対策・活用」などの問題を抱えている。

その中でも、特に若年女性人口の減少率が高いことが地域課題となっている。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推定人口」を基に推定すると、真鶴町の2010年から2040年の総人口減少率は-49.96%、若年女性減少率は− 70.41%であり、かなり深刻だ。

これらの地域課題への対策のひとつとして、真鶴町は2017年にサテライトオフィスの誘致に着手、翌2018年に「真鶴町サテライトオフィス誘致運営協議会」を設立した。特徴は官民連携の組織であること。行政サイドは真鶴町役場と総合窓口役であるサテライトオフィス誘致コンシェルジュ(専従職員)が運営協議会の事務局を担い、民間サイドは一般社団法人の真鶴町観光協会や真鶴町商工会、地域づくりに携わる真鶴未来塾、真鶴出版が中心となり、連携して企業誘致を行っている。

この真鶴町サテライトオフィス運営協議会は、地域と企業双方の利益につながるような企業誘致の実現に取り組んでいる。

真鶴町に企業が集まるのはなぜなのか、その取り組みについて考えてみたい。

サテライトオフィス誘致の鍵は、地域課題をはっきり提示すること

サテライトオフィスとは、遠隔勤務のできるオフィスのこと。都心部の企業本社や職場から離れた場所で自社の本拠地で行う業務と同等の仕事ができるような拠点として使われたり、近年では新しいビジネスのスタートアップオフィスとしても利用されたりする場合がある。

△(右)真鶴町政策課戦略推進係長 卜部直也氏 (左)真鶴町サテライトオフィス運営協議会事務局コンシェルジュ 河野篤史氏

真鶴町政策課戦略推進係長の卜部直也氏は、「真鶴町の場合、サテライトオフィス誘致実現で重視した鍵は地域課題をはっきりと提示したことだった」と語る。企業誘致を行う手段として、都内で開催される「地方にオフィスを設けたい企業と地方とを結ぶマッチングイベント」に何度も参加しているうちに、「真鶴町の地域課題をいかにストレートに率直に伝えたかによって、ブースに飛び込んでくる企業の数が変わってくる」、「地方の課題の中に、企業がビジネスチャンスを見いだしてくれる、もしくは課題を資源に変えるパートナーとして参画を検討いただける」ということに気が付いたと言う。

誘致活動の開始後、最初に真鶴町にサテライトオフィスを設置したのは、「ブックスタンド」社という大阪に本社を持つWeb集客サービスを提供するマーケティング会社だった。「ブックスタンド」社との出会いのきっかけは東京都日本橋で開催されたマッチングイベント。イベントが始まるやいなや「ブックスタンド」代表取締役の笹本氏の方から真鶴町のブースに飛び込んできたのだという。笹本氏は「若年女性の人口減少」「主婦が楽しく働ける場を提供できる企業が必要」という真鶴町の課題と対策のワードを見てピンときたと言う。企業ブランディングにおいて魅力を感じたそうだ。

現在、「ブックスタンド」社が真鶴町にサテライトオフィス設置から2年が経過したが、若年女性が家でスマートフォンを使って仕事ができるという、真鶴町において「新しい働くカタチ」を生み出した。さらなる事業拡大のために既に追加で求人募集を行い、新たな事業展開を模索している。

つまり、「ブックスタンド」社は真鶴町の若年女性が働く場所を提供しつつ、自社にとっては真鶴町で新しいビジネス形態やサービスの実証実験をしつつ事業を拡大しているという、企業と真鶴町の相互にとって利益のあるWin-Winの関係を作り上げているのである。

△江戸時代に小田原藩が松苗を植林した「お林」。保全調査が提案されたが、真鶴町は財源に限りがあるために民間に協力を呼びかけたところ、KDDIからカスタマイズされたタブレットとクラウドサービスの提供があった。KDDI側は他事例に転用できる商品開発と営業、そして技術力のPRを、真鶴町は保全調査の効率を上げる手段を獲得した。企業連携による「社益につながる技術開発と公益の森林保全の一致」が実現した。

通常、企業誘致する場合は、その土地の良い点ばかりをアピールしている地方自治体が多いのではないだろうか。真鶴町も移住プレゼンテーションをする場合は、町の良さをアピールしているが、企業誘致の場合は全く逆のアプローチ方法をとっている。

