北朝鮮の携帯電話事情(6) - 中朝国境には闇業者が存在
2014.10.29
Updated by Kazuteru Tamura on October 29, 2014, 17:00 pm JST
2014.10.29
Updated by Kazuteru Tamura on October 29, 2014, 17:00 pm JST
朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)ではCHEO Technologyがブランド名をkoryolinkとしてW-CDMA方式の移動体通信サービスを提供している。北朝鮮ではスマートフォンを含む携帯電話の販売もCHEO Technologyが手掛けており、Pyongyang, Ryugyong, Arirangといった北朝鮮にゆかりのあるブランド名を冠した携帯電話が販売されている。これらの携帯電話は北朝鮮国外で正規に出回ることは一切ないが、中朝国境では闇業者が出現している。この闇業者に関する情報を得たので中国の丹東市に飛んで視察してきた。
中国・遼寧省の丹東市は鴨緑江を挟んで北朝鮮の新義州市と接する国境の都市である。丹東市と新義州市は鴨緑江に架かる中朝友誼橋で結ばれており、丹東市は中朝最大の物流拠点となっている。中朝友誼橋は朝から晩まで多くのトラックが行き交い、多くはないが旅行社のバスや国際列車も通る。中朝友誼橋を眺めていると、丹東市が中朝最大の物流拠点であることも頷ける。
丹東市は物流以外も北朝鮮との交流は盛んである。丹東市ではしばしば北朝鮮への観光や投資に関する展示会や説明会が開催されており、丹東市内に駐在する政府関係者を含む北朝鮮国民も少なくないという。また、北朝鮮から派遣されたスタッフが働く複数の北朝鮮国営レストランも進出している。丹東市は朝鮮系居住者が多い影響もあるが、北朝鮮との交流が盛んなだけに至る所で朝鮮語が見られる。
▼鴨緑江とそれに架かる中朝友誼橋。橋の向こう側は北朝鮮・新義州市である。
▼北朝鮮国営レストランの高麗館。筆者が平壌滞在時に宿泊した平壌高麗ホテルのロゴや、北朝鮮の国旗も確認できる。
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中朝の物流拠点となっている丹東市では北朝鮮国民をターゲットとした商売も登場している。その一つが携帯電話の闇業者である。丹東市に平壌通訊という名の闇業者が存在するとの情報を得たために現地を目指した。詳細な所在地は把握していなかったのであるが、現地で朝鮮系住民に尋ねると案内してくれた。平壌通訊の存在は朝鮮系住民や丹東市を訪れる北朝鮮国民の間ではそれなりに知られているようで、丹東口岸(出入国審査場)の出入口からすぐ近くに位置していた。
平壌通訊というネーミングからも分かるが、看板は朝鮮語で書かれており、北朝鮮国民をターゲットとしていることは明白である。koryolinkやPyongyangのロゴ、また北朝鮮向けに携帯電話を納入しているZTEや華為技術(Huawei Technologies)のロゴも掲げられており、北朝鮮国民なら看板を見てすぐに携帯電話関連の店であることが分かるだろう。また、看板には携帯電話の販売、携帯電話の修理、IMEIの書き換えなどについても書かれており、非正規に販売や修理などを手掛けていることが分かる。事前に情報を得ていた通り、確かに北朝鮮国民をターゲットとした闇業者は存在した。
▼これが平壌通訊である。看板には朝鮮語が見られる。
▼北朝鮮で見たkoryolinkやPyongyangのロゴも掲げられており、北朝鮮国民はすぐに何の店か分かるはずである。
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平壌通訊の中に入ると、北朝鮮の携帯電話が並んでいた。北朝鮮の携帯電話はPyongyangなどのブランドを冠したものが多く、それらには朝鮮語のロゴマークも入っているため、見た目だけで北朝鮮の携帯電話と認識することは難しくない。ところが、手に取ってみると殆どがいわくつきの携帯電話であることが分かった。並べられていた携帯電話の台数自体が少なかったが、その大半が何らかの改造が加えられていたのである。
北朝鮮向けと同等の携帯電話が中国やその他の国や地域で販売されていることは少なくない。型番は同じでロゴ・キーパッドやソフトウェアが異なるだけの場合も多く、非北朝鮮版の携帯電話を用意してデジタイザとキーパッドなど一部パーツを北朝鮮版と交換したものや、北朝鮮向け携帯電話に非北朝鮮版のソフトウェアをインストールしたものなど、見た目だけが北朝鮮の携帯電話となっているものを確認できた。パーツを交換しているものはディスプレイに埃が入っていたり、ディスプレイやキーパッドにガタつきがあったりと、雑に組み立てられているために筐体を触ればすぐに分かった。また、ラベルなどからハードウェアは北朝鮮向け携帯電話であっても起動時のロゴなどでソフトウェアが変更されていることが分かる携帯電話も存在した。
