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映画「ドリーム・ホース」で描かれる競馬の本質 競馬は買わなきゃ当たらない(2)

2023.02.03

Updated by Toshimasa TANABE on February 3, 2023, 13:01 pm JST

英国の実話をベースにした映画「ドリーム・ホース」を観た。久しぶりにじわっと沁みる佳作だった。競馬をテーマにした映画といえば、実在の米国の競走馬のキャリアを追った「シービスケット」(2003年公開)を思い出すが、今回のドリーム・ホースは、競走馬を巡る人間の心を描いているところが、個人的に一口馬主という立場ではあるにせよ、とても共感できるものがあった。

舞台は、英国のウェールズである。女性主人公が村人に声を掛けて20人集め、共同で競走馬を持とうと考えたところから話は始まる。驚かされたのは、まず、仔馬を産むための繁殖牝馬を買ってくるところから始めたことだ。繁殖牝馬を買ってきて自宅に繋養し、種牡馬を探して種付けに出向き、自宅で仔馬を出産させる。そして、その仔馬を競走馬として育て、これはという調教師のところ(厩舎)に預けるのである。

これができるのが欧州の競馬なのか、ウエールズだからなのか、よく分からないのではあるが、日本とは全く違う競走馬の育成環境がある(「あった」なのかもしれないが)ことが知れた。

日本の場合は、競走馬を生産する牧場で産まれた仔馬の血統や体つきなどを見て、気に入った馬を買う、あるいは出資するというのが普通である。母馬を買うところから始める個人はまずいないし、一口馬主として出資する馬は、管理する厩舎は既に決まっている。それだけ日本の競馬はビジネスとしてのシステムが出来上がっていて、素人の参入障壁は高いということはいえるだろうが、今回の映画では競馬の原点のようなものを見せられた気がした。

映画のストーリーなどの詳細は省くが、賭けの対象というよりも「純粋に応援できる対象」としての1頭の競走馬を中心に人の心はこうも変わっていく、ということを表現していたのがとても印象に残った。まったくもって馬を純粋に応援するというあの感じは、英国人だろうが日本人だろうが、老若男女も関係ないのである。

「彼(育てた馬)は、ただただ我々に与え続けてくれた」というセリフがあったが、それは一口馬主ではあっても、馬主の立場になってようやく実感として理解できるものでもある。よほど好きな馬だとしても、馬券を買うだけの場合は、その応援の感覚はちょっと違うのだ。

映画では、村の20人で1頭の馬を持ったのだが、私の場合は、某クラブの40分の1の一口馬主なので、見ず知らずの40人とで1頭を共同所有していることになる。例えば2000万円の馬であれば、一口50万円で40口の募集となる。厩舎への預託費や飼い葉(エサ)などの費用や勝ったときの賞金を40口で分けることになる。40口で一口50万円というのは一例であって、もっと安い馬もいればはるかに高い馬もいる。さらに、40口ではなく400口、1000口など、より細分化して少額から出資できる場合もある。

仕組みとしては投資信託に似ており、馬をファンドに準えると、持ち分に応じて信託報酬を払いつつ配当を受け取るというような感じだ。馬が引退すれば、ファンドは解散する。競走中の事故などに備えた保険等も整備されている。賞金の配分などから各種経費を差し引いた金額は、確定申告の対象(雑所得)となる。

個人が馬主になろうとすると、馬を1頭買えるだけの資金というだけでなく、競走馬にまつわるすべての費用を負担する必要があり、よほどの資産家でない限り現実的ではない。また、馬主資格というものがあり、一定額以上の継続的な年収やそれなりの流動資産を持っていることなど、ハードルがかなり高く設定されている。共同所有、一口馬主という仕組みは、これを集団でクリアするための方策であるとともに、馬主というものの敷居を低くしている。現在の競馬は、毎週、複数の競馬場でたくさんのレースを十分な頭数で開催しているわけで、その興行規模を支える一つの要素ともなっている。

一口出資が可能なクラブは、中央競馬だけで20ほどあり、会費や分割口数、所属する馬の血統背景や過去の成績などで選択することができる。出馬表の馬主欄にサンデーレーシング、社台レースホース、キャロットファーム、G1レーシング、DMMドリームクラブなどと表示されている馬がそれである。

共同所有馬は、しっかりしたトレーニング体制が整備されているということもあってか、最近では大きなレースで勝つことも多くなってきている。例えば、2022年の3歳牝馬のクラシック2冠(G1レースの桜花賞とオークス)に勝利し、JRAの2022年度最優秀3歳牝馬に選ばれた「スターズオンアース」という馬は、社台レースホースが一口70万円の40口で募集した馬である。既に総賞金(本賞金に各種付加賞金などを加えた合計額)は4億円に迫っており、ざっくりいうと一口あたり1000万円稼いだ(馬主に全額配分される訳ではないが、詳細については省く)ことになる。

残念ながら、私が個人的に出資した馬で大活躍した馬はまだいない(超が付くような良血の馬は高くて出資の検討対象にならないということもある)。中央競馬では1勝もできずにオークションにかけられ地方競馬に移籍した馬、体質の問題で乗馬に転向した馬、1勝はしたもののその後のレース中に故障発生で安楽死となった馬など、現実の競馬は容易なものではないことを痛感させられている。

これらの馬は全て運用終了となっているが、それでも「与え続けてくれた」ことは間違いない。この感覚も、デビューしてはいつのまにか消えていく馬券の対象としての馬ではなく、馬主の立場で見られたからこそ感じられるようになったことである。

現在、現役で走っている出資馬が1頭だけいる。この馬は新馬(デビュー)戦を勝った後、2戦目は負けてしまい、2勝目を目指してトレーニング中の3歳牡馬である。出走した東京競馬場と中山競馬場に応援に行ったが、勝ったときには優勝記念撮影(馬、騎手、調教師、馬主などでの記念撮影。「口取り」と呼ばれる)に参加することができた。これは、40年以上の競馬人生において最高のひとときだった。まだ2戦1勝でこれからである。どんな応援をさせもらおうか、と楽しみにしているところなのである。

 

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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。