もちろん、いろいろな地方自治体の考え方があるので、どのような企業を誘致したいかによってアプローチの仕方は異なるだろう。企業側も地方に求める要素が異なるので、ビジネスチャンスに魅力を感じて地方へのサテライトオフィス設置を決める企業もあれば、保養所のような感覚でサテライトオフィスを求めている企業もある。その土地の自然環境の魅力にハマる企業もいるので、利点を中心に挙げて誘致するのもひとつの方法だ。

「真鶴町の場合、誘致したいのは『地域と共生できる企業』。誘致ノルマなどの数字にはこだわらず、ゆっくりとじっくり誘致することを心掛けています。真鶴町も企業に頼るばかりではなく、企業がオフィスを開設するまでのサポート体制も整えています。」と事務局コンシェルジュの河野篤史氏は語った。

「リーンスタートアップを体現できる町」というコンセプトを明確にする

△真鶴町サテライトオフィス運営協議会事務局に飾られた、真鶴町全体の地図。景観やここに暮らす人々が一目で分かる。

真鶴町には、新規事業立ち上げに役立つマネジメント方法「リーンスタートアップ」が実際に行えるような仕組みや設備・環境が整ってきている。

アイデアを実装するハード(テックラボ等の創作拠点施設)とソフト(スタートアップウィークエンド等のハッカソン)、そして検証場所(なぶら市)。新規事業立ち上げに向けた「アイデアの実装と検証」ができるエコシステムが町単位で形成され始めていることに独自性を見いだし、「リーンスタートアップの町」というコンセプトを掲げサテライトオフィス誘致に取り組んでいる。

世の中にない市場の開拓を目指すスタートアップや企業の新規事業立ち上げが失敗に終わる側面として、目指したものが高度すぎたものだったのではなく、人(顧客や市場)に望まれないものを作ってしまうことがある。だからこそ、小さく始めてまず形にする「リーンスタートアップ」を行うことに大きな意味がある。

リーンスタートアップとは、世界的な大企業を生み出したベンチャー企業発祥の地シリコンバレーでエリック・リースによって考案された起業(新規事業立ち上げ)マネジメント論。まず最低限実用可能なサービスや製品をつくり、顧客の反応を見て修正を加え、再構築するというサイクルを繰り返すことで、無駄を抑えて短い期間で市場が求めるサービスや商品に到達するというマネジメント方法だ。持続可能なビジネスを低コストで実現できると、近年注目されている。

△コミュニティ真鶴。施設を管理している真鶴未来塾代表理事 奥津秀隆氏

リーンスタートアップを支援するため、真鶴町では最低限実用可能なサービスや製品を形作る場として、1日単位から手軽に借りられるコワーキングスペースが用意されている。

そのひとつである「コミュニティ真鶴」には、Wi-Fi完備がされたワークスペースや会議室、最大30名を収容できるイベントスペースなどがある。現在、火曜日~金曜日までは利用者がいなければロビーを無料解放しているので、Wi-Fi環境の中で自由に作業することも可能だ。

△港から徒歩10秒の場所にある「真鶴Tech Lab」。入口のガラスには港と船が写し出されている。ものづくりスペースやワークスペース、業務用キッチンも完備。

また、真鶴港が眼前に広がる創作拠点施設「真鶴Tech Lab」もコワーキングスペースとして利用できる施設。3Dプリンターやレーザーカッターといったファブラボ的なデジタル工作設備や、カウンターのワーキングスペースやガラス工房などのものづくりができるスペース、食ラボとしても利用できるような施設基準を満たしたキッチンを備えている。

この施設は元割烹料理店をリノベーションしたものであり、空き店舗活用の事例にもなっている。

町民のための朝市「なぶら市」が、顧客ニーズを定期的に検証できる場に

「リーンスタートアップ」を支援するための取り組みは施設の提供だけにとどまらない。毎月最終日曜日の10時から13時まで真鶴港で開催されている朝市「なぶら市」は、町の多くの老若男女が集まるイベント。このイベントが、新規事業者にとって実際にサービスや製品を販売し、顧客の反応を見ることができる「検証の場」となっている。毎月開催されているので、アイデアを修正して再構築した製品やサービスを再び検証できるという「リーンスタートアップ」の基本となるサイクルを自然に行うことができる。実際に、小田原市内のパン屋が「なぶら市」で1年間の出店(マーケティング)を経て、真鶴町の商店街の空き店舗をリノベーションしパン屋を開店した。

