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「毎年新人研修をしているがあまり効果がない」という人事の悩みや、「新人にはOJTでしっかり指導しているがなかなか成果がでない」という現場上司の悩みはよく聞く話だ。なぜよかれと思ってやっている研修や現場指導が業績向上につながりにくいのか。この答えは遺伝学や神経科学の進歩によっておおよそ見えてきている。

ミネソタ大学の心理学・遺伝学のブシャール教授らが、80年代に大規模な双子の研究を通じて「IQの70%は遺伝で決まる」ということを解明した("Sources of human psychological differences: the Minnesota Study of Twins Reared Apart.")。つまり、あの手この手と研修を施したところで、実は社員本人に対しては残りの30%に対してしか効果を与えることができないということになる。全く効果がないというわけではないが、あまり効果がないという実感値はその影響範囲が30%以下であるというところから裏付けられる。

また、神経科学者であるアントニオ・R・ダマシオの『無意識の脳 自己意識の脳』(講談社)によると、人の学習プロセスを含む意思決定の多くは、意識の外、つまり無意識や感情によって行われているという。従って、やりたくもないことをやらされてヤル気という感情がない社員に、研修したり上司が一生懸命指導したところで、一向に成果があがらないということになる。「そうはいっても組織というものは、やりたくなくてもヤル気がなくてもやってもらわなくては困るのだ」としか考えられないマネージャーのチームはおそらく永遠に成果は挙げることはないだろう。一方で、本人の素養にあったことをやらせ、成果があがるよう指導しているというマネージャーであれば、そのチームの成果には期待できる。

先に「IQの70%は遺伝で決まる」と書いたが、これは採用における選考基準とその後の業績にも関連していることがわかっている。組織心理学者のシュミットとハンターが85年にも及ぶ選考方法とその後の業績との関係示した論文をメタ分析したところ、「知能テスト」は業績との相関が2番めによかった。("The Validity and Utility of Selection Methods in Personnel Psychology:
Practical and Theoretical Implications of 85 Years of Research Findings"
)。

最も業績との相関が高かったのは「実技試験」である。ITエンジニアの採用では「コードをみればスキルがわかる」と言われる。実技試験と業績に相関があるという結果は、コード採用をしている会社にとっては喜ばしい結果と言える。ただし、一人ひとりのコードをみて合否判定するのは、候補者が多い大企業の場合は、相当に大変な作業であり、非効率ではあるという課題は残る。

3番目に業績との相関が高いのは「構造化面接」となっている。構造化面接というのは、あらかじめ質問する内容が決まっている面接のことである。一方、非構造化面接とは、面接官が履歴書などをみながら、その場その場で聞きたいことを聞く面接となる。非構造化面接は、言ってみれば、面接官の人を見る目というものが要求されるわけなのだが、これが実にあてにならない、ということは他の研究でも明らかになっている。

カリフォルニア大学バークレー校のムーア助教の実験で、1対1の非構造化面接で二人の候補者から業績の高い人を選んでもらうというテストを実施したところ、業績の高い候補者を選ぶことができたのはわずか56%だった。これはコイントスして表か裏かをあてるのとほぼ同様の確率でしかない("Stop Being Deceived by Interviews When You're Hiring")。もし、あなたの会社で非構造化面接を行っているのであれば、即刻やめるか、少なくとも構造化面接に切り替えたほうがよさそうだ。

このようなことから考えると、採用は「理性」として判断するものとしては「知能テスト」を採用し、「感情」で判断するものとしては「実技試験」と「構造化面接」という組み合わせがよい、と考えられる。「実技試験」は一見「理性」のようにもみえるが、その実技が良いか悪いかというのは、実際は面接官の個人的な好みによるところが大きい。また「構造化面接」も「理性」のようにみえなくもないが、こちらは構造的な面接を行いつつも、現場マネージャーが「この人物と一緒に働きたいかどうか」という感情の側面での判断が大きく左右する。現場マネージャーが一緒に働きたくないと思うような人材が入ってきても、それは部下にも伝わるし、そうなるとOJTやいろいろやったところで、結局、その部下のIQは高かったとしても活躍できない人材となってしまう。それは双方にとっての悲劇である。であれば、面接の段階での感情的な判断は悪くはないといえる。もちろん、面接官の個人的な感情によって左右されすぎないよう、構造化面接であることが前提ではある。

このようにして理性と感情を組み合わせて入社してきた社員は、すでに理性の部分では会社の要求する最低基準は満たしているはずなので、あとは感情にどのようにアプローチすると成長が促されるのかを考えれば良い。これは「従業員エンゲージメント」に関わる話になる。それについてはまた別の記事であらためて書くことにする。

大成弘子(おおなり・ひろこ)

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特集:採用と活躍の技術

社員の行動データを収集・分析し、業務効率化・業績向上、人事に生かす手法として注目されているピーブルアナリティクス(People Analytics)に代表される人事関連技術(Human Resource Technology)は人工知能関連のアルゴリズムが導入され始めることで本当に効果があるのかどうかが試され始めた。一方で“働き方改革”による労働生産性向上は国を挙げての喫緊の課題として設定されている。この特集では全ての人たちに満足のいく労働環境はどのように実現できるか、そのために人事関連技術はどこまで貢献できるのかを考えていく。データサイエンティスト/ピープルアナリストの大成弘子(おおなり・ひろこ)とアナリストの緒方直美(おがた・なおみ)を主たる執筆者として展開。

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