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IoTを巡る壮大な懐疑論

IoTを巡る壮大な懐疑論

The Epic Skepticism of the Internet of Things

2015.06.10

Updated by yomoyomo on June 10, 2015, 18:17 pm JST

WirelessWire News が「The Technology and Ecosystem of the IoT」を新たなキャッチフレーズにサイトリニューアルして少し経ちました。この IoT(Internet of Things、モノのインターネット)については、ワタシも過去に本連載で取り上げています。

……なのですが、どうもこの話題で文章を書いても反応が鈍く、当方の力不足を痛感します。しかし、前回書いたように、この IoT という言葉は、テクノロジのハイプ・サイクルの頂点に達しようとしているコンセプトであることは確かです。

昨年紹介したオライリーの Solid カンファレンスも、今月23〜25日に2回目がサンフランシスコで開催されます。昨年はまだ焦点が定まりきっていないところもありましたが、今回はキャッチフレーズが「Hardware, Software & the Internet of Things」であり、トップページに「モノのインターネットはイノベーションとチャンスが超ヤバよ」と煽り文句を入れるなどカンファレンスの中心に IoT という言葉を据えています。

さすがにサンフランシスコには飛べないが、オライリーの IoT に関する見立てをもう少し詳しく知りたいという方は、先月無料公開された、オライリーの IoT 関連本の抜粋集である『Building a Hardware Business - A Curated Collection of Chapters from the O'Reilly IoT Library』や、今月やはり無料公開された『When Worlds Collide - Hardware, Software, and Manufacturing Teams for the IoT』を読まれることをお勧めします。

……なのですが、そう盛り上がってくるとその逆を行きたくなるのがワタシの性格の悪いところで、今回はあえて IoT に対する懐疑論を紹介したいと思います。

『Data and Goliath: The Hidden Battles to Collect Your Data and Control Your World』

まずはじめに、前回紹介したブルース・シュナイアーの『Data and Goliath: The Hidden Battles to Collect Your Data and Control Your World』からの再録である「どれだけ我々はインターネットの巨人たちに魂―以上を―売り渡そうとしているのか(How We Sold Our Souls—and More—to the Internet Giants)」という文章です。

シュナイアーが指摘するのは、あらゆる製品にコンピュータが搭載され、インターネットに接続する IoT 時代の消費者の不安です。

なぜコンピュータがネットに接続するのか? それはその製品の利用者のデータを収集するためですが、そこでシュナイアーが問題として例に挙げるのは、部屋の会話を盗み聞きする Samsung のスマートテレビや、子供が口にする問いかけを記録するバービー人形です。

そうしてシュナイアーは、『Data and Goliath』のテーマであるデータ収集と監視社会に話を引き寄せます。インターネットを通じた監視は、もはやパソコンや携帯電話に留まらず家中に及ぼうとしており、そうして収集された行動履歴は実名と紐づけられる、というわけです。

こういう「監視」がインターネットにおけるビジネスモデルになるのは、それと引き換えに人々が好きな「無料」と「便利さ」を企業が提供するからです。そしてインターネット企業と我々の関係は、旧来の企業と顧客の関係とは異なります。なぜなら、サービスにお金を払っていないのだから、我々は顧客ではない――我々の方が商品なのだ、というわけです(が、これについてはこの言い回しに対する Facebook 社員の反論もリンクしておきます)。往々にして、プライバシーはそれを失ってしまうまで軽んじられがちなものだ、とシュナイアーは苦々しく書きます。

そしてシュナイアーは、メタファーであると断りながらも、Google や Apple や Facebook といったネット時代の巨人たちを封建時代の領主に喩えます。その領主の庇護の下に入ることで、消費者はいろんな価値を手にでき、データやデバイスの管理の煩わしさから逃れられます。我々の生活の少なくない部分は既にオンラインにありますが、それはすなわち巨大な私企業の支配下に自分達の生活を置くことでもあります。

