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いちばんうまくできるのは、いつまでも待ち続けることです

I'm good at waiting for a long time

2021.07.30

Updated by Shigeru Takeda on July 30, 2021, 12:06 pm JST

古い話で恐縮だが、以前、北陸に本社がある高級ディスプレイを作ることで有名なメーカー(まあ言わずと知れた某社だが)を取材したことがある。ちょうどCRTが駆逐されはじめ、全てが液晶パネルに置き換わり始めた頃だった(つまり20年くらい前ということになるだろうか)。競合が増えてこの会社の技術的優位性が失われるのではないか、という懸念を伝えた時に、対応してくれたエンジニアは、笑みを浮かべながらこう答えてくれた。「いや、うちにはうちでしか作れないアナログ回路があるから多分大丈夫だと思いますよ」。自信満々なのが印象的だった。実際に今でも、高品質・高価格路線で極めて安定感のある経営を維持している。特に色の正確な再現性が要求される医療分野などでは、かなり高いシェアを誇っているようだ。

最終的に電源に接続する以上、アナログ部品が不要な電気製品は存在しない。通信においても、搬送波(carrier wave)自体はアナログの正弦波(sine wave)である(搬送波で運ぶデータがデジタル信号だというだけの話だ)。ただしアナログは、デジタルが気にする必要のない厄介な「自然」なるものと対峙する義務がある。デジタルはアルゴリズムに忠実でありさえすればいいので、どのような状況でも必ず論理的には正しく振る舞う。ヒトが作ったアルゴリズムを介して、他のヒトを理解(納得)させるのがデジタルの仕事だ。FacebookやTwitterなどが代表例、と考えると分かり易いだろう。

ところがアナログ部品/製品は、(ヒトではなく)自然と折り合いをつけなければならない。アナログの対話相手は自然なのである。研究室で論理的に正しく作ったものが、20種類を超える物理法則が支配する自然界に放り込まれると、予想した通りに動作しないことが多い。結局、自然界に寄り添って微妙な改良やチューニングを繰り返さざるを得なくなるので、結果が出るまで途方もない時間がかかることもある。植樹から20年以上経過しないと美味しいリンゴを収穫できない、というのと本質的には同じである。

実は、この「結果が出るまで途方もない時間がかかる」ことと終身雇用・護送船団方式の会社運営は極めて相性が良い。結果が出なくても(出世はできないかもしれないが)経営がじっと待ってくれるからだ。このコロナ禍で明らかになったのは、日本という国のデジタルとの相性の悪さだが、自然と対話するアナログにはまだ一縷の望みがある。同時に、四半期ごとに結果が出なければすぐにクビになる米国型IT企業とデジタルは、極めて相性が良いことも推測できる。

話題の量子コンピュータは、「デジタルの化け物」と誤解されがちだが、そもそもこの量子コンピュータという概念をファインマン(Richard Feynman)が1982年に論文の形で提出した時のタイトルが『Simulating Physics with Computers』、すなわち「自然をシミュレートしたいなら量子力学の原理でコンピュータを作る必要がある」というもので、微細加工技術の鈍化と量子ゆらぎが顕在化している現在のコンピュータ(= チューリングマシン:Turing machine)の限界を打破するための究極のアナログ技術と言えなくもない。

こう考えてくると、日本には量子コンピュータやアナログの分野で大いにチャンスがある。それに比べると、デジタルへの投資などは全てが埋没費用になるだろう。能天気に「デジタルの日」などやっている場合ではない。徹底的なアナログ技術戦略を考えるべきなのだ。

過去の日本のノーベル賞受賞分野は、圧倒的に物質科学分野が多いが、この分野は結果が出るのにやたらと時間がかかると同時にその結果が何の役に立つのかがよくわからない(青色LEDなどは極めて特殊なケース)という特徴がある。その研究の意義が誰にでも理解できるようなものは、実は大した研究ではない。そして、そのとんでもない研究成果を達成する人に特徴的なのは、「長期間自然と対話しながらじっと待ち続けることができる忍耐力」にあるように思う。

しかしこの態度には弱点がある。オーダーに対して納品という作業を繰り返すことが仕事だと考えている我々のような凡人からは、サボっているように見えてしまうのだ。ここにつけ込もうとしたのが、2004年の大学法人化だ。文部科学省は、大学に労働生産性を求めるという暴挙に出た。

結果は、論文数の激減という形が示す惨憺たるものだ。経営に無関心な学者に経営ド素人の官僚が手ほどきするのは、スケートボードに乗ったこともないコーチがスケートボードに全く興味のない生徒に教えるようなもので、無残な結果しかもたらさないのは明らかだ。5年程度の任期付きのスタッフをマネジメントしながら研究もやれ、講義も重要、(競争的資金を獲得してるのだから)毎週報告書を作れ、期間内に成果を出せ、と指示している官僚連中が自分の無能さを自覚していないのが日本の悲劇である。

