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村上 陽一郎(むらかみ・よういちろう)

【村上陽一郎氏による私塾】『エリートと教養』刊行記念 特別講義

2022.02.01

Updated by WirelessWire News編集部 on February 1, 2022, 10:00 am JST

「責任は痛感するが、取る必要はない」ことを貫く政権に対する不信感が高まっていた頃、「これからこの国にエリートと称されるに値する人物が登場する可能性はあるのだろうか」という素朴な疑問を抱き、村上陽一郎先生に「エリートと教養」というテーマで書いていただけないかと打診したのが、2019年の1月頃だった記憶があります。かなり躊躇されていた先生が無理やりひねり出してくれた最初の原稿「エリートと教養 1 高貴なる者の義務」がまさに「我が意を得たり」だったこともあり、以降このテーマで 19本の原稿をいただき「新教養主義宣言」として公開しました。今回、この連載がこのたび、大幅な加筆・修正を加え『エリートと教養 ---ポストコロナの日本考』として中央公論新社から発行されます。

村上先生からは「教養、も、エリート、もどちらも、日本社会では、正面からは扱い難い話題です。臭みがあって、自分は「教養人だ」とか、まして自分は「エリートだ」などとは、とても口に出来ない言葉、もう少し正確に言うと、自分が「教養人」であるとか「エリートである」と思っている人ならば、とても口には出来ない言葉のようです。他者に使うときも、揶揄などの否定的ニュアンス抜きでは受け取られない傾きがあります。しかし、少なくともヨーロッパ語では、<a man of culture>, <ein Mensch mit Kultur>、或いは<homme de haute culture>などの表現は、字義通りの意味で使うことができるのではないでしょうか。そんなことが気になって、これまでも、この話題の書物を幾つか公にしてきました。今回は、新書という媒体でもあり、またこの歳になっての決算という意味でも、少し風合いの違う表現になっているつもりです。そう言えば、ドイツ語に<Aussage>と<Ausdruck>という似たような「表現」があります。どちらも「(意見の)表出」なのですが、ニュアンスはかなり違います。これまでの書物が<Aussage>に傾いているとすれば、今回は私は<Ausdruck>の方を重んじた、と言っておきましょう」というコメントをいただきました。

今回の新教養主義宣言は、この『エリートと教養』を教材に、編集を担当した中央公論新社の黒田剛史さんを交え、期せずして「真のエリートが存在しない」ことが詳らかになったこのコロナ禍中に実施してみたいと思います。リベラルアーツとは異なる「教養の本質」があぶり出される講義になるでしょう。

開催スケジュール等

日 程:2022年2月18日(金)19:00〜
会 場:Zoomを利用したオンラインイベントです。お申込みはこちら
参加料:¥1500(税込)※チケットの購入期限は当日2月18日の18:00までとさせていただきます。
主 催:WirelessWireNews編集部

スピーカープロフィール

エリートと教養 ポストコロナの日本考村上 陽一郎(むらかみ・よういちろう)
上智大学理工学部、東京大学教養学部、同学先端科学技術研究センター、国際基督教大学(ICU)、東京理科大学、ウィーン工科大学などを経て、東洋英和女学院大学学長で現役を退く。東大、ICU名誉教授。専攻は科学史・科学哲学・科学社会学。幼少より能楽の訓練を受ける一方、チェロのアマチュア演奏家として活動を続ける。

エリートと教養
ポストコロナの日本考

村上陽一郎 著

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