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「地方発ワーケーション」の輪は広がるか。ローカル主導の秋田ワーケーション推進協会が発足

2020.12.03

Updated by Takeo Inoue on December 3, 2020, 13:49 pm JST

2020年夏、政府によってその普及が提唱された「ワーケーション」。近年の「働き方改革」の流れに加えて、コロナ禍の「新しい日常」のあり方のひとつとして注目されている。政府が突然旗振りを始めた印象もあるが、実際に「ワーケーション」の場となる地方では、どんな動きがあるのだろうか。今回は、先頃「秋田ワーケーション推進協会」が発足し、地域主導でワーケーションを活発にしようとしている秋田県の事例を紹介する。

ワーケーションとは「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語で、観光地で休暇を過ごしながら仕事をこなすワークスタイルの一つ。コロナ禍でリモートワークが一般化したことも重なり、政府も新たな働き方を示すキーワードに挙げている。

ワーケーションを成り立たせるためには、都市部と地方の連携が欠かせない。しかし、都市部企業の人たちが地方に滞在し、施設などを利用するという構造であるためか、具体的な動きとしては、運営主体が都市部にあり複数県の施設とのネットワークを持つ「一般社団法人ワーケーション協会」が目に付く程度だ。一方、本稿で紹介する「秋田ワーケーション推進協会」は、地方発の協会。ワーケーションを前面に出したローカルな協会は全国的にも目新しい。この協会の活動とその将来が、地方活性化を照らす灯火の一つになるかもしれない。

企業会員100社超を目指す、地方発のワーケーション協会

秋田ワーケーション推進協会は、秋田県の企業・自治体・大学に加え、首都圏の企業などが連携して地域経済の活性化を図ることを目的に、2020年11月10日に発足した。秋田県仙北市のワーケーション拠点・Semboku Complexがある「あきた芸術村」(わらび座)と、秋田ケーブルテレビ、エイデイケイ富士システム、東北iツアーズ、創生する未来が参画している。

実は「ワーケーション」を冠した協会や団体は、前後して複数設立されている。ただし、その多くが複数県の地方施設と連携する形とした上で、東京を中心とした都市部企業のワーケーションを推進することを目的としている。地域主導のワーケーションをテーマとした協会は、全国的にも先駆的な試みだ。

同協会の事務局長を務める創生する未来・伊嶋謙二は、「10月末時点で既に70社以上の会員が集まっており、11月中に100社を超える見込みです。2021年以降は、県域内のリモートワーク施設と連携しながら、地域発のワーケーションのあり方を探っていきたい」と意気込んでいる。会員は、地元宿泊施設や観光施設のほか、県内民間企業を中心に首都圏企業も入っている。

人口減少が著しい秋田県において、この取り組みはワーケーションによる来県を契機とした関係人口の増加や移住・定住、さらに企業移転までも視野に入れたものである。だからこそ、都市部主導のワーケーション協会とは違い、地元企業・自治体等を中心とした連携が必要になる。

当面、同推進協会は、Semboku Complexなどを中心にモデルツアーを企画したり、フォーラムやイベントなどを計画している。コロナ禍でテレワークが常態化する中で、都市部の企業側からの「お試し需要」に応えるためでもある。例えば昨年12月には、NECが社員教育の一環として、わらび座の演劇ノウハウを詰め込んだ「シアターエデュケーションとワーケーションを組み合わせた研修」が実施された。

▲ワーケーションの事例。昨年12月に開催されたNECの幹部研修。役者のメソッドをビジネスに適用する、わらび座独自の「シアターエデュケーション」が好評だった

上記の「シアターエデュケーション」は、単に企業が「ワーク」しながら地域で「バケーション」するだけでなく、滞在中にわらび座という地域事業者の保有する知見を学ぶことができるプログラムだ。このように、工夫次第では地域に滞在することで、都市では出会いにくい学びや気付きを得られることも「ワーケーション」の特徴だ。さらに、そこで得られる「学びや気付き」は、企業だけでなく大学や研究者にとっても魅力となりうるものだ。以下では、その一例として先ごろSemboku Complexを利用して行われた玉川大学と専修大学の合同ゼミについて紹介する。

安定した通信環境でリモート授業も万全

この合同ゼミは、玉川大学工学部の小酒井正和教授と、専修大学商学部の岡田穣教授によるもの。正確にいうと現在、岡田教授が1年ほど研究のため国内を離れているため、小酒井教授が非常勤講師として同氏のゼミを担当し、専修大学の学生も指導している。

▲玉川大学 工学部 マネジメントサイエンス学科 小酒井正和教授。専修大学や産業技術大学院大学の非常勤講師も務める。写真はSemboku Complexで開催された玉川大学と専修大学の合同ゼミの模様。いつでも、どこでも可能なリモート授業のメリットが活かされている 

もともと小酒井教授は、秋田県仙北市を「地域創生ビジネス」の研究フィールドにしており、以前から研究拠点としてあきた芸術村へ頻繁に訪れていた。現在では、ドローンを活用した稲の生育データのリモートセンシングや、各種センサーを用いた圃場の環境データの収集によるスマート農業経営の共同研究を同県内で岡田教授と行っている。

小酒井ゼミの学生たちもまた、あきた芸術村でVR体験会やプロジェクションマッピングを実施したり、森林工芸館(あきた芸術村内)で住み込みのインターンシップを行ってきた。

▲ドローンでデータを収集する小酒井教授。同氏は仙北市をIT×農業の研究フィールドにしており、あきた芸術村(わらび座)を拠点に活動中だ

小酒井教授が担当する二つのゼミは、あきた芸術村が新規顧客を獲得するための戦略立案をテーマにしている。今回の合同ゼミのリモート授業では、あきた芸術村(わらび座)の歴史やビジネスの内容の事前調査結果が報告された。学生は各人が自宅からZOOMにアクセス。ゼミ発表は高画質・大画面ディスプレイに参加者全員の顔が表示され、発表者は資料を画面共有しながら真剣に担当部分を発表していた。コロナによる学習環境の変化もあってか、学生もリモート授業には慣れているようだ。

▲学生は自宅や大学からZOOMでアクセスして調査結果を発表する。小酒井教授がいるSemboku Complexは、大容量の通信回線でリモート授業にも最適な環境だ

小酒井氏は「研究の拠点として、こういった施設があると非常に助かります。ホテルの一室よりもはるかに通信が安定した環境で、学生の顔を見ながら授業を展開できます。稲作の現地調査に赴くと同時に効率的に授業も行えるため、我々のようなフィールドリサーチ中心の研究者にとっては、大きなメリットになります」とSemboku Complexの環境を評価する。

現在はSemboku Complexが中心だが、仮にリモートワーク環境が整った施設が県内各所にできるとすれば、ローカルな現場を飛び回る必要のある研究者にとっても「秋田でワーケーションするメリット」は格段に大きくなるだろう。秋田ワーケーション推進協会では、2021年度に県内のリモートワーク対応施設約20箇所と連携していく予定だという。こうした動きが容易なのも、地元に明るいローカルなワーケーション協会ゆえの強みだろう。これらがどのようなオリジナルな展開につながるか、期待が高まる。

ローカル資産の魅力とそこへの地域内アクセスの課題

ワーケーションは第一に働く環境が整備されていることが基本だが、一方でバケーションの側面も重要な要素になる。その点、Semboku Complexのある「あきた芸術村」は劇場、温泉、ホテルなどが集まった複合施設。家族連れで「ワーケーションする」場合も、自身が仕事をしている間に家族はさまざまな施設を利用できる。秋田ワーケーション推進協会が、まずここから始めたのも納得だ。

どんな施設があるのか簡単に紹介する。まず、あきた芸術村の一番の売りは「わらび座」。わらび座は、日本では劇団四季や宝塚歌劇団に次ぐ規模の大きな劇団であり、雇用を生み出し地域経済を支える事業グループでもある。

▲あきた芸術村には多くの施設があるので、家族連れで訪れると良いだろう。写真はわらび座の常設大劇場。ミュージカルが楽しい

地ビール工場が併設されたレストラン「田沢湖ビール」も、地元で大変有名なスポットだ。欧州で行われるビール世界大会で2011年以降9年連続入賞、ゴールド・アワード(金賞)も獲得しており、品質は世界の折り紙つき。仕事が終わった後には美味いビールが待っている。

▲ビール工場が併設されたレストラン「田沢湖ビール」。ビール世界大会で数々の賞を獲ったビールと表彰状がずらり

他にも施設内には、ブルーベリーを摘み取れるエコニコ農園や、木工細工の手作り体験が行える森林工芸館、貴重な蔵書や映像が保存されている民俗芸能資料センター、名物きりたんぽ鍋を提供する「食事処ばっきゃ」などがある。

また、あきた芸術村がある角館(かくのだて)地域は「みちのくの小京都」と呼ばれ、江戸時代の佇まいが色濃く残る武家屋敷などがある。春先には、通りが桜で満開になるので、街歩きも楽しい。博物館や美術館、伝統工芸などが好きであれば、新潮社記念文学館や平福記念美術館、角館樺細工伝承館(桜皮細工)に足を運んでみるのも良いだろう。

▲角館の武家屋敷通り南側にある田町武屋敷。写真は武士団だった西宮家。同家の繁栄がしのばれる5つの蔵と母屋は明治後期から大正時代に建設された

さて、このようにあきた芸術村周辺は、「ワークの場」と「バケーションの場」が地理的に近接しているために来訪者にとっても利用しやすいわけだが、今後、県内各地に同様の「ワークの場」を展開していくのであれば「バケーションの場」へのアクセス、つまり移動手段の提供が一つの課題になるだろう。

これは、地方創生を進めるあらゆるエリアで共通の課題でもある。ワーケーションを推進するにも、公共交通機関(バス、電車など)と民間事業者(レンタカーなど)との連携がなければ、「ワークの場」は作れても利用者の「バケーションの要望」に応えられないだろう。ワークの場を提供するだけなら、そこが「秋田である意味」はなくなる。

一方で、この全国共通の困難な課題に対しては、地元ならではのネットワークを持ち関係性を構築できる「ローカルなワーケーション協会」だからこそ向き合える、ということもいえる。

全国的に展開するワーケーション協会とローカルなワーケーション協会の間にどんな違いが生じていくか、利用する側にとって両者にはどんなメリット・デメリットがあるのか。様々な取り組みを通じて、浮き彫りになっていくはずだ。上手く行けば、ローカライズされたワーケーション協会の設立が全国各地で活発になる可能性もある。秋田ワーケーション推進協会は、その試金石となるだろう。

(執筆&写真:井上猛雄 編集:杉田研人  監修:伊嶋謙二  企画・制作:SAGOJO)

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井上 猛雄 (いのうえ・たけお)

東京電機大学工学部卒業。産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、株式会社アスキー入社。週刊アスキー編集部、副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにIT、ネットワーク、エンタープライズ、ロボット分野を中心に、Webや雑誌で記事を執筆。主な著書は「災害とロボット」(オーム社)、「キカイはどこまで人の代わりができるか?」(SBクリエイティブ)などがある。