△「スタートアップ ウィークエンド」でも使用された、真鶴町観光協会2階のスペース。
(右)真鶴観光協会局長補佐 柴山高幸氏 (左)真鶴未来塾代表理事 奥津秀隆氏

真鶴町では他にもさまざまなイベントが開催されている。IT業界に親和性のある世界的な起業体験イベント「スタートアップ ウィークエンド」では、エンジニアやデザイナーが集まりアイデアをカタチにする方法論を学べるリーンスタートアップ・プログラムを通して新規事業の実装に挑戦できる。このコミュニティのつながりから、東京の有名音楽プロデューサーとディレクターが主催し、プロの作曲家や映像クリエイター等が週末に滞在創作する「クリエーターズキャンプ真鶴」も継続的に開催されている。また、「真鶴まちなーれ」という芸術祭も開催されアーティストやクリエイターが招聘作家や来場客として地域交流するなど、多種多様な人々が真鶴町に集まってきている。イベントをきっかけに移住してくる芸術家もいるなど、「新しい発想が生まれる町」「化学変化が起きる町」とも言われているなど、協働できる地元パートナーや新たなビジネスチャンスを見つける余白がまだまだある町なのである。

町民だけでなく、すでにサテライトオフィスオフィスを開設している企業、上記のような移住者も集まる「なぶら市」やイベントは、現地視察やオフィス開設相談の良い機会にもなっている。

真鶴町サテライトオフィス運営協議会のメンバーの中には地元出身者だけでなく、Uターン起業者、移住者がメンバーにいることも強みだ。企業側には伝えられない町の人の本音も協議会のメンバーによって伝えてもらえるので、より正確な市場ニーズを把握し検証できるのである。

「なぶら市」開催時のみ出店することから始めれば、企業側の負担も少ない。その後、コワーキングスペースを利用して、本社と真鶴を行き来しながら仕事をする循環型利用も可能である。真鶴に足を運べば運ぶほど、自分の目で町の課題を発見することもある。顧客層の確認、市場ニーズに合った製品やサービスを構築してから、空き家をリノベーションしたオフィスにスタッフが常駐する滞在型に切り替えるという方法であれば、無駄なコストを最小限に抑えられる。

なぶら市、スタートアップウィークエンドをはじめ、お試し暮らし事業や芸術祭といった真鶴町で近年次々と生まれている新規事業自体が、まさにアイデアの即実装と顧客(住民や観光客)の反応による事業の修正・改良がベースとなって発展・継続している。過疎の町・真鶴町での新規事業立ち上げは、リーンスタートアップを実践している地元プレイヤーが迎えてくれる。

「お金は出せないが協力はする」という真鶴町の言葉はどう受け止められたか サテライトオフィスを設置した企業の生の声

△「ブックスタンド」社がサテライトオフィスとして使用している「真鶴Tech Lab」のワーキングスペース。

実際にサテライトオフィスを真鶴町に設置した場合の企業側の現状はどうだろうか?

「ブックスタンド」代表取締役の笹本正明氏に、真鶴Tech Labにサテライトオフィスを真鶴町に設置した経緯と現在の感想を聞いてみた。

「『女性が活躍できる企業を歓迎します』という点に興味を持ち、真鶴町のブースにマッチングイベントの朝一番に飛び込みました。担当者から、『若年女性の減少率が地域の課題であり、子育て中の主婦が働ける在宅ワークを推進している企業に助けてもらいたい』という話を聞き、まさに我が社にピッタリなところだと縁を感じたのです。」(笹本氏)

ブックスタンドは社長以下の社員全員が女性という企業。社員が在宅で仕事を始めたことをキッカケに地方での人材採用を検討し、まずは本社に近い立地の徳島の美波町にサテライトオフィスを設置した。徳島のサテライトオフィスの業務も軌道に乗ったタイミングで、リスクを軽減するために他の土地でのサテライトオフィス設置を考え、東京でのサテライトオフィス誘致のマッチングイベントに参加したという経緯だ。

初めにサテライトオフィスを設置した徳島の美波町も過疎地域に指定された漁師町。漁師町に暮らす人々の人柄の良さを実感していたため、同じような環境である真鶴町には親しみを感じていたのだそう。また、東京や横浜に近いという立地も魅力のひとつ。

