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「動く家」で地域を活性化「石川県VANLIFE拠点整備大作戦」。経済・環境・社会が調和するエコシステムの構築へ

2020.05.31

Updated by SAGOJO on May 31, 2020, 17:55 pm JST Sponsored by 金沢工業大学

「VANLIFE(バンライフ)」で地方創生を目指す産学民連携の事業「石川県VANLIFE拠点整備大作戦」が、過疎化が進む石川県の白山麓で動き始めた。バンライフとは、バン(VAN)などの車中泊可能な車を拠点に、旅や仕事をしながら生活・人生(LIFE)を送る新しいライフスタイルのこと。すでに世界各国でバンライフという生活スタイルに注目が集まっている。

今回の事業は、このバンライフ需要に対してさまざまな角度から環境を整備し、石川県内での観光消費額を増加させようという試みである。バンライフ推進のためのミーティングが2020年2月17日、金沢工業大学白山麓キャンパスなど3カ所で開かれた。

この事業の全体像は、バンライフというライフスタイルや観光スタイルを提案するだけではない。地域の空き地や遊休車両などをバンライフで有効活用する、あるいは車中泊可能な車「モバイルハウス」を地元企業などが地元の木材を使って作り、それを宿泊可能な車を持たない観光客にレンタルする、といった地元が活性化するであろう事業モデルが組み込まれている。地元の住民や企業が参画して作るバンライフの基盤を外部から訪れる観光客が利用するという、バンライフを通じた「経済・環境・社会が調和するエコシステム」を石川県内に作り出すことを目指しているのだ。

新型コロナウイルスの感染拡大によって大きな打撃を受けている観光産業だが、公共交通機関を使わずに移動し、開けた風通しの良いところに滞在するバンライフは、「ウィズコロナ」「アフターコロナ」の観光のあり方を考えるという点でも参考になるものだろう。

民泊の駐車場・車中泊版? Carstayが展開するバンライフプラットフォーム

過疎化が進む地方では、地方創生の新しいアイディアを実現させようと思っても、地域の人々の力に頼るだけではプロジェクトの持続が難しいことが多い。そこで重要となるのが、外部プレーヤーの参画である。

金沢工業大学(KIT)は、2019年11月に地域創生に関心の高い県内外の企業11社を集め、「モビリティ」と「エンターテインメント」をテーマとした合宿「サトヤマカイギVo.1」を開催した。この合宿では、斬新なアイディアも提案されたが、外部プレーヤーである参加者たちからは「小さくても良いから、一つでも早く実現したい」という声が多く上がった。

今回の「石川県VANLIFE拠点整備大作戦」のミーティングは、その延長線上にある。「サトヤマカイギVo.1」に参加したCarstay株式会社とKIT、地元企業らが手を組んで、ミーティングを開催することになったのだ。

そもそも、バンライフとは何なのだろうか? まずは、この点から説明しよう。

バンライフとは、簡単にいえば「車を中心としたライフスタイル」のこと。車中で寝泊まりするだけでなく、車の中で食事も仕事もする。自由に好きな場所に移動しながら生活できる、いわば移動式の部屋を車に搭載する暮らしのことだ。

バンライフは人気を集めており、例えばインスタグラムで「#vanlife」と検索すると約6万件のヒットがある。バンライフも含めたMaaS(Mobility as a Service)市場規模は、2030年には国内で2018年の約75倍にあたる約6兆3,600億円に急成長するという予測もある。また世界では、2050年には約900兆円に達すると予測されている(矢野経済研究所「2019年版MaaS市場の実態と将来予測」2018年12月)。

▲MaaSの市場規模は2030年には6兆を超えると予測されている

急成長が予測されているとはいえ、バンライフには課題も多い。例えば、マナーの悪いユーザーが道の駅などにゴミを捨てたり、車外で調理することなどが問題視されている。その影響で車中泊すること自体、肩身の狭い思いをすることもある。また、そもそも気軽に車中泊できるスポットがまだ少ない。日本ではまず、バンライフ可能な場所を増やしていく必要があるのだ。

Carstayは、このようなバンライフへのニーズや課題に対応したサービスを提供するために、2018年に東京都で創業した会社である。快適に車中泊をして車の旅を楽しみたいゲストと、バンライフ可能な駐車場などのスペースを提供したいホストをつなぐシェアリング・サービス「Carstay」を全国で提供している。

▲Carstayの面々

Carstayのサービスをひと言で表現すると「民泊の駐車場・車中泊版」である。民泊は、空いている部屋を旅人に貸して副収入を得るというものだ。夜間、駐車場や空き地が空いているという全国の施設や企業、民家などに登録してもらい、インターネット上で全国の旅人たちにその情報を共有し決済するサービスが「Carstay」なのだ。

