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シンガポールの、未来を作るSTEM教育

シンガポールの、未来を作るSTEM教育

Make the future. STEM Education in Singapore.

2015.08.31

Updated by Masakazu Takasu on August 31, 2015, 12:15 pm JST

パスポート保持者330万、160万人の期限付きビザと52万人の無期限ビザの外国人入れて550万の小国家シンガポールでは、国民の能力を可能な限り引き出さないと国ごと沈むため、様々な工夫がされています。オートメーションテクノロジーへの投資など、この連載でもいくつかを紹介しましたが、今回は教育について書きます。

能力主義(メリトクラシー)は、シンガポールの大きな旗印であり、学生も先生も教育プログラムそのものも常に評価され、最適化を繰り返しています。「うまくいってるかどうか」で判断されるのは、シンガポールの教育の大きな特徴です。かなり小さい段階から大学向け(自分でテーマを決めて研究する、将来は起業や研究者を視野)、ポリティクニーク向け(一つの分野の専門になって実力を発揮する)などの適正によるコース分けが行われ、それぞれの子供に最も向いた教育が行われます。もちろん途中でコースを入れ替わることもでき、豊かな国になった今は、どのコースにも多大な資本が投下されています。

適正ごとに細かく分けられるシンガポールの教育システム

適正ごとに細かく分けられるシンガポールの教育システム(教育省のサイトより)

実際に成果も上がっていて、OECDが発表している「15歳の時点での国際学力比較ランキング」(PISAランキング、最新調査は2012年。ここに日本語のリンクがあります。)だと、シンガポールは数学:2位、読解力:3位、科学:3位と、上海や香港とトップを争っています。伝統的に、グローバルで通用する数学や科学などの強化を重視して、ドメスティックな歴史などはあまり教えない国ではありますが、中国の都市とはベースになる人口がまったくちがう(上海には、12億の中国人から優秀な人が集まりますが、シンガポールは人口全部でコレです)ことを考えると、「とてもうまくやっている」国だと思います。

このランキングは、首相の演説でたびたび引用されるぐらい、シンガポールの教育関係者は気にしています。
1965年に独立する前には同じ国だった隣のマレーシア(50位ぐらい)と、おそらく独立当時は同じ順位だったであろうところから、様々な対策をして上げてきたわけです。

数学教育や科学教育は世界的に強化される流れにあり、特に1980年代ぐらいから弁護士やMBAなどを重視しすぎてPISAランキングがかなり低くなってしまったアメリカ(数学:36位、読解力:24位、科学:28位)から、Science Technology Engineering Mathematicsの4文字を取ったSTEM教育(テクノロジーを使って何か作るための教育なので、ArtをいれてSTEAM教育と呼ぶ人もいる)という流れが始まっています。
もともとの理数系教育強化に加えて、座学/教科書/理論だけの教育だと実際に何かを作る力がつきづらいのではないかという問題意識のもと、マイコンや電子工作を使って実際に何か作るところまで教えるのも特徴の一つになっています。

メイカーフェアシンガポールの運営母体であるサイエンスセンターは、シンガポールのSTEM教育の中心地でもあります。シンガポールではサイエンスセンターが中心となって、退職後のエンジニアなどを中心に300以上のクラスを開設し、学生は通常の教育とどちらでも学べるようになっています。昨年40校を対象に始めた教育は、評価が高いので63校まで広がりました。なるべく早く、130の中学校すべてに導入するために、教師の育成などが行われています。

中学校のArduinoコース 昨年40校に導入したものが今63校に導入し、教師の育成につれて、すべての中学校に導入すべく普及中

中学校のArduinoコース 昨年40校に導入したものが今63校に導入し、教師の育成につれて、すべての中学校に導入すべく普及中

教科書はGoogle Siteベース。家で復習もしやすく、アップデートも速い

教科書はGoogle Siteベース。家で復習もしやすく、アップデートも速い

教室で、ハンズオンで詰まるとすぐティーチングアシスタントが飛んでくる

教室で、ハンズオンで詰まるとすぐティーチングアシスタントが飛んでくる。先生たちも、子供に内容を理解させたか・モチベーションを上げたかなど、複数の項目で常に評価されている。僕が見たクラスでは教師・アシスタント・インターン中途思われるもう一人のアシスタントと、3人も先生がいた。先生も採点されるため、張り切って教えている。

