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未来の可能性を広く取れ

Spread your wings and fly

2024.11.13

Updated by Shigeru Takeda on November 13, 2024, 14:41 pm JST

研究開発には、線形(linear)な価値を進化させるタイプと、非線形(nonlinear)な探索を繰り返すタイプがあります。前者は、オリンピック憲章の「より速く、より高く、より強く(第1章 規則10)」と同じ価値観を持つものです。このタイプはゴール(KGI)が明確ですから、実現した時の近未来像に対して共感が獲得しやすい、という特徴があります(超伝導のように、線形な価値を進化させるために非線形な技術が採用されるということもよくあることですのでご注意ください)。

ただし、線形な開発は未来が決定してしまう(=その他の可能性を排除する)」と同時に、必ずサチュレート(saturate:飽和)しますから、ある物理的な閾値(限界値)まで到達すると、同様な役割を果たす可能性がある全く別の発想に基づくオルタナティブな技術にバトンタッチすることが多い、という特徴もあります。ムーアの法則の破綻がわかりやすい例でしょうか。

一方、非線形な探索的研究開発は、第三者からは「あいつ、何やってんだ?」と思われることも多く、説明コストが高い(その研究の価値がわかりにくい)という弱点があります。2004年の大学法人化は、このような探索的研究開発(の重要性)をバッサリ切り捨て、経済的効率や成果を重視した研究に競争的資金を重点配分することで、逆に日本の国際的科学技術力の存在感を小さくするだけになってしまったわけです。

それはともかく、この探索的研究開発の特徴は「それが描く未来の様子を極めて広く取れる」という点にあります。これがRCA(Royal College of Art)のアンソニー・ダン(Anthony Dunne)が提唱したスペキュラティブ・デザイン(Speculative Design)だと考えればいいでしょう。

探索型研究開発は、国が音頭を取って実施するような代物ではないはずです。JST(科学技術振興機構)に「さあ、探索型始めましょう!」と言われ、探索型を公募して審査する、などというのはもはや意味不明です。「集中と選択」が「当たる馬券を買えば必ず儲かる」という理屈と大差なかったことを忘れたのでしょうか。

もっと研究者の内なる情動、自分でも理由が説明できない課題意識こそが探索型に相応しいはずで、その意味において、研究者にさらなる自由とそれ相応の責任を与えるべきでしょう。結果として探索型はその大半が野垂れ死にするはずですが、それが自分の「好き」の結果であれば甘んじて受け入れることも可能なはずです。

探索的研究開発の成果を市場に投入する場合は、「オモチャ(玩具)のフリをする」という手段が有効です。当該参入分野で大きなシェアを保有する(多くの場合)大企業に「これは我々の敵ではない」と油断させ、最終的に当該の市場を消滅させ「新しい未来」を展開します。

フォード(Ford)に敵だと思われないためにトヨタが北米市場に投入したカローラ、盤石と思われていたDEC(Digital Equipment Corporation)が築いたミニコン(ミニコンピュータ)市場を完膚なきまでに叩きのめしたAppleなどが有名な例でしょうか。

現在、この「オモチャ」に該当するのが「アート思考とスペキュラティブ・デザイン」だと考えればわかりやすいかもしれません。アートは自分の信条、想い、発想をストレートに発揮できます。研究者にも同様の権利が与えられるべき、と考えるのはさほど不自然なこととは思えません。

原 正彦(はら・まさひこ)東京科学大学・名誉教授

原 正彦(はら・まさひこ)東京科学大学・名誉教授

自然界に存在する物質や現象には、ハードウエアとソフトウエアの区別のない知性とも呼べる情報処理能力と計算可能性を秘めていることを感じながら、我々は未だにそこに踏み込む取っ掛かりの所で躊躇している感が否めません。

そんなもどかしい現状を打破すべく、来る11月23日に開催される「物質知性と共に育むサスティナビリティ価値創造」のセッション1(11:00開始)では「20XX年の革命家になるには」で「スペキュラティヴ」思弁思考の可能性を説いたアーティスト長谷川愛氏と、その発想をいち早く物質理工学に取り入れ社会実装を推進する三木則尚氏(慶應義塾大学理工学部)に、その心と未来の社会変革への展望をうかがいます。原正彦氏(東京科学大・名誉教授)がセッションチェアを務めます。

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竹田 茂 (たけだ・しげる)

日経BP社の全ての初期ウェブメディアのプロデュース業務・統括業務を経て、2004年にスタイル株式会社を設立。WirelessWire NewsModern Timeslocalknowledgeなどのウェブメディアの発行人兼プロデューサ。理工系大学や国立研究開発法人など、研究開発にフォーカスした団体のウエブサイトの開発・運営も得意とする。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)、情報処理推進機構(IPA)Ai社会実装推進委員、著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年) など。