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セミナーを成功させるために捨てるべきもの

How to crush your seminar?

2016.03.08

Updated by Ryo Shimizu on March 8, 2016, 14:12 pm JST

 筆者は仕事は好きですが、たくさんはやらないタイプです。
 遊びの中から新しい仕事を発見して、それに夢中になることで新しい仕事を創りだすのが経営者の仕事だと思っているからです。

 筆者は経営者レベル、という独自の指標で自分の成長段階を評価しています。
 この経営者レベルというのは、実はなにがクリア条件なのか事前にはわからないのです。

 しかし、なにかを達成すると自分の頭のなかで、ひとつのファンファーレが鳴ります。社員を雇った、資金繰りの心配をしなくなった、銀行から借り入れをした、オフィスを増床した、なにかイベントがあると頭のなかでモードが切り替わります。

 そんなわけで昨日、経営者レベル5になりました。13年やってレベル5です。なんと厳しい道なのでしょうか。経営者というやつは。

 レベルアップの条件は毎回違うのですが、今回は「他社とアライアンスを組む」というものでした。もともと持っているものを組み合わせて、その組み合わせによって新しい価値を創造する、というのはプログラマーの仕事と考えると極めて普通なのですが、単位がコードではなく会社組織になると、そうカンタンにはいきません。

 これは近々発表できると思います。

 さて、前置きはそれくらいにして、本題に入りましょう。
 そんな感じで日々ハッピーに暮らしているわけですが、先日、ちょっとこれはなあということがあったので書いておきます。その会社や担当者を晒したいのではなく、同じような轍を踏む人が現れないようにという予防の意図です。

 筆者は度々セミナーの講師をやります。企業向け研修だったりとか、日経あたりが企画する大規模なイベントにくっついたセミナーだったりとか、有料無料問わずとにかくいろいろなセミナーで講師をしているのです。

 基本的に頼まれたら先約がない限り断らないスタンスなので、それこそ世界中あちこちでセミナーをやっています。

 セミナーを主催する側は、本当にその人が当日来てくれるのか、また、どんな内容を話すのか、スライドの内容はどんなものか。そういうことを異常に心配になります。特に神経質な人が担当者だったり責任者だったりすると、自分の不安を払拭したいというただ一点で、セミナーを台無しにしてしまうのです。

 それは、「事前にスライドを下さい」と言ってしまうことです。

 拙著「最速の仕事術はプログラマーが知っている
」にも書いたとおり、筆者はプレゼンテーションの当日の朝にスライドを作り始めます。それどころか、下手をしたら壇上でしゃべる直前にスライドを仕上げたりします。

 これは、ギリギリまで最先端の情報を詰め込み、その瞬間、瞬間の自分自身が感じ取ったこと、考えていること、それをできるだけ熱く、できるだけライブに伝えたい、そのためにスライドを直前まで作らないのです。

 そして最近は、私はもうスライドを作ることそのものをやめました。
 セミナーだけでなく、企画プレゼンもスライドを準備することをやめたのです。

 なぜなら、スライドで説明すると、聞いた人は「わかんないところはあとでスライドを読み返せばいいや」と思って聞くのをやめてしまうからです。そして、せっかく計算した伏線や演出も、スライドで先の方を見たら台無しになってしまうからです。

 スライドで伝えるよりも、身振り手振りで、そしてホワイトボードで説明するほうが、何倍も伝わるのです。
 スライドを用意すると、スライドばかりを見て、言葉だけを見て、感じ取ってもらえません。

 そういうわけですから、最近はスライドすらも用意しないことにしているのです。

 ところがどうでしょう。今回のセミナー運営会社は、「スライドを事前に送ってください」と言うだけにとどまらず、なんとそれを企画委員会と称する謎の組織で審査し、フィードバックを戻して最終稿を作らせるそうです。

 全く馬鹿げた話です。
 

 私は講演する分野の専門家であり、セミナー運営会社は、そうではありません。もし私よりも詳しく、私のスライドを適正に評価できるのだとしたら、そもそも私に講演を依頼する必要が無いのです。

 それにこれは事実上の検閲です。

 
 しかも、締め切りは二ヶ月前と言われて唖然としました。
 この変化の激しい世界で、二ヶ月前の話を、わざわざお金を払ってやってきたお客さんに聞かせるんですか。

 今、毎日のようにいろいろな事件が起きてます。革命が起きています。
 特に筆者が専門領域とするIT分野は、フィンテック、ディープラーニング、IoT、全部、ものすごい頻度の変化を続けています。だからこそセミナーが必要で、私達講師は、その水先案内人であるべきなのです。

