WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

イギリスのEU離脱を問う国民投票の結果、イギリスがEUを離脱することになりました。TwitterやメルマガでイギリスのEU離脱については書いてきましたが、残留予測の人が多かったにも関わらず、なぜイギリス有権者が離脱を選択したのかを疑問に思う方も多いでしょう。離脱の理由は、ヨーロッパを理解する上で、テック業界の方にも重要な事だと思いますので、以下まとめました

そもそもEUってなによ?

ところでなぜイギリスが離脱したかを理解するには、そもそもEUとは何かを理解する必要があります。

EUというのは欧州連合(European Union)のことです。地域統合体と呼ばれる組織で、主権(自分で自分の国のことを決める、独自の法律がある、固有の領土と国民を持っている)を持った国家が集まった組織です。

ヨーロッパというのは、様々な民族が集まった土地で、昔から領土争いや宗教紛争などが絶えず、一年中戦争を繰り返していました。時には中東や北アフリカの人々とも大げんかしています。

しかし、そういう争いばかりのヨーロッパにうんざりした人の中には、「戦争が起こらないようにヨーロッパを一個の国みたいにしちゃえばいいんじゃない?そしたら、国境引き直したりする必要ないでしょ」と考える人達が出てきました。

例えば、オーストリアの伯爵であるリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー等の「国際汎ヨーロッパ連合」という思想です。(ところでカレルギーの母親は日本人の青山みつさんです)第一次大戦後のヨーロッパは疲弊していましたが、ロシアに対抗する必要がありました。そこで、ヨーロッパの国々が結束しようではないか、という考え方です。

この考え方は理想主義だったので実現に至りませんでしたが、その後、第二次大戦後に欧州経済協力機構(OEEC)、北大西洋条約機構(NATO)、欧州審議会(Council of Europe)などが設立されて、EUの母体となりました。

これらが設立された理由は、第二次大戦後のヨーロッパは戦火のためにひどい状況になっていたので、そのような惨禍が起きないように、各国が協力し合いましょう、というものでした。

地域内の関税を下げて経済を活性化させること、軍事同盟を結んでアメリカと協力した上でドイツの再軍事化を防止し、ソ連に対抗する、という目的がありました。そして、特にドイツは世界制覇したいという意味不明な野望があった困ったさんなので、二度と悪さをしないように監視したかったのです。

現在のEUは、加盟各国の代表が欧州議会で様々な事柄を決め、経済、金融などの分野で、加盟国すべてが従う必要がある「きまり」を作ったり、利害の調整を行う場になっています。情報通信業界に関しては、プライバシーや情報管理に関する規制、携帯電話の通話料金などの規制が「きまり」にあたります。

活動の中には、ヨーロッパ内での貿易の障害となる関税や規制を撤廃、域内の市民の移動や仕事の自由を保証して経済を活性化させる、農業への補助金を出す、多国籍な研究プロジェクトへ資金を出す、国を超えて犯罪の取り締まりを行う、国を超えて環境を保全する等も含まれます

なぜイギリスはEUを脱出したかったのか?

しかし、イギリスは、なんだが良さそうなことをやっているEUを辞めたくて仕方がありませんでした。

それにはいくつか理由があります。

まずEUは加盟国の間の経済格差が凄まじいからです。

豊かな国はお金を出すばかりで、貧乏な国に、補助金などの名目で吸い取られてしまいます。これはカツアゲと同じです。例えばスペインやギリシャの高速道路は、ドイツやイギリスが出したお金で作られています。しかし、そんなものを作っても、ドイツやイギリスには大した利益がありません。イギリス的には、貧乏なギリシャはそんなものはテメエで作れと思っています。

そしてイギリスはEUにお金を出しているのに、EUからの補助金や研究予算で賄われたイギリスの科学技術研究はたった8%です。テック業界的にもEUはあまり役に立ってないんじゃないか、という考え方の人がいました。

EUのバカらしい法律

EUの最初の目的は、そもそも関税障壁を撤廃して、域内の経済を活性化することでした。しかし、EUは役所として肥大化してしまい、次第に、わけのわからない法律を作るようになりました。

そのような法律の少なからずに実現性がなく、各国の事情を反映していないので、ビジネスや法務にとって大きな足かせになっています。

例えばタンポンの消費税を決める法律掃除機の吸引力がすごすぎてはいけない、ゴム手袋は洗剤を扱えなければならない、スーパーで売られるキュウリとバナナは曲がっていてはいけないミネラルウオーターのボトルには「脱水症状を防ぎます」と書いてはならない等です。

