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12年前に日本で初めてイスラエル企業を買収した先駆者「サン電子」

2019.08.09

Updated by Hitoshi Arai on August 9, 2019, 15:18 pm JST

カリフォルニア州サンバーナーディーノで2015年に銃乱射事件があった。そのとき、容疑者が持っていたiPhoneのロックを外すために、FBIとアップルが対立したことを覚えているだろうか?

この事件では14名が死亡、22名が負傷した。FBIは容疑者のメールやSMS等を確認するために、アップルにセキュリティ機能を外す協力を求めたが、アップルはプライバシーポリシーの観点からこれを拒否した。この対応は多くの議論を呼んだが、アメリカメディアの報道の多くはアップルの姿勢を称えるものであったように記憶する。とはいえ、テロリストの調査に支障をきたすのも不安であることは間違いない。

このとき、アップルの協力を得ずにロック解除を実現したのが、イスラエルの「Cellebrite」であるといわれている。「いわれている」と書いたのは、CellebriteはFBIに協力したかどうかについてのコメントを一貫して拒否しているからだが、その技術を持っていることは有名であり、モバイルデバイスをアンロックするための特別な端末を世界の法執行機関向けに提供する、というビジネスを展開している。

あまり知られていないが、このCellebriteの親会社が名古屋に本社を持つ日本企業「サン電子株式会社」なのだ。今回、M&Aからその後のマネジメントに一貫して携わってきた、サン電子株式会社取締役の山口正則氏にお話を伺うことができた。

サン電子とはどんな会社か?

1971年にエレクトロニクス関連機器の製造・販売を目的に設立され、初期はオムロン(当時、立石電機)の券売機を受託製造していた。その後、パチンコホール用コンピュータや業務用ビデオゲーム機で成長、2002年にはJASDAQに上場している。

Cellebrite社を買収したのは2007年。2019年3月期の決算で売上高252億円、そのうち、Cellebrite関連のモバイル・ソリューション事業の売上が184億円を占める。従来の柱だったエンターテインメント事業は全体売上の20%程度となり、今やグループとしてはモバイル・ソリューションをメイン事業とする企業グループとなった。国内外に13の子会社を持ち、グループ全体の社員数は1000名を超える。

Cellebriteとの出会いと買収

サン電子には、常に新しい領域に挑戦するという文化があるようだ。1980年代、IBM PCのAT互換機が始まった頃、チップセットを開発し、互換機メーカーが集中する台湾で市場の50%を獲得したこともあったという。また、自社ブランドのPCも開発、販売したようだが、これは上手く行かなかったらしい。個人的に記憶にあるのはSUNTACブランドのモデムである。当時働いていた研究所の実験室で良く見かけたように記憶する。その後、サン電子はゲーム事業なども手がける。

ともあれ、次々に新しいこと、次の成長のネタは何か、と探してきた中で、2007年にCellebriteに出会った。当時、サン電子はシリコンバレーの企業「FutureDial」を持分法適用会社としており、そこからCellebriteの情報を入手したという。どちらも、携帯電話の電話帳を移行するためのソリューションを提供しており、いわば競合であった。Cellebriteは米国で事業をしていたが、本社はイスラエルのペタ・ティクヴァにあるイスラエルの企業である。

日本では、SIMロック解除義務が適用されたのは2015年であり、それ以前は携帯電話もスマートフォンも通信キャリア主導で端末ビジネスが行われていたため、電話帳移行は携帯電話ショップの無償サービスとして提供されていた。しかし、アメリカをはじめとする海外では、ノキアなどの端末メーカーが次々にメーカー主導で新端末を販売し、端末ビジネスはキャリアのコントロール下にはなかった。

従って、通信キャリアのショップ従業員には、端末に関する技術も知識もさほどなく、サービスを提供するためにはこのような電話帳移行ツールが必要であった。ショップでは、電話帳移行は10ドル程度の有償のサービスとして提供されていたようだ。電話帳移行ツールは、当時の日本ではほとんどニーズのないものだったが、米国市場では必須のソリューションだったのである。

当時、Cellebriteにはオーナーが3名おり、オーナー側が会社を売却したいという話で、このディールが進んだという。当時のCellebriteの社員は40名ほど、売上も日本円にして10億円程度だったようだ。

サン電子にとって大きかったのは、その後のモバイル環境の変化である。携帯電話でできることがマルチメディア化し、端末のメモリサイズも大きくなって、旧端末から新端末へ移行すべきデータ量もどんどん大きくなっていった。データ移行が、キャリアショップのサービスとしても結構な時間と手間がかかる作業になってきたのである。

