ソトコト編集長 指出一正氏に訊く! ローカルを元気にする活動とアイデア- 日本を変える 創生する未来「人」その8
2019.12.25
Updated by 創生する未来 on December 25, 2019, 12:12 pm JST
2019.12.25
Updated by 創生する未来 on December 25, 2019, 12:12 pm JST
「社会や環境がよくなって、そしておもしろい」をテーマにしたソーシャル&エコ・マガジン『ソトコト』。1999年の創刊以来、スローライフ、ロハス、ソーシャル、ローカルなど、常に独自の視点とスタンスで社会を一歩リードするキーワードを発信してきた雑誌だ。今回の創生する未来「人」では、「SDGsローカルツアー」など全国各地で編集者の視点から地域を元気にするための講演やワークショップを行っている、同誌編集長の指出一正氏に話をうかがった。
「小学校2年から魚釣りを始めて、この歳(50歳)になるまで岩魚やタナゴのことばかり考え続けてきました」と笑うソトコト編集長の指出一正氏。群馬・高崎市の山や川に囲まれた実家で、幼少の頃には孔雀を飼っていたそうだ。「あるとき父が山を買ったことで、“自然は買えるもの”だと知り、いつか自分も川を買いたいと考えていた」という。
進学校の高崎高校に入ってからも、授業を自主的にカットできる自由な校風のもと、午後から釣竿を片手に湖に出かけることが多かった。大学には釣り部がなかったので、ワンダーフォーゲル系のサークルに属し、山登りの傍ら渓流釣りを楽しんだ。出版業界に入ったのは、学生時代に「山と溪谷社」(現インプレスグループ)の雑誌だった『Outdoor』編集部でバイトを始めたこと。それ以来27年間、編集畑を歩んできた。
「徹底した釣り好きでしたが、実は音楽にもファッションにも興味がありました。大好きな世界だけに興味を費やすのは、ちょっとカッコ悪いとも思っていたんですね。違う視点でモノゴトを見たかった。たとえば文化人類学の視点で川をみたり、民俗学の視点で山をみたり。そういうことを語れる大人になりたかったんです」と指出氏。
そんな同氏が「もう少し広い視点で街や地域や自然を発信するようなメディアをやりたい」と思い、ソトコト編集部に入ったのは創刊5年目の2003年のこと。同誌は当時から環境問題やスローライフなどをテーマに、感度の高い読者を牽引してきた雑誌だった。
副編集長として特集を組んできた指出氏は、2011年に編集長に就任した。あの東日本大震災があった年だ。この頃から日本社会の価値観は大きく変わった。そしてソトコトの編集方針も変わっていったようだ。それについて指出氏に訊ねると、次のような答えが返ってきた。
「編集方針は変わっていきましたが、誤解を招きたくないのはロハスの特集も僕自身がやってきたことですし、二代目になった意気込みで、ガラッと思いっきり方向転換したという話でありません。むしろ社会の気分や、周りが変わってきたことを認識できたので、それに合わせていったということです」
編集方針をなかなか変えない雑誌が多いなかで、指出氏には方針を変えるキッカケになった出来事があったという。
「エコからソーシャル、ローカルへと編集方針を移していったのは、2006年にNPO法人ETIC 代表理事の宮城治男さんと知り合い、親交が深まったことがキッカケです。ETICで若い社会事業家を育成するコンテストを開催しており、そこから僕もその"地域若者チャレンジ大賞"の審査員をやることになったのです」
実は、そのプロジェクトには、株式会社いろどりの横石知二氏や株式会社四万十ドラマの畦地履正氏など、地域づくりの根幹をつくってきたスーパー・ローカルヒーローが審査員やメンターになっていた。
