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携帯電話料金の値下げを単純に喜んでいるようでは危うい

2020.10.22

Updated by Hitoshi Arai on October 22, 2020, 09:21 am JST

菅総理大臣は、官房長官時代から主張している「携帯電話料金の値下げ」を政権の目玉政策に据えた。総務省の圧力の故か、国内大手3社も早くも値下げに言及し始めており、メディアでは月間のデータ通信量が30GBで5,000円前後という目標数字まで見えてきている。利用者目線からすれば、料金は安いに越したことはないとはいえ、「料金値下げ」は本当に望ましいことなのだろうか。別の観点から少し考えてみたい。

筆者が専門とする「イスラエル」では、携帯電話料金は驚くほど安い。一例だが、音声も使えてデータ通信量200GBのプランが月額29.9シェケル(1シェケル31円程度なので、日本円で920円程度)である(こちらを参照)。

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60GBまで使えるNTTドコモの「ギガホ」が月額7,150円であり、格安スマホのOCNモバイルONEが30GBで月額5,980円(音声対応)であることと比較すると、この料金の安さが実感できるだろう。

ここに示したイスラエルのGolan Telecomは、日本でいう格安スマホ事業者(MVNO)ではなく、自社のネットワークを持つドコモのような移動体通信事業者(MNO)である。イスラエルは、国土の面積は四国程度であり、人口は900万人程度である。そこに、MNOの事業者が6社ひしめいている。さらにMVNOの事業者は、イスラエル人の友人によれば20社はあるのではないか、とのことだ。

人口1億2000万人の日本でMNOが3(+1)社であることを考えると、凄まじい競争状態であり、この低料金は、正に競争の結果であるといえる。この価格を実現するために、事業者は相互に無線アクセスネットワークを共有するなど、様々な努力をしているのは事実のようだ。

低料金を実現するための企業努力には敬意を表したい。やればできるではないか、というリファレンスであることは間違いないが、考慮すべき点が二つある。それは、第一に「通信品質の維持」、もう一つは「将来に向けた技術開発」である。

通信品質の維持の重要性

ICT総研の調査によれば、接続率やダウンロード速度という指標で、日本と韓国は通信品質で群を抜いている。この資料で比較されているのは、日本と韓国以外は米英独仏だけなので、イスラエルをプロットするどの位置に来るのかは分からないが、決して品質抜群ということにはならないだろう。ただし、毎日のようにZoomでイスラエルの友人と連絡を取っていても(彼はPCではなくiPhoneなので携帯ネットワーク利用)、それほど不具合に出くわすわけでもなく、日常の利用に特段の不自由はない。

しかし、考えなくてはいけないのは、イスラエルの自然災害の少なさである。4月から10月までの乾季は穏やかな晴天が続き、地震や台風のような災害は極めて少ない。従って、災害対応のようなコストは、イスラエルの事業者にはあまりかからない。これに比較して日本は、台風の通り道であり、ここ数年は高圧線の鉄塔まで倒れるような強風の被害や、多くの地域で浸水被害もあった。

電気や水と同様に、通信はライフラインである。自然災害大国の日本では、それなりの災害耐性のあるネットワークを構築し、維持管理する必要がある。地震や水害に見舞われても通信がつながっているということは、迅速な復旧に向けた必要条件であろう。

こう考えてくると、日本の各MNOはダウンロード速度のような品質だけではなく、自然災害に強いネットワークという別の観点の品質を維持管理するだけの企業体力も維持する必要があるという結論に至る。その品質のために必要な利益は、確保してもらわなくてはならない。

将来に向けた技術開発の重要性

米中の貿易摩擦は、安全保障関連技術を含んだ覇権争いになってきた。米国はHUAWEIを制裁対象とし、同盟国にも足並みを揃えるように要請している。この一連の摩擦の中で見えてきたのは、5Gに関する標準化をリードし、主要な技術開発を押さえているのは中国勢である、という事実である。高性能で安価なHUAWEI機器を利用して5G網の構築を計画していた国は多く、同盟国として米国の要請に応じるということは、産業政策の見直しが迫られたことを意味する。

振り返ると、3G、3.5G、4Gの段階では、ドコモが3GPP(3rd. Generation Partnership Project)での標準仕様策定に大きく貢献してきた。それが5Gでは、残念ながらHUAWEIやサムスンに大きく後れを取っているのである。

最先端の5G通信インフラがあるということは、それを利用する自動運転やスマートシティ、IoTなど、多くの新しい産業発展の基盤がある、ということである。つまり、単に「携帯電話」の話に留まるものではない、ということを理解する必要がある。NECや富士通などのメーカーが通信機器市場で存在感が無くなり、HUAWEIの一人勝ちのような状況を許してきたのは、メーカーだけの問題ではなく、通信事業者の投資政策や政府の産業政策にその根本的な要因があるはずだ。

イスラエルの6事業者も、5G向けの周波数は取得している。しかし、5Gネットワークの構築に投資するのはしばらく先のことになりそうだという。200GBで900円というような厳しい価格競争を続ける中で、次世代への巨大な投資余力を持つというのは、いくら名経営者であったとしても容易なことではないだろう。

5G網がなくても、イスラエルが得意とする技術開発はローカル5Gがあれば可能であり、要素技術開発上の問題があるとは思わない。しかし、システム化や社会実装に関わる技術開発には、現実のインフラが必要となるはずである。

社会インフラである通信ネットワークが実現するのは「安い携帯電話サービス」だけではない。自動運転や遠隔医療など、多くの新しい産業や高度なサービスの基盤となるものであるはずだ。安全保障政策、産業政策の両面から、3Gの頃とは比較にならないほど、今後の国際社会における5Gネットワークの位置付けは重要なのではないだろうか。

こういった意味で、携帯電話サービスという切り口での目先の低価格化だけではなく、中長期的に多くの産業領域に影響を与える戦略技術を押さえられるだけの技術開発力は維持することが望まれる。そのためにも、適正な利益を出し、必要な開発投資はしていただきたいと考える。安い料金は、確かに消費者には有難い。しかし、月額料金を2000円安くすることで、中長期的な企業体力を失うようなことになっては元も子もない。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu