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社員のトリセツ 感謝は量より質! 『妻のトリセツ』との共通点

2019.06.17

Updated by 特集:採用と活躍の技術 on June 17, 2019, 16:33 pm JST

『妻のトリセツ』(注1)が様々なメディアで取り上げられ話題となっている。この書籍は、妻にどのように接すればよいかを脳科学からのアプローチで解説したものである。実は、筆者がピープルアナリストとして企業の様々なデータを分析する中で、非常によく似た結果が導き出されているので、今回はその一部を紹介する。

『妻のトリセツ』によると、夫から妻に感謝の言葉をかけるとき、妻が施してくれたプロセス、例えば「毎朝味噌汁を作ってくれてありがとう」といったように具体的に感謝をすると非常に喜ばれるのに対し、結果だけに感謝をする、つまりただ「ありがとう」とだけ言うと妻は不愉快になるという。

私がコンサルティングを行っている一部の企業では、社員のエンゲージメントを高める施策の一貫として、社員同士が感謝し合い、それを月1回といった定期的な頻度で、社内表彰をする、そんな取り組みをしているところが増えている。感謝されると嬉しいし、ましてや社内で表彰されたとなると、その喜びも増すものだ。この施策から得られた「ありがとう」のデータを用いて分析を行っていくと以下3つの結果が導き出された。

1. ただ「ありがとう」と言えば良いわけではない

感謝されると嬉しい。従って、たくさん感謝される社員はきっとエンゲージメントも高いのではないかと仮説を立ててみたが、分析の結果、感謝される量と社員のエンゲージメントは無関係であった。ならば、たくさん感謝する社員はエンゲージメントが高いのではないかとも仮定してみたが、こちらも感謝する量とエンゲージメントは無関係であった。昔から感謝は良い行動だとされるのだが、なぜこのような結果になったのだろう?

米ペンシルバニア大学組織心理学のアダム・グラント教授の研究(注2)にヒントがある。この研究によると、パフォーマンスと関係するのは、感謝の量ではなく、誰かの役に立てているという貢献感であるという。貢献感は、自己肯定感(ありのままの自分でよいという感覚)や自己効力感(自分はやればできるという感覚)を高める効果があるため、結果としてパフォーマンスが上がるという。

アダム・グラント教授の同研究は、コールセンターで働く人たちにお願いして、数日間、自分が役に立てたと思う同僚の名前を日記に書いてもらうというものだ。結果、数日間の日記だったにもかかわらず、その後の2週間の間のパフォーマンスが29%も上昇したという。

我々も同様の実験をアンケートで行った。アンケートは、今週自分が仕事の中で役に立てたと思う人数を教えてください、というのものだが、その人数が多いほど、エンゲージメントが高い傾向にあった。

貢献感は、誰かの役に立たなければいけないといったような強制的なものではない。感謝も同様である。しなければいけない感謝には、見返りを求めてしまう要望が含まれる。私が感謝したのだから、あなたも感謝してほしいという見返りである。我々の実験中においても、稀に感謝しているのに感謝してくれない、というクレームを受けることがあるのだが、これは見返りを求める感謝になってしまっている。このような感謝は、承認欲求を高めるだけであり、エンゲージメントは高まらない。

感謝の量とエンゲージメントは無関係という分析結果になってしまったのも、感謝には、見返りを求めないピュアな感謝と見返りを求める承認願望のある感謝の二種類のタイプがあったためだと考えられる。

2. 良い社員は「ありがとう」に理由をつける

エンゲージメントの高い社員と低い社員にグループ分けをし、感謝の言葉を形態素解析(意味のある最小限の単語単位に分解する手法)にかけて違いを比較してみたところ、どちらのグループもワードランキングで最も使われている単語として「ありがとう」が出てくる。感謝の言葉なので「ありがとう」が1位になるのは不思議ではない。また、ワードランキングの2位以下の言葉も、両グループとも似ている単語が並び、さほど大きな違いはなかった。

次に、共起ネットワークを使って分析をした。共起ネットワークとは、ある言葉とある言葉が同時発生(共起)しているときに、その2つの言葉には関係があるとして線を結ぶことで作られるネットワーク図である。