「NPO活動の文脈で彼らの仲間に入れていただき、地域で変化をリアルに楽しむ若者が現れていることを、一次情報としていち早く知りました。ですから当時からソーシャル的な胎動があったことに気づいていたのです」と指出氏は続ける。そういった経緯も踏まえながら、指出氏はリーマンショック以前に、若者の社会的な価値観が変わっていく動きを感じていたという。
「2004年の新潟県中越地震では山古志村や長岡市で被害があり、NGOで支援にいった若者が地域に流れる時間や空間を体験し、こんなにカッコいい場所がある、こんな美しい場所があると気がついた。それがいまの流れにつながっているように思います」
指出氏と筆者は若干年齢は違うものの、ほぼ同じ時代のカルチャーを共有しているという点で同世代だ。同氏に地域で活躍する20代や30代の印象について訊ねてみた。
「僕ら世代よりも、いまの20代や30代のほうが圧倒的に優秀ですね。それを早めに上の世代が認識すべきでしょう。頭も良いし、情報入手もスマートだし、他人を思いやる力もあるし、俯瞰でモノゴトを見られる視野も備わっている。もう何一つ勝るものはないというのが僕の結論です。新しい未来を作りたいなら、早めに世代交代してもらったほうがよいのではないか? と思います」
いまの若い世代は、ネットやSNSなどを自然に使ってきたデジタルネイティブ世代だ。オンラインを活用し、情報感度も高く、コミュニティづくりも上手だ。「これも地域づくりに役立っているのでしょうか?」と指出氏に問うと、少し想像とは異なる答えが返ってきた。
「僕は年齢でモノゴトを切るのは、あまり好きではないのですが、情報の誤差をなるべく少なくして相互理解するために、オンラインツールを上手く活用していると思います。ただ実際の地域づくりでは、手弁当で塩おむすびを作ったり、マルシェやフェスのまかないをやっていたりと、昔ながらの地域づくりも楽しんでいる。だから、オフラインとオンラインを分け隔てなく使える、というのが正確な表現のような気がします」
今年の流行語大賞には「ONE TEAM」が選出された。オフラインやオンラインを融合しながらプロジェクトを遂行していく若者が多くなっているのかもしれないが、ただチームビルディングは昔と今ではだいぶ違ってきているようだ。
「前世代はスキーやテニスが好きだからサークルをつくるという感じで、同世代で同じ趣味の人しか集まりませんでした。現世代はモヤモヤ感を解消したいと集まり、何かをやろうとしてチームを作ります。結果的にいろいろな人たちが集まってくるのです」
ある人は建築が得意だからリノベーションができるし、ある人は情報発信が得意だからスマホを使って地域を魅力的に伝えられる。また、ある人は料理好きだから美味しい地方料理をInstagramに載せて紹介したりする。
「各人が好きなものを真ん中に置いてチームを作り発信できるのが強みだと思います。地域の仲間が集まり、じゃあ俺たちは何をしようか? というときに、みんな趣味嗜好が違うから面白いことが生まれる。それが現在の地域づくりやコミュニティの流れかもしれませんね」
多いときは週7回以上も全国から講演に呼ばれる指出氏だが、変化が起きた地域の源を探っていくと、「たとえば100人が計画的に動いて街づくりが一斉に始まる」というような単純な話ではないことがわかるそうだ。
「街を面白いと思う人が、ひとりでもいると変わっていくので、やはり数ではなく"粒"で人を見てほしいというのが、僕の心からの願いです。何々さんは折り紙が得意だから、地元のご年配と折り紙教室をやってくれると嬉しい。そういった人となりがわかる付き合い方を地域に関わる人が見て取れないと、せっかく良い人が来ても離れてしまう。逆にそういう視点があれば、人数に関係なく幸せになれるという話をしています」
同氏は自身の講演での立ち位置を「伝道者ではなく、USBメモリのような存在だ」と説明する。いま自分の頭に入っている情報をMacに突っ込んでフォルダを開いてもらったら「こんなにかっこいいマルシェが東北にいるから会ってみたいよね」と、誰よりも早く、最も鮮度のよいタイミングで話せる存在という意味だ。
