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自動化・仮想化・民主化で儲けよう

Make money with automation, virtualization and democratization

2021.02.18

Updated by Shigeru Takeda on February 18, 2021, 15:14 pm JST

欧米の主要メディアでは既に「DX」という言葉はほとんど使われてていない(単純に「Digital」とだけ表記されていることが多い)。日本国内でも、中小企業経営者でDXに関心がある人はほとんどいないだろう。経産省や一部の大企業、それと結託したメディア、の中だけで無理やり盛り上げようとしてるだけ、という冷ややかな見方ができるかもしれない。報道する記者ですら、ITと区別できていないくらいなので、このバズワードは意外と早く廃れる可能性がある。

であれば、その前に、日本語で要素分解しておいたほうが良いな、と考えた。そこで浮上してきた言葉が「自動化・仮想化・民主化」である。この三つの言葉の意味をプランB的観点から解説する。

1)自動化(Automation)

「自動」という言葉から オートマタ(automata :自動人形)あるいはオートマトン (automaton)、さらにはチョムスキー(Noam Chomsky)の『生成文法の企て』あたりを想起してしまう面倒臭い人もいるかもしれないが、ここでの自動化はごく単純に、人が行なっていた作業(タスク)を機械やソフトウエアに自動処理させることを意味する。

本当に洗濯物を綺麗にしたい場合は、全自動よりは二層式のほうが断然有利(ただし独特のノウハウを必要とする)というように、自動化は必ずしも最良の結果をもたらすわけではないことも多いが、論理的な演算だけでそこそこの成果を出せるのであればそちらに任せてしまえば良い、という大きなトレンドは今後もさらに拡大していくだろう。

自動化は人を単純作業から精神的・肉体的に解放し、感情労働に没頭させることができる技術だ(注1)。これは考えたり、雑談を楽しむ時間が増えることに直結するはずなので、自動化の最大の恩恵は労働生産性の向上よりは、より人間らしい働き方を支援するところにある。トヨタの職人(実際には関東自動車工業)がじっくり時間をかけてセンチュリーという高級車を(ほぼ手作りで)作れるのは、プリウスのように製造工程の大半をロボットに「丸投げ」して量産できるクルマがあるからだ。

演算による統計処理には、機械学習あるいはその発展系のベイズ推定、さらにディープラーニング、あるいはニューラルネットワークを使う。これが「AI」と総称されていて、独自性を出すべく、IT系企業や学術系の研究者・エンジニアによる世界的で熾烈な競争が繰り広げられている。一方、業務上のプロセスのどのあたりにどんなAIを組み込むかには、ユーザー企業としてのセンスが問われるので、AIベンダーに丸投げはできない。むしろ共同開発的な側面が強くなる。

注意しておきたいのは、この自動化プロセスにおいては「アルゴリズムは正しい」という前提があるということだろう。実はアルゴリズムが本当に「正しい」のかどうかはよくわかっていない(辻褄が合う結果が高い精度で出現するだけだったりする)。

例えば粘菌などの生物を計算機のエンジンとして利用するという発想(粘菌コンピュータ) https://ja.wikipedia.org/wiki/粘菌コンピュータ のように、生物あるいは生物進化を演算や事業開発に使えないかという研究も様々な分野で継続的に行われていることも頭の片隅に入れておこう。量子コンピュータを稼働させるのにとてつもない電力が必要なのに対して、粘菌コンピュータは極めて環境に優しい、という利点があることにも注目しておきたい(ただし単純な四則演算をたまに間違えることがある、という弱点もあるようだ)。

そして、このあたりのムーブメントを加速させようとしているのが「スペキュラティブ・デザイン」という思考法だ。実践している人によって解釈がバラバラで、正直何を言ってるのか非常に分かりにくいのだが、重要なメッセージとして近々君臨してくる可能性があるような気がする。

加えて自動化は、演算可能なデータだけを対象にしているということにも留意したい。つまり「発生していない現象は観測(演算)できない」ということだ(当たり前である)。市場(market)が「存在しないものの必要性を認識できない」のと酷似する。

