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イスラエルとパレスチナの衝突をどう見るべきか?

2021.05.19

Updated by Hitoshi Arai on May 19, 2021, 14:09 pm JST

Our World in Data」には世界のワクチン接種状況が様々なデータで示されている(NHKのサイトにまとまっている)。そのうち、「接種を完了(2回の接種が必要なワクチンであれば、2回)した人数」の人口に占める割合では、イスラエルは58.89%(5月18日時点)でトップであり、2位のチリ39.2%を大きく引き離している。国民の日常生活は、ほぼ「コロナ前」に戻った。同時に、先週5月10日以降イスラエルではパレスチナとの衝突が発生した。現地の友人の一人は、「いつものイスラエルに戻ったよ」と皮肉交じりだ。

両者の衝突は、この時期の季節行事ともいえるものだが、今回の衝突が規模・内容で近年にない激しいものであることは間違いなく、そうなっている背景を読み解きたい。

日本の新聞・TVで報道されるのはほぼ100%がイスラエルによるガザ地区への空爆映像・画像であり、報道番組では「罪のない子供も死傷しています」という現地レポーターのコメントが付く場合が多い。イスラエル、パレスチナ両者の持つ火力、並びに両者の被害程度の非対称性により、報道の立場が弱者寄りになり報道内容もエモーショナルになるのは、その主義・思想以前にある種「商業メディアの性」ではないかと考えている。

筆者自身は、中東問題の専門家でもないので、どちらが良い・悪いという議論はもちろんできないしするつもりもないが、イスラエル関連記事を書くライターとして、前述のような商業メディアに踊らされず、インターネット、SNSからもバランスのとれた情報を取捨選択できるだけのリテラシーのために、自ら考えるための材料は整理しておきたい。

分裂状態にあるパレスチナ

一言でパレスチナと言っても、自治政府主流派でヨルダン川西岸地区を支配する「ファタハ」と、ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織「ハマス」とに分裂した状態にある。この状態は、2006年のパレスチナ自治評議会選挙でハマスが大きくファタハを破ったものの、自治政府議長はファタハが維持するという状況になって以来、続いている。パレスチナの経済は国際社会からの支援に依存しており、その配分をめぐる対立が武力衝突に発展し、ハマスは2007年にガザ地区を武力制圧し実効支配した(赤旗の記事)。2017年にも、エジプトの仲介で対立解消に合意する会合が行われたが、実際の和解はなかなか進展してはいない。

イスラエルに対する考え方も、両者で大きく異なる。ファタハはイスラエルを国として認めており、対話により和平を進めようとする姿勢がある一方、ハマスは、パレスチナ地域全体がパレスチナ人のものであるという立場から、イスラエルという国の存在自体を認めていない。国によってその評価は異なるが、アメリカ、EU、日本などは、ハマスを武装闘争を行うテロ組織に認定している。

現在のパレスチナは、国際的には国家として完全に認められているわけではない「自治区」である。従って「パレスチナ人」という表記の意味するところも、例えば(日本国民である)日本人という言葉の理解とは異なる。イスラエルの人口の25%はユダヤ人以外の主にアラブ人であり、その人達の中には自分はパレスチナ人である、と考える人も当然存在する。

問題の背景は領有権争い

今年は、4月12日からイスラム教徒のラマダン(断食)が始まった。宗教心の高まるこの時期に、イスラム原理主義を掲げるテロ組織は、イスラム教徒にとっての「善行」であるとして、対立する異教徒や組織への攻撃を活発化させる事が多い。また、今年は5月10日だったが、この日は1967年の第三次中東戦争でヨルダン領であった東エルサレムをイスラエルが占領(イスラエル側から見れば奪還)したことを記念するイスラエルの祝日である。一方、パレスチナ自治政府は、東エルサレムは将来パレスチナ国家が樹立できた時には首都になるとしており、その領有権を主張している。つまり、そもそも双方の対立感情が顕在化する時期なのである。

因みに、当該地域を占領しているイスラエルは、非ユダヤ人人口をエルサレム全体で3割以下に抑える方針を示しており、パレスチナ人などのアラブ系住民は居住権を有する外国人という位置付けとしている。ユダヤ人入植者がアラブ系住民の土地買収を進めていることも紛争の根っこに存在する。

どちらの陣営にとっても歴史的な聖地であるこの地域の領有権は、簡単に答えが見つかる問題でもなく、微妙なバランスの現状を少しでも崩すと、どちらにとっても紛争を起こす切っ掛けとなる。

国際社会の多くは、この問題による紛争の激化を避けるためもあり、通常であれば国家の首都に置く各国大使館をエルサレムではなくテルアビブに置き、暗にエルサレムが首都であるというイスラエルの主張を認めない「大人の対応」といえる姿勢を取っていることからも、その微妙さは見て取れるだろう。

「季節行事」という乱暴な表現をしたのも、1967年以降(あるいはそれ以前からも)この問題は続いており、ラマダンと重なるこの時期に大小の衝突が繰り返されているからだ。ではなぜ、今回これほど衝突が過激化しているのだろうか?