「真鶴テックラボにサテライトオフィスを設置してから約2年が経過しましたが、想像していた以上に成果を上げられているのではないかと思っています。真鶴町の人々の協力を得て採用した子育て中の主婦2名は初年度から継続して就労してくれています。今年に入り規模拡張のための人員募集をしたところ、さらに4名の応募があり予想していた以上にこの土地に受け入れられていることを大変喜んでいます。」(笹本氏)

△「結婚相談NPO」がサテライトオフィスとして利用している「コミュニティ真鶴」。真鶴でしか産出されない小松石の端材を利用した趣ある建物。

次に、コミュニティ真鶴にサテライトオフィスを設置した東京都新宿区に本拠地とする「結婚相談NPO」理事長の影山頼央氏にも話を聞いてみた。

影山氏は、真鶴町の一風変わった誘致に驚いたという。

「真鶴町のスタンスは『お金は出しませんが、協力はします』というもの。他の市町村は『補助金を出しますので、ぜひきてください』という担当者が多かったので驚きました。ですが、見知らぬ土地で起業し持続していくためには土地の人の協力が不可欠です。一時的な補助金よりも魅力を感じました。」(影山氏)

現地視察で行政だけでなく地元の民間プレイヤーとも会い、「地元の受け入れ」を確認した上で、リモートワーキングを前提としたサテライトオフィスを設置することに。当初は真鶴Tech Labを勧められたものの、セミナーを開催できるコミュニティ真鶴を希望したところ協力を得られた。なぶら市での結婚相談も実施している。

「自治体のお墨付き(サテライトオフィス認定)を頂くことができたことで、ビジネスも順調です。人の紹介がどれだけ有益かをあらためて実感しました。また神奈川県にオフィスがあるということで、県内で開催されるイベントへの参加資格を得るなどビジネスの幅も広がりました。」(影山氏)

真鶴町にサテライトオフィスを設置した企業がお金より喜ぶメリットとはなにか

△真鶴出版の川口瞬氏。ライターとして、マガジンハウス社のウェブマガジン「コロカル」で「真鶴半島イトナミ美術館」の記事にも関わった。

実際に「真鶴町にオフィスの開設を検討される方には担当者が付き、滞在コストの試算など徹底的にサポートします」と事務局の河野篤史氏は語る。運営協議会で広報を担当している「真鶴出版」の川口瞬氏も、真鶴町で起業した移住者のひとり。「町からの補助金があるとノルマにしばられることもありますが、やりたいことをするスタイルを貫けるのは本当に楽です。小さな町なので、人と人がつながりやすくビジネスチャンスも広がります」と語った。

首都圏から利便性の高い立地、豊かな自然の中で仕事ができる環境(斬新な発想、ワークライフバランス、その結果としての優秀な社員の獲得)、災害リスク分散のための拠点複数化、企業イメージの向上(地域課題解決できる企業力のPR、自然豊かな場所にオフィスがある)。サテライトオフィス誘致に係るこれらの要素は様々な市町村でもメリットとして謳われおり、真鶴町も有している。

その中で、「地域との共生」をベースに、独自性を見いだすために真鶴町が大事にしている要素がある。それは「小さな町」で「リーンスタートアップできる環境」と、様々な民間プレイヤーや住民が迎える「地元の受け入れ」「地元とのつながり」だ。

具体的には、以下の内容。

・小さな町だからこそ、地域課題の可視性が高く、コンパクトな範囲に凝縮しているので検証もしやすく、人と人がつながりやすい。

・補助金誘致ではなく地元受け入れ支援を重視していることから、地域課題に肌で触れている様々な地元プレイヤーとの協業もでき、結果として補助金や行政ノルマに縛られることなく、地域課題を解決するビジネスが民間同士で自由に展開できる環境が育ってきている。

・これらの総体として、地域課題を解決する新規事業を「具現化するエコシステム」の形成が始まっている。

他にも企業のメリットやビジネスチャンスは町のあちこちに潜んでいるはずだ。

真鶴町のように、企業と地方自治体双方のメリットがある誘致を目指している地域は多いだろう。誘致の際に地域課題を明示することや、補助金を与える以上に企業が喜ぶ支援の方法はないか、つきつめて考えてみるのもひとつの方法である。

(取材・文・撮影/北川りさ)

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