仮にDXを「当たり前に存在していたものが消え、予想もしなかった価値が出現すること」だと定義すると、ビッグデータ分析はITの強化学習には欠かせない(閉じた系=スポーツ、為替、流通など、では有効に機能する)が、DXにはほとんど役に立たないということになる。DXに限らず、新規事業開発において必要なのは、

1)自分自身がそれを欲しいと思う根拠の希薄な情熱
2)市場の「声なき声」を察知・推理する力
3)予期せぬ2つ以上のものを結合させてしまうセンス
4)リフレーミング(reframing:バイアスの破壊)
5)失敗して当たり前という覚悟

以上のの五つだ。

2)仮想化(Virtualization)

仮想化はIT業界用語として矮小化され利用されてきた歴史があるが、この発想の原点、ルーツを辿るとしたら、レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss)のブリコラージュ(Bricolage)をその嚆矢とみなすことができる。ある目的を達成しようとするときに、そのために必要な「道具」を全て事前に準備して万全の体制で臨むのではなく、現場に転がっているものを適当に組み合わせて応急処置でその場をしのぐ態度・行動がブリコラージュである。

初心者がコールマン(Coleman)ので新品一式を揃えてキャンプに臨むのに対して、ベテランは、普段から自宅の台所で使っている道具をそのまま持ってきたり、あるいはキャンプ場周辺に転がっているものを適当に組み合わせごく自然に道具の代替をさせてしまうことも多い。金をつぎ込んだ前者が妙に貧乏くさいのとは対象的に、明らかに後者の方がスマート(smart)に見える。欲しいものは機能であって道具ではない。本質的(essential)な機能を追求することが仮想化に他ならない。

これを和語で表現すると「見立て」ということになり、日本庭園の枯山水で、小石の群が織りなす文様を水流と見做すように、あるいは障子戸の向こうから漏れてくる声は「聞こえてないことにする」ように、これが日本のお家芸であることは論を俟たない。利用されなくなった小学校を図書館とみなして再利用するのも一種の仮想化であろう。

つまり仮想化は、デジタルの専売特許ではなく、長い歴史の中で培われてきた文化なのだ。文化経済学が面白いのは、これがとてつもなく儲かりそうな気配を孕んでいるから、である。

ただし、この仮想化が、今、最も進化しているのはやはり情報通信分野そのものだろう。さすがに回線(コアネットワーク)そのものには光ファイバーという物理的な実態が必須だが、その周辺に配置されるネットワーク機器はクラウドのコンポーネントとして急速に仮想化され始めている。仮想化によって、ハードウエアの経時劣化から解放され、コストが劇的に下がり、頻繁な規格のアップデートに追随しやすく、安全性や信頼性も向上するのが一般的だ。唯一心配すべきは、消費電力だけだろう。つまり電力と通信を分けて議論することがナンセンスになる時代が到来した、とも言える。

これに比べると、いまだに「放送か通信か」などという古典的な議論に終始している放送業界は全く馬鹿丸出しである。放送が通信の一形態に過ぎないことは、1500万人の日本人がTV受像機(実際はアンドロイドPC)でYouTubeを楽しんでいるという事実ですでに証明済みである。ましてや、自らが設備費を投じた訳ではない通信網の上でコンテンツ展開しているNHKが受信料の徴収を行おうとするのは、違法の可能性すらある。オペレータにしかるべき利用料を支払ってからモノを言え、である。

3)民主化(Democratization )

一般的には民主化とは、政治や行政が民主主義的に行われていく過程を指すことが多いが、ここでいう民主化は必ずしも民主主義(Democracy)を実現することを目的とはしない、というよりも、特定のイデオロギー(主義)に拘束されないことこそが民主的なはずである。

実は民主主義は、領土や覇権の拡大と相性が良いことがよく知られている。選挙制度も含めて原動力が多数決原理なので、多くの人が望む方向へ暴走しやすく、歯止めがかからなくなる場合があるのだ。一方、システム科学において系がもっとも安定するのは、その系を構成する無数のクラスターが独立しつつ疎結合(loose coupling)している場合であることが証明されている。街や村の中心にあるお寺の鐘が聞こえる範囲で自治が民主的に完結しているが、山の向こうにはまた別の街や村があることを意識(尊重)している場合を想起すればよい。