シンガポールのSTEM教育は、Arduinoなどを使った実践を通じて、数学や科学の理論についても深く学ばせるすばらしいものです。たとえばArduinoとフォトリフレクタを使って心拍センサをつくるプログラムがあるのですが、子供たちはそのなかで電子回路のほかに、
・いくつかの部品が組み合わさって製品となる、設計という概念
・心臓が拍動する仕組み
・それを光を使って検知する原理
・センサからの値をどう解釈すると心拍となるのかという数学のアルゴリズム
などを学び、高校にあたるコースで体中に25のセンサをつけて全身をセンシングするコースにつなげるなど、一つのコースが、医療や数学など複数に効果を出すように工夫されています。「これまでの教育と無縁だった人がいきなりSTEMをやりだす」のではなくて、既存の教育をさらに良くするために導入されているのを感じます。

シンガポールのSTEM教育の概要紹介。サイエンスセンター内でSTEMを主導するSTEM.INCのプリンシパルGopalから。日本語字幕は僕がつけたものです

「科学者、技術者を増やす」という狙いから、そのために具体的にどういう講座を設けているか、企業との連携など、広く深くかつ要領よくまとめられているいいレポートです。企業との連携も、お互いがメリットあるようなアイデアをうまく思いついていて、とても「仕事ができる」感じのレポートです。

シンガポールの教育の成果

サイエンスセンターシンガポールでは、全員を対象にしたSTEM教育の他、サイエンスフェスタなどのイベントも多く行っています。こちらは2015年3月に行われた、14-17歳の学生を対象に誰でもポスターを発表できるフェスタに寄せられたポスターです。

どのポスターも、ものすごく良くできています。既存研究と今回足したものやサーベイ/実験/将来実現したいことなどのお作法も完璧だし、なによりうまく言葉にするのが難しい「何が面白い部分で、最終的にどうしたいか」がどのポスターも明確で、無理矢理研究テーマをひねり出した感がまったくありません。自発的に応募してきたからモチベーションが高いのは当たり前かもしれませんが、このクオリティはかなり長い時間「研究者としての頭の使い方」をしてこないと出ないものです。

機械学習で、大学バスケットボールリーグとNBAのドラフトの相関性を解析する

機械学習で、大学バスケットボールリーグとNBAのドラフトの相関性を解析する

人間の声をシミュレートする音素モデリング

人間の声をシミュレートする音素モデリング

このポスターを作った学生に、「初音ミクみたいなもの?」と聞いたら、「その通り、英語と中国語の初音ミクを作りたいんだ!」と元気よく返ってきました。フォルマントによるボイスシミュレーションや手法の説明・結果・将来展望についても非常に明確な回答が返ってきます。

展示も見ているのも中高生

展示も見ているのも中高生

展示をしているのも見ているのも普通の中高生です。ここに出すような意識の高い学生は、多くがMITやケンブリッジ、オックスフォードなど、世界のトップクラスの大学にいくようですが、頂点だけが高いわけではなく、シンガポールの教育全体に「具体的にエンジニアらしく考える」思考方法と、「モチベーションを持ってテーマを自分で決める」クリエイティブな志向がともに根付いているのを感じます。

その志向あってのスマート国家、数学者が首相をつとめ、親が子供に科学に興味を持つようによくイベントに連れてくるシンガポールを作っているのでしょう。

技術が未来を作っていくことを、シンガポールの人たちは知っています。

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高須 正和(たかす・まさかず)

無駄に元気な、チームラボMake部の発起人。チームラボニコニコ学会βニコニコ技術部DMM.Makeなどで活動をしています。日本のDIYカルチャーを海外に伝える『ニコ技輸出プロジェクト』を行っています。日本と世界のMakerムーブメントをつなげることに関心があり、メイカーズのエコシステムという書籍に活動がまとまっています。ほか連載など:http://ch.nicovideo.jp/tks/blomaga/ar701264