さらに、iPhoneも発売され、その傾向に拍車がかかった。携帯電話からスマートフォンへのデータ移行という新たなニーズも生まれた。また、FutureDialをはじめとする競合他社のソリューションはソフトウエア・ベースだったために、端末の機種やOSが多様化するとその対応に時間がかかりバグも発生したが、Cellebriteは基本機能をハード化しているのも強みであった。

買収後、最初の大きなビジネスはSprintで、全米のショップ向けの大量の受注をしたそうだ。Sprintのショップでデータ移行がスムースなサービスとして提供されているのを見て、他のキャリアからもすぐに注文がきたという。キャリア主導の日本ですら、端末のデータサイズが増加するなかで、電話帳などのデータ移行にかかる時間が増え、このようなツールのニーズが顕在化して行った。

データ移行から犯罪捜査支援ビジネスへ

Cellebriteの「携帯電話の中のデータを取り出すことができる」という技術は、単なる電話帳移行から犯罪捜査向けの解析ソリューションの方向へ進んでいった。ロックされている端末内のデータや暗号化されているデータを抽出し、デコードするようなソリューションを開発していったのである。もともと、イスラエル国防軍(Israel Defense Forces:IDF)は優れたインテリジェンス部隊を持っている。Cellebriteのエンジニアには、このようなインテリジェンス部隊を経験した優れた技術者が大勢いた。

Cellebriteのホームページに掲載されているイノベーション・タイムラインによれば、2009年頃からデータ抽出やアンロック機能の開発を進め、対応可能な機種を次々に増やしていった。現在では、世界中の携帯電話・スマートフォン6500機種以上をサポートしているという。

我々の生活に携帯電話やスマートフォンが浸透し、不可欠のものになるにつけ、様々な犯罪にもこれらが大きな役割を果たすようになってきた。振り込め詐欺などはその典型であろう。従って、各国の警察が犯罪捜査をする中で、証拠を取得するためにも、携帯電話、スマートフォンのデータを抽出し、着信履歴やメール、電話帳等を解析することが不可欠となってきたのである。

このような状況で、Cellebriteの技術は群を抜いて優れており、冒頭のFBIを支えたという伝説も生まれたのである。世界は無論のこと、日本でも多くの警察がCellebriteのソリューションを導入している模様だ。

また、技術だけではなく、ビジネスモデルも優れている。機器やソフトを売り切りにせず、クライアントからはランニングコストを得てサポートサービスを提供しているのである。モバイル端末も日々進化するので、その対応のためのソフトウエア・アップデートも欠かせない。そのサービス提供と利用状況から次年度のビジネスの予測も可能となる。時代の要請に応える大変優れた技術とビジネスであるといえる。

買収後もイスラエル人に経営を任せて成功した

サン電子は、M&A後もCellebriteの経営をイスラエル人に任せている。とかく日本企業は、特に大企業の場合、企業買収をすると日本人を経営陣の中に送り込んだり、経理部門がファイナンスを取り仕切ったり、人事・給与制度を日本側に揃えようとしたりする。サン電子はそのような介入をほとんど行わず、元からの経営陣に任せる判断をした。

筆者自身経験しているが、イスラエル人と付き合うのは容易ではない。サン電子にも様々な課題や懸念はあっただろうが、その腹の括り方が成功を導いたものと確信する。2007年当時、Cellebriteは社員40名ほどのベンチャーであり、彼らのやり方や技術開発力を大切にしたからこそ、世界の法執行機関が求めるような優れたプロダクトを生み出したのである。現在では、社員数も売上も当時の20倍ほどに成長しているという。取材に応じていただいた山口取締役によれば、今でも、CellebriteのCEOの報酬は山口氏のそれよりもかなり高額である、と笑っておられた。

Cellebrite側にも、サン電子と付き合うことには大きなメリットがあった。タイ、シンガポール、マレーシアなどの東南アジアの市場を開拓する時、親会社が日本の上場企業であるということは大きな信用に繋がったそうだ。

2007年といえば、筆者自身もイスラエルの某企業とビジネスを始めた年であり、当時、日本でイスラエルのことが語られることもなかったし、イスラエルで日本人を見ることもほとんどなかったと記憶する。今でこそ、日本ではイスラエルブームだが、そんな気配もない12年前に、イスラエル企業を100%買収した日本企業があった、というのは正直驚きであった。日本企業がイスラエル企業をM&Aした最初の事例だという。

取材の最後に、今のイスラエルブームをどう見ているか質問したのだが、山口氏の回答は「もう遅いよ」の一言だった。次々にイノベーションを起こすイスラエルには、あらゆる分野で様々なチャンスは続くだろうから、ブームを否定されているわけではない。ただ、この先駆者の言葉から「先んじて挑戦をすることの意義」を学ぶことができるだろう。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu