「持続可能な社会」を目指して、自然と文化が豊かな里山ならではの教育プログラムをいかに作るか − 金沢工業大学(KIT) 都内と白山麓の子どもたちが共に学ぶクリエイティブラーニングプログラム
2020.02.24
Updated by SAGOJO on February 24, 2020, 18:17 pm JST Sponsored by 金沢工業大学
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2019年8月26日から27日、金沢工業大学の白山キャンパスにおいて、「聖学院×まなそびてらこ×金沢工業大学 @白山市SDGs未来都市 クリエイティブラーニングプログラム」が開かれた。都内私立聖学院の中高生ら11人と地元の中学生4人(計15名)を対象とした1泊2日の合宿で、学生らは白峰地域のフィールドワークを通じて「関連学的な」地域創生のアイデアを自ら考えた。加えて、遺伝子解析の演習や「ブロックチェーンなどテクノロジーを通じたSDGs 的思考の理解」など、盛りだくさんのプログラムをこなした。
地域の課題と最新の科学知識を「学生の視点で」つなぎ合わせ、課題解決への想像力を膨らませる。そのプログラムの詳細と、生き生きとした学生たちの声を紹介したい。
合宿プログラムは、金沢工業大学の白山キャンパスにおいて、金沢工業大学宮下智裕准教授による「関連学」をテーマとした約1時間に及ぶ基調講演からスタートした(関連学の詳細は別項に宮下氏へのインタビュー記事があるので参考にされたい)。
関連学とは、簡潔に言えば、宮下先生が提唱する地域創生のカギとなる思考のフレームワークのこと。地域の人材やその能力、それぞれのやりたいこと、それに地域の歴史、文化、環境、政治など何百というファクター(要素)それぞれをうまく調整することで、より良い形で地域を盛り上げよう、という考え方だ。そのためにまず必要なことは、要素の「本質」を捉える姿勢になる。そこで宮下氏は学生たちにこんな問いかけをすることから始めた。
「セグウェイって何ですか?」
学生からは、「移動手段です」「乗り物です」とすかさず声が上がる。
すると宮下氏は、
「確かに車椅子のような乗り物ではあります。でも、もしかしたらコミュニケーションツールかもしれない。例えば、知らないおじさんに突然『おはよう』と声をかけられたらびっくりするけど、そのおじさんがセグウェイに乗っていたらどうだろう。ちゃんと『おはよう』と応えるんじゃないかな。そう考えると、セグウェイは乗り物でありコミュニケーションツールでもある、と思わない? 一つの物事を『これって一体どういうこと? そもそも何だろう?』と疑問に思うことが重要です。これが物事の『本質』を捉えることに繋がっていきます…」と続ける。
さて、これは「関連学」を理解するための導入部分だが、基調講演では「本質とは何か」「価値観とは何か」「感性とは何か」「文脈(コンテキスト)とは何か」「見立てるとは何か」と、学生たちに次々と哲学的とも言える問いが投げかけられた。
「これからフィールドワークに行きます。そこで何か変わったものを見つけたら、これって何なのか? と疑問に思うことから始めよう。次に、見つけた要素が周りとどんな関係性を持っているのかを考えてみてほしい。そうしたら、他のものに『見立てて』みる。そしてその要素がもっと生き生きと使える方法が無いかと考えてみる。答えは一つじゃないよ」(宮下氏)
大人でも難解な講義だが、学生たちの顔は真剣そのもの。それぞれにメモを取りながら必死に理解しようとしている姿勢が印象的だった。
続いて白山市の最奥にあたる白峰地域へバスで移動。わずか30分ほどの移動だが、都会から来た学生にとっては手取川の渓谷やトンネルをくぐるたびに山深くなる風景が新鮮なようで、食い入るように車窓を眺めている。