「自分だけでなく、他の地域にもイケてることをやってる人がいて嬉しい。それは釣りでもゲームでも音楽でも同じです。僕が地域に行くことで、自分と同じスタイルの人たちが、他の場所にもいるという答え合わせをしてもらって、『かっこいいよね』と確認できれば、ガッツポーズになるんですよね。それが大事なんじゃないかと」
いくらSNSなどで情報発信が早くなっても、それはあくまでデジタルでの話だ。本当に自身が体験して感じたことが、すっと削ぎ落ちてしまうこともある。絵面だけでは見えない感覚のようなものも含めて、講演やトークイベントで伝えられるからこそ、USBメモリとしての指出氏が支持されているのかもしれない。
「SNSで発信される地域や街の情報は端的にいうと映像と同じ。流れていく情報はどこかで留めないとわかりません。でも僕が各地域で、いろいろな話をさせてもらうことはスチル(写真)なんです。映像やタイムラインで流れる情報ではなく、あの写真の人はこういう役割を持っていると、僕が解説することでわかってもらえると思います」
2019年8月にソトコトは有料会員制のオンラインサロンをCAMPFIRE Community内で立ち上げ、「ソトコト編集長 指出一正と考える どこにいても参加できる地域の編集講座ラボ」を始動させた。
すでに全国で110名がパトロンとして登録している。地域や街に興味があったり、ソトコトの価値観に共感を抱く20代から40代が会員だ。指出氏が各地で直接会った人や、若い行政マン、NPOのリーダー、ローカルプロジェクトを実践している人たちがサロンのメンバーになっているという。
指出氏は「このサロンは、雑誌のソトコトと世界観や温度感は何ら変わりありません。手法が違うだけで哲学的な思想は同じ。編集者が本当にやるべきことは、ある価値に則ったものをより広い人たちに伝えること。届ける手法は生身でも雑誌でもテレビでも、オンラインでも何でも良いわけです。僕は雑誌づくりに対する意味を、いまの時代に合った形に変えたいと思ったのです」と説明する。
具体的な内容としては、Facebookのグループページのなかで、指出氏が月に数回ほど不定期コンテンツを流している。いま読んでおきたい課題図書や、地域を理解する際の素地になる本の紹介、どういう視点で地域を編集したら良いかというレッスンを、同氏が尊敬する地域づくりのリーダーの言葉を借りながら掲載している。
「オンラインサロンを始めて、メンバー同士の交流も始まりました。街や地域づくりの素敵な実践者を招き、月一でオフラインの特別対談を始めています。その様子はオンラインでも流しています。今後は現地集合・解散のツアーなど、地域を知るためにエントリーしやすいイベントの開催や、みんなが盛り上がるローカルプロジェクトなども生み出していきたいですね」
最近、地域への新たなポータルとして「関係人口」というワードが話題になっている。この「関係人口」という概念の提唱者のひとりが指出氏だ。この概念は政府の地方創生施策にも組み込まれ、各省庁が横断型で重要項目に挙げている。端的に言えば、関係人口を増やすことが地域の活性化につながる、ということだ。
「この動きは僕も嬉しいのですが、今後の日本は"総関係人口化"していくと思います。観光や移住ではなく、もっと違う地域との接点や接触の仕方として、関係人口が広まっていくでしょう。地域に100人の関係人口が増えるといった話ではなくて、1億人が総関係人口化するということです」と指出氏。
とはいえ、総関係人口化が進むには、それなりの仕掛けも必要だ。いまはまだ、関係人口が増えるような潜在的な人の出会いを生み出す装置や場所が、地域の側に少ないという。
「たとえば地方の駅前に行っても、外から来た人は地元の人に出会えません。バイパスでクルマを飛ばしているからです。確かに風景は美しい。でも旅に出て人に出会えないまま帰ってくる若者も多いのです。地元民と接点が持てる"関係案内所"をしっかりと作っておくべきです。そういう場所がなければ、いつまで経っても地域との関わりの階段を上って関係性を深められないのです」
