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政府が策定したIT総合戦略でも農業はIT活用の重点分野として位置づけられている。さまざまな動きがある中、2015年8月にドローンとウェアラブルデバイスを活用した「楽しく、かっこよく、稼げる農業」実現を目指した佐賀県・佐賀大学・株式会社オプティムが三者連携提携を発表した。株式会社オプティム代表取締役社長 菅谷俊二氏に、現在の取り組みと、IoTへのビジョンを聞いた。

株式会社オプティム代表取締役社長 菅谷俊二氏

菅谷俊二(すがや・しゅんじ)
1976年兵庫県神戸市生まれ。1996年佐賀大学農学部入学。2000年3月に大前研一氏らが主催する「ビジネスジャパンオープン」にて孫正義賞を受賞。2000年6月佐賀大学在学中にオプティムを創業。同社代表取締役に就任。2014年10月東証マザーズ上場、2015年10月東証一部上場。オプティムは2013年情報通信分野で特許資産規模で第9位を獲得、2014年IoT分野で第3位を獲得。また個人としても、1993年-2015年の情報通信分野における日本人特許資産規模ランキングで第1位を獲得する。

「ネットを空気に変える」からはじまった遠隔制御技術

オプティムは2000年6月、まだ私が佐賀大学の学生だった頃に創業しました。社名の由来は「オプティミズム」と「オプティマイゼーション」から来ています。社員の8割をソフトウェアエンジニアが占める、エンジニアリング中心の会社です。

事業のコンセプトは「ネットを空気に変える」。インターネットは電気、ガス、水道と同じように既に社会のインフラになっていますが、それらと違うのは民間主体でできたインフラなので垂直統合されておらず、利用者にITリテラシーが要求されることです。でも水道を使うのに「水道の使い方」をわざわざ学ぶ人はいませんよね。

この状態を解消して、利用者にはインターネットを使う目的に集中してもらえるように、設定や接続をソフトウェアで支援します。取り組みの代表例が、NTT東西の「フレッツかんたんセットアップツール」へのライセンス提供です。これによって、NTT東西では、フレッツサービス開通の工数を大幅に減らせたそうです。それによって空いた時間を活用するべくはじめたスマートフォン、タブレット、PCなどの使い方をサポートセンターから画面を見ながらサポートする「リモートサポートサービス」は、NTT東西のみならず、auやソフトバンクなどにも採用され日本で最大の利用者数を抱えるサービスとなっています。

「リモートサービス」の延長で、遠隔から人の体験を共有し、作業をサポートするというコンセプト「Remote Experience Sharing」に基づき開発したのが、スマホやタブレットのカメラ映像の共有による遠隔作業支援システム「Optimal Second Sight」です。また、テレパシー社のスマートグラス製品と「Optimal Second Sight」を用いて、「Remote Action」というスマートグラスの共同開発を行いました。2015年8月からサービスをはじめています。

最初に導入していただいたのが、建機からスマホやタブレットまでICTで一元管理するコマツのスマートコンストラクションです。スマホやタブレットとPCで画面を共有して書類や映像をお互いに見るだけでなく、現場の作業員がスマートグラスで見ている映像をオペレーターと共有し、オペレーターがARで作業を指示するなど、作業を直接サポートすることにも取り組んでいます。現場の方がスマートグラスをつけることで、画像認識による作業効率化と作業の見える化を可能にします。

ウェアラブルは人間の五感を拡張するものとしてとらえていて、人類史の一つの転換点になると理解しており、スマートグラスは視覚を拡張する戦略的商品として投入しています。遠隔地から専門的知識を支援することで、一人のフィールドエンジニアがマルチな課題に対応できるようなります。一人の作業可能範囲を広げることで、労働者不足に対応するソリューションにもなります。

MDMのクラウド管理技術を農業に転用

株式会社オプティム代表取締役社長 菅谷俊二氏

オプティムの事業ドメインはIoTプラットフォームサービス、リモートマネジメントサービス、サポートサービス、その他の4つに区分されます。IoTという言葉は最近になって使うようになりましたが、そもそもは2006年から開発している「Every Device Management(EDM)」という、あらゆるデバイスをクラウドで管理していくサービスの構想からはじまっています。

当初はPCを対象にしたクラウド管理システムからはじめましたが、プリンター、ルーター、モバイルデバイスとどんどん管理対象を広げてきました。おかげさまでPCマネジメント・スマホタブレット管理システム(MDM)の分野では45%、国内No.1のシェアを獲得しています。

さらにネットワークカメラ、センサー、ウェアラブルデバイスやドローンなどのデバイス、そしてデバイスから入力されるデータまでクラウド管理システムの対象に含めることで、EDM構想を実現する「IoTプラットフォームサービス」へと拡張したのです。

佐賀県の農業への取り組みもこのプラットフォームを利用したもので、農業向けに何かを構築したというよりは、我々の技術を農業に転用するところからスタートしています。2015年8月に佐賀県・佐賀大学・オプティムの三者で連携協定を発表しました。

ドローン対応ビッグデータ解析プラットフォームを自社で開発

きっかけとなったのは、私の出身大学である佐賀大学農学部の設立60周年のイベントで講演をさせていただいたことです。その時に、ドローン空撮やIoT、ウェアラブルの取り組みの話をしたところ、農学部長の渡邉先生に興味をもっていただきました。佐賀大学農学部とは「農業ITで世界一の農学部になる」というビジョンを創り、私も招聘教授として、その一端を担わせていただいております。この取り組みを契機に、今後、学生の研究テーマとしても、農業ITをテーマとして研究に力を入れていく予定です。

佐賀県庁にも、渡邉先生からお声をかけていただきました。佐賀県は農業県であるにもかかわらず就農人口が1990年から2010年の20年間で約半数まで減っています。農業の競争力をつけるために、まず新規就農される方を増やすという課題がありました。新しい農家の方にノウハウを伝えていくためにITを活用したいというニーズがあるということで、佐賀大学・佐賀県・オプティムの三者連携が決まりました。

先生とお話をしたのが2015年5月末ですから、わずか2ヶ月で話がまとまったことになります。IoTが現実化してきて、なおかつ農業にとってTPPへの対応が喫緊の課題として立ちはだかっていたという時流が後押ししたこと、そのタイミングで渡邉先生という強いビジョンとリーダーシップを持たれた方に出会えたからからでしょう。また佐賀県の研究員の方々も農業に対して非常に先進的なお考えをお持ちで、そもそも農業分野でドローンやウェアラブルを活用しようと検討されていました。

2015年8月の連携協定と同時に発表したのが、ドローンに対応したビッグデータ解析プラットフォーム「SkySight」です。開発の背景として、畑の上にドローンを飛ばすと、葉の色の変化から害虫を発見できそうだということで、実際に取り組んでいました。すると当然ながら、撮影した映像を人が目視で葉の変色を確認するためにずっと見続けなくてはいけません。これはバカバカしいと思い、ドローンで撮影した画像を解析するプラットフォームを探したのです。ところが驚いたことに、世界中のどこにもなかった。つくづく、「みんなまだドローンをまともに使っていないんだなあ」と思いました。なので、ドローンに対応したビッグデータ解析プラットフォームを当社で開発したのです。

そのような取り組みを行いながら、佐賀大学農学部の先生方や佐賀県の試験場の研究員の皆様とお話していくと農業とITを組み合わせた新しいテクノロジーのアイデアがどんどん出てきました。

そもそも、当社は知財戦略として積極的に特許を出願しておりましたが、今回の取り組みの中で開発したビデオカメラによるIT農業技術についても佐賀大学と共同で特許を出願しています。

