photo by 佐藤秀明
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事業の永続性を最大の目的としたファミリービジネス
ファミリービジネスは、大昔から現在まで企業形態の中核を形成してきた。なぜかというと利潤の最大化ではなく、事業の永続性こそが最大の目的となるからである。
最近私が翻訳したフランチェスカ・トリヴェッラートの書物『世界をつくった貿易商人―地中海経済と交易ディアスポラ』(2022年 ちくま学芸文庫)からも、経済活動におけるファミリービジネスの重要性が認識できる。同書から、近世イタリアにおけるユダヤ人の事業形態と、彼らが事業を継続させた方法について述べてみたい。
正確に言えば、トリヴェッラートが対象としているユダヤ人とは、15世紀末にイベリア半島を追放されたセファルディムと呼ばれる人々である。彼らの一部はイタリアに住み着いた。ではセファルディムのファミリービジネスのあり方は、現代の私たちに、どのような示唆を与えるのだろうか。
家族内で商業資本の流通を維持したレビラト婚
ファミリービジネスを論じるためには、婚姻形態について述べておく必要がある。ユダヤ人の法律と慣習によれば、婚姻契約は、おもに二つの支払いから成り立っていた。一つは、持参金(nedynya)と寡婦産[寡婦が相続する死んだ夫の財産](tosefet)。そしてもう一つは、花嫁が初婚であるかどうか、離婚していたか未亡人であるかによって変わる少額の金(mohar)である。ヴェネツィアとリヴォルノのセファルディムのあいだでは、寡婦産と持参金の合計額が、夫が管理する資産の総額となった。
妻が夫より先に死んだなら、持参金も寡婦産も夫のものとなった。夫が死ぬか破産状態に陥ったなら、未亡人には家族が支払った持参金とすべての(もし子どもがいない場合には、少なくとも半額の)寡婦産を返却される権利があった。ユダヤ法によれば、合資会社が破産したときに、持参金による資産は債権者の請求から保護された。そのため、商業資本が保護されることになった。
ユダヤ人は、レビラト婚[寡婦が死亡した夫の兄弟と結婚する慣習]を採用していた。そのため、巨額の持参金がもたらされた花婿の家族の家督は減少しなかったのである。17~18世紀においては、子どものいない寡婦は、亡くなった夫の兄弟のなかで最年長の者と結婚しなければならず、寡男は故人となった兄弟の寡婦と結婚しなければならなかった。
リヴォルノとヴェネツィアでレビラト婚がどのくらいの頻度でおこなわれていたのかはわからないが、現実には、レビラト婚は、セファルディムの家族と結婚した人々のあいだで広まったとされる。
このようにして、セファルディムは近親結婚の家族集団内部で商業資本の流通を維持し、世代を超えた財産相続を可能にした。セファルディム同士では、滅多に契約を結ばなかったが、それは家族間の絆が強く、わざわざ結ぶ必要がなかったからであろう。さらに社会的・文化的障壁のために、ユダヤ人とキリスト教徒が商業活動を共同で営むことがあまりなかったことも影響しているであろう。
ヴェネツィアにおいても、セファルディム商人は、有限責任の合資会社ではなく、合名会社を運営した。合名会社は全員が無限責任を負っていたが、この内在するリスクを上回るだけの大きな利点があった。会社の存続期間は無限であり、海外のパートナーに決定権を委任する能力を提供したのである。
※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の抜粋です(この記事の全文を読む)。
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