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「自分たちの欲しいものは自分たちで決める(作る)」を本屋大賞に垣間見る

2016.06.02

Updated by Satoshi Watanabe on June 2, 2016, 16:35 pm UTC

書籍取次大手、日販による2016年上期のベストセラー書籍のランキングが発表されていた。

2016年 上半期ベストセラーを発表 総合第1位は石原慎太郎『天才』

ニュースでも報じられていたが、トップ10にに本屋大賞への入賞作が入っているのが目を引く。文芸賞は少なからず販促プロモーションになるものであるが、ここまで如実に上位に食い込んでくると面白い。

◇ そもそも本屋大賞とは

本屋大賞の趣旨と仕組みを簡単に振り返ると以下の通りとなる。

「本屋大賞」は、新刊書の書店(オンライン書店も含みます)で働く書店員の投票で決定するものです。過去一年の間、書店員自身が自分で読んで「面白かった」、「お客様にも薦めたい」、「自分の店で売りたい」と思った本を選び投票します。 また「本屋大賞」は発掘部門も設けます。この「発掘部門」は既刊本市場の活性化を狙ったもので、過去に出版された本のなかで、時代を超えて残る本や、今読み返しても面白いと書店員が思った本を選びます。

ポイントは作家や識者、批評家などいわゆる”偉い人”が決めるものではないところである。とはいえ、野放図な一般投票ではなく書店員というプロなのかアマなのかどちらとも断じ難い、いわばプロ素人が選考を担っているのが特徴となっている。このさじ加減が、面白い。

過去の受賞作のリストを見ても、多くの人に受け入れられ響くような作品が選ばれる傾向が見て取れる。発掘機能も担いつつも、純粋に本を好きでよく読む人(まさに書店員のペルソナと合致するはず)が素直に「これ面白いよね、みんなからの評判もいいよね」との作品が選ばれる賞として機能している。

結果、(比較するのが良いかはともかく)他の文学賞がいまひとつ話題や販売に繋がりにくいものになっているところ、ひとり大きく気を吐く本屋大賞との構図にここ数年変わりつつある。

◇ マーケットインの代替装置

本屋大賞は、プロダクトアウト、作ってから売ることを考える、あるいは売れるかどうかを神に祈るビジネスモデルだった伝統的な出版業の仕組みの中で、マーケットインに近い仕組みを成立させたものと解釈できる。

書店員は、言うまでもないが販売の現場に立っていることから、リアルな市場の声や肌実感をもってどういう本が手に取られているかを日々実感して仕事をしている。また、そのような空気を感じつつ一人の本読みとして本に接していると考えられる。

書籍も含めた、デジタルに近いコンテンツ分野で近年着実に伸びているのが、一昔前でいうならCGM(CGC)などと括られていた市場である。個人的なイラスト日記を上げていたのが話題になって書籍化されました、Pixivで投稿していた作品が目に留まってプロとして仕事するようになりましたなどといった例は、販売シェアの大多数メジャーではないものの、もはや事例にしてリストを作成するのもしんどいくらいの広がりを見せて当たり前化している。

それこそ、この上半期ランキングで4位に入っている『君の膵臓を食べたい』もネットの投稿サイトで連載されていたものに出版社が声をかけて本の形になったものである。

このように、まずは世の中目に触れるところに出してみて、評判を確認してから=市場性を確認してから商業パッケージに組みなおすとのパターンは確実に増えている。もともとは雑誌が類似の仕組みを担っていたが、デジタル媒体、ネットサービスに雑誌の機能が代替され、ソーシャルサービスのようなユーザーが勝手にコミュニケーションをとっては盛り上がる仕組みが出てきたことで、大きく流れは変わってしまった。

◇ 新しい手工業の復活?

また、少々畑は違うが、似たような構図としてハンドクラフト、ハンドメイド製品/作品の取引量が増える傾向にある。最近のニュースとしては、専門のマーケットプレイスを運営するクリーマ社が大型の資金調達を行うなどビジネスとしても盛り上がりを見せている。

経済圏の拡大に向けてハンドメイド作品のマーケットプレイス「Creema」が総額11億円を調達

両者に共通した構図は、自分が良いと思ったものを、自分が読みたいと思ったものを形にしたら身の回りの人から欲しいとの声が上がった、そして一部製品は手仕事で売る範囲を超えて、流通販売を企業がサポートするまでの売れ行きを見せている、というものである。「それはこれまでの企画生産の仕組みのもとでデザイナーが作ったものと何が違うんだ」と言われると回答は難しいところがあるが、ひとつはユーザー/消費者として自分が使う側の当事者として半分立っていることであろう。

プロ読者の声を集めて選考が行われる本屋大賞の受賞作が世の中で広く受け入れられている話と、これらハンドメイド流通が伸びてるとのトレンドは「合わせて読みたい」をすると実に今風な出来事に見える。

紙出版vs電子書籍、既存出版社vs黒船Amazon、なんて単純な構図じゃきっとないよね、と最後に。

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渡辺 聡(わたなべ・さとし)

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任助教。神戸大学法学部(行政学・法社会学専攻)卒。NECソフトを経てインターネットビジネスの世界へ。独立後、個人事務所を設立を経て、08年にクロサカタツヤ氏と共同で株式会社企(くわだて)を設立。大手事業会社からインターネット企業までの事業戦略、経営の立て直し、テクノロジー課題の解決、マーケティング全般の見直しなど幅広くコンサルティングサービスを提供している。主な著書・監修に『マーケティング2.0』『アルファブロガー』(ともに翔泳社)など多数。