今回の衝突の経緯

まず、事実経緯を簡単に整理する。

5月7日、ラマダン最後の金曜日に数万人のパレスチナ人がイスラム教の聖地「アルアクサ・モスク」を訪れた。パレスチナ人のグループは、東エルサレムへのユダヤ人入植者がパレスチナ人住民に立ち退きを迫っていることへの抗議活動を行い、パレスチナ人デモ隊とイスラエル警察との間で衝突が起きた。また、大勢の人が集まる場でのコロナ対策として、ダマスカス門という聖地に通じる道の通行にイスラエル警察が制限を設けたことも、パレスチナ側を刺激する材料となった。

5月10日には、ユダヤ人極右グループがエルサレムの日を記念してムスリム地区を行進する予定があり、またそれに対抗するためパレスチナ人側は、モスクに立てこもり投石や火炎瓶を準備していた、といわれている(BBC.COMの記事)。

この両者間の衝突を避けるためにイスラエル警察は、ユダヤ人が入らないようにイスラム教徒の集まる旧市街への道を封鎖しただけではなく、モスクにも立ち入るなどしたために、パレスチナ人側の不満が爆発した。その夜、ガザ地区からエルサレムに向かって多数のロケット弾が発射され、イスラエルは空爆で応戦し、両者の激しい衝突が繰り返されることとなった。

本稿を書いた18日現在、収まる様子は見えていない。

なぜ今年の衝突が激しいのか?

年中行事の紛争でありながら、なぜ今年の衝突がこれほど激しいのか? その理由の一つは、明らかにイスラエルとアラブ諸国との国交正常化にあると考えている。4月28日の記事「『独自の強み』で世界に対峙するイスラエル」で書いたように、従来「パレスチナ問題」はアラブ諸国が一つにまとまる「大義」だった。

しかし、石油依存経済からの脱却を目指してイスラエルの技術に投資をしたいUAEなどは、昨年、イスラエルとの国交を正常化した。大義の元に反イスラエルでまとまるのではなく、自国の産業を起こし、経済を発展させるためにイスラエルと国交を持つことを選んだ国が現れ、アラブ諸国の中でも、パレスチナ問題の重要度が下がって来たのではなかろうか。

表現は妥当ではないかもしれないが、パレスチナとしては、自分たちの存在をアラブ諸国、国際社会に対してアピールする必要が出てきているのだ。北朝鮮がミサイルを発射してアメリカの注意を引くのと似た構図でもあり、この傾向は当分変わらないのではないだろうか。

より深刻な問題

ガザ地区からのロケット弾攻撃、それに対するイスラエルの応酬、これらについては間もなく終わるだろう、と筆者は考えている。その理由の一つは、ハマスの保有する武器には限りがあるはず、という点だ。経済面では国際社会からの支援に頼っているパレスチナ自治区の特にガザ地区が、2000発以上ものロケット弾を発射できる武力を保有すること自体が解明されねばならないが、いずれにせよ、その量に限りはあるだろう。イスラエル側の応酬によっても、多くのロケットランチャー等が破壊されているはずである。撃つものが無くなれば、攻撃は終わらざるを得ない。

また、たとえ一日ではあっても、イスラエルの国際空港であるベングリオン空港が閉鎖された。これは、ハマスにとっての「勝利」を意味することでもあり、振り上げた拳を下ろす理由になり得ると考える。

それよりも懸念されるのは、イスラエル国内でのアラブ人・ユダヤ人の対立が見られることだ。現地在住のテルアビブ大学講師山森みか氏が、文化放送のラジオ番組で解説しているが、一般の人々の町中での殴り合いのような映像がSNSで瞬時に拡散し、憎悪感情に火を点けたという。

従来からプロパガンダ目的で作られた映像は、事実かフェイクかを問わず世界中に流れており、特にハマス側はこの映像キャンペーンに長けているという。しかし、今回はプロパガンダではなく、明らかに事実として身近な場所で暴力をふるっている映像が拡散した。

政治的、宗教的に根深い対立があるとはいえ、一般の市民(イスラエル人、パレスチナ人)が争いを求めているわけではない。お互いに仲良く共存できればそれに越したことはない、というのは多くの市民の普通の感情だろう。しかし、SNSによるリアルタイムの映像拡散は、その普通の感情をいとも簡単に覆す。このリスクに対して、正しく目を向ける必要があるだろう。

日本からは遠い中東の紛争ではあるが、無関心では居られないし、学ばねばならないことは多くある。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu