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晩飯はまず「バー」からはじめよう ウイスキーと酒場の寓話(3)

2019.10.21

Updated by Toshimasa TANABE on October 21, 2019, 15:48 pm JST

池波正太郎さんのエッセイを読んでいると、何度も読んだのに毎回のように深く納得、共感させられる。例えば、こんなことを仰っている(「男の作法」などのエッセイからピックアップして趣旨を田邊がまとめたので原文とは異なる)。

「まず、ホテルのバーに行って、カクテルを2杯飲む。マティニかマンハッタン。それから、酒2合くらいで軽く飯を食べて、最後にどこかでブランデーでも1杯飲んで帰る」

これなんかは本当に「達人」な感じに唸らされる。すべての酒に共通することであるが、酒というものは空きっ腹が一番美味い(もちろん「食後酒」を否定するものではない。食後酒にはまた別の楽しみがある)。だから、散々飲んで食ってからバーに行く、などというのは、バーの使い方としてあまり感心しないのだ。繊細な技のカクテルにしても、香りを楽しむウイスキーにしても、満腹で酩酊していれば、その本当の味わいを感じ取ることはできないだろう。大人数で行ったり、パチンと手を叩いてバカ笑いしたりするところでもない。

日が暮れる頃にまずバーに行って、良いウイスキーか美味いカクテル(世の中、ダメなカクテルが多過ぎて困るという問題はあれど)を飲みながら、「さて晩飯は何にするかな?」と考える。その日の口開けとなる最初の1杯は抜群に美味いものだし、一仕事終えた後などであればなおさらだ。ちょっと胃が活性化して、その後の食事も美味くなるはずだ。

何より、薄暮のバーでこれから何を食おうかと一人で制約なしに考えている時間というのは、日常において、なかなかに得難い幸せで贅沢なひと時なのである。私の場合、たいてい一人であるし、自分が食べたいものを自由(いい歳なのでカロリーや塩分は多少は考えるものの)に選んで食べられる、というのも良いところだ。そのとき体が欲しているモノが浮かんでくることもある。

池波さんの「マティニかマンハッタン」というのも、まさにカクテルというもののエッセンスが感じられるカクテルらしいカクテルの選択だ。マティニは、ジンと少量のドライベルモットを氷をたっぷり入れたミキシンググラスでステアして、両者を冷やしながらよく混ぜたカクテルだ。マンハッタンは、ウイスキー(ライウイスキーやカナディアンウイスキーを使う場合が多い)とスイートベルモットをステアする。ドライベルモットで作ったものはドライマンハッタンという。マティニもマンハッタンも、バーテンダーに高い技術がないと本物にはならない難易度の高いカクテルだ。

とはいえ普段は、ホテルのバーなどない所に住んでいる身なので、自宅アパートで好きなウイスキーかジンリッキー(後述)を飲みつつ、限られた選択肢ではあれど、何を食べるか、あるいはどの店に行くかを考えてから晩飯を食べに出ることが多い。ビールを飲むことは滅多にない(ビールについては別に回を設けたい)。池波さんとは違って、最後が1杯では済まないところが問題ではあるが。

この晩飯を考えつつ飲むときのはじめのウイスキーは、じわっとした感じで始めるためにもストレートかロックが良い。ソーダ割りや水割りはさっさと飲まないと薄まるし、炭酸は抜けるし、外で飲むとそもそも薄い。レモンなどの不要なものが入っていたりすることもある。自宅で始めるとするなら、ソーダも氷も買っておかなくてはならない。

実は、ジンリッキーというカクテルにも氷とソーダが必要だ。グラスに氷を適量入れて、ライム半分を絞ってジンを適量入れ、ソーダ水で割るだけだ。ジンのソーダ割りなのでさっさと飲むに限るのだが、外で飲むとジンもライムも薄い場合が多いので、どうしても好みの味に自分で作って飲むことになる。ライム1個で2杯飲んで、晩飯に出ると丁度良い。

ちなみに、ジンリッキーのようにグラスの中に直接材料を入れて完成させるカクテルのことを「ビルド」という。マティニのような「ステア」のカクテルと違って、あまり技を必要としない。また、混ざりにくい材料をよく混ぜるためにシェイカーで振って作るカクテルは「シェイク」という。

