▲専門家を招いてのハーブ苗植え付け実習の様子
長く健康的に農業に従事できる”軽量野菜”を導入。長崎俵ヶ浦半島「ハーブプロジェクト」は、高齢化する生産者の救世主となるか
2019.04.22
Updated by SAGOJO on April 22, 2019, 20:07 pm JST Sponsored by 俵ヶ浦ハーブプロジェクト
▲専門家を招いてのハーブ苗植え付け実習の様子
2019.04.22
Updated by SAGOJO on April 22, 2019, 20:07 pm JST Sponsored by 俵ヶ浦ハーブプロジェクト
長崎県佐世保市俵ヶ浦半島で動き出した「俵ヶ浦ハーブプロジェクト」。
重量野菜が主要生産物だった土地で、新たにハーブ、軽量野菜栽培への挑戦が進められている。
俵ヶ浦半島の農業を支える生産者と、半島の暮らしを次世代へ受け継ぐ仕組みづくりに向けて、新たな可能性を追求する有志団体「一般社団法人チーム俵」、その取り組みをサポートする行政が、三位一体の協力体制で取り組む地域活性化プロジェクトは、生産者の高齢化や担い手不足などの課題を抱える地域のモデルケースとしても注目を集める存在だ。
現地で定期的に交流会や意見交換会が実施されるなか、平成31年3月には「俵ヶ浦ハーブプロジェクト」のスタートアップミーティングが開催された。
地域が抱える切実な問題をどう解決していくのか。俵ヶ浦半島の取り組みを取材した。
▲風光明媚な俵ヶ浦半島からの景色
長崎県佐世保市の中心部から南西に車でおよそ20分、海と島々からなる西海国立公園九十九島と佐世保港の2つの海に面した俵ヶ浦半島。住民の多くは、半農半漁で生計を立ててきたが、若い世代のライフスタイルの変化や生産者の高齢化が進む今、大きな転機を迎えている。
俵ヶ浦半島の「農」を支える耕作地は、海に面した斜面に開墾された日当たりの良い段々畑。蜜柑やビワなどの果実のほか、芋などの根菜類、そしてキャベツなど、主に重量野菜が中心に栽培されている。取材に訪れた3月中旬は、あちらこちらに最盛期を終えて最後の収穫を待つキャベツ畑が広がっていた。
▲海を望む拓けた畑にはたくさんのキャベツが
斜面に作られた畑では重機や車の搬入が困難な箇所も多く、ただでさえ負担の大きな重量野菜の収穫作業を急勾配の斜面を上り下りしながら行わなければならない。
高齢の生産者は、出荷用の農作物の生産を徐々にやめてしまっているのだそう。
出荷用の農作物を作らないということは、「農」の収入源を失うこということだ。さらに、日々日課としていた畑仕事をやめてしまうことで、喪失感を覚えて落ち込んだり、急に体が弱ってしまったり、心身ともにダメージを受けてしまう人も多いという。
また、人の手が加わらない畑はすぐに荒れる。
農家の命とも言える畑が荒れることは「恥ずかしいこと」と考える人が多く、所有する畑の変わり果てた様子を見て、涙を流す人もいるそうだ。
さらに、荒れた畑には土砂や瓦礫が溜まり、土砂崩れなどの災害を引き起こす危険性や、風光明媚な俵ヶ浦の景観を損なう恐れも指摘されている。
▲斜面を利用した畑では重機や車の搬入ができないことも
そこで、農作業の負担を減らす秘策として始動したのが、「俵ヶ浦ハーブプロジェクト」だ。
このプロジェクトは、重量野菜だけでなくハーブを含む軽量野菜の栽培を増やしていくことで、負担を軽減し、1日でも長く健康的に農業を続けてもらい、耕作放棄地の増加を防ぐこと、引いては住民が大切にしている豊かな自然景観を維持していくことを目的としている。
このプロジェクトが立ち上がるきっかけとなったのは、2019年1月と2月の2回にわたって行われた「半島農業の未来を語り合う生産者意見交換会」だった。
生産者に呼びかけたのは地元の有志で結成されたまちづくり組織「一般社団法人チーム俵」。
一般社団法人チーム俵は、半島の地域活性化プロジェクトを現場で率いる活動部隊だ。半島の景観や地域の魅力を活かし、経済・雇用の創出、交流人口、定住人口の増加を目的に5つのプロジェクトチーム(ご当地部・トレイル部・住まい部・学校部・宣伝部)が活動している。各部の部長は半島の若手が務め、町内会とも連携しながら取り組みを進めている。住民はそれぞれ関心がある活動に参加できる仕組みになっており、プロジェクトに応じて行政や地域外の専門家チームがサポートする体制が整っているのが特徴だ。
意見交換会も一般社団法人チーム俵が主催、まちづくりプランナーが舵を取り、1回目の会合では生産者の現状や課題、それぞれの半島への想いなどを共有。
2回目の会合では、生産者や住民にできることや、新たに生産する農作物についてアイディアを募った。
そこで挙がったのがハーブ栽培の案だった。ハーブの栽培案は生産者の反応が良く、特に女性の生産者が高い関心を示したという。俵ヶ浦半島ブランドの加工品が作れるのではないか、「ハーブ女子チーム」を結成してPR活動をしようなど、積極的な意見が出たことで、早速「俵ヶ浦半島ハーブプロジェクト」と銘打ち、実現に向けて実験的に動き出すこととなった。