さらに2020年4月15日からは、キャンピングカーやバンなど車中泊仕様の車に特化したカーシェアリング・サービス「バンシェア」も開始した。

バンライフ可能な車中泊ステーションを整備して観光消費額増を狙う

Carstayの車中泊ステーション(バンライフ可能な駐車場などのスペース)は、現在、全国150カ所ほどの登録があり、石川県内は(2020年3月現在)10カ所である。また、従来の車中泊ステーションとは別に、能登半島の穴水町には、中長期の滞在が可能で併設のシェアハウス内の共同スペースを利用できる、住める駐車場ともいえる「バンライフ・ステーション」が1カ所ある。

▲石川県バンライフ拠点整備計画のモデル図

今回のミーティングでCarstayが提案した「石川県バンライフ拠点整備計画」では、北陸新幹線の駅がある金沢市内とキャンプ場としての人気も高い白山麓エリアに新たにステーション登録を募る。ステーション登録の条件は「500m圏内に24時間使用可能なトイレがあること」だ。また金沢市内では、モバイルハウスを貸し出すレンタルステーションを新設する予定だ。さらに、モバイルハウスの製造拠点も整備する計画だ(次節で詳述)。

周辺の石川県羽咋市には、日本唯一の車で走れるビーチ「千里浜なぎさドライブウェイ」、奥能登の海岸沿いコースには白米千枚田、塩田、軍艦のような島「見附島」などの観光名所がある。県内にステーションを増やすことで、Carstayを利用する車旅人を呼び込み、石川県内を巡ってもらって観光消費額を増加させることが狙いだ。


▲車で走れるビーチ「千里浜なぎさドライブウェイ」にて

地元企業を巻き込み「動く家」=「モバイルハウス」をDIYする

バンライフで真っ先に思いつくのがキャンピングカーだが、1,000万円を超える車両もあるくらいで一般に高額なので、誰もが購入できるわけではない。レンタルできるキャンピングカーも少ない。このため、今回の拠点整備計画には、地元企業らを巻き込んでバンライフの前提となるモバイルハウスの製作が組み込まれている。

「モバイルハウス」とは、バンなどの箱型の普通自動車をカスタムした車や、キャンピングカー、トレーラー、フルフラットになる車、軽トラックや1トントラックの荷台に居室を載せた車などの「動く家」の総称である。製作されたモバイルハウスは、キャンピングカーや車中泊仕様の車を共用するCarstayのウェブサービス「バンシェア」に登録される。

▲軽トラックを利用したモバイルハウス例

軽トラックはキャンピングカーと比較的すると圧倒的に安価で、維持費もリーズナブルだ。居室部分は積み降ろしが可能なので、地域住民の遊休中の軽トラックを活用することもできる。軽トラックをベースにした「軽トラハウス」の居室部分はシェルと呼ばれる。シェルは自作が基本である。材料費だけなら数十万円だという。

シェルは、仕様にもよるとはいえ、大工仕事の経験がない素人でも作ることができる。デザインの自由度が高いので、世界に一つだけのモバイルハウスが作れるのも魅力だ。工夫次第でキッチンやソーラーパネルを付けたり、断熱材を入れるなどして居住の快適性を高めることもできる。

モバイルハウスの用途は、観光客にレンタルするというだけではない。「動く別荘」として、またリモートワーカーの「動くオフィス」として、さらには趣味を楽しむ大人の秘密基地といった使い方にも好適だ。例えば、企業が労働環境の多様化を目的にモバイルハウスを導入するような場合、社員同士でモバイルハウスを自作すれば、設計や製作過程も楽しめるだけでなく、社員の結束力を高めたり、モバイルハウスを利用できること自体が福利厚生としても機能する。

▲オフィスとして利用することも可能。カスタマイズは自在だ

Carstay上で共有されている全国の車中泊ステーションの利用料は、1台1泊平均約1,500円。ゲストが払う料金の60%が、車中泊ステーションのホストの報酬となる。ステーションで車中泊することができる日時や設備などの情報は、ステーション登録者が細かく指定できる。

バンシェアの金額は、モバイルハウスの仕様、年式、走行距離などによって決まるが、軽トラハウスで1日約10,000円。シェア料金からプラットフォーム手数料(シェア料金の20%)を差し引いた金額がホストの報酬となる。現在は、バンのオーナーと利用者の事前登録を受け付けているところだ。

▲バンライフ需要に対する企業側のESG投資のモデル図

地元企業はモバイルハウスの製作に投資し、それをレンタルすることでリターンを得る。地元住民は土地を車中泊ステーションとして提供したり、遊休中の軽トラックを貸し出すことなどで貢献する。そして、観光客がそれらを利用する。モバイルハウスの製作には、地元の林業業者を巻き込むこともできる。自動車のメンテナンスにも地元業者が参画できる。地元の産業が潤い、地域の関係人口も増加する。