到着後、学生たちはまず、NPO法人白山しらみね自然学校理事の山口隆さんから白峰地域の概況のレクチャーを受けた。白峰の歴史や文化だけでなく、山菜の採り方や熊と出くわした時の対処法、観光資源や土産物まで地域の基本知識を簡潔に学んだ上で、この地域の特産品である「イワナ」「養蚕」「トチもち」チームの3班(5人ずつ)に分かれてフィールドワークへ。それぞれ地域の専門家へのインタビュー調査に向かった。
取材班は「トチもちチーム」に同行。トチもちとは、餅にトチの実を混ぜて搗いた白峰地域特有の郷土食だ。トチもちを製造販売する「志んさ本舗」の織田毅さんに話を伺った。
「白峰は雪深いところ。米は貴重でトチの実を食べる文化が古くからあります。毎年9月半ばがトチもち拾いのピークで、谷筋に落ちて集まるトチの実を収穫します。1ヶ月半かけて乾燥させると五年も六年も持つ保存食になります。昔はどこの家庭でも自家用に3年分くらいは保存していました。普段は焼畑で育てた粟(アワ)や稗(ヒエ)と一緒におかゆにしてたんですが、お盆や正月、お祭りの日には貴重なもち米と一緒に搗いてトチもちにして食べました。昔は各家庭で作っていましたが、今は観光客や登山客向けにウチで作って販売しています。地元の方も買いに来ますよ」と、織田さん。
学生にとっては初めて訪れる地域である。それでも、「アク抜きってどうやってやるんですか?」「どんな水を使うんですか?」「毎年どれくらい採れるんですか?」「もち米とトチの実は何対何くらいで混ぜるんですか?」と矢継ぎ早に質問を投げかける。
学生たちの頭の中には、「トチもち」とは何か? その本質は? と思考が巡っているようだった。
「この辺りはブナの実が5、6年に一度大豊作になる。するとネズミが大量発生する。ネズミは普段はトチの実を食べませんが、大量発生した翌年は食べるに困るのかネズミがトチの実も食べてしまう。そうすると人間はトチの実が採れない訳です。だから『自然のおすそ分け』だと思ってこの商売をしています」(織田さん)
トチもちを実食させてもらいながら、織田さんの一つ一つの言葉を聴き漏らすまいと、学生たちも耳を傾ける。白山・白峰の歴史や文化を想像しながら。
「トチもちを単なる田舎の食文化や商品としてだけ考えるのではなく、自然と共存してきた歴史やその背景にあるものを知ってほしい」と結ぶ織田さんの言葉は、学生たちに響いたようだ。
さて、フィールドワークを終えて白山キャンパスに戻ると、ここからは座学。
ステップ1として、それぞれフィールドワークで気づいたことや感じたこと、問題点などを何でも付箋に書き出すことからスタート。要素をピックアップする段階だ。チームごとにこれを共有してホワイトボードに貼っていく。
そしてそれぞれの要素が「テーマ固有」のものなのか、「地域全体」に当てはまることなのか、あるいは「日本国内」や「外国」でも言えることなのかを分けて、関連学マップを作成。
例えばトチもちチームでは、「食べると苦味が後からじわーとくる」「見た目は栗みたい」と書かれた付箋は「テーマ固有」の欄に、「人口減少」「自然がとても豊かだった」「豪雪地」の付箋は「地域全体」の欄に、「自然のおすそ分けという言葉がすばらしい」「自然と共に生きるということは美しい」などの付箋は「日本国内や外国」の欄に貼り分けられた。
優秀な学生たちだからか、企業のワークショップのようにサクサクと時間を区切ったテンポ感にも、悠々と対応しているように見える。
ステップ2では、付箋に挙げられた情報に関連するイメージを想像していく。それぞれの要素について「東京の視点から考えたら?」「海外の視点から考えたらどうか?」「身の回りの趣味の視点から考えたら?」とイメージを膨らませた上で、各テーマの本質に迫っていくステップだ。
大人への質問は禁止。「イワナとは? 養蚕とは? トチもちとは何か?」という問いに、「自然との共生が本質じゃないか」「商品の裏側にある文化かな…」と学生たちだけで喧々諤々、意見をぶつけ合う。
ここでまとめて終了、とならないのが当プロジェクト。さらなる情報インプットの時間だ。金沢工業大学産学連携局次長の福田崇之さんにより、未来のテクノロジーに関する講義が行われた。
