警察や消防などの公共安全ネットワーク

警察や消防などの公共安全ネットワークにLTEを活用する「PS-LTE」とは

2015.09.30

Updated by Naohisa Iwamoto on 9月 30, 2015, 10:00 am JST Sponsored by NOKIA

公衆モバイル回線として、日本をはじめとする多くの国で高速なデータ通信が可能なLTEが普及している。スマートフォンの普及が世界で同時多発的に広がり、トラフィックが急増。データ通信の高速性や周波数利用効率の高さなどから、一気にLTEの導入が広まった。一方で、LTEなど最新のネットワーク技術を提供する高速性などのメリットを享受できていないネットワークがある。その1つが、パブリックセーフティ(Public Safety:PS)ネットワークだ。パブリックセーフティは「公共安全」と訳される。警察や消防、救急などに加え、例えば米国ならば州兵などが利用するネットワークのことを示す。

パブリックセーフティネットワークを構成する規格としては、いまだにアナログ方式が主流。デジタル方式の導入も進んでいるが、それでもモバイルブロードバンドの世代で言うと「2G(第2世代)」携帯電話に相当する技術で、用途としては音声通話がメインになる。データ通信も使えるが通信速度は今となっては遅く、限定的な使い方になる。こうしたパブリックセーフティ分野にLTE方式を利用することで、高速データ通信を可能にしようという動きが活発になっている。「PS-LTE」や「LTE Public Safety」と称される、パブリックセーフティ向けのLTEだ。

警察や消防、救急の現場で求められる動画のリアルタイム伝送

PS-LTEが注目されるようになってきたのは、パブリックセーフティ分野での無線通信の用途が広がってきていることが一因である。フィンランド・ノキアのNetworks事業部門(ノキアネットワークス)でパブリックセーフティ製品のグローバル責任者を務めるヘルマン ロドラー(Hermann Rodler)氏は、PS-LTEの要求への背景をこう語る。

「パブリックセーフティ分野の現場で無線通信に求められているのはビデオの伝送です。1つは監視的な用途で、監視カメラやヘリコプターから映像を使って情報を収集する用途です。もう1つは事故や災害の現場の状況を動画で送信し、現場と指令本部を結んで遠隔で対処法を判断する用途です。警察官や消防士、緊急時の医師がWebカメラを身につけたり、メガネ型のウエアラブル端末のカメラなどから動画を送ったりする必要性が高まっているのです。要求条件としては、スムーズな動画を双方向で取り扱えることが挙げられ、数十Mbpsといったデータ伝送能力が求められます。しかし、パブリックセーフティで採用されている既存の方式では、こうした要件には対応できません」

▼パブリックセーフティ分野のネットワークの現状と課題
パブリックセーフティ分野のネットワークの現状と課題

パブリックセーフティネットワークで使われている方式として、性能が高いデジタル方式の規格に、北米などを中心に使われている「APCO P25」や、欧州を中心に使われている「TETRA」がある。しかし、最新バージョンでデータ通信が高速化されたTETRAでも、700kbps程度の伝送速度にとどまる。高画質のビデオ伝送には規格がマッチしない。また、ロドラー氏は「デバイスの価格が高く、TETRAでも900ドル、他の方式では数千ドルといった価格の製品もあります」とコストの問題も指摘する。

そこで、着目されたのが「LTE」というわけだ。LTEならばダウンリンクで最大300Mbps、アップリンクで最大75Mbpsの性能を備えた「LTEカテゴリー6」のデバイスが、すでにマーケットに出回っている。最新のLTEならば、高精細なビデオの双方向伝送もまかなえる能力を備えている。もちろんVoLTE(Voice over LTE)により音声通話の機能も備える。そして端末は500ドル以下から手に入れることが可能だ。ロドラー氏は「LTEはパブリックセーフティネットワークの要求条件を十分に備えたネットワーク」と評価する。

こうした背景から、各国の政府はパブリックセーフティネットワークにLTEを採用するPS-LTEの導入に前向きな意向を示している。

周波数の割り当て、パブリックセーフティ機能の標準化の動き

PS-LTEの実現に向けては、大きく2つのステップがある。1つが利用する周波数を割り当てること、もう1つはサービス面などの機能を標準化することだ。それぞれ現状を確認していこう。

