いま全国の自治体が力を入れている地方創生。しかし東北地方は7年前の東日本大震災という災禍もあり、他県とは異なる地方創生に取り組んでいる。特に宮城県は沿岸部で甚大な津波の被害を受けた県のひとつだ。「私たちは、地方創生だけではなく、復旧・復興という大きな課題を抱えながら“創造的な復興”を目指してきました。復旧は元に戻すことですが、10年かけて元に戻しても、その間に周囲の状況も進んでしまいます。つまり10年先を見据えた姿に合わせた抜本的な再構築を行う必要があるのです」と強調するのは、宮城県震災復興・企画部の寺嶋智治氏と松川雅俊氏だ。宮城県が進めてきた新たな地方創生の取り組みについて訊いた。
▼宮城県 震災復興・企画部 震災復興政策課のご担当者。 寺嶋智治氏(写真右)と松川雅俊氏(写真左)。
実は、宮城県では震災前に長期総合計画として「宮城の将来ビジョン」を打ち出しており、「富県共創! 活力とやすらぎの邦づくり」を理念に掲げていた。そんな真っ只中に、あの大震災が起きてしまったのだ。そこで新たに最優先の課題となった復興に取り組むための「宮城県震災復興計画」と将来ビジョンを両輪の最上位計画に据え、これらの取り組みを加速させるエンジンとして「宮城県地方創生総合戦略」を位置づけることになったという
▼復興政策 第二班 課長補佐 兼 企画員(班長) 寺嶋智治氏
寺嶋氏は「これらは平成32年度まで共通の実施計画を定めて施策を実施することになり、復旧期・再生期を経て、いよいよ平成30年度から総仕上げの発展期に入りました。力強くきめ細かな復興を進め、地域経済のさらなる成長を目指して、安心・安全なまちづくりに向けて邁進しています」と語る。
▼「宮城の将来ビジョン」「宮城県震災復興計画」と、復旧・復興の取り組みを加速させる「宮城県地方創生総合戦略」の関係。
では、一丁目一番地となった震災復興のほうは、現在どこまで進んだのだろうか? 宮城県では、東日本大震災によって1万人を超える尊い命が失われた。全壊家屋は約8万3000棟、半壊は15万5000棟にも上った。災害で出た14年分の災害廃棄物(ガレキなど)の処理は大きな課題の1つだったが、県内に仮設プラントを設置したり、県外焼却の協力を得て、平成25年度までに100%を処理できたそうだ。
「復興まちづくり事業では、災害に強いまちづくりを進めています。地域特性を踏まえ、県の北側の三陸リアス地域は高台移転を、県南にある低平地エリアは内陸移転・多重防御の減災・防災を進めてきました。まちごと引っ越すイメージで、現在多くの地区で住宅を建設できる状況が整いました。応急仮設住宅にお住まいの方はピーク時で約12万人いましたが、約5700人まで減り(4月末現在)、残りの方々も恒久的な住宅に引っ越していただけるように災害公営住宅の整備を急いでおり、今年度中には全戸完成予定です」(寺嶋氏)
▼復興まちづくりの状況。三陸リアス地域は高台移転、県南の低平地エリアは内陸移転・多重防御により、防災・減災を実現するという。
ほかにもインフラ関係では、三陸沿岸道路が整備され、気仙沼市の一部まで順次開通している状況だ。保険・医療・福祉関連の施設もほぼ100%復旧し、残り数施設を残すのみとなった。農林水産関連も農地や園芸施設が震災前の状態に戻りつつある。
「ただし漁港全体では7割ほど、海岸保全施設(防潮堤)や港湾施設では半分ぐらいの進捗状況で、地理的制約や住民合意など、複雑な要素が重なって進捗に差が出ているのです。遅れが生じている部分に特に力を入れて頑張っているところです」(寺嶋氏)。
一方で、経済状況のほうは明るい兆しが見えている。県内総生産は約9兆5000億円で、宮城の将来ビジョンで掲げた目標の10兆円まであと一歩というところ。これは富県宮城と呼ばれる政策の成果や、復興需要が県の経済を押し上げたからだ。
第一次産業も持ち直してきた。肥沃な平野部で多くのブランド米を生産し、園芸もパプリカやセリは日本一の出荷量だ。大崎地区は「世界農業遺産」にも認定された。水産業は世界三大漁場を生かし、全国3位の24万2072トン(平成27年)まで水揚げ量を戻した。
とはいえ、まだ課題も残されている。もちろん有効求人倍率は平成30年4月現時点で1.73倍となり、他県と同様に過去最高を記録している。しかし、その一方で、本当に求められている雇用についてはミスマッチが起きているのだ。
▼有効求人倍率は堅調に推移しているが、雇用のミスマッチも起きている。特に製造(水産加工)や建設業、介護で人手不足が顕著だ。
「事務系の職業は求職数が上回っていますが、製造や建設業、介護などで人手が足りません。特に沿岸部の石巻や気仙沼では、復旧した水産加工業の人手不足が顕著です。売る相手側である販路が失われて、売上が震災前の水準まで戻っていない事業者も過半数に上ります。地域産業を支える人材の確保と育成が急務であると感じています」(寺嶋氏)。