この共同特許などは、私がもともと学生時代に師事していた恩師である田中教授が中心となって発案されたもので、素晴らしい先生に師事できたことに対する感謝とともに深いご縁を感じずにはいられません。

▼特定波長光源で撮影した映像から、色が異なる箇所を正確に抽出するための画像解析技術について特許を出願した。
特定波長光源で撮影した映像から、色が異なる箇所を正確に抽出するための画像解析技術について特許を出願した。

SkySightはドローンから空撮したデータ、畑に設置したセンサーから取得したデータ、作業者のウェアラブルカメラから撮影したデータなどを地理空間情報、位置情報と時刻で関連付けて解析するプラットフォームです。動画を撮影しておきクラウド上に格納することで、RGBモードや近赤外モードなどで後からの解析を可能とするところが特徴です。位置情報とひもづけて、温度や湿度などのセンサーデータも表示します。

ドローンから送られたビッグデータをクラウドで画像解析し害虫を発見する

実際に取り組んで見て分かったのですが、生育状況を近接した状態で把握するために4Kで撮影を行うと、ギガバイト単位の映像データを解析する必要があることが分かりました。ですので、通信環境やサーバー処理のスペック等の種々の課題から、撮影しながらリアルタイムに解析するのは難しいですが、現在は午前中に佐賀県が持っている10ヶ所の試験場、および佐賀大学の農場にドローンを飛ばしてさまざまな作物のデジタルスキャンを行い、午後に解析して情報をチェックしています。

1クール目の実証実験では、空撮データから大豆の葉につくハスモンヨトウという害虫を探しました。これがいる場所の葉は虫食いで部分的に変色するので、空撮写真から発見することができます。だいたい見つかるのは1日に2ヶ所ぐらいですね。見つけたらそこだけ部分的に農薬を散布するとか、あるいは手で虫を取り除いてしまえば、それ以上は広がりません。

今まではどこから害虫がくるか分からないから、全面に農薬散布していましたが、空撮データの解析によってピンポイントで発生箇所が分かれば対策はそこにだけすることができます。ウェアラブルグラスを使った作業員が畑に入り、解析結果で割り出した位置情報の場所に行って虫食いを取ることができます。これで、減農薬・無農薬ができるのではないかという仮説を立てました。

実験の結果、大豆についてはある程度の目処はたちました。現在は引き続きビッグデータ解析による大豆以外の作物の害虫特定に取り組んでいます。植物の種類によって害虫発生の仕方は違うので、白菜、小松菜、たまねぎ、いちごなどで、可視光画像や近赤外線画像をどのように使えば特定率が上がるかを実験しています。

特定率100%を目指して、今はドローンでスキャンした後に人が目視確認して検証していますが、ゆくゆくはビッグデータ解析で特定した害虫発生箇所に対して、ドローンが自動で農薬を部分散布したり摘み取ることで駆除できるようにしたいと考えています。そのうち、ドローンは飛ぶだけではなく地上を走るものやさまざまなタイプのものも出てくるかもしれませんね。

▼三者連携による取り組みの概要

ITを使って農業を変えるのは、やりがいある仕事

無農薬や減農薬の野菜の価格が高いのは、「虫食いの位置を探す」ために人が毎日畑を全部回らなくてはいけなくて、作業が大変すぎるからなのです。でも、人の代わりにドローンが見て回ることで害虫の発生をリアルタイムに発見し、防げれば、安くなって、もっと手軽に身体にも良い美味しい作物が食べられるかもしれない。ウェアラブルやドローンなどの最新ITテクノロジーで、農業という産業のあり方をまさに変えることができます。

自虐的な言い方をしますけど、我々が今まで関わってきたITの世界って、たとえその中でシェアナンバーワンを取ったといっても、それが無くたって人間生きていけるのです。それに比べると農業というのは、実際に人の口に入るものにかかわる仕事であり、生きている全ての方にかかわることができる産業です。ITを使って農業を変えるのは、とてもやりがいがある仕事だと思います。

後編に続く

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