第二次世界対戦の敗戦を契機に軍備を米国に丸投げすることに成功した日本は、民主主義と社会主義を足して2で割ったような運営が行われていて、それらの長所と短所がそこかしこでせめぎ合いをしている、といういわゆる「平和ボケ」の国であることを自覚する必要はあるが、だからこそ比較的民主的だ、ともいえる。日本語という言語も、ある意味では全ての言語の良いところを飲み込んでしまったメタ言語なので、かなり曖昧な感情を表現することに成功した民主的な言語だろう。特に、この複雑な言語が一人の日本人の中で共通語と地域語(いわゆる方言)の2トラックで併行して利用されているのが素晴らしい。

そしてこの民主化ムーブメントの最先端にあるのが、ローカル 5Gだ。本来、国民の財産であるはずの電波の大半を電波利権で公的に制御している国は、先進国の中では日本くらいだったのだが、これに風穴をあける制度設計がローカル5Gである。

ドコモやKDDIのような通信事業者(Mobile Network Operator)ではない企業や自治体に5Gの基地局を主宰する権利を付与する制度と考えれば良い(ただし、電波出力の範囲は比較的狭い)。2019年12月に28.2-28.3GHz帯について制度整備が実施され、続いて4.6-4.9GHz帯、及び28.3-29.1GHz帯が2020年末に実現した。総務省主導の下に20種類程度の実証実験が行われており、2021年3月末にはその成果が公開されることになっている。

現状、ローカル5Gの実質的なプレイヤーは既存のオペレータに基地局設備等を納入している富士通や日本電気のような国内ベンダーが多いが、先に述べた「仮想化」の推進によって、中国・韓国・台湾あたりのソフトウエア・ベンダーが日本市場に乗り込んでくるはずである。要するに通信機器が全てコアクラウドのソフトウエア部品になる、ということだ。

こうなるとローカル5Gの設備費が桁違いに安くなるはずで、例えば予算の少ない地方の国立大学でもキャンパス内でローカル5Gを主宰し、全く新しい学習・実験環境を学生・教員に提供することが可能になってくる。ローカル5Gの初期設備導入費と運用費の下落はそれに付随するサイバーセキュリティ・コストなどに価格下落圧力をかける。結果的にローカル5Gを道具として利用したビジネスは極めて付加価値の高いものになる(=儲かる)可能性が出てくる、ということになる(そもそも5G自体が4Gと比較して極めてセキュアな通信環境を提供する仕様である)。

総務省は東北新社とメシを食ったりBeyond 5G推進戦略懇談会で妄想を語っている場合ではない。本気でローカル5Gの実装を加速させないと、既に白物家電がそうなってしまったように全部海外ベンダーに持っていかれるだろう。中国では既に、実務としての「5.5G」に取り組み始めている。

注1)
IT業界は、単純作業と感情労働の判別を見誤っていることが多い。例えば、飲食店におけるホールスタッフの仕事(接客)を単純労働だと誤解し、ロボットで自動化しようとする実験が散見されるが、ホールの業務は実はその大半が感情労働だ。料理が運ばれてくるときのテーブルへの置き方、料理についてのちょっとした説明などでその料理の味が変わることを実感している人も多いはずだ。つまり、極めて個性的な仕事なのである。一方、身体的なハンディキャップがある人がロボットを遠隔操作してホールの業務をこなすということになると、これはかなり有意義な社会実装になるのも事実であることも付け加えておく。

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竹田 茂 (たけだ・しげる)

新潟県上越市出身。日経BP社にてBizTech(現在のnikkeibp.net)の立ち上げを皮切りに同社の様々なインターネット事業の企画・開発を統括/プロデュース後、2004年にスタイル株式会社を設立。主にB2B分野にフォーカスしたWebメディアを創刊・運営。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)。著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年)など。