なぜこんなバカげた法律がたくさん作られるかというと、EU関係者には、様々な企業や政府内部の人が、ロビーストを使って圧力をかけているからです。ロビーストというのは、お客さんからお金をもらって、政治家やマスコミを使って、作られる法律をお客さんの有利にする弁護士や広告代理店やコンサルタントのことです。

こういう法律があるおかげで、ヨーロッパの掃除機の吸引力は低く、部屋がなかなか綺麗になりません。部屋があまりにも汚いので、こんな規制が必要だと思っている人は誰もいません。

EUの役人はこういうバカげたことを決めるのに多大な時間とお金を費やしています。でもEU関連機関の役人の給料は大変高く、待遇は国連よりも遥かに良いのです。

例えば2014年にリークされたデータによると、AD-11というジョブランクの中間管理職の年収は1600万円程度です。この年収には住宅手当や子ども手当が含まれますが、国際機関職員という特殊な立場なので、所得税は13.4 %とEU諸国よりも低いため、手取りは1250万円で、これはイギリス首相の手取り給料よりも高くなります。80%のEU職員は駐在手当も受け取っており、家庭手当と合わせると、中間管理職の場合、総計は月に20万円になります。

こういうお給料を維持するために、意味不明な仕事を沢山作らないといけません。だから掃除機の吸引力はとても重要です。

その他、例えばEUのデータ保護指令というIT関連の規制は、データセンターの個人データはEU域外に保存してはいけません、といっていますが、しかし現在はクラウドやインターネットの発達で、データは世界各地に保存されていたりしますので、全くナンセンスなことをいっています。そういう規制に対応するために、テック業界の人も困り果てていることもあります。

イギリスで話題になるのがEU人権規約という法律で、これは、EU域内で守られるべき人権を規定したものですが、その内容があまりにも理想的かつ大雑把なので、それを悪用して訴訟を起こす人がいるので、会社や役所は困り果てています。例えばパブで転んで怪我したのはEU人権規約違反だから5億円払え、とかそういう話です。

貧乏国の人がイギリスに来てしまう

イギリスが特に困っているのは、EUから移民が来てしまうことです。EUは域内の国籍を持った人なら、どの加盟国に住んでも働いてもいいですよ、ビザは要りませんよ、というルールを決めてしまいました。

これは最初は良い考え方だと思われていました。なぜなら、働く気のある人、優秀な人は、ビザを取る必要なく好きな国で働けます。お金がある人は、好きな国に別荘や家を買って住むことが簡単になります。人が動くと経済が活性化するはずでした。

ところが、実態は、貧乏な国からお金持ちの国に人が大量に移動しただけでした。

なぜなら、EUにはルーマニアやブルガリアのような貧乏な国も加盟してしまったからです。ルーマニアやブルガリアの平均月収は4−6万円ぐらいです。田舎に行くと現金収入が殆ど無いに近いこともあります。

私のブルガリア人の知り合いは、実家は田舎で農家ですが、野菜や豚を飼育し、一族が食べる肉は、年に一回潰す一頭分の豚です。現金収入は月に5,000円ぐらいです。

ドイツやイギリスのようなお金持ちの国に行けば、5倍、10倍のお金を稼ぐことができます。イギリスは最低賃金で働いても月に25万円ぐらいは稼げます。ロンドンなどの大都市の路上で物乞いをやると、一日に10万円ぐらい稼げることもあります

しかも、EUの人権規約や差別を禁止しています。EU国籍ならどの加盟国にも住めますその国の人と同じように、無料の病院や無料の学校を使う権利もあります。公営住宅に住んだり、生活保護や子ども手当をもらうことができます。銀行の口座も開けるし、当然会社で働くことも可能です。

例えば一ヶ月に三万円ぐらいの子ども手当をもらったら、自分の国では、それは店員の一ヶ月分の給料に当たることもあります。ルーマニアで浮浪児を探してきてイギリスに送り、子供手当を送金するというビジネスをやる人まで登場しました。

そういう状況なので、働く気がない人も、やる気のある人も、貧乏な人も、イギリスやドイツにどんどん移動してしまいました。

その結果何が起こったかというと、イギリスには一年に18万人もの人がEUから来るようになりました。来た人は働いたり住む目的で来るので、全員が国に帰るわけではありません。ルーマニアとブルガリアからは年に5万人ぐらいの人が来ます。イギリス統計局によれば、イギリス在住のポーランド人の人口は2004年には6万9千人でしたが、2011年には68万7千人に増えています

EU以外からの移民も合わせると、一年に30万人もの移民が来るようになりました。イギリスにこんなに移民が増えたのは2002年以後ぐらいで、1980年代には移民の数はマイナスで、イギリスから出て行く人の方が多かったのです。