「IoTとは」「画像センサや光センサ、温度センサ、加速度センサ、磁気センサを使用するとどんな情報が取れるか」「どんな非構造化データ(画像や動画、音声など)を収集できるか」「AIにどんなデータを読ませられるか」「ブロックチェーンとは」「トークンエコノミーとは」、といったテクノロジーに関する1時間ほどの講義で、「これらのテクノロジーを踏まえてテーマを考えて直してみよう」、という。ここで合宿の最終課題が明かされた。
「皆さんが調査したテーマを中心に、2030年の持続可能な白峰地域を考えてほしい。そのテーマで10年後、2030年の8月27日付けの『ニュース』を作って明日発表してもらいます」(福田氏)。
長く、充実した初日が幕を閉じた。
2日目は趣向を変えて、金沢工業大学・相良純一准教授による遺伝子解析のワークショップからスタート。同氏は、今年8月に新設された遺伝子解析や微生物分析から地域創生を考える研究施設「山のバイオラボ」の代表だ(詳しくは別稿を参考のこと)。
「DIYバイオ・Bento Labによるパーソナルバイオラボラトリーの実現性と可能性」という、またも大人でも理解し難いタイトルでバイオ実験のノウハウが語られた後、白衣の意味、マイクロピペットの使い方などの説明を受け、実験開始。
DNA解析を行う実験機器「Bento Lab(ベントラボ)」を使用して、6種類の野草を溶液化したものを解析した。もちろん、ただ実験をこなすことが本題ではない。それぞれのテーマに「遺伝子解析」という視点をもたらすことが主旨だ。
初めて使う実験機器を前に、集中して無言になる学生が続出。酵素反応に必要な1時間をおいて、青色LEDに照射された遺伝子情報が浮かび上がると、「おぉ」と声が上がる。うまく結果が出なかったチームもあったが、もしこれを使って「イワナ」や「トチの実」を分析したら…と、テーマに結びつけた想像をする学生もいたようだ。
さて、フィールドワークに加えてIT技術から遺伝子解析まで知識を詰め込んだ上で、最終的なアウトプットの方法として、福田氏はこう課題を説明した。
「10年後の2030年8月27日に流れるニュースを想像して、各テーマが持続可能になっている白山地域の状況を具体的に記事にしてみてください。そして202×年ごろには、課題解決に向けてどんな取り組みが行われているか、そしてそれは今、2019年8月にどんな最初の一歩があったからなのか、2030年からの逆算で考えてみてくださいね。養蚕やトチもちの本質は何か、本質で繋がる文脈を作って、学んだテクノロジーも活用して…と想像しながらやってみましょう」
2時間後、各班が作成した「10年後に報道されるニュース」は、いずれも思いもよらぬ内容となった。
「トチもち」チームは、「東大の入試にトチもちについて出題される?」という見出し。
「生産者の想いや努力、工夫など裏側を知ってもらいたい。裏側のことも伝わっていくことが持続可能になることだと考えました。2030年には、東大の小論の正答率が87%になるといいなと。そのために2029年に、トチもちが無形文化遺産に登録されます。2019年には、1万5000年前の縄文時代の地層から食べかけのトチもちが発見されます」と発表。特に生産者の織田さんの情熱に心を動かされたようだった。
続いて「養蚕」チーム。「何が起きた!? 織物が世界で大ブーム!!」という見出しで、白峰地域で生産される牛首紬(うしくびつむぎ)が、2030年に欧米で注文殺到になる未来を描いた。過程としては、2025年に全国織物展で伝統的生産方法が再注目され、日本で人気に。2019年海外向けのシルクのウエディングドレスが考案される、というストーリーだ。蚕の温度や光の管理にテクノロジーを活用できればもっと良くなる、という意見も加えられた。