そこで同県では、水産加工業のビジネスを復興するために、生産現場の改善に関する専門知識やノウハウなどを持つ専門家を派遣し、生産性を向上させたり、雇用管理や人材育成に向けた支援も実施しているという。
また観光客の来訪も沿岸部では回復が遅れている。外国人宿泊者数は2017年での全国の増加率2.76倍(2010年比較)と比べてみると、1.46倍と低い状況だ。誘客・受入れ態勢の強化や、未だに残る原発の風評被害を払拭することも必要だ。
このような状況のなか、同県は冒頭の宮城県地方創生総合戦略を平成31年度まで進め、「雇用の場の確保」「県外からの移住の推進」「結婚・出産・子育てを総合的に支援」「持続可能な地域づくり」という基本目標を達成する施策を展開中だ。
▼平成31年度まで進める宮城県地方創生総合戦略の基本目標。人口減少に歯止めをかけ、持続可能で安全・安心な社会を目指す。
いま各地方では人口減少の問題が叫ばれているが、御多分に漏れず、宮城県も少子高齢化の大きな波を受けている。同県の人口減少のスピードは緩慢ながらも、平成15年の237万2000人をピークに減少しているという。
「皮肉なことですが、大震災の復興事業のために、人的なリソースが宮城県に集まってきている状況です。そのため、いまのところ減少率は緩やかになっています。しかし平成52年(2040年)には、県の人口が200万人を切り、65歳以上の老年人口が37.9%に達すると見込まれています」(寺嶋氏)。
地域的な課題としては、仙台市への一極集中も挙げられる。被災した沿岸市町では人口減少が著しく、一方で仙台都市圏への流入が集中している状況だ。しかし仙台都市圏ですらも、今後は人口減少が起きるという。
人口の減少を抑えるため、雇用機会を増やし、経済を活性化させ、移住・定住を増やす施策を進めているところだが、創造的な復興と地方創生に向けて、いくつかの具体的なトピックスもあるという。
まず大きなトピックの1つが、東北のグローバルゲートウェイを目指す仙台空港の民営化の話だ。これは平成28年7月から、民間事業者が空港や関連施設を一体的に運営できる仕組みとして始まり、大きな成果を上げている。
「滑走路と、空港ビルを民間で一体運営し、収益を改善しています。空港施設もリニューアルし、カラフルな玄関口になりました。また、着陸料も柔軟に設定できるようになり、民間の経営能力の活用で、ソウルや台湾などの路線で新規就航や増便に成功しました。5月1日現在で国際線は週19往復まで回復しています」(寺嶋氏)。
▼平成29年4月にリニューアルしたなかりの仙台空港の施設。カラフルでオシャレなデザインが印象的だ。就航便も大幅に増えた。
医学部の新設も復興を進めるうえでの大きなトピックスだろう。現時点でも地方の医師不足は深刻だ。しかし昭和54年の琉球大学医学部の設置以来、37年も医学部の新設が認められてこなかった。そこで宮城県では医師不足対策として県内への医学部設置を国に要望して認められ、平成28年に「東北医科薬科大学」(旧東北薬科大学)が開学となった。
「私学なのですが、ユニークな点は修学資金を学生に貸与し、実質的に国公立大学並みの学費に抑えられることです。学生が医師になった暁には、10年間ほど宮城県内の自治体病院や診療所に勤務することで、3000万円の貸与金が免除されます。いわば東北版の自治医科大学のようなイメージですね。非常に優秀な学生が集まってきています」(寺嶋氏)。
先端技術の施策としては、水素エネルギーの普及も推進中だ。東北初のFCVを率先導入し、11台の県公用車、FCバスにも対応できる本格的な水素ステーションも整備された。
▼宮城県が進めるFCVの導入。平成30年3月時点で28台の車両が走り、水素を供給するステーション施設も整備済だという。
このほかにも地方創生事業として、冷めても美味しい「だて正夢」という米のブランドをデビューさせたり、養殖ギンザケの最高級ブランド「みやぎサーモン」を地理的表示(GI)に登録するなど、農林水産業の競争力も高めているという。
また、以前ご紹介した宮城県IoT推進ラボによる先進交通(自動運転)やエネルギー、ロボットなどの実証実験も盛んだ。「東北地方が一体となった産学官連携の取り組みとして、新製品開発に重要な東北放射光施設計画もあります。これはナノレベルの微細な領域を分析できる最新施設です」(松川氏)。
このように宮城県では、「復興五輪」として位置づけられる東京オリンピック・パラリンピックが行われる2020年に向け、課題を抱えながらも震災復興計画の最終仕上げの段階に入っているのだ。
最後に寺嶋氏は「東京オリンピックでは、宮城県でもサッカー競技が開催されます。元気になった宮城・東北の姿をぜひ御覧いただいて、これまで多くのご支援をいただいた感謝の気持ちを、世界の皆様にお伝えしたいと考えています。これからも私たちは復興の歩みを止めることなく、努力していく所存です」と力強く語ってくれた。
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