画像はイメージです original image: Cristina Conti / stock.adobe.com
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「これはなんだね?」
「南京錠です」と彼女は答えた。
「なんだって!」彼は激昂してそう叫ぶと、分かりきったことを訊ねた。「で、鍵はどこにあるんだ?」
(ガブリエル・ガルシア=マルケス「愛の彼方の変わることなき死」)
6月のはじめに公開された前回から時間が空いてしまいました。前回の文章のテーマはWeb3でしたが、少し前にはそのWeb3を書名に掲げる書籍の内容が酷いと話題になり、ついには回収という事態となってしまいました。
が、今回のワタシの文章は、Web3やらメタバースやら、いまどきな話題とまったく関係のない、もっとスケールの小さい、個人的な、早い話がとてもしょぼい話題になります。一種の恥さらしとすら言って良いでしょう。
話は今月半ば、自室のデスクトップパソコン(以下PC)を起動しようにも、再起動を繰り返すようになったところから始まります。その前段として、前回の文章公開から時間が空いてしまった理由となる私事があり、それも今回の問題に確かに関係しているのですが、ここはただ自室のPCの挙動に話を絞ります。
この挙動についてもう少し詳しく書くと、PCを起動するとOS(Windows 10)は立ち上がるものの、アプリの起動などを契機にブルースクリーンなど出ることなく、いきなり再起動してしまうのです。
その日は疲れきっていたため問題を深追いせず、翌日夜に再度PCの起動を試すと、もはやWindows自体まともに起動しないままマシンの再起動を繰り返すようになっていました。システムの修復を何度か試みるも失敗に終わりました。仕方ないのでシステムの復元を試したところ、およそ一週間前のポイントに復元できました。それに喜んだのも束の間、その後も再起動の繰り返しは収まりません。
そして、その翌日も現象は変わらず、これはだめかもわからんね、と悟るにいたりました。普段ウェブを閲覧し、メッセージをやりとりし、メールを読み書きし、この連載などの文章を書くのに使用してきたメインマシンが死んでしまったのです。
そこで、このPCを直販で購入したメーカーの電話窓口に問い合わせて状況を説明しましたが、電話の向こうのインド人と思しき担当者によれば、PCは購入から4年経っており、有償でも修理は受け付けられない、家電量販店やパソコンの修理業者に依頼してはどうか、とのことでした。
仕方なく修理業者をスマホで調べ、口コミに並ぶ罵詈雑言に慄きながらも大手と思われる業者に連絡し、PCを見てもらうことになりました。来訪した業者の方がひとしきり調べて曰く、SSDとHDDのRAIDが壊れているのが原因らしいとのことです。
この説明には個人的にも合点がいくところがありました。まだWindowsが起動していた日に、タスクマネージャーだけを立ち上げてパフォーマンスを見たところ、CPUやメモリやWiFiは問題ないのに、SSDだけがほぼ100%に張りついた状態だったのに符合します。
このPCを復旧させようとしても、Windowsが起動しては予告なく再起動していた状態に戻すのが関の山なので、PCの復旧は諦めてのデータの抽出を勧められ、ワタシは了承するしかありませんでした。
理由はなんであれ、購入から何年も経過したPCが何かしらの事情により起動しなくなるという事態は、そこまで特殊なものではないのかもしれません。ただ、このマシンをめぐる環境が、受けるダメージを大きくしていました。
ワタシも以前は、メインマシンのデータをバックアップするためにNASを利用していましたが、それも何年も前に止めており、また以前は帰省中や旅行先でも文章執筆などを行うためのサブマシン(ノートPC)を所有していましたが、それも今回の事態が発生する少し前に廃棄していました。
個人的な話になりますが、これには2016年末の時点でウェブでの活動を一区切りさせたワタシ自身の撤退基調が影響していました。もう旅行先で気張ってブログを更新したり翻訳作業をする必要なんてないのだからサブマシンは要らないし、NASまで使って守るものなんてないだろうよ、と。
しかし、現実にメインマシンが起動しなくなり、それによって失われるデータを目の当たりにして、途端にうろたえるのだから実に愚かしい。
ワタシの場合、クラウドストレージサービスを最小限しか利用していないのも仇となりました。具体的にはGAFAMのサービスは意識的に避けており、Dropboxの無料枠だけちんまり使っていました。一応それでウェブサイト運用と雑文書きに必要なデータはバックアップできるので楽観していましたが、PCにある大事なデータはそれだけではありません。
主なところでは、音楽ファイルとメールアーカイブがあります。前者は、所有する(所有していた)CDをリッピングしたのとダウンロード購入した音楽ファイルになります。今ではその大部分は、契約する音楽ストリーミング配信サービスで聞けるわけですが、所有する音楽がまるごと消え去ると考えると平静ではいられません。
メールはより切実です。特にワタシが「yomoyomo」としてやりとりしたメールは、MUA(メーラー)にしかファイルが残っていないため、これが失われると間違いなくyomoyomoとしての活動に支障が出ますし、メールのアーカイブも20年以上にわたりワタシが積み重ねてきた表現の一部でもあり、それが失われると考えるだけで鳩尾あたりに鈍い痛みを覚えました。
そんなに大事なものならバックアップを残しておけばと思ってもアフターフェスティバル、正常バイアスの恐ろしさを実感します。
PCを業者に託した後、気持ちを切り替えて新しいPCをオンラインで購入しようとして、ワタシはある事実に気づいて愕然となります。
オンラインサービスのパスワードが軒並み分からない!