これらの活動を行政の立場でサポートする佐世保市企画部政策経営課の嘉福洋平さんは、ハーブプロジェクト実施を後押しした理由について以下のように語る。
「反応が良かったからやってみる、それだけ聞くと安易と思われるかもしれませんが、みなさんのやる気が大切だと思い背中を押しました。生産者の方々がやりたいと思うことをできるだけ尊重したいと思ったんです。しかし、ハーブ栽培を始めるにあたりどのような準備・サポートをしたらいいのか、収穫後の販売ルートはどのように確保するのか、加工品は作れるのか、実益は出るのかなど、検討すべき課題はたくさんあります。それを生産者の方々と一緒に考えながら、一連の仕組みづくりをサポートすることが我々の役割だと思っています」
さらに「今回の取り組みは『自らが考え、決断し、実行する』ということがとても重要なポイントになると考えています。行政がレールを敷いてしまうと、どうしても他人事になってしまう。このプロジェクトは、一過性ではなく、次世代まで代々引き継いでいける俵ヶ浦半島の事業を作ることを目的としています。ひとりひとりが当事者となって、自分たちで考えて、行動して、継続する意識を持たなければ意味がありません。生産者のみなさんのモチベーションを上げながら、課題に直面したときには我々も一緒に考えたり、適切な専門家を呼んだり、関係各所と交渉を進めたり、生産者とチーム俵、行政の三位一体の協力体制を大切にしています」と、嘉福さん。
2019年3月19日、「俵ヶ浦半島ハーブプロジェクト」のスタートアップミーティングが「半島キッチン ツッテホッテ(※)」で行われた。
実践的な勉強会として、本格的なハーブ料理を味わいながら、ハーブと軽量野菜についての知識と興味を深めてもらうために食の活用・栽培育成・マーケティングとそれぞれ外部の専門家を講師として開催された。
当日は半島内4町の生産者およそ20名が参加。
講師として招かれたのは、外部ディレクターとしてプロジェクトの舵取りをした(株)SAGOJOの石田奈津子さん、ハーブアーティストのKANAMEさん、フリー料理人の志田浩一さんの3名。
まず最初にスピーカーとなったのは、外部ディレクターの石田さん。
事前に実施した佐世保市内で軽量野菜やハーブを使用するフランス料理店やイタリア料理店などの飲食店のほか、農作物を販売する直売所へのヒアリングについて報告があった。
現場における需要と要望、問題点の洗い出しを行い、需要がある農作物については、どのような提供ルートがあるのかなどの調査報告を行なった。
▲第3回「半島農業の未来を語り合う意見交換会」の様子。ハーブ料理を前に外部ディレクター・石田さんの報告に耳を傾ける参加者
佐世保市内では特殊なハーブや彩り用のマイクロ野菜などを安定的に入手することが難しく、そのような食材を扱う飲食店では仕入れ時には複数の販売店に足を運ぶなどの苦労があるそうで、安定的に仕入れができるのであれば、品種によっては使用量を増やしていきたいということだった。
さらに、農作物を扱う販売店側からも、安定的に供給できるのであれば、売場に俵ヶ浦半島産の専用コーナーを設けても良いという回答が得られた。
直接市内の身近な店舗を訪問し、担当者から仕入れた生の情報は説得力があり、生産者からは、飲食店が欲しがっている特殊な軽量野菜の種類など具体的な質問が挙がっていた。
続いては、福岡県在住で、造園・園芸の訓練校を卒業し、ハーブコ-ディーネーターやハーブソムリエの資格を持つハーブティーアーティストKANAMEさんによる、ハーブに関する基礎講座だ。
▲俵ケ裏での栽培が期待できるハーブを紹介するハーブティーアーティスト・KANAMEさん
ハーブの種類や効能、活用方法、栽培に関する基礎知識を、事前に視察した俵ヶ浦半島の環境と照らし合わせつつ様々な角度から説明を行った。
なかでも生産者の関心を集めたのは、日本在来品種である和薄荷(ニホンハッカ)の解説だった。和薄荷は、抽出したオイルを使った製品や葉を乾燥させて作るハーブティーなどの加工品が人気だが、現在は岡山県と北海道の一部でしか栽培されておらず、とても希少な品種になっているという。その和薄荷を俵ヶ浦半島で栽培することで、町おこしにもつながるのではないかという意見を皮切りに、ハーブ栽培に対する前向きな意見交換がなされた。
▲ハーブの説明にメモを取りながら聞き入る参加者ら
そして、時折厨房から顔を覗かせてテーブルに並べられたハーブ料理の解説をするのは、福岡県糸島市を拠点に活動するフリー料理人のこういちさん。
農業、畜産業、漁業を経験し、狩猟も行うこういちさんは、KANAMEさんが紹介するハーブを使い、見事な料理に変身させて提供をする。
▲ハーブをふんだんに使った料理を振る舞うフリー料理人・志田浩一さん
生産者のなかには、「これまでハーブ料理は味わったことがない」、「味わったことはあるけど苦手」という人も少なからずいたが、一同「美味しい!」と舌鼓。
志田さんが料理を運んでくる度に、「これどうやって作るの?」「使ったのはどのハーブ?」と、質問責めにあっていた。
▲ハーブ料理は参加者に大好評!
