WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

知的情報処理の最前線:量子の世界の引っ越し大作戦「断熱量子計算」

2016.03.25

Updated by Masayuki Ohzeki on March 25, 2016, 07:00 am JST

量子アニーリングという計算技術については何度か取り上げて、読者の方々にも慣れ親しんでもらい始めたかと思う。

その原理について、今回は少し踏み込んでみよう。

量子アニーリングという名前自体は広い概念であるが、基本的に行っていることは、「断熱量子計算」と呼ばれる方式である。

この言葉自体は、Edward Farhiらが2000年に提案したものであり、当時は量子アニーリングとは独立に扱われていたが、研究が進むにつれて、西森・門脇らの量子アニーリングと同等のもの、または一部の概念と理解されることとなった。

その量子断熱計算は、数学的には断熱定理と呼ばれるものにもとづいており、中々理解がしやすい描像なので、ここで皆さんに説明を試みようと思う。

そもそもアニーリング(焼き鈍し)という言葉は、金属の加工技術のことで、金属を熱したあとで、ゆっくりと冷やして、金属の内部の原子をおさまりの良いところに落ち着ける方法を指す。

収まりの良い落ち着ける場所、それは原子たちにとって、まさに居心地の良い「家」を探すということに相当している。

原子たちは、冷やしてあげると、自然に居心地の良いところを探し求めて移動するという自然の法則を利用しているのだ。

ただ多数の原子が、すべからく居心地の良い家に収まれるとは限らない。一斉に移動して、早くから居心地の良い家を見つけるものもいれば、不満が残る家に取り残されるものもいる。

そこで原子に移動を促すために、「熱」を入れる。

固体、液体、気体という物質の状態を指し示す言葉がある。

氷、水、水蒸気と同じ水でも多様な姿を見せてくれるが、元々は水はH2O分子という、小さな単位が集まってできた物質である。

温度の低い場所では氷になるが、そこに熱を与えるとH2O分子たちは動きを活発化させることで、ただ固まっていた氷から、分子の動きを反映して、液体の水に様変わりをする。まだ完全に分離した動きをせず、H2O分子同士、仲間と手を繋いでいるため、まとまりのある水となる。

更に熱を入れると水蒸気と変わり、空中にH2O分子が飛び出していく。このときは仲間を振り切って自由に外に飛び出しているという格好だ。

この原理を使って、まずは原子や分子たちが居心地が良い家へ誘導するために「冷やす」。でもほとんどの原子や分子たちにとって居心地が悪いようだったら、一度熱を与えることによって再配置を促す。

要するに「引っ越し」である。

原子や分子たちが住むべき家がたくさんある中、どの家に住むと全体が満足するか?

それを引っ越しを繰り返すことで調べるというわけだ。

このプロセスのことを「熱アニーリング」と呼ぶ。

一方「量子」アニーリングでは、いきなり温度が非常に低いところを出発点とする。

しかし熱アニーリングと異なるのは、このときはまだ家を用意しないでおく。意地悪な方法である。

当然原子や分子たちは、居心地が良い場所がどこにもないために移動し続ける羽目になる。

みんなが騒いでいる間に、静かに家を作り始めるのが量子アニーリング、とりわけ量子断熱計算と呼ばれる方法だ。

その作っている様を見せながら、原子や分子たちにとって「将来」住み良い家を探し当てさせるというわけだ。

ここでゆっくりやるのがコツ。

これを専門的には、「断熱」的に操作すると呼ぶ。

よくよく考えると、家が知らぬ間にできあがってしまっているのだから、原子や分子にとっては大事件である。

しかし彼らが住み始めたからといって、いきなり実はこんな酷い家だったんだよって完成させてしまったら駄目。欠陥住宅でだまし討ちは駄目。

じっくり試用期間を経て、原子や分子たちに色々な家の可能性のなかから最適なものを探してもらおうという戦略である。

量子アニーリング、とりわけ量子断熱計算は、新興住宅地にできつつある家に仮住まいをしながら、良い住宅かどうか判断をしてもらう方法

一方、熱アニーリングの場合は、すでに色々な家がたくさん出来上がっているところから、どれが住み心地の良いお家かを探すというわけだ。

例え話でどちらが良い方法かということまでは人それぞれだから判断はつかないかもしれない。

しかし研究者たちはそれをほぼ明らかにしている。

今のところ、ほとんどの場合、量子アニーリングの方が、熱アニーリングに比べて早く正確な最適解を探すことができるということが分かってきた。

自然の法則に従って、原子や分子が居心地の良い家を探しあてることができるのであれば、人間がその家をデザインして、どの家が住み心地の良いものかどうかを聞く。

それが知的情報処理として、最適化問題に量子アニーリングを適用するというアイデアに繋がる。

迷ったときは、神に従え。

最適な答えを自然に教えてもらおうではないか。

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

大関 真之(おおぜき・まさゆき)

1982年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て2016年10月から東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻准教授。非常に複雑な多数の要素間の関係や集団としての性質を明らかにする統計力学と呼ばれる学問体系を切り口として、機械学習を始めとする現代のキーテクノロジーを独自の表現で理解して、広く社会に普及させることを目指している。大量の情報から本質的な部分を抽出する、または少数の情報から満足のいく精度で背後にある構造を明らかにすることができる「スパースモデリング」や、次世代コンピュータとして期待される量子コンピュータ、とりわけ「量子アニーリング」形式に関する研究活動を展開している。平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。近著に「機械学習入門-ボルツマン機械学習から深層学習まで-」、「量子コンピュータが人工知能を加速する」(共著)がある。

RELATED TAG