イギリスの人口増加は移民の増加と、移民の出生率の高さに依存しています。イギリス統計局によれば、2015年にはイギリスの人口は一年で50万人増加し、その3分の2は移民の増加によるものです 。今後25年の間に人口は970万人増加し、その51%は移民による増加です。

2013年にはイギリスで生まれる子供の26.5%は母親がイギリス以外の国の生まれでした。ロンドンや大都市はその割合が高くなります。例えば、国民投票で投票率がイギリス一低い59.2%で、残留が53%だったロンドンのNewhamは、オリンピック会場のあるところで、金融街の近くにある地区ですが、イギリス以外で生まれた母親の割合が76.1%とイギリス一です。移民は出生率が高いのも人口増に貢献しています。イギリス生まれの女性の2013年の合計特殊出生率は1.79で、2012年の1.9より低下しています。一方で、イギリス以外の国で生まれた女性の2013年の合計特殊出生率は 2.19でした。

UK long term net migration

出典:イギリス統計局 Migration Statistics Quarterly Report: May 2016

政府はこんなに人が来るとは予想してなかったので、病院や学校が対応しきれなくなりました。病院は国の税金で運営している所や、自治体の補助金も合わせてやっているところもありますが、国立で治療費が無料なので、予算が決まっています。治療すればするほど予算は減り、人が来れば来るほど苦しくなるという仕組みです。

人が急激に増えたので、家は足りなくなり、電車やバスは大混雑するようになりました。電車は元々古い線路を無理をして使っているので、人の急増に対応しきれなくなり、遅延や故障が当たり前です。電車賃は毎年値上がりしています。

家の値段が上がったので、ロンドンのような大都市では普通のサラリーマンが家を買えなくなってしまいました。新卒の人が1DK中古を買おうとすると、頭金を貯金するのに24年も働かなければなりません。移民が増えた病院や学校を嫌って、元々地元にいた人達は、田舎に引っ越して行きました。不動産の値段が上がってしまったのも理由です。

EUからやって来た人々の全部は、投資家とかエンジニアとか医師ではありませんでした。ごく簡単な仕事しかできないような人、無職の人、英語やドイツ語が全くわからない人が含まれていました。ビザを取得する必要がないので、英語の試験もないからです。EU以外から来る人達には、資格の審査などがありますし、永住権や配偶者ビザを取るには、英語、高速道路の制限速度や、イギリスでは女性をむやみに殴ってはいけませんなど、イギリスに関する知識の試験があったりします。

EUとイギリスの法律は差別を禁止していますので、言葉がわからない人達には、お役所のお金で通訳を手配しなければなりません。イギリスの国立病院は年に34億円を翻訳や通訳に費やしています。人は増えるのに、入ってくる税金はそれほど増えません。予算不足で病院や学校のレベルはどんどん低下していきました。

離脱派が71.4%だったFenlandという町は人口9万7千人ほどで、農業中心の小さな町です。保守党支持の人が過半数を占めます。この町にあるOrchards Primary Schoolという小学校は、生徒の半分が英語を話しません。生徒が急増したために校舎を拡大しました。

Fenlandの様な自治体では、移民により人口が急に増えても、中央政府に予算を請求する際に使用する人口統計データには、増加数がすぐには反映されないために、公共サービスを提供する予算が人口の実数に合致しません。移民の中には国税調査に記入しない人や、短期滞在で自国と行き来を繰り返す人もいるので、実数を把握するのが難しいこともあります。

こういう小さい町は、ロンドンやマンチェスターのような大都市と違い、外国人に慣れていません。また、農業中心の小さな町なので急激に増えた人口や、外国人向けのサービスの提供をするだけの余裕がありません。

スコットランドのグラズゴーという町にあるAnnette Street Schoolは、生徒数222名の小学校ですが、スコットランド出身の生徒が一人もいません。222名の生徒のうち、181名がルーマニアもしくはスロバキア出身です。生徒は英語がわからず、先生は生徒の話す言葉がわからないので、授業が成り立ちません。しかし政府の教育予算不足のため、「英語」を教えるための教材すら手に入りません。教材入手はクラウドファンディングに頼っています。

イギリス内務省(Home Office)の2013年の研究によれば、留学生や技能の高いEUからの移民は、病院や学校などの公共サービスにおよぼす影響が低いと述べています。一方で、技能の低い移民は、自治体によっては、公共サービスに及ぼす影響が大きいとしています。さらに、かつては外国人が多くはなかった自治体は、外国人移民の融合がうまくいっておらず、問題が起きているとしています。