▼図1:エンゲージメントグループ別の共起ネットワークの図
図1:エンゲージメントグループ別の共起ネットワークの図

図をみると、明らかな違いがある。エンゲージメントの高いグループは、「ありがとう」という単語があるのに対し、エンゲージメントの低いグループには、「ありがとう」という単語が見当たらない。ワードランキングでは、どちらのグループも「ありがとう」が第1位になっているにもかかわらずである。

共起ネットワークはそのアルゴリズムとして、単語単独で使われているときはネットワーク上に表出されず、他の単語と同時に使われているときに出現する。つまり、エンゲージメントの高いグループは、「ありがとう」という言葉をそれ一語で使っているのではなく、図にあるように「ありがとう」の単語の周りにある「対応」や「助かる」といった他の単語と一緒に使っているということを意味する。一方、エンゲージメントの低いグループは、「ありがとう」を単独で使用していることになる。理由をつけて「ありがとう」を伝える、それがエンゲージメントの高いグループの特徴であるといえる。

3. ボキャブラリー豊かな上司は良い部下を育てる

共起ネットワークでは「具体的に感謝すると良い」ということがわかったが、これが上司部下の関係であるとエンゲージメントにどのような影響を与えるのであろうか。言葉のバラエティを数値化するために、ここでは「平均情報エントロピー」という手法を用いて計算する。

平均情報エントロピーとは、情報としての鮮度を示すものであり、値が大きいほど情報としての鮮度も高いと解釈する。新しい言葉を初めて聞いたとき、その言葉を新鮮なものとして受け止めるが、何度もその言葉を聞いているうちに慣れてきて、その言葉の鮮度は低くなっていく。このとき、平均情報エントロピーの値は小さくなっていく。今回の感謝の分析において、平均情報エントロピーが高いとは、使われている言葉のバラエティが豊かであるということであり、多様な言葉を使って感謝していることを示す。

▼図2:上司の平均情報エントロピーと部下の平均エンゲージメントの散布図
図2:上司の平均情報エントロピーと部下の平均エンゲージメントの散布図

図2は、横軸に上司の感謝の平均情報エントロピー(言葉のバラエティー度)、縦軸にその部下の平均エンゲージメントとし、5人のマネージャーとその部下の平均エンゲージメントを散布図にしたものである。この二者の関係性をみるために、平均的な線を引いたところ、右肩上がりになっていることがわかる。これは上司が部下一人ひとりに様々な言葉を使って感謝を伝えているほど、部下のエンゲージメントが高いということである。

上司が部下一人ひとりをみていると、その言葉も自然と多様になる。それが部下からすると、自分をみてくれている、わかってくれているという納得感が醸成できるのであろう。この傾向は、上司と部下ほどの強い従属関係がない正社員と派遣社員の関係性においてもみてとることができた。

以上、3点の結果から、感謝とエンゲージメントは、量ではなく、質が重要であるということがわかった。家庭でも会社でも、今日から具体的に感謝するだけで人間関係が好転するかもしれない。

注1)『妻のトリセツ』黒川伊保子(講談社、2018)

注2)"Beneficiary or Benefactor: Are People More Prosocial When They Reflect on Receiving or Giving?", Psychological Science. (2012)

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特集:採用と活躍の技術

社員の行動データを収集・分析し、業務効率化・業績向上、人事に生かす手法として注目されているピーブルアナリティクス(People Analytics)に代表される人事関連技術(Human Resource Technology)は人工知能関連のアルゴリズムが導入され始めることで本当に効果があるのかどうかが試され始めた。一方で“働き方改革”による労働生産性向上は国を挙げての喫緊の課題として設定されている。この特集では全ての人たちに満足のいく労働環境はどのように実現できるか、そのために人事関連技術はどこまで貢献できるのかを考えていく。データサイエンティスト/ピープルアナリストの大成弘子(おおなり・ひろこ)とアナリストの緒方直美(おがた・なおみ)を主たる執筆者として展開。

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