「ハーブを栽培する」という漠然としたイメージしか抱いていなかった生産者たちだったが、ハーブが持つ多方面へのポテンシャルを知るにつれ、栽培に向けて前向きになっていく様子が表情からもわかるように。
終盤には席を離れて間近で苗を観察したり、メモを取りながら講師に積極的に質問をしたりする姿が見られた。
▲勉強会中、参加者も真剣そのもの
※第3回「半島農業の未来を語り合う意見交換会」の会場となった「半島キッチン ツッテホッテ」。西海国立公園九十九島の展望台を有する観光公園「展海峰」に、一般社団法人チーム俵が2018年4月にオープンした、俵ヶ浦半島の産品直売と軽飲食の店。店長はチーム俵の中心メンバーのひとりである中里竜也さん。地元素材を使用した飲食物や加工品、農作物、雑貨類を販売するほか、地元の人々のコミュニティスペースとしての役割を担っている。
勉強会の翌日3月20日は、俵ヶ浦半島内の野崎中学校(現在廃校)の花壇で、KANAMEさんによるハーブ苗の植え付けと育て方の実習が行われた。
午前と午後の2回実施され、計8軒の生産者が参加。
当日参加できなかった生産者もおり、少なくとも10軒以上の生産者のもとでスタートできる見込みとなった。
▲花壇でのハーブ苗植え付け実習の様子
試験栽培のための植え付けは、3月28日から31日までの4日間順次行われ、勉強会で要望が多かった和薄荷やレモングラスといったハーブの苗、そして軽量野菜の種などが用意された。
▲ハーブ苗を手に注意点などを伝えるKANAMEさん
住民の多くには、「このままではいけない」という思いはある。
しかし、新しい“何か”を取り入れることで、自らの生活環境や慣れ親しんだ俵ケ浦半島が変わることへの不安もあり、なかなか一歩が踏み出せない状況にあった。
しかし、一般社団法人チーム俵の結成を機に、「半島キッチン ツッテホッテ」がオープンしたり、「俵ヶ浦ハーブプロジェクト」が始動したりと、外部の専門家の力を借りながら俵ヶ浦半島を取り巻く環境は徐々に変化している。
「住民に寄り添いながら、新たな取り組みへの不安を解消していくことが私たちの役目」と語るのは、佐世保市政策経営課集落支援員の富田柚香子さん。
今回の勉強会と実習に参加した生産者のひとりは「やってみようという気持ちになった。栽培を始めると、わからんところがたくさん出てくると思う。でもまずはやってみらんとね! もしハーブやミニ野菜へ切り替えができるのであれば、80歳過ぎても農業が続けられる人が増えるかもしれん。すでに農業を引退しとるけど元気な人も半島にはおらすから、ハーブの加工品を作るときも人手はどうにかなるよ!」と話してくれた。
今回の「俵ヶ浦半島ハーブプロジェクト」は、まだまだスタートラインに立ったばかりだが、“変わること”を徐々に受け入れながら、新しい取り組みにチェレンジする姿に、俵ヶ浦半島の明るい未来を感じることができた。
(取材・執筆:川添道子)
おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)
登録はこちらプロフェッショナルなスキルを持つ旅人のプラットフォームSAGOJOのライターが、現地取材をもとに現地住民が見落としている、ソトモノだからこそわかる現地の魅力・課題を掘り起こします。