自分自身を信用していないため、スマホに来るメールやらSMSを利用したフィッシングの類にひっかからないよう、ワタシはオンラインサービスのパスワードを一切記憶しないようにしており(正確に書けば、自分でも覚えられない複雑さのパスワードを設定しており)、パスワードの管理はWindows用のフリーウエアに任せ、オンラインショッピングはほぼすべてPC上で行ってきました。そのアプリケーションのデータ(パスワード情報の集積)はエクスポートし、上記のDropboxにバックアップされています。
しかし、そのフリーウェアはWindows用のプロプライエタリソフトウエアのため、ワタシのスマホではデータを閲覧できません。それに気付いたのは、スマホで新しいPCを購入する手続きを進め、最後にクレジットカードの会員向けサービスのパスワードを聞かれ、途方に暮れたときです。これでは新しいPCが調達できないじゃないか!
この後、パスワードリセットを行おうとして失敗したり、別のクレジットカードを切り替え、こちらも同様にパスワードが必要でしたがパスワードリセットで乗り切ったものの、こちらはカードの利用限度額を低く設定していたために、購入できたと思った翌日に拒否をくらうなど、泥の中でもがくように時間を浪費する有様でした。
それでもなんとかPCの購入手続きを済ませると、あとは新規PCにDropboxをインストールして、パスワードファイルを取り出すまでの辛抱だと安堵しました……が、あれ、そうじゃない? そもそもDropboxの利用には、やはりDropboxのパスワードが必要になるのに、それが分からない!
落ち着け、落ち着け! パスワードファイルを抽出できればいいのだから、スマホのDropboxアプリ上でこのファイルをエクスポートしてメールに添付すれば、ファイルは取り出せる……けど、そのメールサービスを利用するのに必要なパスワードが分からないんだからやはりダメだろ!
この状況をどのように打開できるか、いくら考えても妙案が出てきません。前述の通り、サブのWindowsマシンは所有していません。ファイルをメールで他者に送り付けて協力を頼むことも考えましたが、さすがに親族であれ友人であれ、パスワードファイルの中身を見られる事態は受け入れられません(そのファイルの読み出しにパスワード管理ソフトウエアをインストールしてもらう必要があるので、隠しようがない)。
ここまで読んで、なんと愚鈍だと呆れている人が大半でしょう。バックアップはちゃんととっているし、何かあればすぐに大事なデータを復旧できる人が多いでしょう。それと比べれば、ワタシなどWeb3やらなんやら小難しい技術コラムを書きながら、現実には「パソコンの大先生」レベルじゃないかと言われても仕方ありません。
今回、このような恥さらしをする文章を書いたのには、これを読んだ人によるダメ出し(例:パスワード管理をWindows用のプロプライエタリソフトウエアに頼る)を知りたいというのがありますし、何より修理業者に依頼していたデータ復旧で一番重要視していたメールアーカイブ、しかもよりにもよってyomoyomoとしてのメールが入ったフォルダが復旧できないことが判明し、これはある意味yomoyomoというネットペルソナの部分的な死を実感したのもあります。To say goodbye is to die a little.
さて、今こうやって文章を書いているということは、なんとか打開策を見付け、新PC上でパスワードファイルを復旧できたということなのですが、その方法は事情により以下略とさせていただきます。
ところでその新PCのOSはWindows 11 Homeですが、この期に及んでも、あくまでマイクロソフトアカウントでのログインを拒否してローカルアカウントでセットアップしてしまったところなど、我ながら自分のパラノイアぶりに呆れるところはあります。
「あなたからのダメ出し」を募集します!
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登録はこちら雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。