それが嫌なら Google や Facebook などのアカウントを作らず、Apple のスマートフォンも買わなければよいのですが、それが現実的でないことはシュナイアーも認めています。しかし、インターネットを通じて取得される利用者のデータの強力さを考えると、政府はそろそろこの「監視」の問題に足を踏み込んでバランスを取るべきときなのではないかとシュナイアーは主張します。

それは難しかろうな、と正直ワタシは思います。アメリカ自由人権協会のシニア・ポリシー・アナリストであるジェイ・スタンリーが「「モノのインターネット」を巡る来るべき勢力争い(The Coming Power Struggles Over the "Internet of Things")」という文章で指摘するように、与えられたデータを処理し、一貫性をもって結論を出すなり決定をくだすコンピュータは、実は官僚制度、官僚組織との親和性がとても高いというのがあります。

シュナイアーが指摘するように家中のコンピュータが我々のデータを収集するようになったとき、政府はそれを規制しようとするよりは、それに乗じて我々の生活により深く手を伸ばし、種々の規制を課す好機と見るのではないかとジェイ・スタンリーは危惧します。

The Epic Struggle of the Internet of Things

ワタシが読んだ IoT に関する懐疑論でもっとも強硬なものに、サイバーパンク SF の代表的作家であり、『ハッカーを追え!』などの著書もある、ネット文化にも造詣が深いブルース・スターリングの『The Epic Struggle of the Internet of Things』があります。

本の論旨としては、「モノのインターネット」というと平和で進歩的に聞こえるし、家にあるガジェットがお互い通信し合うなんてなんとなく役に立つような感じだけどな、勘違いすんなよ、あれは強力なステークホルダーが自分たちの目的を達成するのを隠蔽するための耳当たりのいいスローガンだからな。強力なステークホルダーって? そりゃ Google、Facebook、Amazon、Apple、そしてマイクロソフトというインターネットのオペレーティングシステムを握る「ビッグ5」よ。IoT が実現するのは、無線ブロードバンドによるデジタル監視を通じた汎用自動化システムであって、これからより大きなビジネス、さらなる支配を実現するための覇権を巡るビッグ5の壮大な闘いが始まるぜ、ヒャッハー!

……すいません、調子に乗っていい加減にまとめてしまいましたが、実は昨年秋に某誌より新連載の話があり、何か面白いネタはないかと探していたところ、著者の名前と書名に IoT が入っているのに興味を惹かれて(紙の本にすれば30ページ程度の長文の論説に近い分量の電子書籍なのも魅力でしたが)購入して読み始めたら、陰謀論とまでは言わないもののガチな IoT 批判にたじろぎ、しかし、ブルース・スターリングのことだから、これはレトリックだったり、途中でひねりが入るのかと思っていたら、上記の「ビッグ5」をはじめ、Cisco も Intel も GE も、IoT 分野の主要プレイヤーをまとめてぶった切っていて少し呆然としたものです。

ワタシ自身は、上記の問題を認めながらも、「ビッグ5」の製品やサービスを利用し続けますし、今のところ IoT 製品に好奇心をもって手を出し続けると思います。ただ、ブルース・スターリングほど強硬でなくても、IoT の肝である突っ込んだユーザのデータ活用が、利用者のプライバシーを蔑ろにし、その生活に密着した「監視」につながりかねないことは、この分野に関わる人たちは自覚的であってほしいと願う気持ちもあります。

ただ懐疑論だけ並べて終わるのは嫌なので、少し文脈は異なるのですが、野尻抱介先生が深圳旅行記の中で書いていた文章を引用して本文を終わります。

 だが私はIoTの「ネットにつながります、スマホで操作できます」というお題目に飽き飽きしている。そんながらくたで経営情報を集める世界は、私の願う未来ではない。
 IoTにつきものの、APIを活用するハッカーや製品ごとのコミュニティは、新味のある現在なら賑わうかもしれない。だが身の回りのあらゆるものがネットにつながる時代になったら、かまう気になれないだろう。
 あらゆるものがネットにつながるのはOKだ。だが、集まったデータを利用するのは、人間であってほしくない。

果たして、ネットワーク上に公平無私な高次の存在が構築され、その支配下で人が最大限の自由を享受できる未来は実現するでしょうか。

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yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。