ロドラー氏はこう説明する。「リーディングカントリーである米国で、連邦プロジェクトのFirstNetですでにPS-LTEに周波数を割り当てています。韓国でもLTE技術を用いたパブリックセーフティ用のネットワークの構築が決まり、700MHz帯の周波数が割り当てられています。国際的には、周波数の利用方法などを定める世界無線通信会議(WRC)で、PS-LTEへの周波数割り当てを検討しているところです」。

PS-LTEへの周波数の割り当ての世界のトレンドとしては、各国の政府は700MHz帯を選ぶ機運が高いという。800MHz帯も一部の国で選ばれている。これは、低い周波数帯を使うことで電波の回り込みよるエリアのカバレッジを確保したい考えからの選択だ。「このほかに2.3GHz帯、2.6GHz帯を選ぶ政府もあります。日本でも具体的な周波数帯の検討がされることを期待しています」(ロドラー氏)。

▼PS-LTEに向けた世界の周波数割り当ての状況
PS-LTEに向けた世界の周波数割り当ての状況

もう1つの標準化のステップも、具体的な動きが進んでいる。LTEやLTE-Advancedの標準化を推進している標準化組織の3GPPが、PS-LTEの標準化を進めているからだ。2015年3月に完成した3GPPのリリース12は、LTEでパブリックセーフティの機能を初めて取り扱っている。その1つの機能は、D2D(Device to Device)の通信機能で、災害時などに基地局設備が利用できなくなった場合に、端末間で直接通信ができるようにする仕様である。

ロドラー氏は「今後、ミッションクリティカルボイスや隔離サービスなどの追加機能の標準化が進められ、2016年半ばにはパブリックセーフティ機能を備えたリリース13の標準化が完成するでしょう。その後は機器ベンダーによって標準の実装が進められ、製品が作られることになります。当初は、LTE側のプリスタンダードと、既存のプッシュツートーク(PTT)システムの相互利用から始まり、リリース13の完成と対応する製品の登場で、従来のパブリックセーフティの機能がLTE上で提供されるようになると見込んでいます」と説明する。

PS-LTEの導入には5つのシナリオ

PS-LTEをパブリックセーフティ分野のネットワークに実際に導入する際には、いくつかのシナリオがある。大きく分けると、パブリックセーフティネットワークを導入する政府などが自営ネットワークとしてPS-LTE網を構築する方法と、通信事業者が提供する商用ネットワークの上でパブリックセーフティ用のネットワークを作る方法の2つがある。さらに通信事業者のネットワークを利用する形態でも、機能とネットワークの切り分けによりおよそ4つの分類ができる。

▼PS-LTEの導入形態の5つのシナリオ。右側ほど信頼性が高いがコストもかかる
PS-LTEの導入形態の5つのシナリオ。右側ほど信頼性が高いがコストもかかる

パブリックセーフティ分野のネットワークとして最も信頼性が高いのは、図の一番右に示した「Private LTE for public safety」である。ロドラー氏は「無線もコアネットワークもすべて独立した自営のネットワークであり、フランス、ドイツ、アメリカなどが導入を進めています。機能面では最良のシナリオですが、コストが高いことが欠点になります」と説明する。

通信事業者の商用ネットワークを利用してパブリックセーフティ用のネットワークを作る方法では、自営でネットワークを構築するよりも低いコストでPS-LTE網を構築できる。信頼性の確保のために、複数の事業者の商用ネットワークを併用するといった手法もある。商用ネットワークを利用する方法には、その中にさらに4つの手法がある。コアネットワークのすべての機能を政府側で持つ「RAN Sharing for public safety」、コアネットワークの一部の機能を政府と通信事業者で分け持つ「MVNO public safety」、通信事業者のネットワークを契約ベースで政府が利用する「Hosted public safety」、政府はアプリケーションサーバーなどの最低限の機能しか持たず通信事業者のネットワークにアクセスして使う「OTT public safety」である。

ロドラー氏は、「RAN Sharingはイギリスが検討している方法、Hostedは韓国が向かうと考えられている方法です。OTTは、政府のパブリックセーフティネットワークをグーグルやAmazonと同じような位置づけのサービスとして提供する形態です。最も小規模でコストも抑えられますが、信頼性の側面からまだOTT方式を選ぶ政府は見当たらない状況です」と状況を整理する。コストと信頼性のトレードオフの中で、どのシナリオを選ぶかはPS-LTEを導入する国の政府のビジョンによって決まることになる。