「なるほど!」と筆者の得心が行ったのは、「誰もが偶然の出会いにトキメクけれども、偶然の出会いは、そこにやって来る人たちが感じてくれたらよい。必然的にその出会いを生み出せる場所を、作っておかなければいけない」という同氏の指摘だ。
そのために行政的な観点から集落や地域を手助けできることも多いという。たとえば地域を活性化させたい意欲のある若者に100万円を渡せば、人が少し休めるような無目的な休憩所も「関係性を意識した場所」にリメイクしてもらえるかもしれない。
「お金を出せなくても、行政マンは仕事上で多くの地域住民に会っています。面白いと思える人を見抜ける才能があれば、UIターンで戻ってきた若い人たちに『あそこでゲストハウスを始めた人が面白いから紹介するよ』って話もできるわけです。そうなれば必然的に関係人口も増加していくでしょう」
逆に「この人は面白い、魅力的だ」と思えるような感覚が養われていなければ、街に住んでいる人が単なる数しか見えてこなくて、“粒”として捉えられなくなってしまう。
「だからこそ、人をつなげられる地域コーディネーターやコミュニティマネージャーのような人とソフトの2本立てで考えて欲しいのです。自分の地域や土地で暮らしている人をつぶさに観察できる行政マンがいると、やはりその地域は面白くなっていく。僕は、これを柔らかい"ハコモノ行政"と呼んでいます」
しかし、これは必ずしも行政主導でなくてもよいことだ。比較的安いコストで関係人口が生まれる場所を作ったら、そこでいろいろな面白い人にアプローチできるような「関係案内人」を付けていく。そしてその案内人を担う人は、世代を超えた幅広いコミュニティを持っているかどうかがポイントになるという。
最後に、もし数多いローカルヒーロー&ヒロイン(指出氏が地方で幸せを見つけた若者たち)のなかから「いま誰かひとりを紹介するとしたら?」という無茶な質問を投げかけてみた。
「自分の本(『ぼくらは地方で幸せを見つける―ソトコト流ローカル再生論』ポプラ社刊)に出てくる方々はもちろんですし、ソトコトに出てくる皆さんも編集部がオススメするローカルヒーロー&ヒロインです。僕自身は約25ヵ所の地域に定点的に伺い、その場所で活躍する若者のコミュニティにご一緒させていただいています。各地の移り変わりというか、コミュニティの経年性を見ることが大事だと思っています」と指出氏。
そんな同氏が、いま一番注目しているのが、2020年1月号のソトコトで表紙を飾った、岐阜県各務原市にある一般社団法人「かかみがはら暮らし委員会」と、その代表理事を務める美容師の長縄尚史氏だ。
旧岐阜大学の跡地を整備した市内の「学びの森」という大きな公園で、彼ら彼女らはマーケットビューイングを開催。1日で4万人が集まるようなイベントに成長させた。
「もちろんイベントが盛り上がることは大事ですが、そういうイベントなどを通じ、地元にこんな素敵な公園があったと知ってもらえて、その公園で遊ぶ若いファミリーや先輩世代が増えてきています。要は自分の街が面白いと感じられることをやっているのが、かかみがはら暮らし委員会なんですね。いまローカルヒーロー&ヒロインとして、ここが代表例かなと思っています」
公平公正で分け隔てなく、常にフラットな視点で日本全国の地域を見つめて現地を飛びまわる。さらに講演やトークイベントなどを通じて「地域のいま」を伝えるUSBメモリとしての存在。編集者として、雑誌だけなく地域やコミュニティを編集し続けるソトコト編集長 指出一正氏を、創生する未来「人」認定第8号とする。
(インタビュアー&執筆:井上猛雄 写真:村田貴司 編集:杉田研人 監修:伊嶋謙二 企画・制作:SAGOJO)
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