 にも関わらず、二ヶ月も前の資料で講演するというのは、やはり馬鹿げています。

 ありきたりな情報、みんなが知っている情報、手垢のついた情報です。
 叡智というのは、印刷された辞典で死んでしまいます。いわば叡智の亡骸が情報なのです。

 セミナーの講師はなぜ直接オーディエンスにむかってフェイス・トゥ・フェイスでしゃべるのでしょうか。
 そうしないのであれば、ビデオで十分です。いっそセミナーなどしないで、ビデオも二ヶ月前に提出させればよろしい。それはそれで立派なコンテンツですよね。

 でもセミナーは別です。スライドはあくまでたくさんある説明手段のうちのひとつに過ぎず、その提出を強制するというのは、自らセミナーの質を下げているに等しいのです。

 なぜフェイス・トゥ・フェイスで話すのか。それは、講師の持つ叡智をそのまま伝える必要があるからです。
 情報になった瞬間、その根底に流れる魂は消えてしまいます。

 講師は喋りながら、聴衆の表情を観察しています。

 眠そうな人、話しを聞いていない人、難しそうな顔をしている人がいたら、話し方を変えたり、場合によっては話す内容を変える必要があります。ちゃんと聞いてもらえてるか、ハラオチしているか、確認しながら話すのです。だからこそ、セミナーはライブである必要があり、インタラクションが必要なのです。それが叡智ということです。

 ところが事前に用意したスライドでは、既に叡智から魂が抜けた状態、単なる情報になってしまっています。
 

 でもセミナーで本当に重要なのは、言葉という情報そのものではなく、言葉が生まれてくる体験を共有することです。

 そこにはライブ感のない、予定調和しかない世界があります。

 もちろん、話すのがニガテな人、プレゼンの素人みたいな人は、スライドを使ったほうが言いたいことが整理できていて便利かもしれません。筆者もスライドを使って説明することはあります。でもそれはあくまでもツールのひとつであり、セミナーのやり方はひとりひとり違っていいはずです。

 むしろそうであるからこそ、外部からいろいろな講師を連れてくる意味と価値が生まれるのではないでしょうか。

 でもこういうことを要求する担当者って、意外と多いんですよ。
 おそらく、自分が講師になったことがないか、もしくはあったとしても、プレゼンが下手くそなんだと思います。

 自分が本当に価値のあると思う叡智を、本当に聴衆に伝え、時間とお金を使ってやってきてくれた聴衆に「今日はこの話を聞けてよかった」と思ってもらうこと。そのためになにをすればいいのか。ワザを磨き、話術を磨き、本当に伝えるべき価値あることとは何か真剣に考えに考え抜いた経験が、きっとないのでしょう。

 私が一番感動したプレゼンは、2000年のCEDECに登壇したハドソンの中本伸一(当時)が、スライドなしのマイク一本で1時間講演したときです。

 彼は黒板すら使わずにゲーム開発の真髄を描き切ってみせました。
 その講演を聞いた人たちはもう語り草です。そして手元に一枚の資料も残っていないにも関わらず、かけがえのない体験ができた、と皆満足して帰っていったのです。

 それから16年も経ったわけですが、いまだに時々思い出します。
 

 自分の講演を思い出しても、今でも記憶に残っているのはスライドなしで喋ったときの講演が多いです。
 スライドは便利ですが、頼りすぎては失敗します。

 その意味では、先日のSCHOLARの運営は見事でした。

 この日は逆に「スライドを使わないで」「10分ごとに」「こんな感じでこんなことを」説明してください、という指示のみでした。

 今思い返すと本当に見事ですね。

 講演をしていて怖いのは、聴衆が「なにを聞きたいか」という予測が外れることです。

 それが、この講演では、見事に解消されていて、主催者側の話してほしいこと、聞かせてほしいこと、という要望が見事に表現されているわけです。さすがだ竹田さん。

 しかもスライドを作ったり配布したりする必要がないので時間も節約できます。

 聞きに来てくださった皆さんに対して語りかける体験は私自身の体験もゆたかなものにしてくれました。

 そういうわけで、最近の私は講演や企画プレゼンでスライドを使わないことが多いのです。

 

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

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