北朝鮮向け携帯電話は基本的にkoryolinkのSIMカードのみ利用可能で、スマートフォンは無線LANやGPSに非対応など、非北朝鮮版と比べて機能が制限されている。この制限を回避するために、パーツの交換やソフトウェアの書き換えによって、見た目だけ北朝鮮の携帯電話と仕立てているのである。改造することで中国では中国のSIMカードを使うことが可能となり、北朝鮮に持ち帰っても外装を見ただけでは怪しまれないはずである。
北朝鮮ではHUAWEI U7200やZTE Bladeのように北朝鮮のブランド名を入れずに販売されている携帯電話も存在するが、平壌通訊ではそれらの非北朝鮮版も売られていた。これらも見た目だけが北朝鮮の携帯電話に仕立てられたものと同じ目的で販売されていると考えられる。
その他、電池パックやリアカバーを紛失した状態の北朝鮮向け携帯電話の中古品も販売されていたが、平壌通訊は非正規に販売や修理を手掛ける闇業者であるだけに、完璧な状態の北朝鮮向け携帯電話をここで入手するのは困難だろうとの印象を受けた。
▼北朝鮮向け携帯電話であるZTE Pyongyang T6。ディスプレイの下に配置されている朝鮮語のロゴがPyongyangブランドのロゴである。キーパッドも朝鮮語となっている。
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看板にも書かれている通り、携帯電話の販売だけではなく修理やIMEIの書き換えも行っている。修理用に用いると思われるデジタイザや、部品取り用と思われる北朝鮮向け携帯電話と同等スペックの非北朝鮮版が分解された状態で置かれていた。店内の棚には北朝鮮のスマートフォンとして有名になったArirang AS1201のベースであるUniscope U1201の化粧箱も確認できた。本体は部品取りまたは改造に使われたのだろう。デジタイザやリアカバーは単体では販売できないと言われたものもあり、修理用に使うことは簡単に察することができた。
IMEIの書き換えについては詳しく教えてくれなかったが、koryolinkのシステムを把握した上でIMEIの書き換えを行っていると思われる。北朝鮮はIMEIホワイトリスト制度を採用しており、koryolinkのネットワークを利用する際にはkoryolinkの取扱店または取扱ブースでIMEIを登録する必要がある。ところが、先述の通り北朝鮮国内で販売されている携帯電話は機能に制限がある。そのため、非北朝鮮版のIMEIを登録済みのIMEIに書き換えることで、制限がない非北朝鮮版をkoryolinkのネットワークで使えるようになり、同じ携帯電話を中国訪問時も使用できるようにする目的があると考えられる。
▼携帯電話の販売、修理、IMEIの書き換えなど、主な取扱業務が朝鮮語で書かれている。
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平壌通訊の店内は撮影禁止となっているようで、店内ではスマートフォンを出しただけで写真撮影は不可とジェスチャーで伝えてくるくらい、厳しく写真撮影を禁じていた。店の前にも監視員を配置しており、ピリピリとした雰囲気を感じた。
北朝鮮国民をターゲットとした非正規な販売・修理、そして特にIMEIの書き換えには後ろめたさを感じているのだろうか。北朝鮮国民をターゲットとしているだけに、平壌通訊の存在が知れ渡って北朝鮮当局に目をつけられることを恐れているのかもしれない。そう感じさせるくらい、緊張した空気が漂っていたのである。いかにも闇業者といった雰囲気であった。
実際に北朝鮮向け携帯電話の中古品が流通していることや、販売や修理などで店が運営できているということは、少なからず北朝鮮国民が平壌通訊を訪れていることが見て取れる。おそらく、北朝鮮国内よりも安く修理できるのだろう。また、北朝鮮国内で購入した古い携帯電話を平壌通訊で売却し、制限を回避した新しい携帯電話を購入していくこともあるのかもしれない。そんなことはさておき、この店が成り立っているということは、それだけこの店の取扱業務に需要があると考えられる。
実際に筆者は平壌市内でIMEI登録や機能が制限された携帯電話の使用を経験したが、SIMカードの入れ替えを自由にできないなど、自由度の低さを感じたのは確かである。北朝鮮の外に出られる北朝鮮国民は限られているが、外界の携帯電話事情を知った北朝鮮国民の中にはこのような制限を煩わしく感じる者は間違いなく存在するはずである。そのような者が存在するからこそ、中朝国境の街に北朝鮮国民をターゲットとした闇業者が登場し、それが成り立っていると考えられる。平壌通訊の存在意義を考えることで、北朝鮮の携帯電話事情を少し垣間見ることができたのである。
▼丹東口岸の出入口。平壌通訊は丹東口岸の出入口から近く、十緯路を挟んだ向かい側に位置する。この場所なら丹東を訪れる北朝鮮国民にとっては見つけやすいはずである。
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登録はこちら滋賀県守山市生まれ。国内外の移動体通信及び端末に関する最新情報を収集し、記事を執筆する。端末や電波を求めて海外にも足を運ぶ。国内外のプレスカンファレンスに参加実績があり、旅行で北朝鮮を訪れた際には日本人初となる現地のスマートフォンを購入。各種SNSにて情報を発信中。