例えば、この研究で「移民労働者の町と田舎」(Migrant Worker Towns and Countryside」と分類されている自治体は、離脱派が過半数でした。

Bostonは、サッチャー首相の出身地であるリンカンシャーという緑豊かな田舎町で、人口は6万5千人ほどですが、離脱派が75.6%と、今回の国民投票で最も高い割合でした。

うちの家人は1984年にこの街で休暇を過ごしていますが、当時は外国人が殆どいませんでした。しかし、EUの移動の自由と居住の自由が始まると、大勢の移民がやって来ました。この町は農業や工場が経済の中心なので、農家は働き手が必要です。最低賃金かそれ以下の賃金で東欧の人を雇う雇用主が増え、賃金が下がってしまったので、地元の人達は他の町で働くようになりました。最低賃金では生活できないからです。

安い賃金で働く移民は次々にやってくるので、賃金は上がらず、町には移民がどんどん増えるという状態になりました。

現在は人口の15%が外国人で、そのうち11%は、EU国籍で、新規加盟国であるポーランドやリトアニアなど東欧からの移民が多いです。2011年のイギリス国税調査によれば、イギリスにおいて最も東欧移民の割合が高い町です。イギリスのシンクタンクであるPolicy Exchangeは、この町を「イギリスにおいて最も外国人が融合していない町」の一つに上げています。

「移民労働者と田舎」に分類されたその他の町も、離脱派が過半数であり、Dover(62.2%)、Fenland (71.4%) Rugby (56.7%) という結果になりました。いずれも、近年、急激に外国人が増えた町です。

イギリス内務省(Home Office)の2013年の研究は、急増した移民の大半はロンドンを中心とする南部に集中しているが、Rotherham(離脱派67.9%)や Oldham(離脱派60.9%)のような失業率の高い工業都市に大きな影響を与えているとしています。

移民の多くはイギリスの人々より子沢山なため、助産師や病院にとっての負担も大きくなるとも述べています。移民の急増により、自治体は学校の定員増加に悩み、賃貸住宅の賃貸料は高騰するとも述べています。

2011年2月に実施されたイギリスの世論調査では、大人の75%が移民問題を経済に次ぐ重要事項とし、「移民は問題だ」と述べています。また移民は問題だと答えた人の44%は、そのように考える理由は「公共サービスへの負担の増加」と答えています

こういう状況に怒った人達が多いので、イギリス政府はEU以外からの移民を厳しくするようになりました。しかしEUから来る人にはアナタは来ちゃダメです、とはいえません。いったらEUから怒られるからです。

その代わりに、カナダ、アメリカ、日本、中国、オーストラリア、シンガポール、インドといった国からの移民を厳しく規制しました。しかし、こういう国から来る人達には、エンジニアや医師、研究者、投資家、起業家などお金を稼いでくれる人や、地元の企業が必要な人も沢山いました。2011年には非EUの国から来る高度技能労働者に発行されるT2というビザは、年に20,700に制限され、最低年収も制限されるようになりました。

掃除機で有名なジェームス・ダイソン卿によれば、イギリスの大学学部の理系学生の60%はEU以外から来た留学生で、イギリスの大学で科学技術研究に取り組む人の90%がEU以外の人々です。

優秀な人が来るのが大変になってしまったので、困った会社が出てきてしまいます。こういう人達は、福祉に頼ることもなく、一般常識もあるし、英語も上手なのに移民できないのです。EUの移動と居住の自由が導入されたことで、日本で博士号を取得した科学者が移民するよりも、無職のスペイン人が移民するほうがはるかに簡単になってしまいました。

労働党の国会議員で、元外相のジャック・ストロー氏は「イギリスの国境を東欧からの移民に開放したのは壮大な間違いであり深く後悔している」と答えています

EUに残りたい人の言い訳

こんな風にEUはイギリスにとってあまり良いことがありません。辞めたいという人も多いのですが、一方で、残りたいという人もいます。残りたい人達の言い分は、EUにいた方がビジネスがやりやすいし、色々な人がイギリスに居ることは良いことだよ、です。

しかし、イギリスはEUから物を沢山買っていますし、ヨーロッパの他の国はイギリスに色々売りつけたいので、EUを辞めたからと言って、それほど困ることはなさそうです。

それに、EUから人が来なくなるなら、今度は、優秀な人だけを来ていいですよ、という仕組みを作ればいいだけの話なので、これも、あまり困らなさそうです。

シリアの移民はドイツが面倒を見ますといいはっているので、イギリスは何もする必要がなくなるでしょう。

EUで働いている人は、元々あまり仕事をしていませんでしたが、イギリスの離脱により失業すればせっせと働くようになるでしょう。

 

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。

RELATED TAG