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東京国際ブックフェア/国際電子出版EXPOに見えた電子出版産業の主役交代の兆し

2012.07.10

Updated by WirelessWire News編集部 on July 10, 2012, 15:00 pm JST

先週、東京国際ブックフェア(以下TIBF)と併催の国際電子出版EXPO(以下電子出版EXPO)が開催された。事前に楽天koboの発表、Amazon Kindleの日本発売予告があり、ついに電子書籍も盛り上がるのか、と淡く期待してみたものの......。

この1年で変わったこと、変わらないこと

当の電子出版EXPOには、真打ちであるはずのAmazonがそもそもいない。その一事が万事だ。会場には、AppleもGoogleもおらず、電子書籍の製作には欠かせないAdobeも単独出展していない。一方で、TIBFの方では、文藝春秋、新潮社、筑摩書房といった常連大手がいない。ここに出展することはそんなに意味のないことになってしまったのだろうか。

技術的にも、昨年に比して新しいことは起こっていない。EPUBの日本語組版も音声読み上げ技術もさらにリファインされたが、あくまで昨年の延長線上だ。楽天koboも多くの人にとって予測の範囲内。EPUB、PDFの二本立て、多くの無料コンテンツ、安い端末というのはすべて既知のスタイルだ。

しかし、それでよいのだということもいえる。併催のTIBF、つまり紙の本の方は過去19回の開催どころか、何百年も冊子体という名の端末の形をほとんど変えていない。冷静に考えれば、テキストの読み方は毎年ころころ変わるものではないのだ ── グーテンベルク以来の大変革期であっても ──。

▼基本的には例年と変わらぬ光景
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出版産業と電子出版を切り分けた意味

では、今回足を運ぶ価値がなかったかというと、そんなことはない。どこまで意図的かは読めないのだが、空気が変わるような事態が起きていたのだ。それは、個々のブースの展示内容ではなく会場割、小間割のこと。本稿でも冒頭からTIBFと電子出版EXPOとを切り分けて記してきたが、実際に会場が1F(西1・2ホール)と2F(西3・4ホール)に分かれていたのだ。東京ビッグサイトに行ったことがある方はわかると思うが、この縦移動の距離は、相当長い。昨年まではTIBFと電子出版EXPOは同一フロアにあって、両者の境目もはっきりしない感じだった。

▼一般客を遠ざける? 長大なエスカレーター
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年々停滞してゆくTIBFの根本的な問題は、とりもなおさず、商用の来場者と一般客が混ざりすぎていることで、ブース展示は緊張感についても華やぎについても中途半端なことになっている。一方で、業界の枠組み、ビジネスの仕組みが確立していない電子出版の方は、プロを相手にやらなければならない段階にあるのに、一般客も来るものだから、展示内容がぶれてしまっていた。そのため、これまで商用で来た人には「来るほどのものではなかった」と失望していたのだ。ところが、今回の電子出版EXPOは一般客への計らいの必要がなくなり、概ね小気味のよい展示になっていた。

そしてもう一つ、革命的な効果があった。もしかしたら「電子出版業の主役が出版産業から他業界に移った」かもしれないのだ。具体的には、カタログ、広告、取扱説明書、社内資料、貴重資料、学術情報などである。それらを扱う企業はこれまでも出展していたのだが、目立っていなかったのだ。事業性でいえば、多分に賭博的な商業出版に較べてはるかに優良だが、商業出版とりわけエンタテイメント系と並ぶと、商業出版社の方が〈偉そう〉にしていた。今も基本的にそうだ。

それが今年は上記のようなプロ客/一般客の切り分けによって、電子出版にとって〈偉そうな割にはなかなか儲からない〉商業出版が下のフロア(TIBF)に移ったので、重しがとれたのだ。心なしか元気そうにみえた。主催者であるリード社の思惑か出展者の希望か、ともかく、「ISBNを付して書店で売られている冊子」以外の「形式の面でも内容の面でも綴じられた情報群」を〈電子書籍〉の重要な組み手として扱う空気が、今年の2F会場では濃厚に漂っていたといえる。土台、各ブースでの交渉もリアリティが高く緊張感が感じられた。

そう考えてくると、Amazonや Appleや Googleなどは、BtoBはオフィスで済ませてしまい、BtoCについては端末をみてもらえば十分、というスタンスなので出展しないのも頷けるところ。間違って BtoC向けに読書端末を展示してしまった出展者もあったが、次年どうしてくるか楽しみだ。「本屋では売られていないが、こういうものも広義では〈書籍〉です」そういう新手の事業者に期待する。

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楽天koboの割り切りか?あるいは......

会場割の変更に伴って驚かされたことがもう一つある。楽天koboが、電子出版EXPOではなくTIBFに出展していたことだ(ちなみに、同社の三木谷氏はeBooks専門セミナーのパネルディスカッションに登壇していた)。楽天ブックスがあるからどちらに出てもよいのだが、展示内容は完全に電子出版だけ。TIBF会場で電子書籍販売を扱う大手はここだけであったから、かなり目立ち、その分では成功であったと思う。しかし一般客ばかりで緊張感の低い会場で得るものはあったのだろうか。

いや、別の狙いがないではなかったかもしれない。楽天ブースの隣は、7月1日この本を発行したばかりの講談社ブースであったのだ。

▼この隣に自社ブースを置くと、たしかに宣伝効果は抜群かもしれない。
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文・長沖 竜二(スタイル株式会社企画編集室長)

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