この制度変更(大学法人化)が失敗だったことを認めず、「10兆円規模の大学ファンド」という「焼け石に水にしてはとんでもない水量」をJST(科学技術振興機構)に管理させようとしているようだが、これを2004年から2021年までの17年間の大学に対するマクロな予算配分という視点で眺めると、「結果的に総予算は変わらないが、末期に(競争的資金を)傾斜配分することで期間中の研究開発力を思い切り削ぎ落とした」という意味不明な施策だったことになる。回復する見込みのない終末医療にとんでもないカネがかかるのと同じだ。

ペナルティもリターンも存在しない官僚制度から矜持が失われると、やることが最終的にデタラメになる。いずれにしても、今後の巻き返しは成果が出にくいアナログ分野への積極的投資なのであって、短期間で小銭を稼ぐことができるデジタル(ここで日本は勝てない)ではないことを強調したい。

ただし、日本はアナログが得意という話を(いわゆる)職人芸に直結させてしまう悪い癖があることには留意しておきたい。常識的には「虫の音から情緒を感じるのは日本人だけ」という根拠のない都市伝説に端を発する日本人固有の感性や身体的能力などは、あるはずがないと考えるのが普通だろう。手先の器用な人間など、世界中にいくらでもいる。

一方で、(これを能力と考えるのが正しいのかどうかわからないが)「じっと自然を観察しながら待ち続けるための制度や文化がある」という考え方はできないだろうか。すぐに結果が出なくとも待ち続ける忍耐力、あるいは(待てば海路の日和あり、のような)鷹揚さのようなものに日本人の働き方の特徴があるのではないか。これは、前述のノーベル賞の受賞傾向、あるいは(食品分野などにおける)独自の発酵文化とも相通ずるところがあるはずだ。

もう一つ注意した方が良いと考えるのは、自己満足的過剰品質に陥りやすいという特徴だ。デジタルであれば不完全なβ版であっても「それなりに使える」のに対して、アナログ部品/製品にはβ版という概念自体が存在しない。数年での使い捨てが前提になっているようなものについては日本は歯が立たないが、長期間のテストに耐えることができたアナログ商品は、寿命も長くなる。しかしその一方で、ある種の過剰品質に陥りがちなので、何らかのトレンドが変わった時に即応できないのである。象徴的なのが工作機械や半導体だ。

100円ショップ等で販売されている製品は、その大半が中国製の工作機械(または日本の工作機械の中古)で製造されている。日本やドイツの工作機械が得意とするのは、その対象が自動車、航空機、医療機器などの精密さを必要とする分野に限られる。半導体産業においても、半導体そのものが「使い捨てサイクル」に入った瞬間に日本の半導体メーカーは軒並みシェアを失ったが、唯一その半導体を製造する装置だけは、いまだに世界No.1のシェアを誇る。

また、自動車分野の究極のアナログ技術がいわゆるエンジン(内燃機関 = internal combustion engine:ICE)だが、近い将来、これが作れるのは(極論すれば)トヨタとポルシェだけになるはずで、一部の好事家向けのアナログ部品として高価格で販売することが可能になる、という観測も可能だろう。小さなマーケットで高品質・高価格なアナログ部品/製品を作り続けるのが日本の生き残る道、と考えると、宇宙関連産業と通信分野が実は極めて(日本にとって)有望なマーケットになると予想できる。

「将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。将来にむかってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです」。これは、『変身』という不条理文学で有名なフランツ・カフカ(Franz Kafka)の一節(注1)だが、日本人の場合は「デジタルやDXで儲けるのは、ぼくにはできません。ただ将来にむかってじっと待つこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、いつまでも待ち続けることです」ということになるのではないだろうか。

とりとめのない論考になってしまったので、骨子を下記にまとめておく。

1)デジタルはヒトを理解させるサービスだが、アナログは自然との対話が仕事
2)デジタルだけで成立するサービスは極めて少ない。世の中の大半のサービスにはアナログの土台が必要
3)その土台の上にトッピングされたりされなかったりするのがデジタル
4)トッピングされるデジタルに過大な予算をつけても回収できないが、アナログの土台の開発にカネを使うのは意義がある
5)高品質なアナログの土台を作るのが得意なのは技量によるものではなく「じっと待ち続ける風土」に起因する
6)薄利多売が前提になるデジタル、あるいは普及品分野におけるアナログで日本は勝てない
7)どの分野であれ、高品質・高価格・小ロットのアナログサービスやアナログ製品/部品にのみ日本の活路は開ける

注1)
マンガで読む 絶望名人カフカの人生論』平松昭子、頭木弘樹(飛鳥新社、 2015)より引用

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竹田 茂 (たけだ・しげる)

新潟県上越市出身。日経BP社にてBizTech(現在のnikkeibp.net)の立ち上げを皮切りに同社の様々なインターネット事業の企画・開発を統括/プロデュース後、2004年にスタイル株式会社を設立。主にB2B分野にフォーカスしたWebメディアを創刊・運営。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)。著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年)など。