ウイスキーの場合は、トゥワイスアップ(氷は入れずに同量の水で倍に薄める。日本人には馴染みの薄い言葉かもしれない)という飲み方をする向きもあるようだが、これははっきりいって薄め過ぎだろう。40度のウイスキーだとすると、せいぜい1ショット(約30ml)に水は6ml程度だと思うのだ。もちろん人それぞれの好みはあるだろうが。

確かに、ちょっと加水するとペーパークロマトグラフィ的に味や香りが広がって分かりやすくなるという側面はある。ストレートでひと口飲んでから、バースプーン1杯程度の水を加えて良く混ぜてからもう一口飲むと「おっ!?」と感じさせられる酒もある。しかし、40度の酒を薄める必要性はあまり感じない。50度超えの「カスクストレングス」などであれば意味もあるだろうが、それでも倍量というのはいかにも薄い。ほんのちょっとの加水ならではの味わいの広がりであって、倍に薄めてしまったらそのウイスキーの本当のところが見えなくなってしまうことが多いと感じている。

カスクストレングスというのは、樽で熟成させたままの状態の濃いウイスキーの原酒のことを指す。通常、50度から60度くらいである。40度の酒はボトリングする前にこの原酒に加水して度数を調整してあるのだ。

蒸留所のブレンダーが倍量に薄めてテイスティングする、という話を見かけることもあるが、これは仕事だからではなかろうか。アルコールの影響を少なくして味の構成要素を漏れなく確認する、酔い過ぎないようにするため、などが理由であろう。素人の普段の晩飯であれば、その酒らしい個性が薄まらないことと、ある程度の酔いは不可欠なのだ。

もっともこれは、ウイスキーの銘柄にもよるだろう。その酒に適した飲み方というものがある。ジャックダニエルならソーダ割りかストレート、アイラモルトはストレートかちょっとの加水、アイラ以外のシングルモルトはストレート。なお、グレンモーレンジィの製造責任者であるドクター・ビル・ラムズデンは、自分が作っている酒をジンジャーエールで割るのが好きだそうだ(本人から聞いた)。また、ブレンデッドスコッチはストレート、水割り、ソーダ割り、ロックなどいろいろな飲み方に対応できる。角やフロム・ザ・バレルのような日本のブレンデッドウイスキーも同様だ。水で倍量に薄めたくらいが丁度良い、という酒も私が知らないだけであるのかもしれない。いずれにしても、ストレートで飲んだらいまひとつ、という酒は論外ではないだろうか。

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といった感じで軽く飲みつつ何を食べるかを考え、ちょっと「下駄を履いた」状態で晩飯を食べに行くと、本当にビールが飲みたいとき、好きな銘柄のビールがあるときでない限り、「とりあえず、ビール」などということはなくなる。燗酒やワインなど、料理に合わせた酒から始められるのが好ましい。

メンドクサイことを書き連ねてきたが、その一方で、他人の話だの薀蓄だのなんだのを気にせずに、自分が我慢をせずに美味いと思えるような飲み方で飲めば良い、ということもいえる。特に、数ある酒の中でもウイスキー、特にブレンデッドウイスキーは、いろいろな飲み方に対応できるから、好きなようにして飲めば良いのである。

ここで重要なのは「この飲み方が一番しっくりくる」と思える飲み方を自分で認識しているか、ということだろう。それは、酒の銘柄だけでなく飲むシチュエーションや飲む相手などによっても異なるはずだ。また、どう飲むかということより、どれだけ飲むかという方が問題だったりもする。

ただし、そこらのスーパーで安いから、などの理由で飲みたくもない酒ばかりを大して美味いとも思わずに飲んでいるのはよろしくない。もちろん、安酒には安酒の良さがあるし、安酒ならではの楽しみもある。私も、ホワイトホース・ファインオールドに代表されるような安いウイスキーを愛飲している。しかし、たまには(競馬に勝ったなど。滅多にないが、今年の菊花賞は三連複を的中させた)「これが飲みたい、これが好きだ」という銘柄の酒を飲むことが人生には必要だ。当然のことながら、それはウイスキーでなくても良い。

そして、そう思える酒がないというのが、実は一番残念な状態なのではないかと思うのである。またしてもこれは「酒に限った話ではない」のである。


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出版社
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著者名
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ISBN
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。