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拡張知能の可能性

The potential of augmented intelligence

2024.11.13

Updated by Shigeru Takeda on November 13, 2024, 14:19 pm JST

生成AIは、データをベクトルに変換して現実をパターンとして推論しているに過ぎず、感覚器官を通して通して外部世界を観察し解釈するという機能はありません。つまり、体験に基づく意味世界を持たないのが生成AIの特徴です。

意味世界がなければメタ認知はできません。生成AIは、人間や自然を機械や情報処理に準えて解釈し制御しようとする科学/技術の古典的な特徴を反映しているわけです。実はこれが、生成AIとのコミュニケーションで感じる違和感の正体でもあります。

私たち生命は、正解を学習する適応システムではなく、むしろ集団的な自己創造システムです。つまり、現在の科学技術の枠組みから一旦離れて、現実とはなにかを考え直すことが必要なのです。この状況は、ローマ・カトリック教会の影響で、神という概念を絶対視し人間を罪深い存在とする中世末期に、古代ギリシア・ローマの文化を模範に人間性を再創造しようとしたルネサンスに酷似しています。

生物学や医学では、遺伝子にコードされているタンパク質の機能から、因果関係によって生命現象を説明してきました。量子力学や熱力学のような力場に基づく普遍的な法則の発見や法則に基づいた予測という考え方は、生物学や医学には導入されていませんでした。物理現象は平衡に近い非平衡状態で生じるのに対して、生命現象は平衡から遠く離れた非平衡状態で生じます。そこで、今回「予測医学の基盤となる先駆的な物理学の理論」を開発しました。物理学とAI解析を組み合わせたハイブリッドAIの基盤です。

生命現象が物質現象と大きく異なるのは、内と外を区別する境界を持つことと、境界によって識別されたシステムがメッセージを交換することで全体としてまとまりのある挙動を示すことです。メッセージには細胞内でやり取りされるシグナル伝達分子、細胞間でやり取りされるホルモン/増殖因子/サイトカイン、光、音、化学物質を通して個体間で伝えられる生物の形、動き、状態があります。これらのメッセージは生物システムの状態を変化させることが知られているので、メッセージの働きを力場によって説明するという考え方を導入しました。この力場から、生物が最大エントロピー生成原理に基づいて変化することを見出しました。

次に、この力場と原理に基づいて具体的な生命現象を表現するための支配方程式を求めるために、メッセージを交換する振動子として生物システムをモデル化しました。このモデルからメッセージによってつながったシステムが同期することで秩序を自発的に生成することを明らかにしました。

生物は境界を持ち、メッセージを交換することに加えて自己増殖するという性質を持っています。生物の持つこの増殖能が同期を破り、システムのルールが変更されます。生物は同期の生成と破れを繰り返すことで多様性を獲得します。秩序を創発する非線形システムとしての生物に量子的推論を加えることで拡張知能を実現し、これによって人間性の回復を目指したいと考えているわけです。 (桜田一洋)

桜田一洋(さくらだ・かずひろ)慶應義塾大学・医学部 石井・石橋記念講座(拡張知能医学)教授

桜田一洋(さくらだ・かずひろ)慶應義塾大学・医学部 石井・石橋記念講座(拡張知能医学)教授

来る11月23日に開催される「物質知性と共に育むサスティナビリティ価値創造」のセッション5(16:00開始)では、桜田一洋氏(慶應義塾大学・医学部 石井・石橋記念講座(拡張知能医学)教授、セッションチェア)と、さまざまな分野で必要とされ始めた圏論(category theory)にも詳しい数学者、西郷甲矢人氏(長浜バイオ大学教授)、そして神経生理データから脳の創造性をモデル化し、創造性の起源とその発達的過程を探査する大黒達也氏(東京大学次世代知能科学研究センター)の3人が熱い議論を展開します。

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竹田 茂 (たけだ・しげる)

日経BP社の全ての初期ウェブメディアのプロデュース業務・統括業務を経て、2004年にスタイル株式会社を設立。WirelessWire NewsModern Timeslocalknowledgeなどのウェブメディアの発行人兼プロデューサ。理工系大学や国立研究開発法人など、研究開発にフォーカスした団体のウエブサイトの開発・運営も得意とする。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)、情報処理推進機構(IPA)Ai社会実装推進委員、著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年) など。