ICC x Media Art Chronology には現代へのヒントが詰まっている
研究開発のネタをアート/デザインの現場から探る(No.4)
2024.11.23
Updated by Masayo Yaso on November 23, 2024, 18:54 pm JST
2024.11.23
Updated by Masayo Yaso on November 23, 2024, 18:54 pm JST
先日ご紹介した東京・初台にあるNTTインターコミュニケーション・センター [ICC](以下、ICC)は、さすが最先端テクノロジーを使ったアート作品を多く取り扱っているだけあり、デジタル・アーカイブがとても充実しています。例えば、映像アーカイブの「HIVE」では、開館以来の年間活動記録映像やアーティスト・トーク、アーティストや科学者らのインタビューの一部コンテンツをWebでも観られます。(映像コレクションや一部コンテンツはICC館内のみで公開。)特におすすめなのが「ICC x Media Art Chronology」という、メディア・アートや社会の動向とともにICCの活動が見られる年表です。「こんなことあったな」と昔を思い出しながら、その時々に開催されたICCの展覧会やイベントの詳細情報を眺めていると、ICCが取り扱ってきたテーマの先進性に大変驚かされます。
そこで、今回は「ICC x Media Art Chronology」をもとに、ICCが企画した過去の展覧会やプロジェクトから、今に示唆を与えるテーマをピックアップしながらご紹介します。
1997年は、一般家庭にインターネットが普及するきっかけとなったWindows 95の登場からわずか数年。そのような中、ICCは、“21世紀まであとわずかと迫った私達の世界は,科学技術の進歩がすすみ,ますます複雑でネットワーク化された社会になって”いると指摘し、「コミュニケーション/ディスコミュニケーション」をテーマとした展覧会「ICC ビエンナーレ ’97」を開催しました。展示作品の1つである、マリナ・グリジニッチ&アイナ・シュミド《ルナ・パーク》の解説には、“一見コミュニケーションが表面的には円滑に行われているように見えるこの世界に、実は幾つかの同時進行の世界が存在し、多様で複雑なコミュニケーション/ディスコミュニケーションが存在することに注目した作品です”とあります。インターネット黎明期の1997年と比べて、さらにコミュニケーションツールが発達し、日常的に複数ツールを使いこなさなければならない現代を生きる私たちにとって、非常に身に染みるテーマです。
私が高校生の頃は、大学受験にあたり、自分の進路を「文系」「理系」のいずれかから選ぶようにされました。が、最近は「文理横断・文理融合」の時代のよう。教育未来創造会議は2022年、目指したい人材育成の1つとして“予測不可能な時代に必要な文理の壁を超えた普遍的知識・能力を備えた人材育成”を挙げました。(教育未来創造会議 提言|内閣官房ホームページ)
一方、ICCは1999年、“近年,アートとテクノロジー,またアートとサイエンスの融合をベースにした,多彩な教育と創造のプロジェクトが世界各地で進行して”いるとし、「デジタル・バウハウス——新世紀の教育と創造のヴィジョン」を開催していました。科学技術と芸術文化の融合をテーマとする国内外の教育機関の教育者や学生による作品などを展示した展覧会だったとのこと。ようやく時代の流れが追いついてきたようです。
2007~2008年にICCで開催された展覧会が「サイレント・ダイアローグ──見えないコミュニケーション」です。この展覧会では、“植物や動物、昆虫などの生物同士のコミュニケーション、あるいは生物の生態を調査し、そのふるまいを参照することによって、人間がそれらとどのように関わることができるかを、新たな視点から探ることができるのでは”と、“生体情報にもとづいて自然環境を可視化、可聴化したり、バイオセンサー技術などを応用して自然環境との関係性を探る作品が展示されるほか、コンピュータによって自然環境をシミュレートし、新しい「環境」のありかたを模索するような試みも合わせて紹介”したとのこと。
他生物が捉える世界はいかなるものか。本展覧会では人間の通常の身体では感知できない新しい何かを知りえたのかと思うと、好奇心がうずいて仕方ありません。
なお、会期中に開催されたアーティスト・トークやパフォーマンスの記録映像の一部は、Web版映像アーカイブ 「HIVE」で公開されているので、視聴することができます。
コロナ禍によって物理的な接触やコミュニケーションが制限されたことにより、「メタバース」が一気に注目されました。2021年、Facebook社がMetaに社名を変更したことを覚えている方もいるでしょう。昨今、コンシューマ向けメタバースはいささか停滞気味と言われていますが、まだ注目技術トレンドの1つであると言えます。
今からさかのぼること15年前、ICCではすでに「メタバースをどのように活用することができるか」ということをテーマにアーティストや研究者の方々を招き、その意味や可能性を考察する長期プロジェクト「ICC メタバース・プロジェクト」を立ち上げていました。思い返せば2000年代半ば、「セカンドライフ」といった仮想空間サービスが一時的にブームになっていました。社会背景は異なれど、「メタバースに対する期待が高まっていた」という点では当時も今も同じ。メタバースそのものに対する考察は今にも応用できる点があります。
例えば、江渡 浩一郎 氏による「仮想<空間>の起源と進化」では、過去のメタバース(もしくはそれに類するもの)のブームについて取り上げており、鳥瞰的にメタバースを知ることができます。また、田中 浩也 氏と柄沢 祐輔 氏によるメタバースが長続きしない理由の考察(「メタバースにおける空間,環境,身体性」)や、濱野 智史 氏の「既存のメタバース系サーヴィスやセカンドライフは,なぜイマイチなのか?」「コンテンツよりもログの集積のほうが圧倒的に面白い!?」も、大変興味深いです。
以前「アート作品には未来の予兆が潜んでいる」と述べましたが、それを転じれば「過去のアートには現代へのヒントがある」ということでしょう。まさに温故知新です。とはいえ、過去のアート作品自体を見に行くことはなかなか難しい。そこで今回のように「ICC x Media Art Chronology」といったアーカイブを使って、タイムトラベル気分で展覧会情報を読み解いてはいかがでしょうか。
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情報技術開発株式会社 経営企画部・マネージャー
早稲田大学第一文学部美術史学専修卒、早稲田大学大学院経営管理研究科(Waseda Business School)にてMBA取得。技術調査部門や新規事業チーム、マーケティング・プロモーション企画職などを経て、現職。2024年4月より「シュレディンガーの水曜日」編集長を兼務。