エンドツーエンドの提供が求められるPS-LTE向けソリューション

パブリックセーフティ分野のネットワークでも利用するハードウエア機器のラインアップは通信事業者向けのものと違いはない。通信機器ベンダーでは、無線アクセス、パケットコア、コミュニケーションコア、管理や自動化の装置などをラインアップする。パブリックセーフティ向けの機能を、3GPPの標準に準拠する形で実装していくことで、今後の標準への対応を進める。

ロドラー氏は、「各国政府が求める様々な形態のネットワークに対応できるように、ノキアはパブリックセーフティ向けの製品ポートフォリオを用意しています」と語る。ただし、パブリックセーフティ分野のネットワーク構築は、製品ポートフォリオを用意しただけでは対応が不足する懸念がある。それは、納入先が通信のプロである通信事業者ではなく、パブリックセーフティを司る政府などの組織だという点だ。

「公共の安全にかかわる組織は、IPなどの通信の知識を持った人材が十分にいるとは限りませんし、ネットワークプランニングも十分でない可能性があります。ノキアでは、パブリックセーフティ分野のネットワークに対しては、エンドツーエンドでソリューションを提供することを前提にしています。導入時点では、ターンキーのパートナーと手を組んで、完成したネットワークを政府などに納入できます」(ロドラー氏)。

またノキアはその後の運用・保守の面でも、ネットワークの設定確認や状況確認を容易にできる機能を提供するほか、ネットワークの事故管理機能(セルフオーガニゼーション)、端末の動作環境の管理などの機能も提供するという。警察官や消防士が、緊急の現場で通信機器の機能やソフトウエアの心配をするようなことを防ぐための準備が整えられているのだ。

「政府の組織などパブリックセーフティサービスを提供する顧客に代わって、日々のネットワーク管理を実行することもできます。顧客が自らの使命であるパブリックセーフティに注力できる環境を整えることが我々の努めだと考えています」(ロドラー氏)。

ノキアでは、パブリックセーフティ向けの新しい製品も発表している。1つが、小型で可動式のネットワークデバイスである「Nokia Network in a Box」。無線モジュールとLTEコアとシステムのモジュールを搭載したボックスで、重さは約40kg、1000W未満の消費電力で動く。「災害時などに、自動車やヘリコプターで運搬して、数時間で臨時の基地局を設置できます」(ロドラー氏)。

▼災害時などにネットワークを迅速に構築できる「Nokia Network in a Box」
災害時などにネットワークを迅速に構築できる「Nokia Network in a Box」

もう1つが移動式の基地局車。LTEの基地局装置を搭載し、発電システムも備えた基地局車で、災害時に迅速にモバイルネットワークを構築できるという。「災害対策の側面からニュージャージー州やアリゾナ州ですでに採用されています。通信事業者からは、イベントなどで人が集まる場所のネットワーク容量の確保に利用したいという声も上がっています」とロドラー氏は説明する。

ノキアでは、PS-LTEソリューション分野の事業にパートナー戦略を採用したという。「パブリックセーフティで求められるポートフォリオを充実させるために、世界のパートナーと協力体制を採っています。例えば、既存のAPCO P25やTETRAとLTEのデュアルモード端末や、パブリックセーフティ分野のアプリケーションをパートナーと協力してソリューションに加えています」(ロドラー氏)。さらにパブリックセーフティが目指す施策は、それ自体がそれぞれの国家や政府の政策や安全保障体制と密接に関連している。「その国々にあわせたパートナーを選んで展開する必要もあるため、ノキアでは特化したパートナー部門を設立して、効率的に事業を進めることにしています」。

▼ノキアではPS-LTEのソリューションをエンドツーエンドで提供するため、パートナー戦略を採用している
ノキアではPS-LTEのソリューションをエンドツーエンドで提供するため、パートナー戦略を採用している

PS-LTEは3GPPのメインストリームで扱われることで、各国から一層の大きな関心を集めているという。振り返ると国内でも、地震だけでなく、水害や火山の噴火など災害が相次ぐ。そうした中で、低コストで信頼性が高く、現場に求められる機能と性能を満たすネットワークの迅速な構築にPS-LTEが役立つ可能性は高い。

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岩元 直久(いわもと・なおひさ)

日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。WirelessWire News編集委員を務めるとともに、フリーランスライターとして雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。