最後の「イワナ」チームは、「イワナの認知度がアップ! 価格も高騰し続ける」というタイトル。40〜50代しか川魚を買わず、冷凍物しか流通していない現状からのアイデアだ。2030年にはイワナの認知度が97%になり養殖生産量が5倍になる。その背景として2027年に光センサーによるイワナ養殖の水温管理が始まり、イワナの大きさや与えるエサの量をAIが管理するようになるという。2019年には養殖物も天然物の味と同じになるエサが発見される、という筋書きだ。
「認知度が上がることで持続可能性が高まる」という発想は同じになったが、余計な知識やしがらみがないからこそ出るアイデアだろう。ここで実現可能性は二の次、子供ならではの突飛な発想を評価したい。こうした活動を続けることで、地域創生のヒントも生まれてくるのではないか。
実際に参加しての感想はどうだったか。
当プロジェクトの共同主催でもある「株式会社まなそびてらこ」さとうりさ代表の話。
「子供たちが何が起きているかわからないくらいプログラムを詰め込んで欲しいと福田さんに頼んでいました。その中で子供たちも葛藤しながら成長すると思う。1泊2日のこのプログラムの後で、自分ごととして考えられたらいい。白山は面白い場所だと思うのでいろんな時季に来てみたい」
担当するフォトメディア探究部の部員を引率して参加した、聖学院21教育企画部長・児浦良裕先生は、こう総括する。
「学生たちの科学技術の知識を補いたいと思っていたので連携できて良かったです。SDGsについて知識はあっても理想論で終わってしまう学生が多い。知と現場をどう繋げるかの感覚をつかめることが大切なので、今回のようにフィールドを体験し現場の声を聞けたことは学生にとって何よりの体験だと思います。欲を言えば、白山をなんとかしたいという熱量を持っている地元の人たちともっと交流できればよかったな、とは思います」
教育者視点からは今回のプロジェクトには満足のいくものだったようだが、今後の課題も挙げられた。
学生たちはどうだったか。
地元・白嶺中学校の織田心さん(中3)は、「(東京から来た子たちが)白峰の町にある流雪溝に驚いているのを見て驚きました。私たちにとっては当たり前のものも、当たり前じゃないんだなって。雪かきもいつものことなのに、東京の人には珍しいことなんだなって思った。交流できて良かったです」と、交流を通じて地元のことを相対化できたようだ。自文化の「本質」を理解するためのきっかけになることだろう。
東京からの参加学生は、
「もう少し時間をかけてフィールドワークしたかった。SDGsについては知っているつもりだったけど、実際に地域の課題に触れて、その難しさもいろいろと想像できたのが良かった」(三浦遼馬さん・高3)
「同じものでも違う視点で見ると違うものに見えるんだ、とわかった。違う角度から見れば本質がわかる。地域のことと東京との繋がりもいろいろ想像できて面白いと思った。昔ながらの風景も良かったし、また来たい」(鈴木康生さん・中2)
「SDGsってプラスチックの問題とかリユースの問題かと思っていたけど、本当のところがわかった。白峰の人たちが自然のものを工夫して使っているのが印象的だった。非構造化データという発想もなかったから、学べて良かった」(菊地輪さん・中2)
と、それぞれ手応えを得たようだ。
学び、体験し、考え、アウトプットする。その一連をわずか二日間で行うハードスケジュールだったが、学生たちは疲れを感じさせない満ち足りた表情をたたえて帰路に就いた。
関連学の発想の中では、学生たちは「地域の情報を引き出し、地域の人たちにとって刺激となる存在」と位置付けられる。今後、学生 × ローカルという掛け合わせが継続していけば、学生のアイデアが実現されることもあるかもしれない。それは地域創生の次なる一歩。今回のプロジェクトはその足がかりに過ぎない。
(取材・執筆 杉田 研人 編集・写真 スガタカシ 企画・制作 SAGOJO)
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