改めて、地図の技術階層をみてみたい。一番深い部分にあるのが「データ階層」、その上に「画像階層」、最上部にあるのが「コンテンツ階層」である。
「コンテンツ階層」では、地図の骨格となる要素を除いた、地名、建物、バス停など付加的なコンテンツが扱われる。もともと地図学や地理学には、地表上にあるすべてのコンテンツを指す「地物」という考え方があり、ここでの対象は、道路や河川など一般の利用者に向けて作られた地図(一般図)に取り込まれるべきものを除いた特殊な地物と言ってもよい。
現在は、テキストのみならず、音声、音楽、画像、動画などすべてのデジタルコンテンツに位置情報が付与され、POI(Point of interest)として地図上に落とし込まれるようになっている。そして、最大のPOIはFacebookのチェックインを初めソーシャルメディアから日々発信されるジオコード付きコンテンツである。
こうした状況下で、大量に生み出される変化の激しいコンテンツ群を、短中期的にみれば固定的な地図コンテンツ群と区分けする必要が生じてきている。まさか私個人のつぶやきを、道路などの地物と混同して一般図に挿入するわけにはいかないのである。
「画像階層」とは、この固定的なコンテンツ群を指しており、ウェブ地図の中核的な存在である。開発側からみれば、地図APIとして容易に入手できるようになった地図データである。一方、ユーザーからみれば、消費するコンテンツを支えるプラットフォームとして、また、もっとシンプルに「背景の絵」として捉えられている。地図も一般図の他に多くの「主題図」があり、用途に応じて使い分けられてきた歴史があるが、今後は、コンテンツのプラットフォームとして、無数に生起するコンテンツの主題に相応しい地図が選ばれていくだろう。
最近ではデジタル化に伴って、航空写真や衛星写真が手軽に利用できるようになった。これら空中写真には、画像化(ラスタライズ)処理された「ラスター地図」が使われる。一方、一般図の主流は「ベクター地図」である。ベクター地図とは、すべての描画指示を有向線分(ベクトル)データで行うベクター形式の地図であり、データベースを参照して地図を描画する。そのため、縮尺や描画色などを比較的容易に変えることができる。Googleマップも、アップルのios6用地図サービスもベクター地図である。
こうしたなかで、ウェブ地図の本質は「データ階層」に移行しつつある。ルート情報も、描画地図もネットワークデータ等を参照して生成される。
2012年12月に昭文社マップルが、「歩行者ネットワークデータ」の販売を開始し、国交省総合政策局が主に車いすやベビーカーなど移動制約者向けに「歩行空間ネットワークデータ」の整備を進めるなど、ネットワークデータは「車(car-centric)」から「人(man-centric)」へ重心が移行しつつある。いずれにせよ、位置情報サービスが広がりを見せるなかで、ネットワークデータの重要性が高まっている。
さらに、地図サービスの範囲を広げ、位置情報サービスを考えた場合、スマートフォンに搭載されているGPSを初めとした各種センサーの働きが重要になる。第一部で述べてきたように、位置情報サービスはユーザーの行動をトリガーに組み立てられることから、行動を感知するセンサー情報の重要性はいうまでもない。もちろんセンサー情報はデータベースに格納されるものではないが、行動とともに常に生成され続ける情報という意味で、データ階層に分類されるべきである。
このように、インターネットに取り込まれて地図は大きく変容をとげている。ただ、視点を変えて現状を俯瞰すると、違った様相が見えてくる。それは、ウェブ空間と現実空間の重ね合わせ(superposition)という視点である。
重ね合わせには、人間の行動パターンから水平統合と垂直統合の二つの様式がある。地図は前者であり、水平面での重ね合わせを行う。現状の地図サービスとは、地表を写し取った一般図に、ウェブを漂う膨大なコンテンツを、位置情報を規準として水平に重ね合わせたものということができる。基本的に2D描画となり、球体である地表面との整合性をとるために様々な技術が駆使される。
一方、垂直統合の代表格は、AR(Augmented Reality:拡張現実)カメラであり、Google ストリートビューである。ARカメラは、風景を写し取ったカメラ映像に、ウェブのコンテンツを位置情報を規準として垂直面に重ね合わせたものである。ストリートビューは、その場で借り受ける風景映像の代わりに、あらかじめ編集されたパノラマ写真を活用したものである。ARカメラは3D描画、ストリートビューは"時間"の要素が加わっ擬似的な4Dとなり、どちらも画面上には必ず焦点が表れる。
ARカメラ画面上に浮かび上がるコンテンツは「エアタグ」と呼ばれているが、それぞれのコンテンツには位置情報が付与されており、まるでその場所に看板が設置されているかのように、風景の一部に取り込まれて表示される(はずである)。しかし、本稿の第一部でも説明したように、現在地の測位精度が低い現状では、エアタグは所定の場所に収まらない。ただし、2010年代後半には測位環境が飛躍的に向上し、疑似看板のような働きをさせることができるようになる。現段階で評価の低いARカメラの技術も、この時点で地図に代わる無くてはならない重要な道具となる。
そこで、にわかに台頭する垂直面の重ね合わせについて、その活用イメージを膨らませてみたい。
これまで再三述べてきたように、ウェブ上の膨大なコンテンツには位置情報を付与する習慣が生まれつつあり、これは「ジオコーディング」と呼ばれでいる。位置情報(緯度・経度・高度)とは、地表上の番地のようなものなので、その状況は仮想的であるが、すべてのコンテンツが地表面に整然と格納されていると考えることができる。さらに、各コンテンツには時間も紐づけられることから、古いものから新しいものへ、時間の経過とともに、まるで地層のようにコンテンツが堆積されることになる。
そして垂直面の重ね合わせは、ユーザー自身の回りに堆積したコンテンツを可視化する働きをする。スマートフォン(ARカメラ)をかざしてみると、そこには隠れていた位置情報つきコンテンツがエアタグとして、あるいは動画や再生音声として浮かび上がってくるのである。地雷探索器のようなカメラ、またはメガネをかければ中身が見える、というのが正しい垂直統合の重ね合わせの様子である。
このように考えると、空間情報系サービスのデータベースを「地図情報」と呼ぶのは正しくない。「地理空間情報」、あるいは単に「空間情報」と呼ぶべきであろう。空間情報化の進歩に伴い、データベースも大きく変容している。
(次回に続く)
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