これらの積み重ねによって、バンライフを通じた持続可能な「経済・環境・社会が調和するエコシステム」を石川県内に作り出すという将来像が描けるのだ。

▲バンライフを通じた持続可能な「経済・環境・社会が調和するエコシステム」のモデル図

また、モバイルハウスが広まれば、災害時に簡易の宿泊場所として活用できる、ということも想定されている。

当事者同士が話し合い、確かな手応え。机上の空論から一歩踏み出す

 この「石川県VANLIFE拠点整備大作戦」の第一歩となるミーティングには、バンライフ事業サービスを提供するCarstay、ステーション運営に意欲のある白山麓地域の住民、金沢市内の若手経営者、金沢工業大学学生などが集まり、この計画によって描くことができる地域の新たなビジョンが語られた。

ミーティング開始直後は新しい取り組みに対する不安の声も聞かれたが、最後には「まずは一歩踏み出してみましょう」という前向きな意見が数多く出された。金沢工業大学の学生からも「とても興味があります。ぜひやってみたい」という積極的な声が聞かれ、和やかな雰囲気でミーティングは終了した。

このプロジェクトの中心となるCarstay広報担当の中川生馬さんに、今回のミーティングを終えた感想を聞いた。

▲Carstay広報担当の中川生馬さん

「まだ始まったばかりのモバイルハウスやバンライフという新たな世界に対して、関心を持ってくれただけでも非常に大きな意義があったと思います。それに『家』=『不動産』という保守的な考えが強い中で、バンライフという『動く家』を活用して、ホテルなどの宿泊施設がない場所でも観光客を呼び込んで地元にお金を落としてもらうという、新しい視野・新しい風を吹かせられたのではないかと思います。それに地域が一体となって『モバイルハウスを何台か製作して所有し、それを活用して地域を活性化させよう。皆でつながって一緒にやろう』という前向きな意見が出たことは、この取り組みの一歩になると思います。ここまで進展した取り組みは、今までで初めてのこと。ここでの事例を他の地域でも展開できれば、と考えています」

また、地元の大学との協力関係をベースにできたことが良かったという。

「このプロジェクトは産学連携での取り組みです。第三者的な立場で現場に寄り添って活動してくれる大学がバックアップしてくれることで、親近感のある内容にもなり、今後も比較的スムーズに進むのではないかと感じています。皆さんが活動に期待をしてくれていますので、こちらも期待に応えられるよう努力します」

では、今回のミーティングとバンライフという提案に対して、地域の人々はどんな感想を抱いたのだろうか。

白山商工会OBの瀬川さんは、「空き地がビジネスになる、興味深い取り組みだと思います」と率直に評価する。また、同会青年部副部長の安田さんは、「以前から、地域を活性化しないといけないと思っていた。外部から来る人たちと地域の住民の間の橋渡しを青年部ができればと考えていたので、積極的に車中泊ステーションの可能性を探っていきたいと思います。個人的にでも進めていきたい」と前向きに語った。

白山麓一帯で広く林業を営んでいる株式会社白峰産業専務の尾田さんは、「白山麓エリアは、2005年に白山市として合併する前は5村に分かれていました。村ごとに独特の文化や生活様式が色濃く残っている所です。地域の人間関係も中途半端な状態です。このような取り組みで一つにまとめるにはいくつかの課題があるのではないかと心配していますが、不動産から『可動産』へという考え方には、広がりが感じられます。この地域が新しい風を必要としているのは間違いありません」と話した。

▲金沢工業大学産学連携局次長の福田崇之さん

最後に、金沢工業大学産学連携局次長の福田崇之さんにも感想を聞いた。

「共通の課題やビジョンをいろいろな立場の方々が『自分ごと』として考え、建設的に語ることが必要不可欠だと思います。今回は当事者同士が初めて接点を持ったわけですが、『机上で作った通りに全てが上手くいくわけではないな』というのが素直な感想です。しかし、白山商工会青年部OBの皆さんから、自発的な提案があったことは大変ありがたいと思っています」

今回のミーティングには学生も参加した。学生がこうしたプログラムに関わることについてはどうか。

「学生と接していて感じるのは、『自発的に行動することが気付きや成長につながる』です。学生だけでなく、社会人も一般の人も同じ。次のステップへの可能性を感じました。それに学生側からも『やってみたい』という声が上がったことで、間違いなく素晴らしいプロジェクトになっていくと思いますし、その活動が地域や企業と連携してうまく回っていけば、『持続可能な経済・環境・社会が調和するエコシステム』の構築にも繋がるのではないかと思います。リスクや不安もありますが、Carstayと一緒に少しでも企業や住民の方々の不安を払拭できるように大学側も動きたいと思います」

「石川県VANLIFE拠点整備大作戦」は走り出したばかりだ。このプロジェクトは成功するのか、さらに横展開することで地方創生の新たな柱になれるのか、地域の全ての参加者とサービス利用者がWin-Winの関係を築くことができる大きな可能性を秘めていることは間違いない。

(撮影・取材・執筆:北川真紀子 画像提供:河村真嘉・金沢工業大学 編集:杉田研人 企画・制作:SAGOJO)

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